Dominance&Submission

禁断症状

 

 

 

 

 

 寝室の壁一面のクローゼットは、扉の一枚が鏡になっている。
 そこに映る自分を極力目に入れないよう、僚はよそへ顔を向けた。
 しかしもうすでに見てしまった。全裸で手足に枷を付けられ、首輪を巻かれた『従う者』の自分を目にしてしまった。黒より深紅が似合うだろうと、男の選んだ革枷を手足につけて、首輪を巻いた自分が映っているのを、見てしまった。
 見た事で、余計革枷の感触や匂いを意識してしまう。気付けば僚は、指先で首輪を探りながらため息をついていた。はっと息を飲むが、首の後ろに当たる硬い革の感触、うっすら鼻を過ぎる独特の匂いが、心を酔わせる。少し重みを感じさせる手足の枷も気持ちいい。僚は陶然として浸った。いつしか、腰がもじもじと落ち着きをなくしていた。

「まっすぐ立って、僚」

 首輪を掴んで、妖しく身悶える僚にそう声をかける。彼はすぐにはいと答えるが、手足を揃えて立ったのも束の間、今度は手枷を弄ってしまい落ち着かない。

「ああ……ごめんなさい」

 気付いて、僚はすぐさま謝った。
 嗚呼でも、でも。
 まっすぐ立ってじっとしてなんていられない。呼吸もおぼつかないくらい興奮してる。さっき一度出したのも忘れたように下腹は硬く反り返って、ずきずきと痛いくらい脈打っていた。

「ごめんなさい……」

 素っ裸に枷と首輪をつけて立っている自分が恥ずかしくて惨めで、腹の底がぞくぞくと疼いた。
 襟元一つ崩さずきちんと服を着込んでいる男と自分との対比に、くらくらと目眩がする。ますます惨めさが募り、それが途轍もなく気持ち良かった。込み上げる劣情のままもじもじと交互に足を踏みしめる。
 ほんのりと頬を朱に染め、俯き加減で立つ僚に、神取はすっと目を細めた。手足の枷と首輪を巻かれ、悲しげに俯いている彼にたまらなく興奮する。

「まっすぐ立っている事も出来ないなんて、悪い子だ」
「ごめんなさ……」
「触れないようにしないとね」

 神取は背後に回り込むと、両手で肩を包み込んだ。僚の身体がびくんと緊張する。予想した通りの反応に神取は口の端で笑い、肩から手首の枷に手を滑らせ、背後で枷の金具を繋ぎ合わせた。

「あ……」

 僚は肩越しに見やるようにわずかに首を動かして、小さく開いていた唇を引き結んだ。
 再び正面に戻った神取は、悲しげだった顔が不満そうなそれに取って代わったのを見て、楽しさに頬を緩めた。

「そんなに、これが好きかい?」

 言いながら指先で首輪をなぞる。正面からの視線に僚はぎくしゃくと目を逸らし、押し黙った。口を閉ざしても、身体にしっかり反応が出てしまっているのだ、どんなに言葉を飲み込んだところで、男には全てお見通しだ。その事に、僚は先から赤かった顔をますます火照らせた。
 男の手がすっと下腹に伸びるのを見て、僚は反射的に腰をびくつかせた。構わず神取は逆手に握り込んだ。

「うっ……」
「ここをこんなにするくらいだ、それほど好きなのだね」

 神取はゆっくりと手を動かし、火傷しそうなほどに熱く張り詰めたそれを手のひらで擦った。

「ああぁ……あっ」

 始めは逃げる動きだった僚だが、いつしか男の手に合わせて腰を振り出していた。ついには、男が手を止めたのも気付かず腰を振り続ける。自分から男の手にそれを押し付け、快感を得ようとする。

「く、あっ……ごめんなさ……」

 懸命に堪えようとする僚だが、一度快感を味わうとすぐには止められなかった。浅ましいと思いつつも、腰を揺らしてしまう。

「このままいきたい?」

 僚は縋るように支配者の貌を見た。そんな聞き方をするという事は、このまま素直にいかせてくれないのは明らかだった。それでもわずかな望みを込めて、視線で縋る。

「ん、んっ……いかせて」
 おねがい

 神取はゆっくり笑みを浮かべ、唇を寄せた。ゆるゆると手を動かしながら舌を絡める。僚の先端から溢れた先走りが手指に絡み、ねちねちと卑猥な音を立てる。口中でもぺちゃぺちゃと淫らに音が響き、静かな部屋に反響するそれらにお互い興奮が募る。
 やがて神取は顔を離し、唇が触れる距離で囁いた。

