Dominance&Submission

ご機嫌いかが

 

 

 

 

 

 始めは大きな画面に興奮したものの、約束の時間が近付くにつれ熱中度は下がっていった。視界の端に書斎の扉が入る度気分がそちらに引っ張られ、何度も時計を確認してしまう。
 僚は早々に片付け、テレビを消し、静かになったリビングで時間が来るのを待った。
 扉の向こうから物音がするようなしないような…つい耳を澄ましてしまう。
 僚は窓の方へ視線を変え、ソファーに座り込んだ。
 そんな風にそわそわと過ごして、時間になると、僚は遠慮がちに扉に近付きこつこつとノックをした。
 どうぞという声を待ってからドアを開く。
 返答は普段と変わりなく聞こえたが、数時間ぶりに目にする男は見るからに疲れた様子で椅子にもたれていた。
 やはり病み上がりにはきつかったのだと、僚は慌てて向かった。

「終わったか?」
「ああ、お陰でどうにか仕上がったよ」

 傍までいって尋ねると、男は答えながら胸に顔を埋めてきた。自分よりずっと背の高いいい歳の男が甘えてくるのに、僚は驚きとおかしさを同時に味わった。
 にやける顔でよしよしと抱き返す。

「お疲れ様」
「ありがとう」

 ため息混じりに男がこたえる。ますます顔が緩んだ。

「元気出たか? もうだめか?」
「君がぎゅっとしてくれたら、すぐに元気になるよ」

 本当におかしい。
 すっかりしおしおに萎びてしまっている。
 いつもはしゃんと背筋も伸びて、一部の隙もない男なのに。
 可愛らしさに胸が疼いた。

「よし、じゃあ受け取れ」

 自分の元気を分けるつもりで、僚は男の頭を抱えて屈みぎゅうっと抱きしめた。

 

 始めは大人しく収まっていた男だが、もぞもぞ動いたかと思うと、いたずらを仕掛けてきた。
 背中に回っていた腕が下がり、尻を撫でてくる。
 こら、と叩いて追い払うもまたすぐ戻る手に、そういう事するならぎゅっとしてやらないぞと脅しをかける。

「そいつは寂しいな」
「だろ? だったら大人しくしろ――あっ!」

 セーターの裾から素早く手が差し込まれ、素肌を弄られる。
 直に背中を触ってくる手のひらはじんわりと熱く、手形がついてしまいそうなほどだ。

「……こら」

 ぺたりと押し付けられた手のひらから、じんと身体の芯に何か沁み込んでくるように思えた。それが何かわかる前に、僚は小さく声を上げた。
 しかし男は手のひらを当てて抱き付いたまま動かない。
 間を開けてもう一度「こら」と繰り返すと、ようやく男は口を開いた。

「もう少し、元気をもらってもいいかな」

 言葉と同時にするりと手が動く。たったひと撫でで的確に伝えてくる男の動きに、僚は小さく息を飲んだ。

「……何をしろって?」
「君は察しがいいね」

 それまで胸に押し付けていた顔を上げ、男は嬉しそうに目を細めた。鼻をつまんでやりたくなるような笑顔だと僚は思った。目を逸らし、思い切りふんと鼻を鳴らしてやりたいところだが、どうしてか目が離せない。
 ずき、ずきと脈打つ胸を抑え込み、ぎゅっと唇を噤む。
 そこに男の唇が重なる。
 優しく触れてくる唇に僚は二度三度目を瞬かせ、瞑った。
 キスなど、目じゃないほどの行為を重ねているのに、いつもこの時も胸がどきんと一つ大きく脈打った。

「もう一度してもいい?」

 唇の上で男が囁く。かさこそとくすぐる吐息にますます打ち鳴らされる胸がどうにもうるさい。
 僚は頷き、少し顎を上げた。
 もう一度。
 もう一度。
 繰り返される度に深く濃くなっていく口付けに、段々と身体がほてっていく。
 もうはっきりと、口の中を犯されていた。
 好き勝手に舌が蠢き、口内を蹂躙してくる。
 まずいと、僚はすぐにも離れようとした。
 これ以上されたら身体がおかしくなる…今だって兆し始めているのに、これ以上されたら、欲しくなってしまう。
 逃げようとするより早く、男の腕が身体を押さえ込む。

「んっ!」

 それまで以上に濃厚な、腰が砕けそうに熱いキスを受け、僚は抵抗をやめた。
 長い長いキスを終えて男が離れた時、すっかりしたくなってしまっていた。
 甘くとろけた僚の顔を見て、それを待っていたと神取は満足げに笑う。

「っ……」

 無心で男の舌を吸っていた自分を殴ってやりたいと、後の祭りに僚は顔を歪め、悔しさに息をつめた。
 まんまと男に乗せられたと気付くも、昂った身体はすぐには鎮まらない。

「……あっ」

 突如男に下腹部を弄られ、僚はうろたえたようにびくりと震えた。

「……くそ」

 悪態をつくが収まらない。
 灯ってしまった熱を解放したい。
 眼差しで男に縋り、僚はぎくしゃくと男から離れた。
 神取は素早く片手を繋ぐと、逸らされた僚の顔が向けられるのを待って口を開いた。

「もっとしてほしい?」
「っ……」

 ゆっくり立ち上がる男から、目を離せない。
 僚は頷き、男の唇を求めて顎を上げた。

 

目次