Dominance&Submission

悪くない

 

 

 

 

 

 脱がせたバスローブをソファーの背にかけ、神取は手に残った白い帯を使って後ろ手に括ると、観念したように大人しくなった僚にじっくり目を這わせた。
 僚はソファーの上で縮こまり、纏わりついてくる視線の熱さにじっと耐えた。
 と、男が動いた。
 背中に覆いかぶさってくる男の息遣いを肩に感じた直後、そこにじわじわと歯が食い込んできた。

「!…うっ……ん」

 驚きはしたが、男が自分を傷付ける事など絶対ありえないともうわかっている頭が、すぐに怯えを取り払ってくれる。そうなると、痛みのずっと手前のむず痒さに笑いが込み上げ、僚はおっかなびっくり唇を緩めた。
 もれる声に痛みや怯えが含まれていないのを聞き分け、神取は上手に力を加減して口を離した。肌についた噛み痕に舌を這わせると、今度は戸惑ったようなため息が零れた。笑っているようにも聞こえる軽いかすれに、自分もそのような気分になる。
 続いて腕に噛み付く。

「あっ」

 肩から少しずれた箇所に歯を受け、僚は詰まった声をもらした。大きく、緩く歯を当てられているのでほとんど痛みはない。唇や舌とは全く違うかたい歯の感触に反射的にぞくっとしてしまうが、ほんの一瞬の事で、それが過ぎると今度は何やら妖しげな感覚がもやもやと込み上げてくる。
 これは何だと目を凝らそうとするところで噛み痕を舐められ、つい間抜けが声が零れてしまう。
 恥ずかしさにぐっと息を飲むと同時に三度噛み付かれた。
 そこで、一度目の噛み痕がじわじわと熱くなっていった。

「あ……」

 痛いような痒いような、何とも言い難い感覚に身体全体が汗ばむようだった。
 四度目の噛み付きで二度目の痕が、そして三度目の痕が痛痒くなる。順繰りにじわりじわりと熱を帯びていくそれらが、痛いのでも痒いのでもなく、肉欲的なそれだと気付いた途端、下腹がずくりと大きく脈打った。
 まさかと自分自身にうろたえ、僚は身悶えた。

「きたかな」

 何が、と思うと同時に前をやんわりと手の中に包み込まれた。そこで言葉の意味を理解する。

「……たかひさ」

 僚はびくりと腰を跳ねさせた。下部に感じる痺れるような快さと、肩や腕につけられたいくつもの噛み痕とが繋がって、全身が甘い疼きに包まれる。
 男の手の中で自身のそれが一段大きく膨らむのを感じ取り、僚は高い声を放った。

「どうした?」

 身体のあちこちに噛み痕を刻みながら、男が低音で聞き返す。
 ただでさえ身体が熱く、震えてならない僚は、さらに身震いを放った。
 男の唇が腰の辺りに移る。手は、触れた時からずっと同じように、ゆるゆると扱く動きを繰り返していた。

「ね……鷹久」
「どうした、僚」
「あぁっ……も、ねえ、もうやめて」
「何を止めてほしい?」

 そう聞き、神取は丸く形良い尻に歯を立て、じわじわと食い込ませていった。前に回した手は、思い出したように気まぐれに動かして欲を煽る。

「やだっ……!」

 刻む途中で僚の悲鳴が上がるが、痕を残すまで口は離さない。びくびくと、おののいたように腰が硬直する様を愉しみながら、神取は歯型を残した。見なくてもわかるほど、手が彼の先走りでぬるついている。竿に塗り付けるように手を動かすと、のたうつように背筋が震えた。

「噛むのも……手も、……もうやだ」
「そうはいかない。これはお仕置きなのだから」
 君がよく反省できるように、泣いてもやめるつもりはない
「そ、んな……あっ!」

 僚の声がひときわ高くなる。後孔の際どい所に舌が這い、おぞ気に喉が震えたのだ。

「それ、だめだ……だめ、だめ……舌入れるな、だめ――だめぇ!」
「じっとしていなさい」

 前に逃げようとする身体を片腕でがっちりと抱きとめ、神取はぐぐっと舌を挿し入れた。
「やあぁ……!」
 高い悲鳴と共に、緩く握った手の中で僚の性器がびくびくっとわなないた。
 透明な涎はますます溢れ、動かすごとににちゃにちゃと卑猥な音が立つ。
 神取はきつく締まった後孔の襞にじっくり舌を這わせ、竿を扱き、袋を弄って、更に僚を泣かせた。

 

「あぁっ…あっ…ん、んん」

 逃げようとのたうっていた身体はいつしか男の手に性器を擦り付ける動きに変わり、気付いた神取はしばしさせたいままにした後、すっと手を退けた。
 じれったがる声が上がるのに、男はほくそ笑む。

