Dominance&Submission

黒の支配

 

 

 

 

 

 うっすらと汗ばんだ肌が、時折艶めかしくくねる。
 その度、今にもはちきれんばかりに成長した僚の雄の象徴がふらふらと揺れた。
 天を仰ぎ、涙よりも透明な涙を先端から溢れさせている。
 淡い窪みから零れた涙は肉茎を伝い、同じように滴った雫の上に落ちてぴちょんと音を立てる。

「ん…ん……」

 口枷に歯を立て、僚は苦しげに呻いた。
 否、全身を襲うのは緩慢な悦楽。
 拘束さえされていなければ、それこそ数え切れないほどの絶頂を迎えていただろう。
 激しさのない分、どこまでものぼりつめ、何度でも扉が開かれる。満足してもすぐにまた次の波が訪れ、薬の効力が消えるまで繰り返される。
 しかし今は、それが一切禁じられていた。
 男が戻るまで、この状態から解放される事はない。
 もしかしたら、戻ってもすぐには解放されないかもしれない。
 男の性格を良く知っている僚は、行き着いた後者の考えにぶるぶると肩を震わせた。
 収まる事を知らず、ただのぼりつめるだけの熱が僚を虜にしてから、どれくらい経っただろうか。
 思考は半ば麻痺し、ただ出したいという欲求だけがぐるぐる渦を巻く。
 座っているのが辛くなり、僚は肩から床に倒れ込んだ。枷を噛まされたせいで、飲み込みきれず口中にたまった唾液が、倒れた拍子に口端からつっと垂れ落ち糸を引いた。
 手足を拘束され、根元を戒められ、その上口枷の隙間から涎を垂らしている。
 余りの惨めさに、僚は目の奥が熱くなるのを感じた。

 もう嫌だ。いきたい……

 徐々に理性が薄れていく。
 いきたくてたまらない。
 頭の中がそれだけで一杯になる。

「ん、ん……」

 僚は床の上で無様に身体をくねらせた。
 偶然、先端が床に触れる。途端に、痺れるほど甘美な刺激が生じ、脳天を直撃した。
 僚は足を伸ばし、フローリングの床に自身のそれを擦り付けた。擦り付けられた床が先走りの雫によって濡れ、ぬらぬらとした光りを放つ。
 もし根元の戒めがなかったら、薬によっていつもの数倍敏感になった身体はその刺激だけで射精出来ただろう。
 浅ましい自分を顧みる余裕もなく、僚は何度も腰を揺すった。

「あぁ――」

 しかしどんなにしても、絶頂の瞬間はやってこない。
 切なげに鳴いて、僚は手首の枷を激しく打ち鳴らし身悶えた。外せないのはわかっていたが、そうでもしないと身体がおさまらないのだ。
 そこに、男が戻ってきた。
 わが目を疑う僚の有り様に、神取は呆れたように肩を竦めた。

「大人しく待っている事も出来ないのかい?」

 声をかけられ、僚は縋る眼差しで男を見上げた。
 言い付けを守れなかった自分を心の中で詫びつつも、一刻も早くこの状態から解放して欲しいと目で訴える。

「反省しているかと思えば……」

 僚が汚した床をちらりと見やり、男は苦笑した。

「私の見ていない所で、こんな恥ずかしい事をしていたなんて」

 僚の前に膝をつき、両手で顔をすくい上げる。
 まっすぐ目を覗き込まれ、恥ずかしさに耐え切れず僚は目を伏せた。ふるふると睫毛が震える。

「いけない子だね。お尻を叩いてあげよう」

 男は右手で肩を支えると、もう一方で口枷の金具を器用に外し床に置いた。

「…ごめんなさ……」

 唾液が糸を引く生々しい有り様にかっと頬を染め、僚は喘ぐようにそう言った。
 男は僚をうつ伏せに横たえ腰を高く上げさせると、サイドボードの引き出しから真新しい小型のローターを取り出した。
 それを目にした僚の胸に、絶望が広がる。
 ただ打たれるだけでは済まされないんだ。
 無駄と知りつつも、僚は拒絶の言葉を吐いた。

