Dominance&Submission

それはよくない

 

 

 

 

 

 ベッドに座った男の前に跪き、僚は開けた口一杯に怒漲を受け入れていた。
 舌と唇とで竿を扱き、強く吸っては唾液を絡める。
 両手は後ろで繋がれており、使えるのは口の中だけだった。
 僚はだから出来る限りの技巧を凝らし、男を悦ばせようと懸命になった。
 むせてしまいそうなのを堪えて喉奥まで飲み込み、ぞろぞろといやらしく唾液を啜りながらしゃぶると、口の中で男の逞しいそれがわななき、同時に頭上から詰まったようなため息が聞こえてくる。
 感じている男の息遣いを耳にして、僚は嬉しさに包まれる。より一層熱が入るが、思い切り没頭出来ないでいた。
 理由は、尻の奥に入り込んだままの性具。
 小さい癖に存在感を主張し、今は微弱な振動でもって僚を悩ませた。
 じれったい、むず痒い刺激で中途半端に身体を炙られ、僚は奉仕にのめり込む事が出来ないでいた。
 男の濃い雄の臭いがすればするほど、舌先に先走りを感じれば感じるほど、口の中の怒漲が欲しくてたまらなくなる。
 これで身体の奥を嫌というほど突いてもらえたら…涙が枯れるほど抱いてもらえたら…欲しくて欲しくて、僚は口淫に耽りながら何度も男を見上げた。
 何度目になるか、目を見合わせて、神取はそっと僚の髪をすいてやった。指で退け眼差しを露わにする。恨めしそうに、物欲しそうに見上げてくる彼の潤んだ目がたまらない。

「いいよ……続けて」

 声をかけると僚は目を伏せ、後ろ手の不自由な姿勢で奉仕を再開した。
 中で振動する玩具に気を取られているからかいつもほどの快感はないが、それはそれでとても興奮する。
 もどかしいのがたまらないのだ。
 本人は全くそんなつもりではないだろうが、彼に焦らされているようで、神取はより昂るのを感じた。

「ん、ん……」

 僚は小さく呻き、腰をもじもじと動かした。そうすると中で振動を続ける玩具がゆっくりうねり、狭い孔をくすぐってきた。たまらなくてまた声をもらす。気を紛らわせたくて身じろぐと余計気になってしまい、募る切なさに涙が滲んだ。

「ん、くぅ……」

 どうにも息苦しくなり、僚は男のそれから口を外した。竿に何度も唇を押し付け、根元から先端まで余さず刺激する。そうしながら僚は、自分もこうやって扱かれたいと切なく望んだ。
 僚のそこは今にも破裂しそうなほど硬く勃起し、先端から溢れた雫は床に滴るまでになっていた。もしも革紐で阻まれていなければ、男のものをしゃぶる興奮で精を放っていたかもしれない。それも、一度も触らぬままに。
 それほどまでに身体は燃え上がっていた。
 男のそれも自分同様すっかり硬く成長して、あと一歩のところまで育っていた。もう少しで弾けるはずだと焦れば焦るほど舌がもつれ、窒息しそうになる。
 僚は自分の唾液でぬるぬるにしたそれに頬擦りして、もう我慢出来ないと男に訴えた。

「何が我慢出来ない?」

 素っ気なく訊きながらもその実、自分も我慢の限界を迎えていた。
 彼の中に入らないと熱で身体がどうにかなってしまいそうだ。
 彼の肉を味わって、思う存分泣かせて、奥の奥にたっぷり注ぎたい。

「立ちなさい、僚」

 神取は肩に軽く手をあてがった。僚はその手を頼りによろよろと立ち上がり、縋る眼差しで男を見つめた。

「これ……これ、もうほどいて」
 もういきたい

 哀れを誘う声音で訴える僚に一瞥をくれ、神取は無造作に伸ばした手で哀れな彼の熱塊を軽く握った。

「やっ……!」

 僚はびくりと腰を強張らせた。逃げたかったが、それより早く捕らえられ、その場で足踏みするのが精一杯だった。無理に抵抗してそのまま倒れでもしたら、頭を打つだろう。かろうじてそう考える余裕は残っていた。だから、されるがまま身を任せる方を選んだ。

