Dominance&Submission

それはよくない

 

 

 

 

 

 土曜日、午後を少し過ぎた頃。
 男のマンションにある音楽室で、桜井僚はチェロの練習に没頭していた。
 昨夜別れ際に男にお願いしたもので、土曜日でも日曜日でも、時間が取れる時でいいから頼むと切り出したところ、今日と明日、追加練習を快諾してもらった。
 男のはとこと三重奏をやると決意し、心が奮い立つと同時にしようもなく不安になって、少しでも多く練習時間を取りたくなったのだ。
 快く了承してもらえて本当に良かったと、僚はより集中して演奏に心傾けた。
 その様子に神取鷹久は満足して聞き入った。力んで少々かたくなってしまっている部分もあるが、音は充分伸びやかで艶めいている。彼特有のリズムも保たれているし、呼吸も落ち着いている。
 ただ、集中するあまり顔付きが強張り固まって、テンポを合わせる為の目配せが少々おっかないのが難点であった。
 三重奏という事で、自分の思うテンポで自由に弾くわけにはいかず、相手と呼吸を合わせる必要がある。よく聞く事も重要だが、何より目を合わせるのが大事だ。
 その目配せがとても力強いのだ。美しく整った顔の少年が、しっかりと目線をぶつけてくる、中々迫力があり圧倒されそうになる。
 それもまた、神取は楽しかった。彼と一緒に音を紡いでいる、共に作り上げているのだと実感がして、とても充実する。
 三重奏をやろうと持ち掛けてよかった、そう思うと同時に、失敗したとも思う。あのはとこめともこの時間を共有せねばならないとは、面白くない。
 どこまでも欲張りになっていく自分に、そっと苦笑いを零す。
 練習後、五階に戻り、二人は互いの反省点や改善点を出し合った。毎週の練習時間より一時間多く設けた事でより充実し、思う存分打ち込む事が出来た。ひとしきり話し合った後、僚は昨夜も口にした事を切り出した。

「ほんとに、なんにもいらない?」

 何かしらの、形に残る礼の品を用意しなくていいかと、心配がぶり返したのだ。
 神取は傾けていたカップを置き、緩く笑んだ。

「ああ、大丈夫だ。昨夜も言った通り、間に合っているからね」
「……そうか」

 僚は小さく零し、口を噤んだ。何か出来る事はないかと歯痒く思うが、確かに今の自分では充分な品はいささか難しい。
 複雑な顔で黙り込んだ僚に、神取は口を開いた。

「あえて足りないものを挙げるなら、君だ」
「……へ?」

 驚いた時に出る、空気の抜ける音に、悪いと思いつつ頬を緩める。神取は続けた。

「足りないのは、君なんだ」

 僚はやや困惑気味に眉根を寄せ、目線で聞き返した。

「君が足りないと言った。君は足りているかい?」

 私の事、と神取は返す。僚はわずかに鼻の頭に皺をよせ、忙しなく首を振った。
 答えに神取は満足そうに笑った。

「明日も練習時間をたっぷりとるから、その分君と過ごす時間もたっぷり欲しい」
「……もちろん、いくらでも持ってっていい」
 俺もいくらでも欲しいから

 

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