Dominance&Submission

君としか出来ない事

 

 

 

 

 

 ごほ、と咳込むと同時に、僚の口から唾液に混じって白濁が吐き出された。
 今の今まで男の手によって固定されていた頭…ようやく解放された頭を揺すり、喉の奥に絡み付くものを咳と共に外へ押し出す。
 激しく咳込みながら、僚は涙を滲ませた。半分は反射によるもので、もう半分は、男のものを一滴残らず飲み干したかったのに叶わなかった事への悔しさだ。
 床に座り込みぜいぜいと喘ぐ僚の様を、神取はベッドに腰かけ眺めていた。己の脚の間に僚の身体はあった。今しがた、彼に口淫をさせ、喉の奥で射精した。それで飲み込み切れずむせて、苦しんでいるのだ。
 ただ眺めている訳はなかった。いつも通り、異変がないか顔色や息遣いに注意する。どうやら今回もこれまでと同じく、ひどい事態にはならないようだ。
 安心すると同時に、抑え込んでいた興奮が舞い戻ってきた。たった今出したばかりだというのに、すぐにまた漲る兆しを感じ取り、神取一人苦笑した。
 段々と僚の息遣いが落ち着いたものになっていく。

「はぁ……は、はあ――」

 一つ咳込み、つばを飲み込んで、僚は顔を伏せた。

「落ち着いたかね」

 頭上からの声に小さく頷く。悔しさと申し訳なさで、顔が上げられなかった。理由は他にもあった。見とがめられないようわずかに身じろぐ。縄は相変わらず自由を奪い、びくともしない。いつもの手枷での拘束とはまるで違う。
 縄をかけられるって、こういう事なんだ…ひどく興奮していた。ぞくぞくと腹の底から湧いてくる奇妙な感覚に僚は小さく唇をわななかせた。思うように身体が動かせずとても不快なのに、一方で安心感を抱いていたりもする。がんじがらめにされているのが嬉しく思えるなんて、あの頃にはなかった感覚だ。
 その事に戸惑っていると、うっとりとした呟きが聞こえてきた。

「今の君の姿は、本当に私を興奮させる」

 二度三度の瞬きの後、僚はぎくしゃくと目を上げていった。濃い雄の臭いは気のせいかと思ったが、目にしてはっきりと認識する。出してもまだ硬いままの男のそれに、小さく息を飲む。

「……変態」

 半ば無意識に零れ出た言葉は、男を悦ばせる糧となった。

「そうだね……でも」

 神取は口端を緩めてしゃがみ込み、僚の髪を掴んで上向かせた。
 決して乱暴ではない、むしろ慣れない人間があえてやっているかのようなぎこちない手付きを感じ取り、僚はその落差に背筋を震わせた。

「窒息しそうになっているのに、その事に昂っている君には及ばないよ」
「……その俺に、興奮してるくせに」
「ふふ……ふふふ」

 強い目付きで見据えられ、神取は嬉しくてたまらなかった。
 互いにしようもなく身体が昂っていた。身も心もほてって仕方ない。

 

「あっ……やめろ」
「じっとして」

 神取は両手で頭を掴み固定すると、涎と精液でべたべたと汚れた僚の顎や口の周りを丁寧に舐めていった。

「う……ん」

 男を汚してしまう嫌悪から、僚は顔を背けて逃げようとするが、押さえ込まれ叶わない。硬く瞑った眦に涙が滲む。
 男はそれも見逃さず舌を伸ばし、嫌がる様を愉しみながら一ヶ所ずつ舐め取っていった。
 僚は息を殺し、男の気が済むのを待った。
 温かく柔らかい舌が頬を行き来する。
 舐められる度下腹が疼き、たまらなくて、こんな事さえも糧になるのかと、自分はいよいよどうしてしまったのかと、恐ろしくなる。
 ようやく解放され、ほっとしたのも束の間、硬く張り切った己のそれに男の長い指が絡み付いた。

「!…」
「今にもいきそうだね」

 言葉に僚は反射的に目を開き、思わず熱くなった頬を隠そうと慌てて顔を背けた。
 そこに神取は言葉を重ねた。

「先ほど君が一回、私が一回。次に私がいくまで、君の射精を禁止しようか」
「な……そんな」
「どうかな」

 どうもこうもない。
 穏やかな眼差しを寄越してくる男に、僚は強い目をぶつけた。もう一秒だって我慢出来ないほど追い詰められているのに、これ以上は耐えられない。

「ああ……いい顔だね」
「……なに?」
「いい顔で笑っている」
「――!」

 そんな馬鹿なと、僚は頬を強張らせた。でも、でも…そうかもしれない。自分は笑っていたかもしれない。だって、男と遊ぶのが自分は本当に好きだからだ。こうして二人で遊ぶ時に味わうどんな無理も苦痛も、男が寄越すものは全てあの真っ白な瞬間に繋がる。自分はそれが欲しいと思っている、男と二人でなければたどり着けない極まりが、欲しくてたまらない。
 それを得られるから、自分は笑ったかもしれない。
 しかし、実際に男の手に見慣れたあの細い革紐が垂れ下がるのを目にすると、やはり怖くて尻込みしてしまう。

