Dominance&Submission

君としか出来ない事

 

 

 

 

 

 彼の身体に初めて枷を巻いた時、自分はどれほど興奮したのだったか…その前段階の、彼に似合う色や形を考えながら選ぶ時からの事を順に思い出しながら、神取は目の前で震える少年を拘束していった。
 今日使うのはいつもの革製の枷ではなく、何日にも渡って丹念に手入れを施した黒の麻縄だ。調整は済んでいたが、使うのはまだ先になるかもしくは出番なくお蔵入りになると予測していたが、思いがけず機会がやってきた。
 股には通さず、上半身と腕をくくって封じる縄掛けをする。
 途中何度も正面の鏡を確認しながら、微調整しつつ後手縛りを完成させていく。
 鏡越しに見る僚は、目を伏せ、呼吸も密やかに、されるがままになっていた。肩や背骨の緊張も深く、無意識の身体の揺れ以外はぴくりとも動かない。
 以前の事を思い出し、怯えているのだろうか。初めて会った時目にした、彼の身体に残された冷酷な虐待の痕を思い出す。意図して遠ざけているお陰で大分ぼやけてはきたが、目にした瞬間の驚きや怒りといった衝撃は今でも腹の底をぞっとさせる。
 男はその記憶を戒めに、決して彼の身体を傷付けまいと慎重に縄を渡していった。

 

 僚は黙って床を見つめ続けていた。寝室に招かれ、クローゼットの鏡の前で全裸になるよう言い渡され、今日はいったいどんな事を二人で楽しむのだろうと、いくらかの期待と同等の不安とに胸をどきどきさせながら服を脱ぎ去った。
 取り出された黒い縄を目にして、息がつまるほど驚いた。そこから、鏡に映る自分が見られず、ずっと伏せたままだ。胸に、腕に、少しずつ縄が掛けられていく。ぴったりと巻き付き動きを封じられる感触には覚えがあった。その時はもっと無遠慮にきつく、縄もこんなになめらかでなく痛かった…と思う。記憶が曖昧なのは、その頃の自分はとにかく痛みを欲していて、その癖痛い事は怖くて嫌いで、いつも後で一人めそめそと堪えきれぬ痛みに苛まれ泣いていたからだ。恥ずかしくて思い出したくない。だからぼんやりかすれている。
 とにかく、頭の片隅に残っているものによれば、同じ緊縛でも男はまるで違うという事だ。
 背面で固定された手も、動かないほどがっちり縛られたが、血が止まるほどきついという事はない。
 それほどきつくはないのに、妙な息苦しさを覚え僚は浅い呼吸を繰り返した。

 

 最後の一つを結び終え、余った縄の端をくるくると巻き付けて始末すると、神取はあらためて鏡を見やった。彼の身体をこのように縄で彩りたいと頭の中で思っていたその通りの出来栄えに、中々のものだと自画自賛する。
 僚は相変わらず、目を伏せたままだった。

「出来たよ。さあ、見てごらん」

 少し俯いた頭を両手で固定し、正面へと向かせる。

「!…」

 鏡に映った自分に激しい衝撃を受け、僚は言葉もなくただただ鏡を見入った。首輪や枷で拘束されるのとはまた違った興奮が脳天を直撃する。頭の芯がぼうっと痺れたようになり、しばし呼吸もままならなかった。

「君は、黒も似合うね」

 そう言って神取は、胸の上下に渡された縄を、指先で丁寧になぞった。
 女性の身体であれば、乳房を強調されていただろう。丸くふっくらとした膨らみを縄で強引に絞って強調させ、劣情をそそる。その姿はそれはそれはいやらしい事だろう。
 そんな様を脳裏に巡らせ、僚は無いはずの乳房が痛むのを感じた。呼応するように先端の乳首がぷくっと尖る。むず痒いような感覚でそうと知り、鏡で確認して思い知り、恥ずかしさに僚は唇を歪めた。両手で隠したいが、今は縛られて後ろにある。無駄に等しいが、せめて屈もうと足踏みした。そこでふと違和感に気付いた。
 直後、男にまっすぐ立っているよう言い付けられる。僚は抵抗を止め、情けない姿で鏡と向き合った。

「そんな顔をする事はない。とても綺麗だよ」

 鏡越しに男と目が合う。僚は何とも答えようのない唇を引き結び、腹をさする男の手に引き寄せられるように目をやった。違和感がますます大きくなる。ちがう、まずいのだ。
 足踏みのわずかな振動で感じたものの正体に気付き、僚はどうしようかと内心狼狽した。

「もう一つ足そうか」

 何と伝えようか、今すぐ言うべきだろうともたもたしている間に、馴染みのある青い布が視界を覆った。
 ますます言葉が出しにくくなってしまい、僚は身動き出来ないまま息を飲んだ。