「頼むから、もう……外して…鷹久……嫌、だ……」
「本当は、好きだろう?」

 わずかに首を傾げ、神取は楽しそうにそう言った。
 頭を床に擦り付けるようにして、僚は何度も首を振る。

「もっ…我慢できな……」
「そうかな。なら、試してみようか」
「やめ…頼むから…や、嫌だ……」

 近付いてくるそれから逃れようと僚は必死に腰をくねらせた。
 嫌だと言いつつ腰を振る様は、どう見ても誘っているようにしか見えなかった。
 笑って、神取は静かに、屈辱を与える言葉を投げかけた。

「ごめんなさい…もうしな…から、許し……もっ…痛くて、苦しい……」

 限界まで張り詰めた熱塊を厳しく戒められ、閉じ込められた快感は僚の腰をきつく突き上げ苦痛を与えた。
 息も絶え絶えに訴える。
 それでも男は笑みを崩さず、床に転がった鞭を拾い上げるとちょうど僚の真横、半歩引いてベッドに腰をおろした。
 鞭を脇に置き、軽く足を組む。
 組んだ足の爪先が、僚の性器に触れそうになる。
 神取は足先を上下させ、微かに触れる程度の接触で僚の性器を弄んだ。

「く、ぅっ……」

 途端に僚の全身がびくびくっと跳ねた。素足のまま、足の指の感触がじかに伝わってくる。
 時折挟むように刺激され、それでまた僚の身体がおこりのようにがくがくと揺れる。

「薬を飲んだだけでこんなになって……これを入れたら、一体どうなってしまうだろうね」

 神取は屈み込んで、眼前にローターを突きつけた。
 交互に襲い来る苦痛と快楽に目を潤ませ、僚は弱々しく首を振った。

「や、だ……」

 乱れる息の合間に必死にそう告げる。
 男の言う通り、ただ薬を飲まされただけで、他に何の刺激も与えられていないというのにこれほどまでにのぼりつめた身体でローターを入れられたら、それこそ狂ってしまうのではないか。
 そう考え、僚はぞっとなった。
 だが…手足の自由を奪われ、一切の行動を制限され、男に全てを委ねた今の状況に、ぞくぞくするほどの悦楽を味わってもいる。
 恐ろしく淫らで、浅ましい自分が、のっそりと頭をもたげ始める瞬間。それを自覚して、僚は喉を引き攣らせた。
 僚が見せたわずかな変化を、神取は見逃さなかった。
 彼が本当に望むものを見誤る事無く、男は、辱めの言葉をぶつけつつ僚の頬を優しく撫でる。
 胸に棘を受けながら、僚は男の愛撫に身を委ね小刻みに震えた。
 唐突に、ローターが口元に押し付けられる。
 入れる準備をしろというのだ。
 僚は目を伏せ、おずおずと舌を差し出した。
 ピンク色のプラスチックを、紅い舌が唾液を絡めながら舐める。
 なんと淫らな光景だろう。
 神取は胸の昂ぶりを抑えられなかった。

「入れて欲しいかい?」

 意地の悪い聞き方に、僚はぐっと唇を噛んだ。
 微笑み、黙って見下ろす男に、微かに頷き目を閉じる。

「自分の口で言ってごらん」

 誘導する男に、僚はしゃくり上げるように胸を喘がせ、途切れ途切れに欲しいと呟いた。

「何が、欲しい?」

 更に言葉を強要され、僚は縋るように目を上げた。
 そして、何度もためらいながら、男の手にする性具が欲しいと答える。

「まったく君は、浅ましくて、いやらしい子だね」

 罵倒の言葉に、甘く打ちひしがれる。
 直後、男の手にあったそれが後孔にあてがわれ、一息に押し込まれた。

「うぁっ…!」

 小さな口を広げ内部に割り込んでくる感触に、僚は思わず高い喘ぎをもらした。
 その反応に満足して薄い笑みを浮かべ、男は指が届くぎりぎりまでローターを埋め込んだ。

「あぁ、あっ……」

 僚は無意識に下腹に力を込め、入り込んだ異物を強く締め付けた。
 身体に受けるどんな刺激からも快楽を得ようとする僚の貪欲さに、神取は喉を鳴らして笑った。
 戯れに、指先で内部を擦る。

