Dominance&Submission
鍵の行方
僚は男の陰に隠れるようにして、レストランに入った。 いつもと同じく男の先導で歩いているつもりだが、今日は何故か自分の行動が不自然に思え、正そうと思っても上手くいかず、びくびくと身体のあちこちに要らぬ力が入った。 都心のホテルの高層階、とりわけ眺めの良い個室に案内される。 個室に灯る照明は柔らかく、落ち着いた雰囲気に包まれていた。 自分が場違いに思え、僚は泣きたい気分に見舞われた。何とか飲み込んで席に着く。 意識してはいけないと思えば思うほど下腹に集中してしまい、気が気ではない。落ち着きを失った身体は腫れぼったく、息苦しく、こんな状態で食事など出来るのだろうかと、僚は手にしたメニューに向かって密かにため息を吐いた。 選ぶふりをして、正面に座る男の顔を恨めしげに見やる。 男はメニューを見ながら、今日の料理に合ったワインを探して、専門知識のある人間と言葉を交わしていた。 穏やかな抑揚で言葉を紡ぎ、時に考え込み、質問し、納得して頷く様はどこを取っても優雅で、僚は睨むのも忘れてしばし見惚れた。特に唇の動きに目が釘付けになる。メニューを指差したり軽く顎に触れたりする手の動きも魅力的だった。 息が上がり、身体中が火照って、まるで酒に酔ったようになる。 ぽーっとしている間に、注文は終わってた。 食器類がテーブルにセットされ、僚ははっと我に返る。慌てて男に目を向けると、楽しそうな顔がそこにあった。何を見ているのかわかった気がして、たちまち僚は恥ずかしくなり顔を伏せた。 身体がぶるりと震える。 火照った顔で俯いた僚に、神取はより視線を注いだ。彼を言葉以外で可愛がるのは、実に楽しい。 照明の加減か、彼の顔はいつもより赤味を帯びて見えた。血色の良い頬、ともいえるが、潤んだ瞳と合わさって、匂い立つような色気を放っていた。 正面で、僚は行儀よく背筋を伸ばして座っている。いつもと変わりないが、服の下にはとんでもない秘密を隠している。それを知っているのは自分だけ…思うほどに神取は、うなじの辺りが昂奮で疼くのを感じていた。 ほとんど会話のないまま、食事は進んだ。 問いかければ僚は美味い、好き、綺麗と応えたが、そこから会話が弾む事はなかった。言葉少なに応答し、また食事に没頭する。 眼下に広がる夜景を楽しむ余裕もないようで、ちらちらと目を上げる以外は、ひたすら料理の皿を見つめていた。 空腹に追い立てられての事ではない。 それ以外を目にすると気が散って、気が向いて、食事どころではなくなってしまうのだろう。 神取はワイングラスを傾けながら、そっと僚の様子をうかがった。これで何度目になるか、僚はわずかに身じろいで座り直した。どう座っても落ち着かないのだ。理由はよくわかっている。密かに笑う。可愛くて、可哀想で、すぐにでも開放してやりたいと神取は思った。その一方で、もう少しほんの少しだけ彼を辱めたい。そんな欲求も生じる。 まだまだ、楽しむのはこれから。 夜は長いのだ。 それに彼は今、好物のデザートを楽しんでいる。 邪魔をするのは酷というもの。 綺麗に盛り付けられた二種類のフルーツのシャーベットを前に、僚は心持ち目を見開いた。いくらか落ち着きが舞い戻る。 舌の上で冷たく溶ける濃厚な味わいに、身体も徐々に鎮まっていく。 が。 向かいで別のデザートを味わう男の優雅さに見惚れた瞬間、興奮がぶり返す。 僚は喉を引き攣らせた。 危うくむせてしまいそうになり、ごくりと喉を鳴らす。 美味そうに食べている様をいやらしい目で見てしまうなんて、自分は本当におかしい。 俯いて動揺を隠し、僚はせっかちにスプーンを口に運んだ。 せっかくの好物なのに…でも、今はそれどころではない。 早くこの時間が終わってほしい。 早く外してほしい。 早く…どうにかしてほしい。 そんな僚の様子を盗み見して、神取はほくそ笑んだ。 見られている事に気付く余裕もなく、僚は、時々は感じる木苺の甘酸っぱさに慰められ、デザートを味わった。 じりじりと時間は過ぎていった。 気が付くと、男の先導でホテルの一室に足を踏み入れていた。背後で静かに扉が閉まる。 夢うつつを漂っていた僚ははっと目を瞬かせ、どうやって自分はここまで来たのだろうと混乱に頭を眩ませる。記憶をたどれば、ぼんやりと部分部分は覚えている。 