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同日 深夜
神取の運転する車でとあるマンションに連れてこられた真物は、彼の居室に向かうにつれて不安が一層深まってゆくのを感じていた。 単にそれは、霧子を一人病院に置き去りにしてきた後ろめたさからくるものなのか、それとも他に何か理由があるのか。 気持ちの整理がついていない今の状態では、自分の心を悩ます原因がどこから来るのか見極めるのは困難だった。 後ろめたく思うのなら、はっきり断ればよかっただろう。 ただ、神取にはそれをさせない何かがあった。 ああ、それは 彼の目付きがそう思わせるのだろう。 時折、目に映る何もかもを嘲るような、冷たい印象を与える彼の瞳が。 「ここだよ。さあ、入って」 最上階近くでエレベーターを降り、通路の突き当たりの扉を開いた神取は、脇に退いて真物を促した。 わずかに頭を下げて、真物は神取の顔を見ないよう目を伏せて玄関に足を踏み入れた。 「まだ越してきたばかりで、あちこち散らかっているんだが……ああ、遠慮せず入りなさい」 迷子になった子供のように、玄関口に突っ立ったままの真物に気付いて、神取は人当たりの良さそうな笑みを口元に浮かべて手招きした。 真物は靴を脱ぐと、躊躇いがちに廊下を進み、十畳ほどもあるリビングに足を踏み入れた。 ガラステーブルを囲む一人がけのソファ四つの周りに、いくつものダンボール箱が乱雑に積み上げられていた。 俯いた先にあるダンボール箱の中身を何とはなしに眺め、真物は居心地悪そうに立ち尽くしていた。 「とりあえず、寝る場所と食事をする場所は確保出来たんだが」 苦笑いを浮かべて、神取は窓際のソファに腰を下ろした。 いつまでも立っていてはかえって失礼かと、真物は向かい側のソファにおずおずと座った。 わずかに沈黙が続いた。 「お話しというのは……」 我慢出来ず、真物は思い切って口を開いた。 「ああ、そう」 思い出したように、神取は大きく何度も頷いた。 「条件がね、あるんだよ。君達兄妹にかかる今後一切を引き受ける代わりに、君にやってもらわなければならない――」 「妹の手術費もですか?」 真物にとって、今はそれが何より重要だった。 身を乗り出すようにして、神取の顔を覗き込む。 「ああ――ああもちろん」 まっすぐ見つめてくる真物の眼差しからさりげなく目を逸らし、神取は答えた。 「本当ですか……ありがとうございます!」 真物は、思わず込み上げる涙を見られまいと、慌てて横を向いて拭った。 「すみません。こんな、みっともない……」 後は、霧子が無事戻る事を祈るばかりだ。 予感がする。霧子は決して死にはしない。 予感が当った試しはあまりないが、今回は信じられる気がした。 抱えていた他の心配事は、とりあえず今は全て消え去っていた。きっとどうにかなる。 そう思う事で心が少し軽くなったように思えた。 「暗くてよく見えなかったんだ……警察の人にも聞かれたけど…はっきり答えられなかった――」 少し間を置いて、真物は独白を始めた。 意識が混濁しているのだろうか、その眼差しは、ここではないどこかを見つめ悔しそうに歪んでいた。 「……何をだね?」 神取は、真物の睨み付ける先に目を向け、静かに問い掛けた。 「霧子をはねた車…音だけしか…聞こえなかった……もしも見つけたら絶対…絶対に――」 「……どうする?」 「同じ目にあわせてやる……」 うわ言のように呟く真物を、神取は心の中で密かに笑った。 (それは無理だろうな) 声もなく呟き立ち上がる。ちらりと真物に目を向け、上着の胸ポケットから小さな容器を取り出すと、視界に入るようテーブルに乗せた。 