「んう……んっ…」

 途端に、鼻にかかった甘い声が僚の口からもれた。

「これからお仕置きをするんだよ、僚」

 くすくすと笑う男に、はっと息を飲む。
 快感に我を忘れて声を上げた事に恥じ入り、小さく謝る。
 神取は密かに笑みを浮かべた。耐え切れず、溺れて、それでも必死になって従う僚のいじらしさに、腹の底がぞくぞくする。
 神取は指をゆっくり引き抜きながら、こう告げた。

「鞭で三十、声に出して数えなさい」

 絶え間なく押し寄せる悦楽の波を懸命にこらえ、僚は小さく頷いた。
 性具から伸びるコードをたどってコントローラーを掴み、神取はスイッチを入れた。

「あ…くぅっ……」

 狭い中で、微弱な振動を始めたプラスチックの塊が、僚の全身を深い快楽へと誘う。
 快楽はすぐに、耐えようのない疼きに変わる。
 射精出来ない今の状況では、どんな刺激も拷問に等しかった。
 それが強い快感であれば尚更。
 ただプラスチックの塊が振動しているだけだが、媚薬によって鋭くなった感覚では、目も眩む快感となる。
 あられもない声を上げて僚は身悶えた。
 両手が自由になりさえすれば、今すぐにでもいけるのに。
 いっそ憐れに、僚は手枷の金具を鳴らし身悶えた。
 男はそれを冷ややかに見つめ鞭を取り上げると、揺れる腰に軽く押し当てた。

「三十だ、僚」

 言い終えると同時に鞭を振り上げ、突き出された尻を打つ。
 突き刺すような鋭い痛みに、僚は短い悲鳴を上げた。
 それが薄れるにつれ、徐々に鈍い痛みが尻全体に広がっていく。やがてそれも消える頃、えもいわれぬ感覚が奥底から這い上がってくる。
 僚は数える事も忘れ、その感触に酔った。
 そうなる事を予測していた神取は、僚の反応に満足し妖しく微笑んだ。
 特殊な感覚に酔っていたのは、男も同じだった。
 傷付ける為でなく人を打つのは、他のどんな官能よりも強い。
 待っても無駄だが、神取はしばし僚の声を待った。案の定、一つ目を数える声は聞こえてこない。

「数えないと、いつまで経っても終わらないよ」

 赤く染まる跡を鞭の先端で撫でながら、神取は静かに言った。

「無理…できなっ……は、外して…」

 乱れる息を懸命に飲み込みながら、僚は途切れ途切れに懇願した。
 強く弱く、じんじんと痺れるような快感に呼吸もままならない。
 痛みよりも尚強い感覚が、僚の心を蝕む。
 これでは、到底三十を数えきる事など出来ない。

「外して欲しかったら、ちゃんと数えなさい」

 しかし男は、いっそ冷酷に言い放った。

「たかひさ……」

 切なく訴える僚の目に、無情にも鞭を振り上げる男の姿が映る。
 絶望に打ちひしがれ、僚は身体を強張らせた。
 直後、鋭い衝撃が背筋を貫く。

「…ひとつ」

 叫びを噛み殺し、僚は一つ目を数えた。はっはっと息を引き攣らせ、少しでも長く鞭の余韻に浸ろうと膝を擦り合わせ腰を振る。
 いつも以上に鞭に感じてしまうのは、やはり薬のせいだろうか。
 それとも…不意に涙が滲む。
 慌てて瞬きを繰り返しごまかす。
 涙が流れても、男が心を動かす事はない。
 それで責め苦が酷くなる事も、ない。
 三十数え終えるまで、解放される事はないのだ。
 そして。
 男が限度をこえて無理を強いる事もない。
 どこまでが限界か見極め、ぎりぎりまで責める事はあっても。
 だから本当は安心して身を委ねて構わないのだ。とはいえ、実際行為が始まったらそんな事を思う余裕はないが。
 二度目が振り下ろされるが、またしても数える事は叶わなかった。
 三度目が振り下ろされてようやく、二つ目を口に出す。
 男は構わず鞭を振り上げ、僚を打った。

 

 

 