「……うっ」

 どうしても動いてしまう腰を悔しがり、僚は唇を歪めた。
 神取は指先を軽く触れ合わせ、指から手のひらからまんべんなくねっとり纏わる先走りに口端を緩めた。

「こんなに硬くして、濡らして、いやらしい子だね君は」
「………」
「噛まれて怖がるよりも興奮するなんて」
「そういう…身体にした……鷹久が」

 僚は膝を折り曲げた格好で丸くうずくまり、もごもごと口を動かした。
 男の嗤う声に全身が汗ばむほどの恥ずかしさに見舞われるが、一方で、そんな自分の惨めさに酔い痴れてもいた。
 もっともっと笑われたい。男に支配される自分を実感したい。無様な格好で激しく抱かれて、震えるしか出来なくて、声がかれるまで貫かれたい。
 あの、他では得られない深い満足感と、もう二度とするものかという懲りた感覚を今回も得たい。
 いつも、もう二度とあそこまで追求するものかと懲りるのだが、こうして男の熱を傍に感じるとそんなもの吹き飛んでしまう。一人の時思い出すのは、執拗な追求に疲れ果て朦朧としたそれらではなく、甘く強烈な快感ばかりだ。
 僚は、ずきずきと脈打つ下腹の欲望にうっすらと笑みを浮かべた。後ろも疼いて仕方ない。舐められて身が細る思いだったが、本当には嫌ではない。嗚呼男は本当に、上手くこちらの羞恥を煽ってくることだ。
 直後はっと息を飲む。男の手が次なるお仕置きを実行したからではない。どうして自分が腹を隠すように膝を折ったのか思い出したからだ。

 

「きちんと腰を上げなさい」
 まるで心を読んだかのように、男の手によって尻を叩かれる。
「!…」

 僚は反射的にごめんなさいと口走るが、しかし言う通りの姿勢を取る事は出来なかった。

「鷹久……ベッドに……寝室に行きたい」

 僚は後ろ手の不自由な身をよじって男に顔を向け、懇願した。
 寝室でならどんなお仕置きも我慢するから、泣いてもやめなくていいから、どうかここで続けるのだけはやめてほしいと訴える。
 男は答えず、無言のまま帯を解きにかかった。
 僚は解放された手を恐々と動かし、頭の横に持っていく。起き上がろうと力を込めると同時に男の手が肩にかかり、抱き起した。
 移動を許されたのだろうかと、僚はソファーから立ち上がろうとした。しかし、男の手が導くのは仰向けの姿勢だった。

「たかひさ……」

 僚はきつく眉根を寄せ、視線をぶつけた。そこに楽しげな微笑を見止め、冷たく美しい支配者の貌に見惚れ、何も言えなくなる。腰の奥深く、腹の底からか込み上げてくる深い愉悦に、息が乱れた。
 僚は抵抗も忘れ、押されるままソファーに仰向けに寝そべった。

「いい子だね」

 静かな低音が鼓膜を震わす。僚は薄く目を閉じ、ぶるぶるっと震えを放った。

「本当にいい子だ」

 うっとりと浸った貌で目を閉じる少年に、神取は満足げに唇を歪めた。腹の辺りにそっと置かれた両手を掴み、身体の前で揃えさせると、彼は素直にその姿勢でかたまり、帯で拘束する間も一切抵抗はしなかった。
 こちらが支配し動かしているように見えて、実際は彼の望む通りを後追いしているのだ。彼の希望を叶えている。しかし希望は彼だけのものではない。彼と自分、お互いのものだ。
 どちらか一方の強制ではなく、お互いの合致がこの場を支配している。
 支配者は自分であり、彼であり、だからこそまっとうな行為では得られない至高の瞬間を迎える事が出来るのだ。

 