神取の動きに、真物ははっと我に返った。 自分に差し出された物かと、真物は問い掛けるように小さく首を傾げた。 その様子を眺めて思案していた神取は、まっすぐ向けられた彼の瞳を見て不快そうに眉を顰めた。 些細な仕草だったのか、真物は神取の異変には気付かず、何か言われるかとじっと待っていた。 「妹御の為なら、何でも出来るというわけか……」 言って神取は、唇の端に薄く笑みを浮かべた。 地を這いずるような彼の声に、真物はぞっとなって肩を強張らせた。 『そうか。それに決めたのか。それも一つの手だな』 感心したように、神取の中の「彼」は言った。 (どうせ殺す事など出来ないのだから、暴力など無意味だろう?) こらえきれず緩む口元を手で隠し、神取は言い返した。 すうっ…と細められた神取の鋭い眼差しに射抜かれ、真物は恐怖した。 「条件をまだ言ってなかったね。なに、そう難しい事ではないよ」 知らず内に手を握り締めていた。けれど動くのはそこだけで、足は意思から切り離されたようにわずかも言う事を聞かなかった。 「彼女が、唯一残された肉親だものね。大事に思うのは当然だよ……」 独り言のように呟く神取の、うっすらと微笑む様を目にし、真物はひくりと喉を引き攣らせた。 神取は真物の傍に歩み寄ると、腕を掴んで強引に立たせた。 「妹御を守る為に、私に従う事を誓え。私の命ずるままに生きる事を」 真物はされるがままに引き寄せられ、神取にもたれかかるような格好で立ち上がる。 猛烈な勢いで押し寄せる恐怖に支配され、恐慌状態に陥った。 抵抗も出来ず力を失った真物を見て、神取は歓喜に似た表情を浮かべた。 『それでいい。娘は私が引き受ける』 約束を交わす「彼」に心の中で頷いて、神取は口を開いた。 「誓うか? 誓えるだろう? 妹御を守る為に!」 真物の肩に指を食い込ませ、神取は有無を言わさぬ勢いで言い放った。大きく見開かれた瞳に、怯えが色濃く浮かぶ。 真物は声を振り絞り、辛うじて「誓う…」と答えた。 「いい子だ……」 神取は薄気味の悪い笑みを浮かべ、真物をそっと抱きしめた。大事な宝物に触れるように、優しく頭を撫でる。 何度も、何度も。 「死神……」 正気を失ったまま、真物は小さく呟いた。 それを聞いて神取の手がぴくりと止まる。 「……私を死神と呼ぶのか」 神取は感心したように目を閉じた。度を越した恐怖に衝かれそう口走っただけだろう。だが、どうにも笑いを止められない。 あまりにも核心をついている。 (だからこそなり得るのか) 自分の腕の中で、恐怖に身を竦めて震えるばかりだというのに…正気を失った瞳の奥に、意志の強さを表す輝きは少しも変わらず在るではないか。 神取はひそかに舌打ちした。 手を離せばすぐさま倒れてしまいそうな真物を強引に床に横たえると、両手をひとまとめに握り込んで彼の背中に押し付けた。 「何を……!」 「殺しはしないよ。君はね」 うつ伏せにされ両手の自由を奪われた真物は、振りほどこうと懸命にもがいた。 「無論妹御もそうだ。殺しはしない」 神取は思い知らせるように力を込め、真物を押さえ付けた。 「あぁっ!」 指先が骨にまで食い込んだように思え、真物は甲高い叫びを上げた。 「代わりに、死ぬほどの…と言っておこうか」 真物の身体に覆い被さり、神取は耳元に顔を近付けて囁いた。 「幸いな事にこのマンションは建てられたばかりで、ほとんどが空室だ。君がいくら大声を出しても、聞き咎める者はいないだろう」 神取が何をするつもりなのか、全く想像もつかなかった。あまりの悔しさに唇を噛む。だが抵抗は出来ない。