 僚が三十を数え終えた時、実際打った数は五十を軽くこえていた。
 細い鞭の跡は腿の後ろや背中にまで及び朱に染まり腫れて、見るからに痛々しい有り様を晒していた。
 そして本人は、幾度も気を失いかけては鞭の痛みに引き戻され、途中から耐え切れずに流した涙で頬を濡らし激しく泣きじゃくり、やがて声も途切れ、今は弱々しく喘いでいた。
 男は鞭を片手に立ち上がると、僚の身体を抱き起こした。ふと下を見ると、鞭で散々打ち据えられたというのに、萎える事無く主張を続けている硬く反り返った僚の性器が目に入った。
 不規則に揺れる様は、根元を戒められ、射精を許されない怒りを訴えているようだった。

「は…外して……」

 うなだれた顔を上げ、やっとの思いでそう告げる。

「いい子だ、よく我慢したね。今外してあげるよ」

 にっこり微笑む男にほっと肩を落とし、僚は目を伏せた。
 しかし、外されたのは後ろ手に繋いだ枷の金具だけだった。自由になった両手をだらりと脇に下げ、僚は不安そうに男を見つめた。

「後は自分で外しなさい。手が使えるのだから出来るだろう」

 思ってもいなかった男の言葉に、目を見張る。
 胸の奥がすっと冷えていく感触に、僚は身を震わせた。鞭の痛みも、この時ばかりは遠ざかった。男の手で外してもらう事も、いかせてもらう事も出来ないのだ。
 あまりの事に言葉を失う僚に、男は更に追い討ちを掛けた。

「手で満足できなかったら、これを入れるといい」

 黒の乗馬鞭を差し出す。

 私に抱かれるより、鞭の方が欲情するのだろう

 そう含んだ男の言葉に、僚は目の前が真っ暗になるのを感じた。
 触れてもらうどころか、入れてももらえない。
 そこまで、男を怒らせてしまったのだ。
 僚は自身を解放する事も忘れ、鞭と男を交互に見つめた。
 浮かんだ笑顔の奥にある本心を、見出す事が出来ない。
 男の言葉は、勿論、本気ではない。
 涙を流し、苦痛に耐えて従う僚の姿に、何度抱きしめてやりたいと思った事か。
 しかしそれ以上に、彼の耐え忍ぶ姿をもっと見たいという欲求がある。
 男はその両方を満たそうと、俯き、声も上げられず涙を零す僚の身体を腕に包み込んだ。
 余程ショックだったのか、僚は微動だにせず男の腕に抱かれた。
 微かな鼓動と、幾分熱を帯びた裸体が、服を通して男の肌に伝わってくる。
 やんわりとした抱擁を、僚は俄かには信じられなかった。
 怒っているのでは、ないのか。
 もう許されたのだろうか。
 もしそうでないなら、自分はどうすればいい。
 何でもする。
 見捨てられるのは、身を切られるより辛く恐ろしいから。
 それを避けられるなら何でもする。

 何でも……

 半ば混乱しつつ、僚は繰り返し謝罪の言葉を口にした。
 男は必死に、心の中で一つの欲求と戦っていた。
 今ここで、優しい言葉とともに頭をそっと撫で、僚の気の済むまで慰めてやりたい。
 泣き止むまで抱きしめていてやりたい。
 けれどそうではないのだ。
 自分が欲するもの、僚が望むものは。
 僚は支配を望んでいる。
 他でもない、男の支配を。
 誰かにきつく縛り付けられて初めて、自分の存在が認められていると安心する。
 そして今は、その誰かが、自分以外の何者でもないのだ。

「……僚」

 おもむろに、男は僚の耳元で名を呼んだ。
 わずかに身じろいで応える。

「どうして欲しいか、言ってごらん」

 尋ねられ、おどおどと両腕を上げて男を抱き返しながら、僚は短く答えた。
 ぎゅっと男にしがみつく。
 短い答え…「ごめんなさい」というひと言に、僚を愛しく思う気持ちが更に強まる。同時に、僚の勘違いを逆手に取り苛める為の口実にしている自分に、罪悪感を抱く。
 しかし、ここまできて今更本当の事を口にする事は出来ない。そうする事はかえって、僚を傷付けることになると思ったからだ。
 彼がどれほど自分を思っているか、聞くまでもなくわかっている。
 僚はいつだって全身でその事を訴えている。それに対して自分は、同じように、それ以上に、想いをぶつける。
 それだけだ。
 頭で思うよりはるかに難しい、それだけだ。