「ああ、いいね……君の綺麗な目が見えないのは残念だが、この姿はたまらなくそそる」

 神取は目隠しで巻き込んだ髪を丁寧にすいてやり、頭を撫でた。繰り返していると、僚の足がもじもじと動いているのに気付いた。読み通りだとほくそ笑む。

 

「どこか苦しいところはないかね」

 彼が見えていないのをいい事に、神取は満面の笑みで言った。せめて声音は真面目腐って、あくまでも心配している体を装う。
 すると僚は何事か呟くように唇を動かし、訴えてきた。

「肩か、腕か、手首か。少しでも違和感があったらすぐに言いなさい」
「……うん」

 続けて僚は、あの、と声もなく言った。しかしその先が続かない。
 きつく寄った眉を見て、神取はますます笑みを深めた。言い出すまであと何秒かかるだろうと、何気なく時計を見やると同時に、か細い声が聞こえてきた。

「痛いとこは無いよ……大丈夫」
「それはよかった」

 神取はだらしなく緩んだ笑みを一旦引っ込め、本心から言っているかどうかくまなく観察した。目の動きで読み取れないので難儀したが、どうやら無理をしている事はなさそうだ。

「でもあの……」
「どうした」

 じわじわと笑みが戻ってくる。
 神取は続く言葉に耳を澄ませた。

「……トイレに……行きたい」

 ひどい熱病かと思わせるほど、頬が真っ赤に染まっていた。
 思わず抱きしめたくなった。

 

 これまで少なくない回数使用しているからか、足が自然と歩数を覚えていた。目を閉じていてもどのくらいの感覚か身体に馴染んでいる。
 けれど今は、見えない上に手も使えない状態だ。誰かの介助が必要になる。もちろん…男だ。
 万一倒れた時の為に肩を抱き、寝室から直結のトイレまで誘導する。
 このままいけば、完全に下の世話を頼る事になる。僚は鈍る足をなんとか奮い立たせ、個室に入った。
 そりゃ、服を着たまま漏らしたところとかあれこれ色々見られてるけど、どれもこれも恥ずかしいものだった。
 これからされる事も、血が沸騰するほど恥ずかしいし、消えてしまいたくなるほどだ。
 でも、見えない状況では男に頼るしかない。
 嗚呼でも。
 とてもじゃないが、すんなり排尿など出来そうにない。
 それに、こんな無様な姿を見られて情けなくてたまらないのに、どうにも身体が昂奮している。

「別のものが出そうだね」

 遠回しに、はっきりと言い渡され、僚は喉を引き攣らせた。
 仕方ないだろと開き直る。こんな格好を見られて、どうして平静でいられるというのか。頭にかっと血が上った後は、急速に引いて、めそめそした気分になる。

「構わんよ。出してしまえ」
「あっ……!」

 男の手が性器にかかる。歩く度に揺れていたから、勃起しているのは気付かれていただろうが、あらためて言われるとたまらなく恥ずかしい。
 性器を扱かれ、ああもう駄目だと僚は覚悟を決めた。

「……ごめんなさい」
「そんな声を出す必要はない。楽しんでいるようで、なによりだ」
「楽しくなんか……」
「私は楽しくて仕方がないよ。こんな事、他の誰ともした事が無いからね」

 麻縄で緊縛して、目隠しをした相手をトイレに連れて行き、その人間の排泄を手伝う。進んでしたい事ではない。一人を除いて。

「ん、ん……」

 扱いていると、段々と室内に粘ついた音が響くようになっていった。僚の腰も揺れ出し、始めは逃げるように引けていたのが、前へとつき出す格好に変わっていった。

「そろそろいくか。おっと、倒れないよう気を付けて」

 のめり込むあまり、天地を忘れ傾ぐ僚の肩をしっかり抱いて固定し、神取は手を動かし続けた。先走りに混じった微量の精液で手はべとべとに濡れ、ますます卑猥な音がしてくる。

「あ、あぁ……鷹久」
「いく時はちゃんと口に出しなさい」
「はい……あ、あ、あぁ……いい、いく、いきます……!」
「いいよ、この先だ。このまま思い切り出しなさい」
「あうぅ――!」

 かすれた声と共に、僚は勢いよく白液を放った。とぽん、たぷんと垂れる音が耳に届き、またも消えたい思いで一杯になる。しかし本当の羞恥はその後だった。ひとしきり出して息も落ち着き、鎮まると同時に強い排尿感がせり上がってきた。戻ってきたというべきか。

「あっ、あ……ごめんなさい」

 僚は激しく頭を振りたくり、じょぼじょぼと水面を打つ尿に顔を火照らせた。
 神取は息をひそめ、間近に僚の顔を観察し続けた。見ると、隠した両目の部分が重い色に変わっていた。恥ずかしさの余り泣いてしまったのだ。
 嗚呼なんて可愛い子だろう。
 成人男性相当の排泄を問題なく終え、わずかな身震いの後、僚はすすり泣くように喉を震わせた。
 今にも座り込んでしまいそうな身体を抱き、神取は後始末に取り掛かった。

 

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