「出来はどうだった？」 　ノートパソコンに向かったまま神取は、背後で所在なげに立ち尽くす真物に声をかけた。 　時間は夜の九時を少し過ぎている。 　神取が聞いているのは、今日の筆記試験の出来映えだった。 「思っていたよりは……」 　語尾を濁して、真物は口篭もった。 　先日行われた面接試験の結果を聞かれた時も、同じように答えたのをかすかに覚えている。 　良いのか悪いのか、これではどちらにも受け取れる。 　こんなバカみたいな答え方をしてしまう自分自身に嫌気がさす。 「良かったのか？」 　振り返らず、神取は尋ねた。解りかねて苛々している、刺々しい口調ではなかった。萎縮している気をほぐそうという…勘違いかもしれない。 「あ…はい」 　余り間を置かず真物は正直に頷いた。 　正直なところ、真物にエルミンを受ける理由はほとんどといっていいほどなくなっていた。『絵を描きたい』衝動が失せたわけではないが、それよりももっと衝撃的な現実が、漠然としていた『これから』を塗り潰してしまったからだ。 　最後に残ったのは…自分が神取の言葉に従っていれば生きていける――霧子を守る為に自分は生き続けるのだという思い。それだけ。 「そうか。合否発表はいつだ？」 「二月十九日だと……」 　何度か軽く頷いて、神取は肩越しに振り返り視界の端に真物を映した。 「こちらに来なさい」 　当然のように差し伸べられる右手。おぞ気が肌の上を走り、えもいわれぬ感触に真物は身を震わせた。 　条件反射だ 　この先の、心が腐れてゆくような行為…に対する条件反射。 　本当は嫌で嫌でたまらない…叶うものなら逃げ出してしまいたい程嫌悪する服従に、抗う術も資格もない真物は、芯の部分で抵抗を見せる心を無理矢理黙らせ神取の前に歩み寄った。 　緊張のほどが伺える真物の強張った頬に一瞥をくれると、神取は腰に手を回し強く引き寄せた。腕に、力んで固くなった感触が伝わる。 「………」 　俯けば自然神取と目が合ってしまうと、真物は、気まずい時そうするように目を逸らし、唇を引き結んだ。 「妹御は、元気だったか？」 「！…は、い…お陰さまで……」 　昼間見舞った時目にした霧子は、まだ身体の半分を包帯やギプスで覆われていた。何よりまだ、目の包帯が取れないでいた。全身が痛々しく、一生このままなのではないかと恐怖を抱いてしまうほどたった。 　しかし、彼女は確実に快方に向かっていた。 　試験の出来映えを話した時、とても明るく、はっきりした声で応えてくれた。 　あと数日もすれば目の包帯も取れ、元通り見えるようになる。手足のギプスから解放されるのも、もう間もなくだ。 　霧子は一日ずつ、元通りに向かっている。 　どうか、お願いします…自分の命はいくら削り取って構わないから、その分を霧子にあげて下さい。 　真物は握りしめた拳の強さに祈りを込めた。 「それは何よりだ。さて、では……今日の分をもらおうか」 　言葉にびくっと身を竦ませた真物に口端を歪め、神取はしばらく恐怖する様子を眺めていた。 「私が今、何を考えているか……解るか？」 　やや置いて、囁くように声をかける。 『辱めて汚すんだ』 　頭の中に響く、低いひび割れた声と同じ言葉が思い浮かぶ。声の主は嬉しそうに目を細めた。 　いくらかの推測を頭に巡らせているだろうが、それゆえ答えられずにいる真物の怯えたような眼差しにふと笑い、神取はゆっくりとシャツのボタンを外しにかかった。 「っ……」 　次第に露わになってゆく肌に接吻され、真物は喉の奥でひっそりと呻いた。今日は何をしろと言われるのか、怖くてたまらず、きつく目を閉じる。 『さあ…恐怖と絶望を』 「や、だ……あっ…ん……！」 　二度三度と繰り返し唇が触れてくる。湿った音が耳に響く度、真物はひくりと身を強張らせた。そんな反応を見せてしまう自分がたまらなく汚く憎く思えたが、どこをどう弄れば反応するか、もう全て知られてしまっている。そして男は、そこを逃さず責めた。 「うっ、あ……！」 　脇腹を絶妙な力加減で撫でられ、たまらずに真物は身をくねらせた。腰に回された腕を掴み、緩慢にもがく。 「ここも、感じやすいところの一つだったな」 　真物は必死に首を振った。 　構わず神取は指をすべらせ、その後を追うように舌を這わせた。 「ちがう…い、あぁ――！」 　たちまち甘い痺れが背筋を震わせ、下腹に向かった。そんな自分を見たくなくて、真物は必死に顔を背けた。 　しかし唇からは紛れもなく愉悦が零れ、その高い声は劣情にまみれていた。 