「許して欲しいかい?」

 男の言葉に僚は何度も頷いた。
 許してもらえるなら、何でもする。

「もう外して欲しい?」

 僚の根元を戒める革枷を撫でながら訪ねる。
 痛いほど感じるそこを緩慢に撫でられ、僚は呻きにも似た声を上げて腰をくねらせ小さく頷いた。

「おねがい……」

 感覚は半ば麻痺しているのに、それでも時折強烈な快感が襲ってくる。

「なら……」

 両脇にだらりと下がったままの僚の手を掴み、再び背中に回して両手を繋ぎ合わせる。
 黙って身を委ね、僚は続く言葉を待った。
 両手の拘束を終え、次に男は僚の性器に触れた。

「くぅっ……」
「ああ、痛むね……今ほどいてあげるから、少し我慢して」

 僚は息を詰め、男の手が丁寧に紐を取り去っていくのを待った。ようやく戒めから解放される。少しだけ痛みが和らいだ。
 神取は彼の尻から垂れ下がるローターのコントロールを手にした。

「私がいいというまで我慢出来たら、許してあげよう」

 コントロールのつまみに指をかけ、男は到底無理と思われる要求を口にした。
 案の定、僚の顔が苦しげに歪む。僚は首を振った。
 無理だ。出来ない。

 今にもいってしまいそうなのに……

 だが僚は、覗き込む男と目を合わせ、顎を引いて頷いた。

「いい子だ」

 男の口元が緩む。僚はぐっと唇を噛んだ。大きく喘いで目を閉じる。自分が従う事で男が喜ぶなら、何でも出来てしまえる。
 痛々しいほど健気な僚の姿に、自身の限界が近付く。それを巧妙に隠して、男はつまみを最大までスライドさせた。
 僚の内部で、微弱な振動を続けていた塊が指令を受け激しく震え出す。

「あぁ――!」

 鋭い悲鳴を迸らせ僚は仰け反った。
 倒れてしまわないよう背中に腕を回し支えてやりながら、男は僚の耳に光る白金の輪に唇を寄せた。
 煌めくそれを唇に挟み、軽く引っ張る。

「ひっ…!」

 ピアスで耳朶を引っ張られ、えもいわれぬ快感が背筋を貫く。下腹で受けるそれとは全く異なる感覚に、一瞬目が眩んだ。
 白い喉を晒し、僚は何度も嬌声を上げた。

「私がいいと言うまで、我慢するんだ」

 輪郭を舐めながら、男が更に追い詰める。
 耳の中に舌を差し込まれ、僚は引き攣った喘ぎをもらした。
 無遠慮に振動を続けるプラスチックの塊が、戒めから解放された僚の下腹を甘く刺激する。

「も…駄目……あぁっ……!」
「まだだ、僚」

 男は執拗に耳を責めた。時折戯れに胸を撫で、僚を煽る。

「い、く……」
「まだだ」

 冷酷に言い返され、僚はぐっと息を詰めた。
 しかしもう、そこまで迫っている。
 これ以上続けられたら、確実に射精してしまう。
 けれど男は許さない。
 僚は必死に、射精の瞬間を先延ばしにしようとこらえた。

「た、か…ひさ……」

 目を潤ませ、切なげに名を呼ぶ僚の、壮絶なまでに官能的な姿に男の胸が激しく昂ぶる。

「も……」

 ぶるぶると首を振る。限界が近いのだ。
 頭がおかしくなってしまいそうに快感を与えられているのに、射精を禁じられている状況に僚は思わず涙を滲ませた。
 眦にたまった涙が、先に流れまだ乾ききっていない跡を伝い男の肩口に落ちた。

「あ……たすけ…て――」

 ついに僚はセーフワードを口にした。
 間を置かず先端から白い液が迸る。

「あ…うぅ……」

 僚は男から顔を背けすすり泣いた。泣きながら、言い付けを守れずいってしまった自分を、心の中で詰る。

「ご…ごめんなさ……」

 満足に喋れない口で必死に謝罪の言葉を綴る僚に笑顔を向け、男は頬に触れた手をおろしてそれを握り込んだ。

「はぅっ…」

 射精をせき止める強さで握られ、僚の身体がびくんと跳ねる。
 痛みではないが、再び戒められた事で腰の奥が重く疼く。それでも、僚は口を噤んで耐えた。
 これは罰だ。
 男の言う事に従えなかった自分に対する罰に他ならない。
 頭ではそう思っていたが、僚は腰を揺するのを止められなかった。