霧子を人質に取られたも同然の今の状況では、大人しく従うしかなかった。 真物は、霧子の為ならどんな事にも耐えられるはずだと、自分自身に言い聞かせた。 だが、次に神取が取った行動は、真物の決意を簡単に突き崩すほど常軌を逸していた。 真物の両手を掴んだまま、神取はもう片方の手を彼のベルトにかけ、金具を外して素早く引き抜き投げ捨てた。 真物はぎょっとなって目を見開いた。 さらに神取はファスナーを下ろし、一気に下衣を脱がせた。 「!…」 真物はそこまでされてようやく、神取の目的を理解した。しかし混乱しきった思考は、これをどう逃れればいいのか一切教えてくれなかった。 その時、もう一度金具の擦れ合う音が小刻みに響いた。 突如突き付けられた非現実的な現実に、真物は成す術もなく翻弄された。と、いきなり背後から抱き起こされる。真物は解放された両手で抵抗を試みた。 腰と肩に回された神取の腕を掴み、死に物狂いでもがくが、度重なる心労で疲れきった身体に真物の願いを聞き入れる余裕はなかった。 神取は、無駄な抵抗を続ける真物を無視して、傍に転がしていた小さな容器の中身を押し出し、剥き出しの己の性器に滴らした。 いきり立つそれを軽く扱き、真物の身体の中心でひっそりと息づく小さな口にあてがう。 「あぐぅ!」 途端に真物の口から、押し潰した悲痛な叫びが上がった。腰を浮かせて逃れようとする動きを先読みして、神取は彼の両の膝裏を掴み、ぐいと持ち上げた。そのまま座位の姿勢を取る。 「ぐっ……あああぁ!」 両足を大きく開かされた真物は、徐々に自分の中に押し込まれてゆく肉塊のもたらす痛みから逃れる事も出来ず、ただひたすらに叫びを上げた。 「あぐ、う……! うあぁ!」 神取のやり方は強引だった。泣き叫ぶ真物の悲鳴を一切無視して、ひたすらに割り裂いた。嫌も応も言わせぬ凶悪な貫通だった。 「ひぃ……!」 腰骨がきしみ、肉を引き千切られるような激痛が全身を苛む。 そしてついに、ぎりぎりまで広げられた小さな口の端が切れ、赤い血を流した。 「や、やめ……うぐ――!」 しかし真物にはその痛みを判別する事は出来なかった。内臓をねじ切られるような重苦しい痛みにかき消され、涙のように鮮血が流れ出ている事に気付かない。 異物を押し出そうとアナルが激しく収縮する。 「痛っ…痛い! あぁ……や、あ…あうぅ!」 その蠕動は真物を苦しめ、苛んだ。 痛みを訴えるだけに、真物のアナルは食い千切らんばかりに締め付けてくる。何本もの針で突かれるような疼痛も構わず、神取はしばらくそのままの姿勢でいた。 やがて神取は身体を繋いだまま真物を横たえた。 その動きは更なる痛みをもたらし、真物は喉をからして泣き叫んだ。 神取は片膝を立て、真物の腰を両手で掴んだ。 「私に従う事を誓え。妹御を守る為だ、出来るだろう?」 半狂乱になって泣きじゃくる真物を押さえ付け、神取は強い口調で言った。 しゃくり上げながら、真物は何度も霧子の名を呼ぶ。 「そう…霧子の為だよ。出来るだろう? 真物……」 涙でもつれた真物の前髪を優しくかきあげ、母親がそうするようにそっと頬に口付けてやる。 真物の意識はすでに遠く去って霞んでいた。 神取の言った言葉もほとんど理解していなかった。 ただあるのは、激しい痛みと、霧子への思いだけだった。 真物は小さく頷いた。そうする事で、痛みから解放されると思ったからだ。 しかし実際は、よりひどい、脳天を直撃する痛みに苛まれるだけだった。 「いい子だ……」 意識を失いかけた小さな子供の頭を撫で、神取はゆっくりと抽送を開始した。 「ああぁーっ……――」 同時に真物の口から、一度だけ、鋭い悲鳴がほとばしりぷっつりと途切れた。 |