Dominance&Submission

鍵の行方

 

 

 

 

 

 男の手によって身体の隅々まで洗われ、バスローブを着せられる。僚は黙って身を任せ、ベッドに抱いて運ぶ男に掴まった。もう何度もそれこそ数えきれない程そういった対応を受けて、今更ではあるが、たまらなく恥ずかしいのと申し訳ない気持ちとがせめぎ合い、身の竦む思いを味わう。人の世話をするのが好きと、男は言う。誰でもではなく、特別な人だからより身が入る。確かに、世話を焼く時男は生き生きとする。仕えるのが楽しくてたまらないと態度に表れている。いつもなら、むず痒さも楽しんで受け取れるが、今日ばかりは身が竦んでならなかった。
 ようやく終わり、ベッドに運ばれ、僚はほっとしたように身体の力を抜いた。クッションを背中に当て、緩くもたれる。
 神取はベッドの端に腰かけ、僚の額に手を伸ばした。洗い立てで、いつもより余計癖が目立つ髪が可愛いと、感触を楽しみながらすく。
 男の手がゆっくりと頭を撫でるのを、僚は心地良く受け取る。部屋の明かりは間接照明に絞られ、目を射すような白熱灯がないせいか、より落ち着いた気分になった。湯上りで速まっていた鼓動も鎮まり、何でもないお喋りをしたい気持ちになる。思った時にはもう、口は言葉を紡いでいた。

「長さのせいか、跳ねちゃうんだ」
「そうだね。でも短いならそれはそれで、また違う癖が出るのだろうね」
「うん……そうだった」

 見せてやりたいと、僚は小さく笑った。小学校の時は特に癖が強く出ていて、馬鹿にされるまではいかないが、よく笑いの的になっていた。同じクラスにもう一人、そちらは巻き毛の男子がいて、更に女子でもう一人髪に特徴のある子がいて、今日は誰が一番元気…癖が出てるかと、楽しそうに比べられた。

「嫌だった?」
「うーん……覚えてる限りでは、嫌とかそういうのはなかったと思う」

 場面場面のぼんやりとした記憶を追って、僚は小さく唸った。思い出せるものをめくっても、特別嫌だった、腹が立った思いは残っていない。
 そう、と、どこかほっとしたように笑う男に、しばし目を奪われる。男の内から溢れる優しさが肌に触れたように思え、触れた箇所からしっとりと沁み込んでくるように思え、僚はそっと息を飲んだ。
 静かな部屋で、数秒、二人は見つめ合う。
 神取は微かにベッドを軋ませ、僚に顔を寄せた。
 不意の物音に僚は過剰に反応し、近付いてくる男の顔を熱っぽく見つめた。
 唇が重なる。
 さっきよりずっと濃厚に、長く貪ってくる男に、僚は息を乱れさせた。手首を掴まれどきりとする。動きを封じるように押さえ付けられ、抱きしめられないもどかしさと拘束に、僚は身体の芯が疼くのを感じた。
 時折、舌を舐め合う音が部屋に響いた。
 湿った音は淫靡さに満ちて、僚の頬を赤くさせた。
 神取は存分に味わって顔を離すと、うっとりした眼差しで見つめてくる僚に微笑みかけた。熱い温泉から出てきたばかりのように頬がほてって、何とも言えず可愛らしい。そっと手のひらでさすると、潤んだ瞳が更に煌いた。自然と笑みが込み上げる。

「さあ、僚、教えて」

 昨夜約束した事を僚に尋ねる。

「っ……」

 とうとう言わされる時が来た事に、僚は息を詰めた。男の目を見ていられなくなり、ぎくしゃくとよそへ向ける。
 背筋がすうっと寒くなるが、その少しおぞ気を含んだ感覚が下腹に届くと、たまらないほどの快感に変わって、僚を慄かせた。じんじんと痛むような疼きが股間を包む。
 僚は引き攣る喉から声を絞り出した。