「う、あっ……」

 男の熱い手指が竿を包む。じわりと沁み込んでくる体温に、僚は息を引き攣らせた。

「ほどいてほしい?」
「……おねがい、鷹久」
「おいで」

 神取は自分の膝に跨るよう僚の腕を引いた。
 僚はわずかに抵抗しつつ、男の腕に収まった。唇が重ねられ、一気に身体がとろける。入り込んできた舌に優しく舐められ、僚は頭の後ろがじんじんと痺れるのを感じた。浸っていると、背中に回された男の手が枷の金具を外しにかかる。
 神取は口付けたまま手探りで繋いだ金具を外すと、きつい拘束ではないとはいえ同じ姿勢を強いた腕や肩をいたわり、じっくりと手のひらを滑らせた。
 僚はその優しい愛撫に深いため息をもらし、ようやく自由になった手で男の髪や身体を弄った。
 抱きしめられるのはもちろん気持ちいいが、抱きしめてくる相手を抱き返すのは、抱き返せるのは、もっと気持ちよかった。ああ、と思わずため息が零れる。
 きつく抱きしめ、男の逞しく鍛えられた背中や腕をさすりながら、僚は激しく口中を貪った。気付けば腰をうねらせ、男の上でいやらしく身悶えていた。はっと気付いて動きを止めるが、どうにもたまらなくて、すぐに再開する。
 男を抱きしめ、キスしていると、そうやって動かずにはいられなかった。
 互いの唾液で濡れた唇を舌で舐めながら、僚は身体を離した。

「ね、も……ほどいて」

 男に訴え、恐る恐る自身の下腹を見やる。ずきずきと鈍く痛むのに合わせて揺らめいていた。
 神取も同じように目を向けた。黒く柔らかい革紐で射精を禁じられた彼のそこは、白いものが混じる先走りで根元の方まですっかり濡れていた。
 早く解放してくれと云わんばかりに震えるそれに手を差し向けると、僚の口から淡いため息が零れた。やっと解いてもらえると安心と期待の入り混じった響きに、思わず笑みが浮かぶ。だからそれには触れてやらず、逸れた手を背中に回して抱き寄せる。

「ああ……」

 零れた不満げな呻きに神取はまた笑う。

「お尻を叩かれて、どうだった?」
「……あ」

 神取はそっと手のひらを当てた。手加減は充分したし、いくらか時間もおいて痛みは去っているだろうが、まだ残っている分もあるだろう。慎重に確かめる。

「痛かったかい?」
「……うん」

 男の肩の上で、僚は遠慮がちに頷いた。小さく鼻をすする。

「痛いだけ?」

 続けて聞かれ、少しの間を置いて首を振る。男の手が労わるように動き続ける。叩かれた直後はひりひりと痛みを放って鋭敏になっていたが、今はすっかり収まり、さすられても痛みがぶり返す事はなかった。むしろ、むず痒いような心地よさを感じる。

「では、なに? ちゃんと口で言ってごらん」
「い、痛かった、けど……」
「痛かったけど、なに?」

 神取は静かな声で尋ねた。腕の中で、僚の身体が小さく身じろぐ。なんと答えたらいいか、恥ずかしさがせめぎ合っているような身震い。嗚呼本当に彼は可愛い。
 神取は撫でていた手を窄まりに向かわせ、表面を撫であげた。たちまち僚はびくりと震えて高い声を弾けさせた。いい声だと聞き惚れながら、未だ埋まっている玩具を探り当てようと、中指を潜り込ませる。

「あ、だめっ……」

 うろたえる僚に意地悪く唇を歪ませ、抱きしめて抵抗を封じると、神取は更に中指を進ませた。やがて指先が異物に行き着く。僚の身体がますます強張る。

「これを入れられたままお尻を叩かれて、何度も感じて、どうだった?」
「だめ、だ……あぁっ…あああぁ!」

 中に入った玩具を指でかき回され、僚は悲鳴混じりの泣き声を上げた。どうにかして男の腕から逃れようともがくが、強い力で封じられ、いいように弄ばれるしかなかった。
 神取は指を二本に増やし、指先で玩具を転がしては内襞を擦り、嬲り、跳ねる身体や零れる嬌声を愉しんだ。指を咥え込んだそこはしきりに締め付けてきて、かと思えばふっと緩み、呼吸するかのように蠢いて指をしゃぶってきた。
 自身のもので彼を抱いている錯覚に溺れ、神取は執拗に孔を抉った。
 それまでひっきりなしに零れていたよがり声が不意に途切れ、一秒二秒沈黙が続いた後、僚の身体が激しく痙攣した。断続的に震えを放つ様に、神取は達した事を覚った。狭い孔がより狭まり、離すまいと指に噛み付いてくる。その中、神取は指に玩具のコードを挟んで一気に引き抜いた。

