「オマエさぁ、ブラックジャック向いてないんじゃねえの？」 　負け続きの上杉を慰めるように、稲葉は軽く言い放った。 「うっさいなぁ。いいの、これからなの！　見てないで、マークも何かやればいいじゃん」 「んなコト言ったって、金ねーもんよ」 「だから、さっきから貸すってゆってるじゃん」 「オレ、金の貸し借りだけはしねーようにしてんの」 　となると無闇に店内をうろつくわけにもいかず、必然的に上杉の隣にいるしかないわけだ。 　しばらく無言でゲームを続け、やがて上杉は画面を見つめたままおもむろに口を開いた。 「……あのさぁ」 「あん？」 「指輪でさ、内側にイニシャルとか彫ってあんのって、結婚指輪とかかなぁ」 「何よ、突然」 「いや、質問」 「？　そーなんじゃねーの？　形とかにもよるけどよ」 「ふーん……ありがと」 「なんだよ、そんだけ？」 　何が聞きたかったのか今一つ解らず、釈然としない表情で稲葉は上杉の横顔をまじまじと見つめた。目は画面に向いているが、考え事をしているのか、じっと一点を見つめたままぴくりとも動かない。 「それより、時間平気なのかよ。もう帰った方がいいんじゃねえの？」 　ふと時計を見ると、いつのまにこんなに経ったのか驚くほど遅い時刻になっていた。 「んじゃそうする……」 　ちょうどコインも底を尽きた、きりがいいと上杉は立ち上がるが、そこでまた考え事の続きに没頭し、棒立ちになる。 「おい、早く行けよ」 「……やっぱり、結婚指輪なのかなぁ」 「えー？　あんだって？」 　稲葉は聞き返した。何か言ったようだが、周囲の騒音にかき消されよく聞き取れなかった。 「ミカチのね、ピアス――」 　上杉は言いかけて、はっと思い止まる。 　中庭で探し当てたピアスが傷付いてないか調べた時、偶然そのデザイン、そのイニシャル、を目にした。 　元々ピアスではなかったのを細工したものなのは、真物が身につけていた時から薄々気付いていた。店では売っていないような珍しいデザインなのが小憎らしくて、よく目で追っていたからだ。 　まさか指輪だとは、思いも寄らなかった。 　けれど、改めて思い出してみればまさに結婚指輪そのものというカタチをしていた。 　突然、すっと上杉は歩き出した。 　人込みを難なくすり抜け、意外に早足で歩く彼を追って、稲葉が四苦八苦する。 　そうして一足先にカジノを出た上杉は、アーケードの片隅に寄って稲葉を待つ間、ぼんやりと考え事にふけった。 　多分あれは、親の形見で造ったんだろう。 （どんな気持ちだったのかな……） 　考えてもわかりっこない。自分の両親は元気に生きてるし、わりとほったらかしなところはあるけれど大事にされているのは充分すぎるほど知ってるし。 　だから、心のない物を支えにするという辛さを本当の意味では、自分には理解出来ない。 （ただでさえキツイのに、あんなヒドイ事……！） 　思い出す度ぞっとする、背中の傷。 　心無い誰かの残酷な暴力行為が、心から憎く思えた。 　冗談半分でも、殺してやりたいと思うくらいに。 　ようやくカジノから出てきた稲葉を、上杉はちらりと見やった。こちらが今どんな気分でいるか、稲葉の事だからきっと解っているだろうが、あえて言葉では何も言ってこない。 　そんな稲葉らしい気遣いが、今日は特にありがたかった。 「……駅まで、送ってくか？」 「うん、夜女の子の一人歩きはすっごく危険だから、送ってってぇん」 「ばあーか！」 　わざと変な顔で言い返されてもヤな気持ちはしない。むしろ好きだったりするこんなやりとり。 　駅に着くまでは、他愛ない話しで盛り上がった。 　鳥に利き足はあるのか、芋虫が歩き出す時一番に動かすのはどの部分か、あざらしとかにも水虫はあるのか…… 　そんな下らないお喋りをひと通りして、ふと目をやった先にいた人物に、上杉ははっと息を飲んだ。 　車道を挟んだ向かい側で信号待ちをしているのは、他でもない――。 　一瞬、心臓が止まる。

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