「三回……」
「私に嘘は通用しないよ」

 神取は穏やかな笑みで首を振った。
 僚は唇を噛み、隠すように顔を伏せた。

「本当の事を言いなさい」

 促すと、僚の口が小さく動いた。云いたいが、どうしても言葉が出せない。そんな様子だ。

「今の嘘は忘れてあげるから、本当の事を言ってごらん」

 僚は小さくしゃくり上げ、またいくらか口を動かした。しかし、やはり声は出てこない。
 神取はいよいよ楽しくなるのを感じた。もちろん、彼に覚らせるなんてへまはしない。少し呆れた顔付きになって、うんざりだとため息とともに首を振る。

「仕方ない。なら、素直に言いたくなるようにしてあげよう」

 わざと冷たい声を向けると、面白い程僚の身体が跳ねた。下に落ちていた眼差しがはっとなって向けられ、怯えを含んでいるのが見て取れた。その傍らにははっきりと期待が煌き、どう扱われたいか訴えている。相変わらず、彼の素質は素晴らしい。きつい支配を望んでこの場を支配し、従う者として弁え、こちらを従わせる。
 どちらが本当の支配者か境界が曖昧になる。
 どちらも、であり、片方の独りよがりでこの場がなっているわけではない。
 ごく自然にそれをやってのける僚の才能に惚れ惚れとして、神取は支配者の貌になる。
 僚のバスローブを脱がし、帯で彼の手をひとまとめに縛り上げると、うつ伏せに這わせた。

「っ……」

 僚はしゃくり上げるように息を吸った。ここまで、男はひと言も声を発してない。ちょっとの身振りと目配せだけで自分を動かし、操る。冴え冴えとしたあの眼差しで見つめられると、身が竦み、抵抗出来なくなる。むしろ、望んで従いたくなる威力を秘めていた。恐ろしいと思うのに、従うのが嬉しくてたまらなくなる。男の意のままに操られるのがたまらなく気持ちが良いのだ。
 尻を叩かれるのか、それとも…これからどんな風に扱われるのかわからず、僚は全身を強張らせた。空気の流れもわかるほど耳を澄ますのはもちろん、神経を研ぎ澄ます。
 うつ伏せたまま、身じろぎ一つ抑え込み固くなった僚にひと息笑い、神取はゆっくり背中に覆いかぶさった。露わになった綺麗な若い肌に接吻し、唇を押し付けたまま両の掌で身体中を優しく撫でる。

「う……あっ」

 指先がそっとかすめるほどの淡い愛撫、口付けに、僚は喉をひくつかせた。一気に身体が燃え上がる。

「あ、あ……」

 僚は息を弾ませ、愛撫に震えた。産毛を優しく撫でる指先の動きに、身体の底から妖しい感覚が湧き起こる。とっくに硬くしていた下腹に、甘美な刺激が積み重なっていく。
 神取は縛り上げた腕を労わるように撫でさすり、脇腹から腰へ手を滑らせ、よく張った太腿に伸ばした。更に足の付け根、性器の際まで滑り込ませると、そこで僚の息遣いが変わった。腰もびくびくと引き攣る動きを見せる。それらを楽しみながら、神取は肝心なところはあえて避けて、その周りを愛撫した。

「んっ……」

 身体の前面、へその周りから胸元を撫でると、僚はまた声をもらした。神取は頬を緩め、じっくりと手を這わせた。
 うっすらと浮き上がった背骨を唇でくすぐり、一つひとつ数えながら神取は顔をずらしていった。

「や、あぁ…くすぐ……」

 くすぐったいと途切れがちに零し、僚はわなないた。可愛らしい反応に神取は口端で笑い、そこを唇でついばんだ。また高い声がもれ、ぶるぶるっと震えが走る。
 神取はしばらくの間、そこを重点的に舐めほぐした。僚は始め遠慮がちに、どこか拒む響きで喘いでいたが、それでもやめずに続けていると、とろりとした蜂蜜のように甘い声に変わり素直に悦んだ。
 神取はもうしばらく愉しんでから、顔をずらした。はあはあと微かに聞こえる僚の息遣いに耳を澄ませ、満足げに笑う。
 そして今度は、普段慎ましく隠されている後孔を責める。