「うぁ……!」

 僚はきつく仰け反り、脱力して男にもたれかかった。
 いつの間にか掴んでいた男の服を握ったまま、ぜいぜいと喘ぐ。
 吐き出せないまま達して、すさまじい快感に打ちのめされ、すっかり力が抜けてしまった。肩にもたれぼんやりしてると、男の手が優しく髪を撫でてきた。目を細めうっとりと浸る。
 と、何度目かに髪を掴まれ、やや強引に顔を上げさせられる。

「!…」

 僚は小さく息を飲んだ。
 男はどんなに興奮した時でも、決して乱暴に振る舞う事はなかった。力強く抱き寄せる事はあっても、語気を荒らげたり突き飛ばしたりはしない。
 だから、こうして訪れる滅多にない事に、いつでも初めてのように腹の底がぞくぞく疼いてしまう。
 僚は恐る恐る、間近の目を覗き込んだ。
 神取は唇を笑みの形にすると、静かに言った。

「私を満足させない内に、一人でいってしまうなんて、僚は冷たいね」

 とんだいいがかりだと自身でも呆れるが、言われた僚はひどく済まなそうに眉根を寄せ、どうしたらいいかとおろおろと目を揺らした。

「ごめ……なさ……」
「じゃあどうする?」
「鷹久……満足させるから」
「だが、今日の君の口は調子が悪いようだよ」
「それは、だって、後ろに……」

 僚は唇を噛み、今にも泣きそうに顔を歪めた。
 玩具の微弱な振動が中途半端に身体を煽り、いつものように出来なかっただけだ。なくなった今なら、ちゃんと満足させられる。

「もう、出来るから……」

 強気な瞳で見つめられ、その吸い込まれそうな勢いにたまらなくなり、神取は唇を寄せた。貪るように彼の舌を味わう。
 圧倒されそうになる僚だが、今言った言葉を証明する為、懸命に男に応える。自分が気持ち良いように、男にも気持ち良くなってもらいたくて、必死に舌を伸ばす。
 互いに互いの熱を煽って、挑発して、二人はまるで取っ組み合いのように腕を絡め、抱きしめ、唾液と息遣いを交換した。
 僚が我慢出来なくなったように、神取も限界を迎えていた。かろうじて支配者の貌を保ち、優位に立とうとする。それだって、せっかちな仕草でとても見られたものじゃない。構うものか、早く彼と繋がりたい、もっとこの時間を共有したい。
 神取は手の震えをどうにか抑え、彼を長く苦しめた下腹の戒めを解いた。取り払い、そこらの床に落とす。肌に強い視線を感じて目を上げると、挑みかかるような僚の眼差しがあった。瞳はすっかり潤んで、頬もほてり、唇は馨しい吐息を繰り返している。

「……おいで」

 誘うと、僚の腕がするりと首に絡み、神取も抱き返して己のもので彼の孔を埋める。
 噛み付くようなキスを交わしながら繋がる。

「あぁあっ…なかに……!」

 ずぶずぶとかき分けて入り込んでくる男の逞しいそれに、僚は喉を震わせた。

「苦しい?」

 聞きながらも神取は掴んだ腰を離してやろうとはせず、より深く食い込ませる為抱きしめた。

「あぁ…きつい、いや……もっと、奥まで!」

 軋んで、腰が抜けそうだったが、僚は強く首を振り、男にしがみ付いた。欲しくて欲しくて堪らなかった、早く入れてほしかった、硬いものでかき回してほしい、突いてほしい、嫌というほど抉って、いかせてほしい。この苦しいのを超えたら、それが手に入る。僚はそれ目がけて、浅く喘いで男を受け入れた。
 狭い孔が一杯に開き、男を締め付ける。僚が苦しいように、神取もいささかの鈍痛を感じていた。しかしそれがたまらなく心地良かった。まるで彼に食われているような、浅ましい妄想にいっとき耽る。
 双方、動きたい衝動をぐっとこらえて、しばし、互いの脈動を感じる静止に留まった。

 

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