Dominance&Submission

鍵の行方

 

 

 

 

 

 僚はベッドの上にうずくまり、未だ縛られたままの腕に顔を隠すようにして伏せ、弱々しくすすり泣いた。
 ひどく惨めな気持ちが後から込み上げ、まるで子供のように声を上げて泣いてしまうのを止められなかった。そんな風に泣いている自分も、惨めに感じられた。
 男に平手で叩かれた尻は左右ともほんのり杏色に染まり、始めのひりひりとした鋭い痛みは引いたものの、今はそれに代わってじんじんと熱い感覚で覆われていた。
 耐え切れないほどの痛みではない。
 泣いているのは、そのせいではない。
 射精を禁じられ、玩具で翻弄されながら尻を叩かれ、痛みと快感の狭間で射精なしの絶頂を迎えたのは、今日が初めてではない。これまでに数回、そうして責められた事がある。いずれも異様なほど身体が昂ぶり、乱れに乱れた。
 男の手に叩かれると、どうしても妖しい感覚に見舞われてしまうのだ。思えば初めて叩かれた時から、自分の身体はそのように反応した。痛みを与えられているのにまるでそれを糧にしたかのように興奮して勃起して、激しく感じてしまった。
 そうなるのが嫌で、、無機質な靴ベラを選んだ。願いも虚しく却下され、より狂わされる男の手で尻をぶたれた。
 そしてこれまでと同じく、お仕置きとして叩かれているというのに浅ましく興奮して、三十数え切るまでに二度も出さずにいってしまった。
 これまでにも何度もそうなってしまっているが、何度味わっても、恥ずかしさは消えない。惨めさが込み上げ、またしても痴態を晒してしまった自分に、涙が止まらなかった。
 そういった意味で、三十回の平手打ちはかなり堪えた。男の方へわずかに顔を向け、喘ぎ喘ぎごめんなさいと呟く。

「ごめんなさい……俺が…悪かったです……」
「よく反省出来たかな」

 充分骨身に沁みたが、こんな有様ではどちらとも答えようがなく、僚は答えに詰まった。

「今ので足りないようなら、このままでもう三十、数えようか」
「……いやだ」

 僚は慌てて首を振った。これ以上痛みを味わわされるのはつらい。怖い。そう、怖い。また、叩かれながら射精なしの絶頂を迎え、醜態を晒してしまうのが怖い。嗤われるのが怖い。
――嘘だ。
 本当は、もっときつく支配してもらいたいくせに。恥ずかしい姿を見せたいくせに。
 渦巻く感情に、僚は胸を喘がせた。

「僚……どうしてほしい?」
「あ……あ!」
「ここを」
「……ひっ」

 男の手が下腹に伸び、そっと包み込んできた。やんわりとした接触だが、ぎりぎりまで追い詰められた僚にはまるで灼熱を押し付けられたように感じられた。慌てて腰を引く。

「ここを縛られ、玩具を入れられたままお尻を叩かれて、出さないまま何度もいきたい?」
「いやだ……!」

 つらさに顔を歪める。

「でも、君はまだきちんと反省していないだろう?」
「ごめんなさい……ああでも」

 嫌だと、僚はうずくまったまま首を振った。くるむだけだった男の手が、竿のあちこちを摘まんでくる。僚はびくびくと腰を弾ませた。

「もう外して、取って……お願い」
 苦しい
「その苦しいのが、君は好きだろう」
「……ああっ」

 首を振れない自分に泣きたくなり、その一方でぞっとするほどの快感に見舞われ、僚は大きく喘いだ。出口を塞がれ、閉じ込められたまま、一晩中抱かれる。今のこの短い時間でさえこんなに苦しくて、こんなにとろけそうなのに、一晩中となったら自分はどれだけ狂ってしまうだろう。
 想像もつかない官能に圧倒され、僚はわなないた。
 男の指がそっと唇をなぞる。僚は驚いて目を瞬いた。

「そんなに嬉しそうにして」

 慌てて息を詰める。
 嗚呼…もうなんでもいい。

「鷹久なら……なんでもいい」

 うっとりとした表情で呟く僚に目を細め、神取は下腹に手を伸ばした。戒められたそこは哀れにもひどい色に染まり、怒りを表してか小刻みに震えていた。

「うっ……」
「大丈夫、じっとして」

 痛みでどうしてもびくついてしまう僚を落ち着かせ、神取は尻の玩具を抜き去った。それからベルトを取り払う。
 立て続けに身を襲う痛みと快感とに打ち震え、僚は目を瞬いた。最後に手首の戒めが解かれ、ようやく自由になる。
 神取は長い事不自由を強いた腕に手のひらを滑らせていたわり、どこにも異常がないか目を走らせる。

