Dominance&Submission

それはよくない

 

 

 

 

 

 寝室のベッドに寝転がり、僚は上から覆いかぶさって抱きしめてくる男を抱き返し、軽くついばむようにキスを繰り返した。ここまで抱いて運んでくれた男の優しい腕をさすり、背中をまさぐりながら、飽きる事無く唇を食む。
 段々とキスは濃厚になり、それにつれて荒くなる息遣いや、唇を濡らす唾液を互いに飲み込んで、二人は接吻に没頭した。
 ようやく顔を離した時、僚はまるで一度行為をした後と同じくらい息が乱れていて、身体も汗ばみ頬は赤く染まっていた。
 なにより男を見つめる目が潤んでしまっていた。まっすぐ見下ろしてくる男の顔をぽーっとなって見つめていて、ある時ふと我に返り、慌てて瞬きを繰り返す。
 照れ隠しのそんな仕草に、神取は口端を緩めた。よそへ目をやってごまかす僚の頬に手をかけ、自分の方に向けさせる。
 僚はしばし目を逸らしたままでいた後、観念したようにおずおずと男を見やった。完全に支配者の貌となった男に、またも目の奥が熱く滲む。
 神取はじっくりと目線を絡ませた後、静かに口を開いた。

「さあ、私好みに綺麗に飾ってあげようね」

 頬から首筋にかけて指でなぞり、小さな震えを僚から引き出すと、神取はゆっくり立ち上がりクローゼットへ向かった。扉を開けて振り返り、服を全て脱いで自分の傍に来るよう僚に命じる。
 僚はのろのろと起き上がり、言われた通り一枚ずつ服を脱ぎ去った。下着の中で窮屈そうにしていた自身のそれが外に現れ、半ば起ちかけている自身を、男の目がかすめる。羞恥に僚は喉を鳴らし、いっときの静止の後、開き直って背を伸ばした。
 ゆっくりと足を踏み出し、男が誘導するままに進む。
 僚が立たされたのは、クローゼットの鏡の前だった。正面に向かい合うよう言われたが、はっきりと見るのはためらわれ、僚は曖昧に目を霞ませた。

「何が見える?」
「っ……」

 返ってきたのは微かな息遣いだけだったが、予想した通りの反応に神取は薄く笑った。鏡越しに見やると、羞恥と屈辱とで困ったようなふてくされたような少年の顔がそこにあった。ますます笑みが深まる。
 僚はしばらく何か云いたそうに唇を動かしたが、とうとう何も出さぬまま口を噤んだ。
 神取は手にした枷を、一つずつはめていった。僚は最小限の動きで首をそれぞれに動かし、支配される者になっていく様を黙って見つめていた。
 枷は手首に足首に、重たく纏わりつく。呼吸ではなく別のものを締め上げる深紅の首輪が巻かれ、僚はいよいよ己が昂奮するのを感じていた。
 それを、支配者が間近に眺めていた。
 視界の端に捕らえるだけだが、男の楽しそうな眼差しは感じられた。それを思うほどに、肌が鋭敏になっていく。下腹は痛い程反り返り、胸の左右の突起も、恥ずかしいくらいに尖る。
 それを支配者が、愉しげに見つめている。
 じりじりと肌を焦がす視線に堪え切れず、僚は喉の奥で呻いた。
 本人は気付いていないようだが、悲しい風に歪んでいるように見えて、表情は淫らにとろけきって独特の色気を放っていた。男はその顔がとりわけ気に入っていた。特に目が好みだった。惨めさに怯えている様子はもっと苛めて泣かせたくなるし、うんと甘やかして悦ばせたくもなる。怯えの中にも挑発が入り混じっていて、この場の真の支配者は彼なのだと、思い知らされる。こちらがしたいように彼を支配しているようでその実、そのように彼が仕向けている、それがわかる彼の瞳が、大好きだった。

「これから、どうされると思う?」

 鏡に映った彼に問いかける。
 僚は小さく肩を弾ませ、今にも消え入りそうな声で呟いた。

「お尻を……叩かれ、て……」
「叩いてほしい?」
「え、あ……」

 かろうじてそうとわかるくらいに、僚は頷いた。本当はそうされたくないけれども、男が望むなら甘んじて受ける…そういう体を守り、ねだる僚に、神取は満足げに頬を緩めた。
 どちらの欲望か曖昧にし、境界を曖昧にする僚の才能に惚れ惚れする。

「お尻を叩かれるのが好き?」
「………」

 僚は頷くように首を傾けた。

「痛くされるのが好き?」

 ゆらゆらとおぼつかない動きで首が揺れる。

「痛くされるのは嫌い?」
「きらい……あっ!」

 むき出しの尻に平手をあてがうと、僚はおののいたように声を上げた。
 神取は形良い僚の尻を手のひらでするすると撫でながら、質問を続けた。

「私の手は嫌い?」
「きらいじゃ、ない……」
 すき

 びくびくと、怯えたように身体を竦ませて、僚は答えた。怯えているのは、いつ平手が飛んでくるかと身構えての事だ。男の手は好き、嫌うはずがない、けれど痛い事は好きじゃない。男の手だから、痛いけれど痛くないのだ。怖いけれど、嫌いじゃない。
 複雑に絡み合う心の動きが、僚を締め付ける。
 好みの反応を見せる少年に、男は悠然と微笑む。