「少し、無理をさせてしまったね」

 握った手はそのままに、男は優しく囁いた。

「も…しない…から……許して…いかせて……」
「勿論、気の済むまでいかせてあげるよ」

 短く息をつきながら男の顔を見上げる。
 目が合うのを待って、僚の後孔に埋め込んだローターを一気に引き抜く。

「くぅっ……」

 苦痛と快感が入り混じった顔に、息も詰まる悦楽を味わう。

「何をしていたか、隠さず話したらね」

 僚は一瞬目を逸らしたが、束の間の沈黙の後、男が帰ってくるまでの時間を包み隠さず告白した。
 途切れがちに綴られる僚の言葉に、彼がいかに自分を崇拝し尊敬しているかを改めて知り、男は心が揺さぶられるのを感じた。これほどまでに深く純粋に想ってくれるパートナーにめぐり逢えた事を、感謝せずにいられなかった。

「もう…絶対、しな……」

 僚は繰り返し、謝罪と誓いを口にする。
 目にかかる僚の前髪を指で梳き上げてやると、濡れた頬に唇を寄せ流れた涙を舐め取った。

「許してあげるよ」

 額に口付けながら囁かれた言葉に、僚の強張っていた心が安堵に包まれる。
 力を失った僚の身体を自分にもたれさせると、肩越しに視線を落として手枷の金具を外した。そして解放した両手を肩に回させ、抱き上げてベッドに横たえる。
 ぐったりとベッドに身を沈め、僚は間近にある男の顔をおずおずと見上げた。
 穏やかな笑みに、急に羞恥を感じ手の甲で自分の顔を隠す。
 泣き顔を見られたのは今日が初めてではないが、いつまでも晒しているのは耐えられなかった。片手で隠しながらもう一方で涙を拭う。
 男はベッドに腰掛け、僚の呼吸が整うまで静かに待ち続けた。苦しげな浅い呼吸はやがて落ち着いたものに変わり、ささやかなものへと移っていった。
 それでも僚は顔を隠したままでいた。
 神取はふとひと息笑うと、覆い被さる形で両手をつき、顔を隠す僚の手に唇で戯れながら尋ねた。

「もう、いいかい」

 僚はごく小さく頷いた。

「僚、何がしたい?」
「……セックス――」

 舐められ、咥えられる手を震わせながら、僚は望みを口にした。目を閉じているせいで、指先に絡み付く舌の動きがリアルに伝わってくる。

「……したい?」

 不意に、耳元で囁かれる。
 鼓膜を犯す甘く心地良い低音に、僚は熱く喘いだ。頷き、わずかな吐息と唇だけで「したい」と返す。
 そしてゆっくりと手を退け、思ったよりも近くにある男の鋭く強い眼差しをまっすぐ見つめ返す。
 もう、我慢出来なかった。
 顎を上げ、男に口付けをねだる。ゆっくりと寄せられる唇をとらえ、噛み付かんばかりに舌を絡める。
 強く吸い付いてくる僚の舌をあやしながら、神取は下衣をくつろげた。

「ん…んん……」

 散々焦らされた身体は舌を絡めあう行為にさえ酷く感じてしまい、急激にのぼりつめる。
 肩にしがみつく腕の力強さでそれを察した男は、左手を頬に、右手を僚のそれに伸ばし愛撫した。
 身体が記憶する、男の指の動きが僚を射精に導く。

「っ…出る――!」

 身体が浮き上がる錯覚に見舞われ、僚は咄嗟に男の首に腕を回しきつく抱き付いた。上下に扱く手の動きに合わせ、何度も腰を跳ねさせる。

「いいよ、出して。我慢せずいってごらん」
「あぁ――……!」

 待ち望んだ、男の手の中での絶頂。軽い吐き気まで込み上げてくる。
 僚は思う存分精を吐き出した。
 勿論、まだ満たされる事はない。体内に溶けて広がった薬はいよいよ効力を増す。
 まだ乱れる息を整えながら、間近にある男の顔を両手で包み込み唇へと誘う。

