Dominance&Submission

それはよくない

 

 

 

 

 

 腕に胴を抱え、見てわかるほど緊張した尻に右手をあてがう。すると僚の口から、おののくような息遣いが零れた。抱えた腕にも緊張が伝わってくる。
 神取は宥めるように尻を撫で、宣言した。

「数えなさい、三十回だ。いいね」
「……はい」

 返ってきた声と共に手を振り上げ、右の尻目がけて振り下ろす。

「いっ……いち」

 衝撃はいつものように、軽く弾むものであったが、いつもと同じく骨まで響くようで、僚は息を詰まらせ必死に数えた。
 痛いものは痛い、いつまで経っても慣れない。数え終わるまで我慢するしかない。
 そうやって耐える自分に、いつも異様に興奮する。
 痛い、痺れてつらい、だのにどうして男の手だとこんなに興奮するのだろう。
 痛いばかりだったのがいつしか妖しい感覚に取って代わり、全身がぞくぞくしてしまう。熱いのに寒いような、おぞ気に似た震えが止まらない。
 叩かれるだけでこんな風になってしまう、今はその上玩具まで入れられている。叩かれる度に奥に響く衝撃が玩具を反射的に締め付け、二重三重に感じてしまう。
 もしも性器を戒められていなかったら、叩かれる度に絶頂を迎えてしまいそうだ。
 けれど今は禁じられている。閉じ込められたまま男の手で尻を叩かれ、玩具で苛まれ、自分はどれだけ狂ってしまうだろう。
 これまでに数回、そうして責められた事がある。どれほど身体が昂ぶり乱れるかもう知っている。
 最中の嵐のような激しい快感が思い出され、それだけで身体がはち切れそうになるのだ――記憶をなぞった瞬間、射精なしの絶頂がやってくる。

「うぅ――……!」

 僚はしばし身体を硬直させ、おこりのようにびくびくと仰け反った後、不意にがくりと力を抜いた。

「……いったね」

 どこか嬉しそうな声で男が言う。
 僚は何とか返事をしようとしたが、口から出るのはぜいぜいと荒い呼吸だけで、すぐには答えられなかった。男へ一杯に首を曲げ、何度も頷きながらごめんなさいと懸命に唇で綴る。

「謝る必要はないよ。さあ、もっと喜ばせてあげよう。次はいくだ?」
「あ、あっ……じゅういち」
「そこから数えなさい」
「はい……――!」

 再び尻に衝撃が走る。
 二十を超え、半ばまで来た時、また僚は軽い絶頂に見舞われた。また責められる、嗤われる、怯えと痛みとに、僚はとうとう涙を零した。泣くまいと抵抗すればするほど息が乱れ、止められなくなり、僚はしゃくり上げた。
 男は何も言わなかった。それがかえってつらく、僚は泣きじゃくりながら最後まで数え続けた。
 ようやく男の手が止まる。尻は左右ともひりひりと熱く疼き、空気の流れも分かるのではないかと思うほど鋭敏になっていた。やっと終わったと安堵に力が抜け、僚は床にうずくまった。
 神取はその身体を支え立たせると、ベッドの上へと誘導した。
 僚は恥ずかしさに顔を伏せたまま、ベッドに乗り上げうずくまった。
 三十回の平手打ちはかなり堪えた。男の方へわずかに顔を向け、喘ぎ喘ぎごめんなさいと呟く。

「どうして謝ることがある?」
 お仕置きじゃないのだから、いくらでも感じていい、罪悪感を抱く必要などない
「……でも」

 そうはいっても、こんな恥ずかしい身体、見せたくない。見られたくない――見せたい。相反する思いに僚はますます昂った。下腹ははちきれんばかりに勃起し、あと少し擦るだけで射精するほどに追い詰められていた。
 しかし出せない。
 きつい拘束で封じられ、はっきりとした痛みがある。ずきずきと、じんじんとした鈍い痛みが底の方を這っていて、腫れぼったくも感じられた。そしてそれが全て、恐ろしいほど気持ち良いのだ。
 こんな風に管理され、支配され、感じたままにいけないように閉じ込められた我が身の情けなさが、たまらなく快い。

「あぁ……」

 喘ぎ、僚はぶるぶると震えた。いきたくて、出したくてたまらないのに耐えるしかない自分にぞっとなって、震えが止まらない。悲しくなればなるほど感じてしまい、昂ぶりが止まらない。
 神取はベッドの上で哀れに震えている少年に薄く笑い、そっと肩に手をかけた。それだけで僚の身体がびくりと跳ねる。すっかり敏感になっているようだ。

「まだ終わりではないよ」
「あ、あ……たかひさ」
「今日はたっぷり、君を可愛がってあげると決めたからね」

 言いながら肩を支え抱き起す。
 僚はぎこちなく顔を上げ、おずおずと男を見やった。ベッドについている手で、半ば無意識に下腹を隠す。もう数えきれないほどこんな状態を見られているが、いくつ経ようがいつまでも恥ずかしく、出来れば隠したい。その一方で、自ら見せつけ恥ずかしさに苛まれたいとも思う。
 相反する欲のせめぎ合いに目を潤ませ、僚は一心に男を見据えた。ゆっくりと顔が近付いてくる。同時に、下腹に伸ばされる男の手が視界の端を過ぎる。

「いや……あっ!」

 僚は身をよじって抵抗するが、それより早く手中に収められ、途端に広がる痺れるような刺激に声が弾けた。奪うように唇が塞がれ、残りの叫びを男の口の中で発する。
 神取は口中を貪って叫びを封じ込め、逃げようと悶える身体を抱きしめて、より深く接吻に耽った。そうしながら片手は背中に回し、片手は捕らえた性器をゆるく扱く。

「ん、んむ…いやだっ……あ、あぁ……あむぅ……あぁ!」

 僚はくぐもった悲鳴を何度も上げてもがいた。しかしどんなにしても男の腕から逃れる事は叶わず、いいように下腹を嬲られ、舌を貪られ、手と舌とで与えられる強烈な快感にただ喘ぐしかなかった。
 男の身体を押しやろうともがくが、びくともしない。
 違う、力が入らないのだ。
 男からすればこんなもの、抵抗の内にも入らない。
 まさにそうであった。
 神取からすれば、キスに愛撫に溺れて淫らに悶えているに過ぎない、可愛い戯れであった。
 存分に舌を舐り、顔を離すと、僚は息も荒くとろんと潤んだ目で見つめてきた。眦に溜まったちょっとの涙と、互いの唾液で濡れた唇が匂うような色気を放っている。色付き火照った頬も可愛らしい。
 まずは眦に、次に頬に接吻し、最後に唇を軽く重ねると、神取は満足げに微笑んだ。
 僚は伏し目がちになって、何か云うように唇をわななかせた。
 しっとりと濡れた下唇を軽くめくるように親指でなぞり、神取は静かに言った。

「さあ、次は何をして楽しもうか」

 

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