「……へいき」

 僚は手を握っては開き、男が心配するような痺れも何も一切ないと、伝える。
 ほっとしたように眼差しを緩める男と、束の間目を見合わせる。ゆっくり頬に手が伸ばされ、僚は目を細めて顔を摺り寄せた。

「もう一度うつ伏せになって」

 言われるまま僚はうずくまり、男に尻を向ける。言った通り、男がしたいと思うなら何をされてもいい。また尻を叩かれたっていい。玩具で遊ばれても構わない。何でも受け入れたい。
 男になら、何をされたっていい。

「ああ、僚はいい子だ」

 ゆったりとした低音がそう綴る。身体ごと包み込む声音に、ますます涙が滲んだ。子供をあやす物言いだが、今はそれがひどく堪えた。
 僚、と背後から声がかかる。首を曲げて見やると、思いのほか近くに男の顔があった。背中に覆いかぶさり、間近に見つめてくる男に僚はほんのりと頬を熱くさせた。
 この熱いまま顔も赤くなっているだろうかと少し恥ずかしく思った瞬間、全身に熱が広がり、もういっときも我慢出来ないほど追い詰められている身体を自覚して、僚は背後の男に縋った。
 直後、後ろに熱く硬いものがあてがわれた。心を読まれたように思え、僚は一人うろたえた。その間に、男の逞しいものが狭い孔を拡げて押し入ってきた。

「ああ、あっ……あああ!」

 待ち望んだ刺激は腰が抜けそうなほど心地良く、僚はだらしないよがり声を上げながら腰を振りたくった。

「い、いくいく……ああぁ、鷹久、だめ……いく、出るぅ」

 じわじわと内襞を擦って入り込んでくる熱塊に悦び、僚は髪を振り乱した。
 眼下で妖しく悶える僚にひと息笑い、神取は一気に奥まで貫いた。

「あぁ――!」

 無理やり奥まで開かせる強引な挿入に、僚は短い叫びを上げた。同時に欲望が弾ける。我慢の末にやっと出せたそれはどろりと濃く、竿を伝ってゆっくり溢れ出た。
 腰が抜けそうな男の一突きに目を眩ませていた僚は、続けざまにやってきた真っ白な瞬間に束の間意識が途切れる。
 僚はおこりのように身体をびくつかせ、射精の悦びに浸った。
 断続的な震えは内側にも響き、咥えた男を不規則に締め上げた。ねっとりと絡み付く熱い粘膜の感触はこの上なく心地良く、神取は今にも動きたい衝動に激しく揺さぶられた。
 自分の下では、ようやく手にした解放に酔い痴れてぶるぶると僚がわなないている。激しい呼吸に混じって、時折かすれた喘ぎが聞こえた。
 神取は腰を掴んで固定すると、未だ恍惚としている僚に薄く笑った。

「これで終わりではないよ」
「……ああぁっ!」

 言葉と同時に腰を引き、強く叩き付ける。拉げた悲鳴で僚は応え、きつく背を反らせた。狭い器官を擦って前後する怒漲にうろたえた様子で手足を動かし、のたうち、首を振る。

「あっ…いやだ、すぐは……」
「正直に答えたご褒美に、君が本当に満足するまで抱いてあげよう」

 そんな事を言って優位に立とうとするが、何のことはない、自分がもう我慢出来なくなったのだ。
 彼と一緒に楽しみたくて、堪えきれなくなった。
 彼の肉をもっと味わいたい。熱くてきつい場所にねじ込んで、散々抉って、泣き声を上げさせたい。
 どちらのものかわからなくなるくらい出して出して、思い切り解放したい。

「すぐは、だめぇ……」
「駄目じゃない……さあ、とことんまで楽しもう」

 神取は少し身を引くと、浅い個所を自身の先端で擦るようにして腰を動かした。背中の側を狙って責められ、僚はびくびくと背骨を痙攣させた。

「そこっ…あ、やだ、ああぁ」
「いい声だね。もっと聞かせて」

 散々指で柔らかくほぐされ、更に玩具で蹂躙された後孔は燃えるように熱く、うねって絡み付いてくる。沁みるような快感に神取は何度もため息を吐き、同じ個所でゆっくり腰を前後させた。
 やだ…やだ……甘えるような声をひっきりなしにもらし、僚は背を反らせ、たわませ、いっときもじっとせず身悶えた。
 濃い蜜のように絡み付く僚の嬌声に聞き惚れ、神取は徐々に動きを小刻みに移していった。
 繋がった個所からねちねちといやらしい音がもれ、恥ずかしいのか僚はしきりに首を振りたてた。髪の合間に白金のピアスが見え隠れして、何かの合図のように明滅し男の目を射す。
 神取は髪をかき上げて顔を寄せ、赤く染まった耳朶についばむようなキスを繰り返した。そんな刺激すら感じるのか、後孔がきゅうきゅうと絞り込んできた。
 神取は身を起こすと両手でしっかり腰を掴み、引き寄せるようにして打ち込んだ。