「いやだ……」 　今にも泣きそうに声を震わせ、真物は眉根を寄せた。 「また、抵抗など……無駄な事を」 　楽しげな声で嗤いつつも、神取は怒りが湧いてくるのを止められなかった。 　何故ならそこに…薄く開かれた真物の瞳に、依然として強い光が灯っているのを見たからだ。 　何度も犯して、汚して、辱めて、言葉を浴びせて、これだけ徹底的に踏みにじっているにも関わらず、まだ残っているもの。 『まったく、忌々しい……』 　唸る「彼」の声に突かれ、神取は真物の膝の間に片足を割り込ませると、抱きすくめたまま椅子から立ち上がった。 　真物はよろけるように後じさり、それ以上は耐え切れずにおどおどと男を見やった。 　神取は真物の耳朶に軽く歯を立て舌先で舐め上げた。 「うあぁっ……！」 　たちまち唇から艶を含んだ声が零れる。 　突き離そうともがいても既に遅く、片腕で両手の自由を奪われ、もう一方で髪を掴まれ横を向かされた真物は、その格好のまま神取に耳を責められた。 「いっ、やぁ…――」 　媚びるような喘ぎが、自分の口から漏れるのが信じられなかった。 　耳の形をなぞるように舌を這わせ、神取は時折甘噛みしては真物の口から嬌声を紡ぎ出した。 　それでも真物は抵抗を続け、神取の腕の中で身をくねらせた。悦んでいるようにも受け取れる揺らめく腰は、挑発以外のなにものでもなかった。股間に割り込ませた足で真物のそれを強く擦る。 「あぁう……ん、んん……」 　女のそれに似た甘い喘ぎが、切れ切れに真物の唇から洩れ落ちる。抗しきれない劣情に呑み込まれまいと、真物は唇を噛んで声を殺そうと努めた。 　しかしそれよりも巧みに、神取は真物の弱い部分を徹底して責めた。 「お前はいつもそうやって嫌がる素振りを見せるが…本当に拒絶したのは、始めの一度きりだったろう？」 　無駄な抵抗を続ける真物に、神取は耳元でそう呟いた。 　く、と喉の奥で呻き、真物は息を詰めた。 「どこまで嘘吐きなんだ？　お前は」 　言い返す言葉も見つけられず、突き付けられた屈辱にただ黙って震える。 　神取は冷たく笑うと、しっとりと汗ばんで独特の色気を醸し出す真物の首筋に唇を這わせ、頬を舐め、顎に吸い付いた。 「う、う……くっ……」 　既に抵抗を放棄していた真物は、それでもせめて心だけは手放すまいとひたすら嫌悪の二文字を繰り返し拒絶した。 　胸の突起を弄くりながら、神取はもう片方を真物の下腹に伸ばした。布越しでもはっきりわかるほど、真物のそれは熱を集めいきり立っていた。 「あ、や……やだぁ……」 　掌をこすり付けるように上下に動かすと、真物の口から切なげな呻きが漏れた。 　わずかな空気の震えは、この上もない快感を神取にもたらした。 　喉元を滑り落ち、凹凸の少ない真物の鎖骨を舌でくすぐる。ついばむような口付けを繰り返しながら胸の突起にたどりつき、女のそれとは異なる形を唇で挿む。 「……っ！」 　声にならない悲鳴を上げて真物は肩を跳ねさせた。 　神取の手の中で、真物の雄がびくびくと蠢く。 　布越しの曖昧な愛撫に、焦れたようにわななく真物のそれを解放しようと、神取はズボンのファスナーをおろし中に手を滑り込ませた。 　脇腹をさすっていた手が、次第に下着の中に潜り込んでくる。 「くぅっ……」 　真物は鼻にかかった甘い声を漏らした。 　おぞましさよりも、待ちかねていた気持の方が強かった。やんわりとだが握られて、ほっとする震えが全身を貫く。 　く、と眉根を寄せて、真物は唇を噛んだ。 　待ち望んでいる――そんな自分を認めたくはなかった。 　例えどんなにこの行為に溺れてしまっても、自分はこんな事嫌悪していると、どうすればそれを証明出来るだろう。 「………」 　震える睫毛の合間に見え隠れする真物の瞳に、凛とした輝きが宿っているのを神取はまた見てしまった。 『……あれになる器』 「彼」が忌々しげに歯噛みする。 　伝わって来る憎悪は、真物に向けて放たれた。 　真物はそのままの体制で壁に押し付けられた。 　来る…と覚悟を決めてはいたものの、始めは指だと思っていた。 　慣らす為に次第に増えて…抉るような動きでかき回され、性感帯を刺激される。 　緩んだそこに挿入れられるまでの間は、聞くに耐えない汚い言葉で自分がどれだけ浅ましい身体に変質していっているかを聞かされ、それでも萎えないそこを握られて煽られて――犯される。 　が、待ち構えていたのは、想像を絶する凶悪な貫通だった。 　神取は壁に手を付かせると、真物の尻を左右に割り開き、露わになった後孔に狙いを定めて己の熱塊をあてがった。 　