「あっ……まって、まって」

 左右の親指で双丘を割り開き露わにすると、僚は慌てたように腰を振った。前に逃げようとするより早く神取は顔を近付け、先ほどバスルームで念入りに洗った窄まりにゆっくり唇を押し付けた。開いた口の奥から舌を伸ばし、表面を舐める。

「あっ……や、あつい」

 ぬるりとした熱い粘膜に、僚はおののいたように声を上げた。

「だめ――!」

 直後鋭い悲鳴を上げ僚は身悶えた。後孔を舐めながら、男が乳首を摘まんできたのだ。瞬く間に全身の力が抜け、僚は後ろと乳首とを、男のいいように弄られた。
 興奮してすっかり硬く尖った乳首を指に摘まみ、神取は丹念に捏ねた。押し潰すようにして転がすと何とも言えぬ甘い悲鳴が上がり、そうしながら後孔に強く舌を押し付けると、びくびくと止まらない震えを放ち僚は身悶えた。

「あ、あぁ……」

 後方から聞こえてくるぴちゃぴちゃと卑猥な音に、僚はおこりのように身を震わせた。乳首を摘まむ手はいっときも離れず、後ろから流し込まれる妖しい快感とあいまって、より狂わせた。せめてどちらか一方だけでも振り払いたいが、身体はすっかり力が抜け言う事をきかない。あまりの心地良さに全身が痺れ、もう、このままいってしまいたいとさえ思った。
 恥ずかしいところを舐められ、恥ずかしい声を上げながら、思い切り吐き出したい。
 しかし男は緩く責めるばかりで、僚には物足りなかった。ひどくもどかしい刺激が延々と続くばかり。もっと強く乳首を摘まんで、きつく孔を抉って欲しくなる。そう思うのだが、男の愛撫は一向に変わらなかった。ひたすらとろ火で炙られるだけ。
 硬く反り返った性器の先からは、絶えず先走りがとろりとろりと垂れ落ちていた。
 それを見て、神取は口の端で笑った。
 もう少しかと、楽しさに心が弾む。
 寸前まで追い詰められているのは明らかだ。もうあと一歩強い刺激があれば弾けるだろう。僚はその訪れを、今か今かと待ちわびている。
 それをわかっていながら、神取は中途半端な刺激を送り続けた。

「いやだぁ……これ、もうやだぁ」

 ついに我慢出来なくなり、僚は泣き叫び自分から腰を押し付けた。神取はその分責めを弱め、乳首の手も引く。

「ああ…なんで……」

 僚はあまりのもどかしさにすすり泣いた。昨夜から、勃起すら禁じられて、ずっと苦しい思いをしてきた。窮屈な殻に押し込められ、興奮してはいけないと制すればするほど頭の中はそちらに傾いて、つらくてたまらなかった。
 もう、これ以上我慢出来ない。したくない。

「出したい……出させて」

 しくしくと泣きながら、背後の男に縋る。

「ここから思い切り出したい?」
「ああっ…やだそれ!」

 神取は人差し指と中指の間に性器を挟み、ゆっくりと上下に動かした。曖昧な刺激に僚は腰を振りたて、もう許してくれと懇願した。
 身体の奥で何度か、軽い絶頂を迎えていた。小さな快感がいくつも弾けていた。けれどもう、それでは満足出来ない。もっと思い切り解放して、目も眩むあの真っ白な瞬間を迎えたい。
 これ以上中途半端な刺激に晒されたら、頭がどうにかなってしまう。

「嫌なら、どうする?」
「言います……から」

 神取は手を離した。うずくまり、全身ではあはあと息をつく僚を仰向けに寝かせ、もう一度促す。
 僚は手首に巻きつくバスローブで涙を拭い、喘ぎ喘ぎ白状した。
 数えられたのは三回までで、その後はもうずっと興奮しっぱなしで、いつ落ち着いたか、いつ興奮したか、何回って数えられない。
 ごめんなさい、ごめんなさい。

「ちゃんと言えたね、偉いよ、僚」

 小さな子供に向ける物言いが、心を傷付ける。心を癒す。僚は少し息遣いを落ち着かせた。頭を優しく撫でる男の手に浸り、深く息を啜る。

「でも、素直でなかった分のお仕置きはしないといけないね」
 悪い子は、お尻を叩いてちゃんと躾けないと

 低く囁く男に僚はひゅっと息を飲んだ。一瞬意識が遠のく。
 ぼんやりと宙を見つめる僚に口端を緩め、神取は立ち上がった。そこで僚ははっとしたように目を瞬き、反射的に動きを追った。

