Dominance&Submission

ひと口足りない

 

 

 

 

 

 どんなにたくさん食べても、それこそ胃袋がはち切れんばかりにたらふく食べたとしても、時間が経てばまた腹が減る。
 もうこれは以上無理、ひと口だって入らないというくらいになったって、やがて腹は減るのだ。
 だから自分はおかしくない、特別おかしいところはない。
 そうやって自分を納得させながら、僚は隣で車を運転する男に目をやった。
 もう間もなく、アパート近くの交差点に到着する。そうなったら今日はお別れで、それが少し、自分は――。
 無意識に腹をさする。
 実際の空腹感は無いが、そこが何だかすうすうするようで落ち着かずなんとなく手をやったのだ。
 滑るように走っていた車は静かに減速しやがて止まった。
 ずっと手前、まっすぐ先にいつもの信号が見えた時から僚の心はそわそわと落ち着きをなくし、すうすうと隙間風を吹き散らしていた。
 今日の礼を言い、いっときの別れを告げて、車を降りるか…そう決めて膝の荷物を握り、僚は隣へ目をやった。
 同時に顔に影がかかる。
 なんだと思うと同時に唇に柔らかいものが触れ、キスされたのだと気付いたのは、相手が離れていく時だった。

「……まだ足りないな」

 元々人通りは少なく、時間帯で今は人も車の通りもほとんどないが、誰かの目に留まらないことはない。そんなものが頭を過ぎって慌てふためく僚を置き去りに、男は苦々しい唸りを上げた。

「……なにが」

 少し尖った響きで僚は訊いた。君が、と答えが返ってくる。まあある程度は予測出来ていたが、こんな場所で、突然、それらの理由が重なり、僚の顔も苦々しくなる。
 二人はしばし、違う理由で渋い顔を突き合わせた後、どちらからともなく笑い出した。
 そのタイミングと、屈託のない笑顔で、ますますおかしくて笑いが続く。
 どう頑張っても埋まらないひと口分が、少し満たされたようだった。

 

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