ごちそうさまと頭を下げた、レストランの入り口で預けたコートを受け取った、エレベーターホールに向かう男について歩き、やってきたエレベーターに乗り込む際、男は一旦振り返って目配せを――そこまで思い出し、僚は背筋がぞくりとするのを感じた。振り返った男に見つめられた時も同じくそうなった。自分の表面を軽くなぞっただけだが、完全に支配者となった男の眼差しで身体を撫でられたのだ、息はつまり涙が滲んで、ともすれば倒れそうだった。 今また、あの瞬間の異様な興奮が襲ってきた。 「部屋からの眺めも、またいいんだ」 そう言って窓際に案内しようとする男の腕を掴んで引き止め、僚は倒れそうになる自分を支えた。 もう、これ以上待てない。 神取は驚くことなく僚を振り返り、そっと目を細めた。 僚は腕にしがみ付くようにして寄り掛かり、股間を擦り付けた。こんな事をする自分が恥ずかしくてたまらないが、どんなに堪えても身体が勝手に動いてしまう。 「あっ……鷹久」 シリコンに覆われているので、どんなに擦り付けたところで直接感じる事は出来ないが、動く事で少しは気が晴れた。 だが、そうするともっとはっきりとした刺激が欲しくなる。 どんなに動いても欲しい刺激が得られない事に、僚は小さく呻いた。 人目のある場所から解放され、二人きりになった事で、我慢も限界を超えた。これ以上自分を抑えておけない。 「たかひさ……」 身体中が痺れて、もう立っていられなくなる。 男の腕が包むようにして肩を抱く。そんな接触にすら、僚はぞくぞくと背筋を疼かせた。 上出来の仕上がりに、神取は頬を緩めた。力を抜くと本当に崩れてしまいそうなほど足の萎えた僚を抱き直し、唇を寄せる。 「やだっ……」 僚は慌てて顔を背けた。そんな自分の反応を、男は面白がった。どうにか腕から逃れようともがくが、そうすると今にも床に崩れてしまいそうになる。どうにか足を奮い立たせて逃げようとするのだが、易々と捉えられ、唇を塞がれる。だめ、と発する言葉を封じられ、僚は触れてくる唇から流し込まれる快美な感覚に、ただただ背筋を震わせた。 男は口の中まで貪る事はせず、下唇を軽く舐めるだけで顔を離した。けれど、今の僚には充分すぎるほど強い刺激だった。激しいキスを交わした後のように息は乱れ、溜まった涙は今にも零れそうだった。 神取はその顔をじっくりと眺めた。浅い呼吸を繰り返す僚の息遣いが、しきりに頬をくすぐる。吐息はなんとも馨しく、朱に染まった頬や眦はキスしたいほど可愛らしい。 「たかひさ……お願い……」 「どうした。言ってごらん」 「もう、これ……これ、外して」 「これ、とは?」 そっけない男のひと言に僚は眼差しをぎくりと強張らせた。 愕然とした顔、泣きそうでもあり笑いかけでもある複雑な表情を見せる僚に視線を注ぎ、さあなんと答えるだろうと神取は密かに楽しんだ。そのものの単語を口にするのか、指差すか、それとも。 僚は一歩二歩よろけると、一度小さく俯き、それから服を脱ぎ始めた。 なるほど、そのように示すのかと神取は目を瞬き、眼前で一枚ずつ服を脱いでいく僚を黙って見守った。早く解放されたくてたまらないのだろう、僚はためらうことなくややせっかちに服を脱ぎ捨てていった。それでも残すは下着一枚となったところで、息を飲むしばしの躊躇があった。 息を飲み込み、覚悟を決めた僚は、一気に引き下ろした。 「……これ」 そして男によく見えるよう身体を向け、真っ赤な顔で声を絞り出す。ただ裸を見せる何倍も恥ずかしく、今にも息が止まりそうだった。 たった一つ付け足されただけなのに、どうしてこんなに……。 「いい子だね。鍵はここだよ」 神取は胸ポケットから銀色の小さな鍵を取り出した。指に摘まんだそれを見て、僚は眼差しをきつくした。 いくらか笑い混じりだった顔はすっかり泣き顔になって、色を塗ったように赤い頬を引き攣らせ、僚は目を逸らした。 「外して……」 「ああ。じっとして」 目の前で男が膝をつく。僚は更に顔を背け、男に身を任せた。取り付ける時と比べれば、それほど痛みはなかった。そしてようやく、窮屈な殻から解放される。僚は恐る恐る目を戻し、何もなくなった股間を確認する。ほっとすると同時に、力が抜けるようであった。殊更意識して足を踏みしめる。 神取から見れば、今にも倒れる寸前であった。すかさず肩を抱いて支え、引き寄せる。僚は一瞬身を強張らせ、すぐに力を抜いて男にもたれた。 心地良い重みを感じ、神取はそっと微笑む。 「……さあ、シャワーを浴びようか」 今にも涙が零れそうに打ちひしがれていた顔に笑みを浮かべ、僚は頷いた。 |