「や、だぁ……はげし、あぁ…はげしいっ」
「きつい?」
「んっ…うん……う、ああぁ」

 揺さぶる動きにあわせて、僚はがくがくと首を動かした。

「きつくされるのは嫌い?」
「あぁ……やだ、やじゃない……ああぁ」

 僚はきつくシーツを握り締め、後ろから挑んでくる男の勢いに間延びしたよがり声を上げ続けた。
 言葉はもちろん、全身で素直に応える僚にいやらしく笑い、神取は再び耳元に顔を寄せた。囁きを流し込む。

「君がひと晩、どんな風に興奮して、どんな風に我慢したか、それを想像するだけで私も興奮したよ」
「あ、ああっ……あぁ! あ、へんたい……」
「そうだね……でも、違うよ」
「んっんん……しってる」

 単調な動きで突き込みながら、指先に探り当てた乳首を摘まむ。たちまち、あ、と可愛い声が迸り、同時に自身を飲み込んだ窄まりがきゅっと収縮した。

「ああ、たかひさ……乳首は……あぁ」
「一緒にされるのが好きだろう?」
「ああ好き……気持ちいい……ああだめ、ああ、だめぇ」
「駄目じゃない……」こんなに硬くして、いやらしいね「もっと触って欲しい? 苛めてほしい?」
「ああぅ……んんん!」
「ほら、僚、言ってごらん」

 指先で右と左と交互に捏ねながら、神取は囁いた。耳朶にかかる熱い吐息に僚はぶるぶるっと震え上がり、半ば無意識に後ろを締め付ける。

「両方は…ああ、だめ、ちがう、いい……だって、あああ」

 同時に責められ繋がってしまった官能に、僚は深く酔い痴れた。混乱気味に喘ぎ、うろたえ、駄目といいと行き来する。

「もっと、いっぱい……ああ、鷹久、して、苛めて――!」

 涙交じりに叫び、乳首を嬲る男の手に自分の手を重ねる。更には自ら腰を突き出し、ここを抉ってくれと全身で訴える。

「ああ…僚はいい子だ」

 うっとりとした男の声が聞こえる。肉に受ける強烈な快感と、鼓膜を侵す男の低音が僚を煽り、あっという間に身体が上り詰める。

「もうだめっ……いくいく、いく――!」

 低く呻き、僚は快楽を放った。
 きゅうっと閉まる後孔の締め付けに、神取は深く酔った。嗚呼なんて身体だろう。必死に射精欲を堪え、まだ痙攣している孔をこじ開けるようにして最奥に自身を送り続ける。

「だめ、あっ…おく、だめだめ、だめぇ!」
「いい声だね……もっと感じてごらん」
「や……ああ、おねが……いったばかり……だめ、待って」
「逃げても無駄だよ」

 切羽詰まった叫びを上げ、前に這って逃れようとする僚の肩をベッドに押し付け、神取はひたすら突き込んだ。繋がったそこから、にちゃにちゃといやらしい音が響いてくる。

「だめぇ……ああぁ……あ――!」

 僚は頭を抱えるようにして顔を覆い、逃げ場のない中で与えられる強烈な快感にひたすら声を上げ続けた。そうでもしていないと、身体の内にどんどん溜まって破裂しそうなのだ。
 自分の下で泣きじゃくる少年にいやらしく笑い、神取は尚も深奥を穿った。少しして、僚の腰がびくびくっと大きな震えを放った。同時に自身を包む狭い孔が根元から先端まで包むように食い締めてきて、たまらずに神取は直線的な動きで貪った。
 僚の口から鋭い叫びが上がる。当然だ、達して過敏になった粘膜をさらに擦られては、快感を通り越してはっきりと苦痛だろう。しかし放つ声はどこか甘さを含み、喜びが滲んでいた。
 すっかり馴染んだ僚の身体に嬉しがり、神取は自身の射精目指して動いた。力強く最奥を穿ち、何度目かの時に一番奥で動きを止め、呻きながら、熱いものを放つ。

「あぁ……あつ……」

 また僚の身体が跳ねた。
 奥にたっぷりと注ぎ込み、神取は一旦身体を離した。ちっとも萎えていない自身に小さく苦笑いを零す。
 ずるずると引き抜かれ、僚はおぞ気のする感触に身震いを放つと、ぐったりベッドにうずくまった。全身はすっかり汗ばみ、疲れ切り、苦しさに全身でぜいぜいと息をつく。
 神取はうつ伏せの身体を優しく仰向けに誘導し、少し緩んだ孔から放ったものがたらりと溢れるそこへ、再び自身を飲み込ませた。