「たかひさ……」

 いやだと、僚はもれ出る吐息で訴えた。
 弱々しい声はかえって男の嗜虐心を煽るだけだった。
 神取は、僚の首にかけた縄を指で摘まみ軽く引いた。それから目線でベッドを示し、座るよう誘導した。

「……たかひさ」

 僚はかすれた声で男を見上げた。喉が引き攣れ、上手く呼吸出来ない。それが、怖さから来ているのか、膨れ上がる期待のせいなのか、自分でも判別がつかなかった。僚はのろのろと立ち上がった。途中から男の手が肩にかかり支えに回る。それが僚の涙を誘った。

「ベッドに座って、足を開きなさい」

 僚は言われた通りの格好を取り、歪めた顔を男から逸らした。

「散々に我慢した末に出す気持ち良さを、もっと味わってほしい」

 ついに紐が巻き付けられる。一重、二重と回るごとに腹のどことわからないほどの鈍痛が身を襲う。

「うぅ――うぐ、んん」
「もう少しだよ、我慢出来るね」

 声は優しげだが、容赦のない行為に僚は喉の奥で何度も呻いた。
 革紐を結び終えた男が離れても、しばらくは硬直が解けなかった。

 

 トイレから寝室に戻った時と同じく、上体をベッドに乗せたうつ伏せの僚に、神取は覆いかぶさった。

「んっ……う、あぁ!」

 硬く張り切ったものが後孔をじわじわと拡げていく。先に性具で散々にほぐされたからか、腰が抜けるような痛みはない。だが、手放しで快感を悦べるわけでもなかった。
 呼応して前が疼くが、革紐ががっちりと食い込み感じる事を許さない。交互にやってくる痛みと快感とに、僚は息を乱れさせた。
 その間も男の侵入は止まらず、内部のいいところをいくつも擦りながら最奥を目指した。
 射精を禁じられているという状況が、僚をいつも以上に昂らせた。
 だからだろうか、男の怒漲が根元まで突き込まれたと同時に、僚は射精なしの絶頂に見舞われた。

「ひっ……う」

 しばしの硬直の後、何度も腰をびくつかせる僚に、神取は薄く笑みを浮かべた。一回ずつ、大きく引いては突き入れ、また押し込み、繰り返しながら、いったかと呟く。

「あぁ、あっ……うん」

 ひっひっとしゃくり上げながら、僚は頷いた。休む間もなく次の快感を与えられ、身体の震えが止まらない。頭上から聞こえてきた笑いの息遣いも、興奮材料になっていた。
 嗤われて昂るなんて、自分は本当に――

「変態……」

 呟くと、じわりと涙が滲んだ。

「そうだね……でも」

 思いがけず男の声が近い。耳に息遣いを感じ、僚ははっと身を固くした。直後左耳に軽く歯を当てられ、高い声を弾けさせる。

「違うよ」
「……知ってる」

 すっかり馴染みになったやり取り、呼吸の間合いに、神取はぞくぞくするほどの嬉しさを感じた。僚も同じように喜びを募らせ、それがまた興奮を呼び、思わず男を強く締め付ける。

「あぅ……!」
「いいよ……たまらないね」

 いい締め付けだと、神取は興奮のままに激しく腰を打ち付けた。
 男が動く度、にちゃにちゃと粘膜の擦れる音がそこら中に飛び散る。その中に僚の熱い吐息が混じり合い、部屋の中はひどく熱い湿った空間となった。

 

「ああぁもうだめ、もう我慢出来ないぃ……!」

 いきたい、出したい……いかせて。

「もういってるじゃないか、何度も」
「だめっ…乳首だめ!」

 鋭い絶叫と共に僚は腰をびくつかせた。
 神取は指先に摘まんだ小さな突起を優しく捏ねながら、何度も跳ねる腰めがけてずぶずぶと怒漲をめり込ませた。内部は狭く、かき分けるようにして腰を使い、奥を突く。

「ひ、ぃ……あぁ」
「ほら……ふふ」

 僚の反応に満足し、神取は嬉しげに口端を緩めた。眼下では、窮屈そうに縛られた少年が全身に汗を浮かばせ、出せないまま迎えた絶頂にびくびくと不規則な痙攣を繰り返している。
 神取はひと際強く突き込むと、僚の尻を押し潰すように身体を打ち付けた。