「使う場面が来なければいいと思っていたが、君相手では儚い祈りだったようだ」

 神取は傍の椅子にかけたジャケットを探り、何かを取り出した。
 目にした途端、僚はぐっと息を飲み硬直した。
 男が取り出したのは黒い革紐、ペニス用のハーネスだった。それから、なじみ深い派手な色の玩具が一つ。

「これくらいなら、目立たず持ち歩ける」

 どこか楽しげに話す男を、僚はどこか夢見心地で聞いていた。言えば解放されると思っていたのに望みは断たれ、尚も苦痛が続くと告げられて、意識が逃避したのだ。そのままぼんやりと曖昧な境界を漂っていると、不意に下腹に鈍い痛みが走った。気付いた時には、射精を管理するハーネスが取り付けられていた。
 がっちりと巻き付いた細い革紐に、僚は大きく顔を歪ませた。惨めな思いにまた涙が滲み、それでいて身体は異様に興奮していた。惨めな思いをする自分に深く酔い痴れていた。限界まで我慢させられ、苦痛と快感が入り混じったあの強烈な衝撃を、また味わえる。期待に呼吸が乱れた。
 嫌で嫌でたまらないのに離れられない。
 男の巧みな仕業にすっかり魅了された身体で、どうして抗えるだろう。

「さあ、起きてこちらへ」

 神取は肩を抱いて起こすと、ベッドの傍に立たせ、軽く押しやった。
 僚は素直に従い、男へ尻を突き出す格好でベッドにうつ伏せになった。無防備に尻を晒す格好に、自然と身体が震えた。堪えて足踏みすると、竿の根元や袋に巻き付く革紐からずきずきと重い痛みが生じ、脈打つように下腹を這った。手足の先まで毒々しい感覚が広がっていくのに、僚は息を乱れさせた。

「僚、言う事があるだろう?」
「あ、あ……お仕置き、あの……お仕置き、して、ください――あぅっ!」

 言い終えると同時に尻にローターが押し込まれ、僚は鋭く叫んだ。丸く小さな玩具は、さしたる抵抗もなく身体の奥に進んでいく。形状のお陰で刺激は少ないが、すっかり昂った身体には玩具一つといえどかなり堪えた。射精を禁じられたせいで、余計いきたくてたまらなくなっていた。そこに小さいとはいえ玩具を押し込まれては、僚は貪らずにいられなかった。浅ましいと思いつつも、自分で締め付けてしまうのを止められなかった。しかし当然だが、玩具一つきりでは得られる快感はほんのわずかだ。僚は腰をうねらせながら切なく喘いだ。

「よく反省しなさい」

 神取は目を細め、眼下で震える少年をじっくりと愛でた。中途半端な刺激にのたうつようにして全身で喘ぎ、妖しく身悶えている。この状態で耐えているのを、一晩中でも眺めていたい。刺激はこれきりで、痛みも与えず、ただ見つめ続ける。彼はもどかしさにすすり泣いて、のたうって、懇願してくるだろう。それらを振り払い、ただ見つめるだけでひと晩過ごす。一切手を出さずにだ。彼はもちろん、自分も相当に狂うだろう。どれだけの快感が得られるか、考えただけで目眩がする。
 神取は振り払うように目を逸らし、クローゼットから靴ベラを取り出し、僚の前に置いた。

「選びなさい。この靴ベラと私の手と、どちらで叩かれたい?」

 さすがに鞭は持ち込めないので、備え付けの靴ベラで代用だ。

「っ……あ、あぁ……」

 僚は怯えと戸惑いに唇を引き結び、恐る恐る靴ベラを選んだ。
 神取にっこりして、では、平手打ちだと、優しく告げる。
 ひっと息を飲む僚に、ますます笑みが深まる。興奮を抑え、神取は少年の脇に立ち腰を抱えた。

「三十だ、数えなさい」
「……はい」

 

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