Dominance&Submission

ひと口足りない

 

 

 

 

 

 それまでの優しい、まるで壊れ物を扱う手付きだったのが一転して力強くなり、うつ伏せに返されたと思うや腰を掴まれ、灼熱の塊を後ろに押し付けられた。
 突然の事に僚は軽い混乱に見舞われる。自分がどこを向いているのか把握しようと眩む頭を何とか回転させるが、答えを得るより先に、後ろから入り込んできた男の怒漲に一瞬にしてかき乱されてしまう。僚は拉げた悲鳴を上げて硬直した。
 それまで一切触れられていない、ほぐさないままの無理やりな挿入に、激しい痛みを感じる以外余裕がなかった。息を吸うのもままならない。吸うのも吐くのも無理だ、そうした途端痛みが走るのは知っている。以前何度も、嫌という程体験している。どうすればいいか、馴染むまでただひたすら我慢するしかないのだ。
 僚は、かつて受けた、思い出したくない行為の記憶が浮かぶのを懸命に追い払いながら、じわじわと奥を目指し入り込んでくる男のものに身体が慣れるのを待った。
 腰が砕け身が引き裂かれそうに痛む。しかしそんな余裕のない中で、思わず笑いたくなるものもあった。
 それは、こうして無理やり圧し掛かられ身体を暴かれる状況は全く同じなのに、背後の男に嫌悪感を抱かない事だ。
 こんなに痛くてたまらないのに、笑いたくて仕方ない。
 痛くて辛くてたまらないのが、自分だけではないというのを知れて、嬉しい。
 笑いたいほどに。
 こんな風に無理やり入れるのは、こっちはもちろん入れる側も相当の苦痛を伴うものなのだ。急所を搾り上げられるようなものだから、考えれば当然の事だ。
 しかしこれまで、誰かと身体を交えた事がない、知る機会が無かった。
 かつて自分は、多数の男と関係を持ち散々な目にあわされた…それは自分が望んだ、欲したものだから仕方ない…が、実際に行為に及んだ事は一度もない。これは男には言っていない。この先も、言うつもりはない。
 とにかく、自分の身体の奥を知るのはこの男だけだ。
 自分も、奥深くで熱を感じるのはこの男が初めてだ。

「うう、うっ……」

 男は根元まで埋め込んだものをゆっくり引き抜き、ゆっくり押し込み、またゆっくり奥まで進めた。
 お互いきつくて苦しくて、呻きが絡む。
 さっきまでの、もどかしくも穏やかな気持ち良さはかけらもない。
 生身を合わせるというのは、こういうものなのか。
 僚は、内臓ごと引きずり出されるのではないかというほどの痛みの中、堪え切れずもれる潰れた呻きに唇を震わせながら思った。
 それでもやがて、男の形を覚えた後孔は緩んで、馴染んでいく。
 あれほどきつかった、無遠慮な締め付けがいつしか緩んで綻び、絶妙な力でまとわりついてくること、僚の口からもれる息遣いが甘さを含んでいることから、神取もまた変化に気付き、安心して腰を前後させた。

「よく我慢したね」

 神取は労って頭を撫で、肩を撫で、よく張った腿を撫でた。きつく強張っていた股関節も大分緩んで力が抜けたようで、肌を覆うしっとりとした汗も違って見えた。

「っ……たかひさ」

 僚は力任せに食いしばっていた奥歯を開き、ひと息唾を飲み込んだ後、小さく呟いた。また、頭を撫でられ、照れくささと嬉しさにため息がもれる。
 強引に身体を開かされ、我慢を強いられ、だのにひと撫でで緩んでしまうとはおかしなものだが、男の手にかかると自分はどうにも弱い。それほど、好きなのだ。
 男なら、何でも許せてしまえる。
 もっと激しくしてもらいたくてたまらなくなる。
 だが男の動きは変わらない。
 ゆっくりと押し入り、ずるずると引き抜く。そしてまた根元まで全部押し込んで、引き抜いて、繰り返し。

「あう、ああぁ……」

 される毎にもやもやとしたもどかしさが募り、たまらずに僚は喘いだ。
 痛みが抜け、力の戻った身体を悶えさせて物足りなさを訴える。
 自ら腰を揺すって、もっとしてくれと、はっきり口に出して乞う。
 ちらりと目の端で振り返り、恥を承知で訴えたが、男はふふと小さく笑うばかりであった。
 男は飽きずに、ゆっくりとした前後を続ける。
 実際のところ、神取もつらさに悩まされていた。彼の中はとろけるほどに甘く熱く、いい具合に締め付けてきてたまらない。もっと激しくねじ込んで突き入れて、欲望の赴くまま貪りたい。気が狂いそうだ。
 それでも、この交合がたまらない。
 くうくうと、犬のように甘ったれて鼻を鳴らす僚の痴態がたまらない。
 溺れてしまいそうだ。
 せめてもの代わりに、僚の身体を隅々まで両手でいじくる。