「あぅ……あぁ!」
「いいよ、もっと感じてごらん」

 僚はばさばさと髪を振り乱し、後ろから絶え間なく流し込まれる快感に抗おうとした。
 しかし数え切れぬほど抱かれ、男のものによって喜びを覚えた身体では抗う事など出来ず、ただただ飲まれるしかなかった。

「やだ……やだぁ」

 強制的に高みへと引き上げられ、僚は泣きじゃくった。

「嫌じゃない、君はこうされるのが好きだ……そうだろう?」
「あぁあ……たかひさ……あぁっ」

 逃げようと腰をのたうたせる僚の肩を上から押さえ付け、神取は最奥を捏ね回した。ぐいぐいと腰を押し付けると、間延びした高い悲鳴が迸った。同時に痙攣が起こし、あわせて内部がきつく収縮する。
 絞り込んでくる内襞に神取は震えながら笑みを浮かべ、喉を引き攣らせた。

「あぁきもちいい……すごくいい……ああぁ!」
「私もいいよ……いきそうだ」
「たかひさ……あぁ……早くちょうだい、中に、なかに……出して」

 涎を垂らさんばかりに緩んだ顔で、僚は早く、早くとねだり自ら腰を押し付けた。

 

「あ、やだ…抜くな」

 うろたえたように僚は頭を動かした。今の今まで内部を満たしていた熱い塊がなくなり、急速に身体が冷えていくようだった。
 懸命に振り返ろうとする僚の頬に口付け、神取は手早く手首の縄を解きにかかった。余った縄をベッドの外に投げやり、僚の身体を仰向けにして抱きしめる。
 肘から上はまだ拘束されたままだが、自由に手が動かせるようになった僚は、嬉しそうに笑みを浮かべ男に触れた。

「………」

 ふと見ると、間近に男の顔があった。しばし目を見合わせ、僚はわずかに顎を上げた。同じタイミングで男の顔が近付く。
 意図通り読み取ってくれた事を喜びながら、僚は舌を滑り込ませた。迎え入れ、甘噛みしてくる男にくすぐったそうに笑う。

「んっ…んむ……」

 そのままぺちゃぺちゃと互いの口内を貪っていると、空いた孔に再び男のものが埋め込まれた。
 ずぶずぶと入ってくる怒漲に僚は高いよがり声を上げ、より熱心に男の舌を吸った。そうしながら、男の動きに合わせて腰を揺する。腹の上で、きつく拘束された自身が揺れる。揺れるごとにずきずきと重苦しい痛みが全身に広がるが、今はその毒々しささえ快感となっていた。

「あぁ……いい、すごく……たまらない、あぁ、あ、あ、ああっ」

 僚ははっきりと、痛いのがたまらないと男に告げた。神取はわずかに顔を離し、僚の顔を眺めた。わずかに寄った眉、とろけた表情は瞬きを忘れさせるほどで、甘く匂い立つ色気に腹の底がぞくぞくとした。
 急速に射精欲がせり上がってくる。
 神取は一回ずつ奥深くまで押し込みながら、僚の頭を抱えるようにして腕を回し、再び口を塞いだ。そのまま身体を揺さぶると、口の中で僚がくぐもった喘ぎを上げる。声はまるで頭の中に響くようで、ますます身体が昂った。

「……出すよ、君も出して」

 下腹に手を伸ばし、神取は革紐を解いていった。
 僚は頷き、時折襲ってくる鈍痛にじっと耐えた。ようやく解放を許された喜びと、中に注いでもらえる嬉しさに、ひどく息が乱れた。

「よく我慢したね……いい子だ」

 神取はそっと性器を手の中に包み、ゆるゆると扱いた。

「だめ……でちゃう」

 僚は困ったように身動ぎ、早く欲しいとかすれた悲鳴を上げた。

「すぐだよ……君は?」
「おれ、も……もぉいく――!」

 僚は身を強張らせ、抱きしめた男の肌に指先をぎゅっと食い込ませた。
 神取は単調な動きを繰り返した末、深奥までねじ込んで動きを止め、そこで吐き出した。

「ぐ、ぅ……ふ」
「い、あ――!」

 一番深いところにぶちまけられた熱い欲望に、僚もまた白濁をまきちらし、悦びの声をまきちらし、絶頂に浸った。
 叫ぶ唇を塞ぎ、残りを口の中で聞きながら、神取も深い陶酔に漂う。
 しばし二人分の荒い呼吸が続き、やがて静まっていった。

 

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