「いかせてあげるよ……私が満足したらね」

 非難めいた眼差しが投げかけられるのを、神取は愉しげに受け止める。

「まずはお仕置きが先だよ」

 素っ気ない男のひと言に僚は眼に諦めを上らせ俯いた。その目の奥には、期待がほのかに光っていた。一瞬だがそれを見て取った神取は、心の中で嬉しさに舌なめずりをする。
 胸中の昂ぶりを支配者の貌で隠し、神取は目線と少しの手ぶりで僚をベッドに仰向けに寝かせた。不安げな、悲しげな眼差しで見やってくる彼に一瞥をくれ、クローゼットに向かう。
 僚は一杯に首を曲げ、息を飲んで見守った。クローゼットの奥にある棚から男が取り出したものに、まさかと目を見張る。
 柔らかな黒い革紐を手にベッドに戻った神取は、強い凝視をぶつけてくる僚に優しく微笑みかけた。

「やだ……それいや、いやだ」

 僚は今にも泣きそうに顔を歪め、嫌だ、嫌だと首を振った。

「嫌でも仕方ない、お仕置きだからね」
「鷹久……」
「君の感じやすい身体はとても好ましいが、だらしないのが玉に瑕だね」
 だから、こうしてしっかり身体に覚え込ませるしかない

 やだ、と息を吐き、僚はもがいた。起き上がって、あるいは背中を向けて逃れようとするが、男に肩を掴まれそれだけで抵抗を封じられてしまう。

「じっとして」
「っ……」

 僚はよそへ目を向け、浅い呼吸に胸を喘がせた。男の手が、慣れた様子で勃起した性器に革紐を巻き付ける。うっ血するほどきついものではないが、長い紐が何重にも巻かれる事で狭められ、出せなくなる。

「……ああ」

 とうとう禁じられてしまった己のそれに、僚は恐ろしげに呻いた。目の端で恐々と見やり、すぐに目を瞑る。

「あっ……!」

 ほぼ同時に、男が性器に触れてきた、驚き、僚は高い声を発した。それはすぐに、甘く、熱い喘ぎに変わる。

「こんなにされても、君のここは萎えないね」
「やぁっ……だ」
「こうされるのが、大好きなんだね」
「だめ、だめ……さわるな……」

 いやいやと首を振る僚に笑いかけ、神取は親指の腹で先端を優しく舐めた。残りの指は竿に巻き付け、時折扱く動きを交える。
 僚は首を右へ左へ振りたくり、何とか男の手から逃れようともがいた。

「やだ……あ、あぁ…だめ」
「いいよ……いい反応だ。もっと感じてごらん」

 神取は嬉しげに目を細め、拘束された哀れな性器を慈しんだ。溢れた先走りが手指を濡らし、いつしかにちゃにちゃと卑猥な音に変わる。

「やだ、ぁ……」

 僚は涙が滲むのを止められなかった。両手を封じられ、さらには性器も縛られて、閉じ込められた中で与えられる快感にさえ喜んでしまう自分が恥ずかしくて、情けなくて、泣きたい気持ちで一杯になる。惨めでたまらないと思うのに、それが気持ち良くて仕方ないのだ。もっと恥ずかしい目にあわされたい、きつく支配されたいと、頭がそれで一杯になる。

「何も心配しなくていい。だからもっと感じてごらん。素直になりなさい。そんな君が大好きだよ」
「あぁ……鷹久」

 混乱していた頭の中が、男の好きというひと言で熱く燃え上がる。僚は涙の滲む目を何度も瞬き、苦しいほどに感じる身体をよじらせた。
 神取はそこに跨るように覆いかぶさり、前を緩めて己のものを取り出した。眼下では、自分に嬲られた少年が甘く喘ぎながら身悶えている。早く、早く中に入りたい。直接彼の肉を感じて、泣かせて、悦ばせたい。
 はやる心を抑え、後ろにあてがう。

「!…まって!」

 僚ははっとなって目を見開いた。直後、後孔に男の熱く硬いものを感じ、慌てて制止の声を上げる。

 

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