「ふぅ…ん…ん……」

 音を立てて唇を貪り、わずかに顔を離して舌先を絡め合う。熱い吐息を交えながら舌を小刻みに震わせ、また唇を塞ぐ。

「もっとたくさん……触って……もっと……」

 口付けの合間に僚がねだる。
 微笑み、ねだられるまま熱塊を扱く。
 悦びを表してか僚のそれはびくびくと弾んで、わずかもしないうちに精を迸らせた。
 それでもまだ萎えず、硬いまま主張を続けている。
 男は腰を寄せて、己のものを擦り付けた。

「うぁっ……!」

 余程たまらないのか、触れた瞬間僚は甘い吐息をもらし、喉を反らせた。
 その声に隠れて、男も喉を鳴らす。

「いっしょに、扱いて」

 神取は言った。
 下部の甘い疼きに震え、それでも顔を掴んだまま離さないでいる彼の手を取り、下腹へと導く。
 僚は微かに頷き、自分に寄り添う男のそれに手を這わせた。
 接触に呼応してびくんと揺れたそれに、唐突に疑問が生じる。
 僚は、頭に浮かんだ言葉をよく考えもせずそのまま男にぶつけた。

「俺の身体で…感じる……?」
「君が証拠を握っている」

 神取は快感に目を細め、僚の手に熱く滾る自身を擦り付けた。

「はっ……」

 一瞬、息も出来なくなる。

「扱いて、僚。もっと……」

 ぶるぶると震えて満足に動かせない僚の手を包み込み、互いのものをひとまとめに扱き上げる。

「あ…あぁっ……は、んん……」

 自分のものからも、男のものからも透明な雫が湧き出して、扱く手を濡らし卑猥な音を立てる。
 粘ついた水音に興奮は増し、僚は我を忘れて腰を突き上げた。
 相手の熱塊に自身のものを擦り付けると、男の口からもわずかな呻きがもれ落ちる。
 まるで、男を犯しているようで、ますます興奮が深まる。

「さっき、言った、の…嘘……じゃない、から……」
「……なに?」

 とろんと目を潤ませ快感に酔っていた僚が、唐突に口を開き喘ぎながら言葉を綴る。
 神取は短く聞き返し、言葉を促した。

「さっきの…あぁっ……聞いて……」
「聞いているよ」

 新たに滲んだ涙が、眦から零れ落ちる。親指で拭ってやり、不安そうに揺れる瞳を優しく絡め取る。確かめても、一度では安心し切れなかった不安定な心がそこに見え隠れしている。
 手を動かしながら、続く言葉を待つ。しかし聞くまでもなく、僚の言いたい事はわかっていた。

「あ…は、あぁ……いく――」

 極まりに全身をわななかせ、僚は激しく身悶えた。
 もう、喋る事もままならない。
 ただ伝えたい気持ちだけが残って、手や唇で男に訴えかける。
 背中を弄っていた僚の手が、絶頂の瞬間強張り指先がぎゅっと押し付けられる。
 快感の度合いに比例した強い圧迫に、男は心地良さの余りいってしまいそうになる自身を慌てて押しとどめる。

「あぁ…あ……」

 僚の体内で溶けた媚薬の効果が、更に彼を犯す。
 何度精を放っても満足する事が出来ず、もっともっとと欲しがる自分を止める気すら起きず僚は男を求め続けた。
 何かを、伝いかけていた事すら忘れ、未だ繋がれたままの両足を折り曲げ自ら後孔を晒す。
 膝を抱え、こちらに後孔を晒す格好を取る僚の姿に、目が眩むほどの興奮を覚える。

「どうしてほしい?」

 差し出されたそこを指先で軽く刺激しながら、男は尋ねた。
 本当は今すぐにでも入れたいくらい、昂ぶっている自分を隠して。

「い……入れて――」

 媚薬に侵され、もつれる舌で何とか訴える。

「前はもう、触らなくていいのかい?」

 指先だけを埋め、意地悪く聞き返す。
 枷のせいで膝は充分に開かず、今の状態では両方を満足させる事は出来ない。

「あ、や…嫌……あ、は……あぁ……」

 指先だけで抜き差しを繰り返され、後孔をひくつかせながら僚はいやいやと首を振った。ねだりながら、必死に手を伸ばし男のものを捕らえる。
 思わず腰が弾む。扱く動きはひどく巧みで、神取はしばし技巧に酔った。