「素直に言えたご褒美に、君の好きなものでもっと飾ってあげよう」

 神取は撫でていた手で僚の右手を取ると、ベッドに誘った。ベッドの前に立ち、膝は伸ばしたまま両手をつく姿勢にさせると、神取はクローゼットに戻り、奥の棚から二つほど取り出した。
 僚は言われた通りの姿勢から肩越しに振り返り、男が何を持ってくるか目を凝らした。

「ほら、君の好きなものだよ」

 神取は傍に戻ると、一つずつ僚の傍に置いた。

「っ……」

 小さな性具と黒い革紐…射精を禁じるハーネスの組み合わせに、僚は目付きを強張らせた。好きじゃない、と、喉元まで言葉が出かかる。実際に出ていったのは、咳込むような息遣いだけだった。手の下にあるシーツを握り込み、僚は襲い来る緊張と戦った。
 神取はまず革紐を手に僚の背後に回ると、抱きしめるようにして腕を回し、見ないまま器用にハーネスを取り付けていった。

「い、あ……」

 僚は息遣いを引き攣らせた。食い込むほどきつい拘束ではないが、勃起して敏感になった竿や睾丸に紐が渡される度骨まで沁みるような鈍痛が走り、どうしても声が出てしまう。堪えようと口を噤むが、根元から先端まで締め付けられる間に、噤んではほどける唇を、僚は何度も噛みしめた。どんなに堪えても声がもれてしまうのだ。そしてそれは痛みを訴えるものだけではなく、明らかに感じてる響きも混じっていた。恥ずかしい声を出したくなくて奥歯を噛みしめるが、革紐が男の指が自身に触れる度、息が弾み声が転げ出てしまうのを、僚は止められなかった。恥ずかしさと情けなさに、じわりと涙が滲む。
 ようやく下腹から男の手が離れた時、僚は少なからず息を弾ませ、涙を浮かべていた。ほんのわずかな時間だのにひどく疲れて、今にもベッドに倒れ込みたい気分だった。

「苦しそうだね」

 どこか楽しげな男の声に、僚は恨みがましい目付きをぶつけた。面白そうに自分を眺めている男に腹が立つのに、情けなく感じるのに、どうしてかそれがひどく心地良かった。もっと、自分の情けない様を見て嗤ってほしい。そんな気持ちにさえなる。ぞっとなって、僚は振り払うように首を振った。

「でもその苦しいのが、君は好きだったね」
「……すきじゃない」
「嘘はよくないな。こうされて、とても嬉しいだろう?」
「やだ……あっ!」

 男の手が厳しく締め上げられた性器を包み込む。逃げようとするより早く捕らえられ、僚は鋭い悲鳴を上げた。ほんの軽い接触だが、腰の奥にがーんと衝撃が走り、僚は背骨を引き攣らせた。その前から、射精を禁じられた事実に打ちのめされ過剰に脈動を感じていた。過敏になっていた性器を、ほんの優しくとはいえ握り込まれて、息がつまる思いだった。

「こんなにされても萎えなくて、それどころか涎まで垂らしている」

 神取は親指の腹で先端をそっと嘗め回した。じくじくと滲み始めていた先走りが指を濡らし、動かすと、ねちねちと小さくだが卑猥な音がした。

「やだ……はなせ」

 僚は手をついたまま身を悶えさせた。

「痛い? それとも気持ちいい?」
「いやだ……あぁ!」
「素直に言えたら、離してあげるよ」

 男の穏やかな声に、僚は涙に濡れた睫毛を震わせた。どんなに逃げても手は追ってきて、先端に強烈な刺激を与え続けた。

「あ、やだ……重くて、つらい……でもああ、いい……」
「気持ちいい?」
「……いいです」

 僚は泣きそうに顔を歪めて何度も頷いた。

「僚は素直でいい子だね」

 神取は約束通り手を離し、濡れた親指を口元に持っていき伸ばした舌で舐め取った。
 わざと見せつけてくる男に僚はきつく眉根を寄せた。頬がしようもなく熱くなる。
 見る間に顔を赤くする僚にひと息笑い、神取は背後に回った。今度は性具を尻に埋め込む。慎ましく閉じた窄まりにあてがい、少しずつ力を入れる。小さく丸い玩具はほとんど抵抗なく孔の奥に滑り込み、収まった。

「あっ……あ」

 受け入れた僚の側も、ハーネスほど苦痛に感じる事はなかった。しかし、何もないように無視するには存在感があり、物足りなさに繋がった。いけないと思いつつも、自ら締め付け味わってしまう。たちまち前に響き、拘束された性器がずきんと痛みを放った。慌てて力を抜く。
 視線の先で小さく身じろぐ様からそれを読み取った神取はしばらく面白そうに眺め、それから僚の横に立った。

「さあ、お尻を叩いてあげよう」

 

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