「嗚呼本当にたまらない……」
 君の身体は

 神取は互いを苛むもどかしさに低く唸りながら、脇腹や乳首をなぶり、首筋に吸い付き舐めて、彼の濃い匂いにうっとりと酔う。

「ね、も……これやだ」
「嫌なら止めるかい?」
「そうじゃ……ゆっくり、やだ」
「……私もつらい」

 笑いながら白状し、それでも神取はねちねちと僚の孔を責めた。

「なんで……じゃあなんで」

 僚は繋がった身体で何とか後ろを振り返り、鼻を啜りながら恨みがましく見やった。
 神取は答えず、片膝を立てて穏やかに腰を押し引きした。

「ああぁあ……!」

 内襞を擦る角度が変わり、僚の発する嬌声も変化を見せる。先端を擦る粘膜の具合の良さに神取はわずかに顎を上げ、僚の腰を両手でがっしり掴んで繰り返し背中の方を抉った。

「んんっ……そこ、いい」
「ここが好きかい?」
「うん、いいぃっ……から、もっと激しくして」

 僚の涙交じりの懇願を無視し、神取はゆっくりゆっくり己の先端で熱い粘膜を穿った。

「あぁ……たかひさぁ」

 じれったさに、僚はばたばたと交互につま先でシーツを叩いた。続けざまの可愛らしい声と仕草に、男は苦しげに唸った。今にも出してしまいそうなほど、射精欲がせり上がってきたのだ。彼の声といい動作といい、どうしてこんなに自分をくすぐるのだろう。どうにか追いやり、先の楽しみの為に耐え忍ぶ。
 しばらく、僚は自分の下で拗ねた声を出し続けた。
 それがある時から、少し切羽詰まったものに変わる。

「う、あ、あ、あぁ……」

 緩やか単調な前後でも、身体は上り詰める。ようやくやってきた絶頂に、僚は震えながら浸った。
 きゅっきゅっと断続的に締め付けてくる内部の力加減で覚った神取は、出来るだけ瞬きを堪えて、僚の絶頂の様を収めた。

「あぁ……もう出るっ、いく……いくいく」

 変化してから何度目かの抜き差しで、更に内襞が狭まった。まるで絞り込むような肉壁をかきわけ、根元まで思い切りねじ込む。

「うぅ――ああぁっ!」

 大きく叫びながら白液を放つ僚に、神取は口端を歪めた。

「あ――つぅ、はっはぁ……あぁ」

 針の振り切れる瞬間に激しく震える僚をやんわりと抱きしめ、束の間動きを止める。かたい抱擁に似た締め付けに小さく喘ぎ、神取は迫りくる絶頂感をどうにか受け流す。
 このまま吐き出せたらどんなに気持ちいいだろう。
 そして、それを堪えて、彼を追い詰め泣かせに泣かせてから出したら、どんなにか――。
 神取はもう間もなく手に入る瞬間の為に、動きを再開させた。

「あぅ――!」

 余韻に浸る間もなく快感を与えられ、僚はうろたえた様子で腰を強張らせた。

「や、だぁ。ちょっと止まって……待って!」

 聞き入れず、首筋を強く吸いながら腰を送り続ける。
 抵抗して押しやってくる手を掴み、彼の下腹に導いて強引に一緒に握り、擦る動きを加える。

「だめ。だめっ!」

 慌てふためく声がたまらなく気持ちいい。
 堪えた甲斐があるというものだ。

「駄目なものか。後ろもここも、とても気持ち良さそうにしているよ」

 抜き差しに捏ねる動きを加え、そうしながら一緒に握った熱塊をくちゅくちゅといじくる。
 一度放ち、萎えかけていた僚のそれは前後からの刺激ですぐに力を取り戻し、すぐに、絶頂へと追い詰められた。

「あうぅ――!」

 奥深くまで穿たれ押さえ込まれ、逃げ場のない身体をばたつかせて、僚は二度目の射精にびくびくと腰を跳ねさせた。

「ああ……ああぁ……」

 僚はシーツに顔を埋め、しゃくり上げた。すすり泣きに似た息遣いにますます嗜虐心が煽られる。
 神取は一旦己を引き抜くと、今にも崩れそうな身体を支えて仰向けに寝かせてやり、脱力しきった脚を左右に開かせた。
 今の今まで怒漲に蹂躙されていた後孔はまだ緩んで、内側の赤い粘膜をちらりと覗かせている。指先でそっと触れると、反射できゅっと孔が締まった。同時に僚の口から淡い喘ぎがもれる。
 もっと聞きたくて、神取は何度かなぞり上げ繰り返した。

「やだ……」

 僚はよけるように身悶え、脚を閉じようとした。神取はそれを身体で阻み、腕に抱えた。

「本当に?」
「っ……」

 僚は答えず、さっと目を逸らす。
 ぎゅっと噤んだ口、背けられた目線、それでいて、本気で抵抗している訳ではない脱力具合。
 それが何よりの答えで、言葉よりずっとわかりやすいものだから、神取は思わず笑ってしまいそうになった。
 もっとしてとはっきり言われるのもぞくぞくするが、こうして言葉以外でねだられるのは、よりくすぐられる。
 嗚呼彼はなんて、場を支配するのが上手いのだろう。
 腹の底から込み上げてくるはち切れんばかりの歓喜に、神取は奥歯を噛みしめた。唇が笑いに歪んでしようがない。