「意地悪し…ない、で……俺のなかで…感じ…て……」

 そんな風に誘われて断れるはずがない。枷を繋ぐ金具を外し、膝を掴んで足を開かせる。
 必要以上に大きく膝を割られ、そこに男の視線を感じて、僚は掠れた声と共にうっとりと目を閉じた。いつもなら恥ずかしさに悶える扱いも、今は痺れるほどの快感だ。
 次の瞬間、晒されたそこに男の熱塊が突き立てられる。溢れた互いのもので充分潤い、痛みはない。

「う…あぁっ…あ、はぁ…ん……!」

 力強く侵入してくる怒漲に僚は悦びの声をしとどにもらした。
 ぐぐっと押し進められ、ようやく最奥に達した瞬間、僚は凄まじい快感に飲まれ精を放った。

「いい……すごく、いい……も…と、欲し……」

 両足を男の腰に巻き付け、飲み込んだそこに力を込める。
 僚の望むまま男は腰を突き出した。

「あ、ひ…ぃっ……」

 数回抽送を繰り返しただけで、僚は呆気なく吐精した。しかし身体は満足せず、次の解放を求めて暴走する。

「やだ、足りないたかひさ……もっとして、ああ……もっと!」
「……私もだよ」

 神取は激しく突き込みながら応えた。背中に腕を回し、僚を抱き起こす。繋がったまま膝の上に乗せ、腰を使って深くまで抉る。

「や…ああ、おくぅ…きもちい……」
「そう…君の好きなところだ」
「ああ…すき、おく…もっとして……もっと」

 より深いところを突かれ僚は大きく仰け反った。咄嗟に男の肩にしがみ付くが、脳天を直撃する凄まじい刺激に今にも倒れてしまいそうになる。
 それに、官能が強すぎて意識がどこかに持っていかれそうで、それが怖い。
 僚はもつれる舌で必死に訴え、ほとんど力の入らない手で男に助けを求めた。

「大丈夫だ、僚。ちゃんと捕まえていてあげるから、どこにでもいくといい」

 しなやかに反り返った背を両手で支え、男は更に激しく僚を揺さぶった。
 悲鳴にも似た喘ぎが僚の口から迸る。何度も何度も、何度も男の滾るもので擦られ、やがて熱が放たれる。
 深奥で不規則な脈動を続ける男のものをきつく締め付け、僚は自ら腰を揺すって快感を貪った。

「まだだ、まだ足りない……僚」

 男は一旦自身を引き抜くと、横臥の姿勢を取らせ再度突き立てた。

「ひぅっ……!」

 片足を持ち上げられ、繋がった部分を見つめられながら貫かれる。
 自分のそこが、男のものをどんな風に咥えどんな反応を見せているか耳元で囁かれ、僚はぶるぶると身体を震わせ羞恥と隣り合わせの快楽に酔った。

「あ、あぁ……もっ…おかしく……な……」
「それを見せてくれ……!」
「あぁ…うん、鷹久が……ああぁ!」

 何度絶頂を迎えたかもうわからない。
 今度は後ろから突き入れられる。支えきれず崩れた上体を激しく揺さぶられながら、僚は甘い鳴き声を上げた。
 鞭の跡がくっきり残る尻を妖しく揺すり、快楽に応える僚の痴態は、まるで男を挑発しているようだった。
 たまらずに尻を叩く。
 鋭い悲鳴と共に、僚のそこがきつく締まる。
 不覚にも、男はそれだけでいってしまった。
 注ぎ込まれる精液の熱さに、僚が胸を喘がせる。

「おねがい、もっといって……俺のなかで、もっと……ぜんぶ、あぁっ…ほしい」

 鷹久の全部が欲しい。
 もう、何も考えたくない。
 他の事は何も。
 ずっとこのまま、繋がっているだけでいい。
 二人ともどろどろに溶けて、一つになったらいい。
 尻を打たれ悲鳴で応えながら、僚ははちきれそうになる意識の底でぼんやりと思った。
 前方を弄っていた男の指が、先端の窪みにぐっと突き入れられる。
 激痛が走ったのは一瞬で、即座に目も眩む強烈な刺激に変わり僚を飲み込んだ。

「あぁっ……た……かひ…さ――!」

 そして強すぎるがゆえに、僚の意識はそのまま白い闇に飲み込まれていった。

 

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