 神取はしっかり帯を結ぶと、その手を頭の向こうへ軽く押した。僚はしばし抵抗して、諦めたように力を抜いた。
 無防備な身体が晒される。
 まだ大人になりきれない、半ばの美しい肢体にしばし目を奪われる。
 少々細いが、適度に筋肉のついたしなやかな四肢、瑞々しい肌、首筋の張った具合や喉仏までも愛おしく感じる。
 一番目を引くのはやはり、彼の雄だろうか。欲を一杯に溜めて腹の方へきつく反り返り、時折びくびくと不規則に震えては、開放してもらうのを待っている。
 身体の隅々に視線を這わせていると、僚は恥じらいもじもじと手足を動かした。しかし、指示した通りの姿勢を大きく崩す事はなかった。
 隠したくて仕方ないが、言い付けを破るのはためらわれる。
 けれどやはり恥ずかしいと、よそへ視線を逸らせる。
 悪くない。
 むしろ上出来だ。
 あまりに何でも素直に受け入れるのはつまらないというものだ。ああでも、すっかり溺れて素直の塊になった彼も悪くはない。むしろ大好物だ。
 まあつまり、どの瞬間の彼も非常に美味ということだ。
 その彼を、もっとたくさん一滴残らず味わうとしよう。
 神取は両膝を曲げさせると空いたそこに腰かけ、自分の上に足を乗せるよう促した。
 僚はぎくしゃくと動いて足を延ばした。しかし完全に力を抜くには至らなかった。どうしても強張ってしまい、従う気持ちと抗いがぶつかり合って、時折びくりと膝が痙攣のように震えた。
 それを見て、神取は愉しげに笑った。
 目の端で男の表情を見て取った僚は困ったようにあるいはふてくされたように眉根を寄せた。
 直後、頬が引き攣る。
 男に片足を持ち上げられ、ふくらはぎを舐められたからだ。思った以上に舌が熱く感じられて、反射的に全身が引き攣った。痺れたようなくすぐったさに困惑していると、続いて脛に歯を立てられた。
 先刻と同じく、ほんの軽い接触だ。しかし骨に近い分歯のかたさがくっきり感じられて、これっぽっちも痛みを感じないのに僚は身を竦ませた。
 腹部が緊張で忙しなく波打つ。
 神取はそれを横目に眺め、面白いと愛でた。

「君の身体は、どこもかしこも美味いな」

 そう告げると、僚は恨めしそうに目線を寄越してきた。
 片足を持ち上げたまま、性器に手を伸ばす。

「やだ……」
「嫌かい? そりゃいい、お仕置きになる」
 神取は躊躇せず手の中に包み込み、くにゅくにゅと動かし始めた。
「う……お願い……ソファー、汚したくない」
「この姿勢なら、君の腹が受け止めてくれる」

 嫌がる声を愉しみながら、神取は扱き続けた。始めはゆっくりと、段々速めながら、中に溜まっているであろう欲望をこれでもかと刺激する。

「だめ……あっ鷹久、やだ」
「そろそろいきそうかな。随分腰が揺れているね」
「あぁっ……」

 両手で顔を隠し、僚は呻いた。大きな塊がせり上がってくる感覚に、腰を動かさずにいられなかった。

「だめ……だめっ」

 何が駄目なのか、何を拒んでいるのか自分でもわからなくなる。僚はうわ言のように繰り返しながら、間もなくやってくるだろう解放を待ち焦がれた。
 しかし、寸前で男の手が離れる。

「!…」

 またも焦らされるのかと歯噛みすると同時に、ぬるぬるとした細長い異物が後ろの孔に入り込んできた。僚はひっと喉を引き攣らせ、内襞を擦って蠢く二本の指に目を眩ませた。
 一気に身体が引き上げられる。あ、と短く叫び僚は吐精した。

「ほら、ふふ……よそには飛び散らずに済んだよ」

 神取は後ろに埋め込んだ指をくねらせながら、射精に悦びわななく僚の性器を尚も扱いた。

「あぁ……あ……」

 僚は呆然と喘ぎ、振り切れた針が戻る余韻の時に浸った。最後まで搾り取るかのように上下する男の手の動きに合わせて、半ば無意識に腰をうねらす。
 すっかりとろけた顔になった僚に、神取は満足げに笑んだ。
 へその周りに飛び散った白濁を指先で擦ると、くすぐったそうに腹部が引き締まった。
 僚は首を曲げ自らも見やった。扱く手が先端にずれる度、白い涎を足らず自分のそれがしようもなく恥ずかしい。しようもなく気持ちいい。
 でも――足りない。まだまだ、こんなものでは自分も男も満足しない。
 のろのろと目を動かし、男の顔へずらす。男もまた視線を寄越してきた。かち合った瞬間、欲しくて欲しくてたまらなくなり、僚は自ら足を折り曲げて晒し、もっとしてほしいとねだった。

「もっと、指で弄ってほしい?」
「んん……」

 僚は強めに首を振った。わかっている癖に欲しいものをくれない男の意地悪に、僚は奥歯を噛みしめた。自ら力を込めて男の指に噛み付き、挑むように視線をぶつける。

「……私も、こんなものでは足りないよ」

 まっすぐ向けられた眼差しはひどく熱がこもり、余裕がなく、それほどまでに熱望されているのかと思うと胸が高鳴ってしようがなかった。
 指が抜かれ、間を置かず熱く硬いものがあてがわれる。

「んっ……」

 備えて、僚はごくりと息を飲んだ。

 

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