「なら、身体に聞くとしよう」
「あ、あっ……」

 手で己を支え、ひくひくと息づく後孔に押し付ける。そして覆いかぶさりながら、神取はひと息に腰を進めた。

「うぅん……!」

 背中に差し込むようにして腕を回して抱きしめ、唇を塞ぐ。僚ははっとしたように目を瞬かせ、すぐに口付けに応えてきた。ぴちゃぴちゃと唾液を絡めて吸い合い、交換する歓びにお互い浸る。
 神取は抱き直すと、キスを続けたまま僚の身体を揺さぶった。抗議めいた呻きが口の中で二度、三度弾ける。
 僚が首を振って逃れようとするのを押さえ込み、神取はしばし舌や唇を吸い、それから顔を離した。
 苦しそうに胸を喘がせる様に男は満足して微笑む。
 僚は非難めいた眼差しで、間近の男をきっと見つめた。
 その強い眼差しがぎくりと揺れる。
 男の手がまたも下腹に触れてきたのだ。
 立て続けの射精でどろどろに濡れたそれを優しく握り込まれ、僚はぶるりと震えた。

「もうやだ……」

 ごく、ごく小さな声がわななきながら告げる。
 神取は笑顔で応え、先端からひっきりなしに溢れる先走りを親指で嘗め回して次の射精を促した。
 僚は唸り、歯を食いしばり、激しく首を振った。

「もうやだ、やだぁ!」
「そう暴れるな、こういうのが欲しかったのだろう?」
「こんなの、だめ――やだ、おかしくなるっ!」
「そうか……なら、もっとおかしくしてあげよう」
「いやだ、もう触るなぁ!」
「嫌じゃない、君のここは、まだ足りないと言っているよ」

 ぐいぐいと力強く奥を抉りながら、神取は包み込んだ熱塊をいじり回した。

「ああだめ……だめ、あ、あっ…許して……ゆるして」
「いいね……もっと可愛い声を聞かせてごらん」
「あぅっ! だ、だめ、乳首……あぁ! たかひさっ!」

 優しく吸い付かれ、僚は大きく顎を上げた。ぬるりと舌で舐め回され、指で弾かれ、更には捏ねられる。続けざまの強烈な刺激に僚は幾度も身体を跳ねさせた。

「あぁ、ひっ……い、ああ気持ちいいぃ……!」

 甘い声をしとどにもらして僚は乱れ狂った。気を良くした神取は執拗に左右の突起を嬲り続けた。もちろん、突き入れる腰の動きは止めない。

「ああぁあ、ほんとに、だめ……両方は、もう――ああぁ!」

 後孔と乳首とが繋がってしまったかのような錯覚、猛烈な快感の波に溺れかけ、僚は何とか逃れようと抵抗を続けた。その癖、口からは甘ったるい嬌声をしきりにもらす。抵抗だって、大したものではなかった。
 気持ちいいかと問うと、僚はがくがくと大きく頷いて男を満足させた。

「もっとしてほしい?」
「あ、あ……やだぁ、こわいよ……」
「怖くない、怖い事なんて決してしない。そうだろう?」
「うん、ああぁ……鷹久は、ちがう……あぁ」
「そうだ、君を不当に痛め付けたりしない。誓うよ」
「しってる、たかひさは……あ、あぁ!」
「そうだ、そう……僚はいい子だ。私は決して君を傷付けない。悪い子にはお仕置きするけれど、いい子にはこうしてご褒美をあげる」

 唇を重ね合わせ、優しく舌を絡めて吸う。
 男の口の中で、僚はたえずよがり声を響かせた。

「それに出し惜しみもしないよ。君に、あとひと口足りないなんて、言わせたりしない」

 僚はひっひっと喉を震わせ、もたらされる強烈な快感に痙攣じみた震えを放った。

「他にはどこを触って欲しい?」

 弱い個所を残らず責められ、ついに僚はいきっぱなしの状態にまで追い詰められた。
 涙を溢れさせながらびくびくと断続的に跳ねる身体に、男はこの上ない興奮を募らせた。
 もう、もうこれ以上我慢出来ない。
 もう散々に我慢した。

「……出すよ」

 独り言のつもりだったが、僚は呟きを律義に拾い、小刻みに頷いた。そして抱きしめてきた。立て続けの射精ですっかり疲れ切って見えたのに、まだそんな力が残っていたのかと驚くほどの強さで腕が回される。
 神取は奥深くまで己をねじ込み、さらに突き上げて、ぴったりと腰を密着させ欲望を弾けさせた。

「あぁ――!」

 ひと際大きくわななき、僚はぎゅっと目を閉じた。
 背骨が折れてしまいそうなほど激しい抱擁に、神取もまた目を瞑る。腰から下がとろけてしまいそうな甘い愉悦に、長くため息を吐く。

 

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