躊躇せず力強く突き入れる。 　瞬間、真物は嫌な音を聞いたように思った。 「あ――っ！」 　あらん限りの声で叫び、激しく首を振って拒絶する。短い爪で壁紙をかきむしり、時折、訴えるように掌を叩き付ける。 　神取はそれらを一切無視した。 「ぐうぅ…う……」 　反動をつけて強引に根元まで埋め込むと、何の前戯も施されていない真物のそこは当然のごとく食い千切らんばかりに締め付けてくる。そこには性的な快感などなく、息を詰めて耐える辛さを味わうだけだった。 　だが、神取は構わず女を犯す時と同じように抽送を始めた。 「…っぐ、うぅ……い、たい…あっ！　あぅ！」 　音を立てて腰をぶつけられる度に、真物の口から苦しげな呻きが漏れる。 　ショックと苦痛で涙がぼろぼろと零れた。 　膝は震え、とても身体を支えている事が出来ない。 「いいだろう？　真物」 　重々しい抽送を繰り返しながら問いかける。 　答えられるだけの余裕は、今の真物にはなかった。痛みを訴えたくても声にならず、悲鳴ばかりを上げ続けた。 「どうした…？　嘘吐きなお前なら、簡単に言えるだろう？」 　手を伸ばし真物の顎を捕えると、上向きに仰け反らせ答えを急かした。 「い――やだ……ああぁっ！　んぅ！」 　拒絶の言葉を耳にした途端、神取はより激しく腰を打ちつけかき消した。 「違う、そうじゃない」 　深奥までねじ込み、抉るように腰を回す。 「ひっ、いた…痛いっ――あぁっ！」 　容赦なく揺さぶられ、真物はきつく目を閉じて悲痛な声で叫んだ。 「っ…もう、ぅっ……ゆ、許して……許してくださ……うぅ」 　抜き差しされる度にかすかに聞こえる水音――卑猥な響きは、もしかしたら血が滲んできているせいだろうか。もしそうだとしたら…真物はぞっとなった。 「そうじゃないだろう？　真物」 　緩やかな動きで内壁を擦りながら、神取は静かな声音で再度聞いた。 「いいと言ってごらん」 　怒漲した熱塊が、浅いところでの行き来を繰り返す。 　かと思うと一気に深奥まで食い込んで、更に奥へと貪欲に突き上げてくる。 「あ、あぅ…あ…あ」 　奔放な動きに翻弄され、真物は鳴咽をもらし続けた。壁に押し付けていた手から力が失せ、ずるずると下がっていく。 「う、うぅ…ぐっ……あぅ」 　突き上げる度に喉を反らせ呻く真物の苦しげな様子は、神取の内に潜む嗜虐心を満たすのに充分すぎるほどだった。 　痛みと恐怖で萎えたままのペニスに指を絡め、手応えがないのも構わず扱く。 「いやだ……もっ…う、やめて…や…ゆるして……」 　それに対して真物は拒絶の言葉を吐いた。 「違うと言っている」 　下から抉るように腰を揺する。 「ひぃっ…あぁ…ゆるしてください……い、いやだ……」 　擦られる角度が変わる事に恐怖を感じ、真物は神取の腕を掴んで抵抗を示した。はあはあと胸を喘がせながら、何度も首を振る。 『もっとこちらにくるといい。そう……ここへ。恐怖の深淵に立たされた人間の、それも子供の上げる悲鳴は妾にとってなによりの糧。決してあれになどさせるものかっ！』 　気違い沙汰の宴に酔いしれて嬌声を上げる 「嫌じゃないだろう？」 　右の耳に唇を寄せ、吐息で囁きかける。 「あぁ……」 　切なげな声が真物の口から零れ落ちる。 　ぶるぶると震える真物の身体を支え、神取は床に膝をついた。 「あぁう……」 　四つん這いの姿勢を取らされ、真物はうずくまるように深くうなだれた。その恰好のまま、何度も何度も熱塊を突き込まれ、あまりのつらさに涙を零す。 「う、うぅっ！　ぐ…！　う、ひっ……あぅ！」 　耐える事も出来ない痛みを味わうのは、今日が始めてではない。 　魂までくびり殺そうとする男の勢いに苦しみもがきながらも、真物は必死に一つに縋った。 　唯一の肉親に縋った。 　これで霧子が生きてゆける…その思いに縋った。 「あ…あぁ――！」 　嫌というほど奥を抉られ、最後に熱い迸りを吐き出される。おぞ気の走るその感触に真物は大きくわななき、すすり泣いた。 　ようやく、腰を掴んでいた手が離される。 　萎えたペニスが引き抜かれると同時に真物は床に倒れ伏し、深く喘ぎながら声もなく涙を零した。無理やり開かされ踏み荒らされた後孔から、とろとろと濁った白液が溢れ出る。 　手ひどく犯され、打ちひしがれて泣く少年を、男はただ黙って見下ろしていた。 　汚いものを見るような目付きはしかし、唇に浮かぶ別の表情のせいで全く違って見えた。

前

目次

次