「うう……んん」

 背筋にぞくぞくと響くかすれた喘ぎに、神取はうっとりと頬を緩めた。奥まで咥えさせ、一度静止する。

「あ、あつい……ああ、たかひさの……中で、あぅ……びくびくしてる」
「わかるかい?」

 僚はだらしなく手足を投げ出したまま、力なく頷いた。嗚呼なんて熱くて逞しいのだろう。受け入れてるのは身体のほんの一部だけど、まるで身体一杯が男の形になったようで、そんな卑猥な妄想に脳天が痺れてたまらない。苦しい程自分を圧倒してくる男に、喜びが溢れる。

「ああおねがい……もっと、おく……して、あぁっ…もっと突いて」

 僚は途切れ途切れに訴えた。本当は、一度抜かれた時に、もう終わりにしてほしかった。もうこれ以上は疲れて身体がもたない、そう思ったが、再び身体一杯に男を感じた途端、腰が抜けるほどの悦びに見舞われ、したくてたまらなくなった。
 もっともっと自分を圧倒して、自分に興奮して、自分を支配してほしい。
 息も出来ないくらいに支配されたい。
 脚が大きく開かれ腕に支えられる。
 僚はごくりと喉を鳴らした。
 神取は深く覆いかぶさると、上から押し込むように腰を使った。

「あぁあだめぇ……すごい、ああっ…あ、そこ……いい」

 濡れた声を上げ、僚は男の肩に掴まった。汗ばんだ肌を手のひらに感じ、興奮がいや増す。髪を振り乱し、身を襲う甘い喜悦に悶え狂う。
 神取は腕にしていた足を解放すると、僚の身体を抱きしめ、唇を重ねた。
 僚ははっと息を飲み、すぐにキスに応えた。いやらしい音を立てて舌を貪り合う。ぴちゃぴちゃと卑猥な響きにすら僚は興奮し、噛み付く勢いで男の舌を求めた。
 怠い腕で男に抱き付き、尚も貪る。

「好き……あぁ鷹久……すき」
「私もだよ……好きだよ」

 気を抜くと彼に飲み込まれそうになり、抵抗しかけて神取はすぐに放棄した。流されるまま嬉しさに酔う。舌を絡ませながら、小刻みな動きで僚の好きな最奥を打つ。

「ん、んん、んっ…おく、すごい、ああとける……んむ、あは…ああ――あぁあ」

 熱く硬いものが最奥に達する度僚は口から甘えたようなため息をもらし、ますます男を喜ばせた。
 しばらくして、僚は驚いた風に唇から逃れ、仰け反り、ああ、と短い叫びを上げた。
 何度目かの絶頂に見舞われたのだ。
 神取は休まず挑み、きつく締め付けてくる孔を夢中になって穿った。

「あああぁあ……!」

 しまいにいきっぱなしになり、どこを触られても感じて痙攣してしまうまでになった。性器や乳首はもちろん、髪を絡めるようにして撫でられるのも、ぎゅっと抱きしめられるのも、汗ばんだ肌同士がくっつくのも、たまらないほどの快感だった。

「もうやめて……」

 僚は泣きじゃくり、息も絶え絶えに懇願した。

「もう無理、無理…本当に……もう許して」
「まだ足りないだろう?」私にはわかるよ「だからもっと、可愛い泣き顔を見せて」
「もう、もっ……やだぁ」

 神取は聞き入れず、強制的に射精を促した。何度も射精してすっかりぬるついた僚の性器を手の中に包み扱いて、強制的に射精へと追い詰める。
 制止の声を無視してしつこく擦っていると、その末に薄まった精液が噴き出した。
 それでも神取は手を離さず、執拗に扱き続けた。少し強めに先端を抉り、親指で刺激を与える。
 僚は濁った叫びと共に汗まみれの身体をのたうたせて、おびただしい量の体液を噴き出し、がっくりとベッドに身を沈めた。
 意識が朦朧としている僚を腕にしっかり抱きしめ、尚も揺さぶる。その末に、神取は深奥に欲望を解放した。僚は目を閉じ、鈍く反応するだけだったが、射精の瞬間、かすれた悲鳴を上げて悶えた。
 僚はひっひっと切れ切れに息を吸い込み濡れた瞳を瞬かせると、視界に男の顔をどうにかとらえ、ゆっくり笑みを浮かべた。
 たちまち神取は泣きたい衝動にかられた。こうして深くまで繋がって、互いにむき出しの欲望を吐き出して、恐ろしいほどの快感を味わったが、それ以上に彼の笑顔は心をかき乱した。心を包み込んだ。
 熱の名残を彼の中に残したまま、神取は抱きしめた。
 二人分の乱れた呼吸はしばらく部屋を満たし、やがて静まっていった。

 

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