Dominance&Submission

月が昇るまで

 

 

 

 

 

「私がどれだけ君を思っているか、その身体に教えてあげよう」

 寝室のベッドに仰向けに寝そべり、不安と期待の入り混じった眼差しを寄越してくる僚に、神取は楽しげな微笑を投げかけた。
 寝室に招き入れてすぐ全ての服をはぎ取り、枷と首輪で装飾して従う者に変えた後、水と一粒の薬を与えた。
 白一色のそれを見て、僚は素直に反応した。嫌悪と怯えの入り混じった顔は、脳内で反芻する度神取を陶酔させた。たまらなく嫌なものだが、本心から嫌い抜くのが難しく、この薬でどれだけの痴態をまた晒してしまうのか怖いと同時に、何一つ包み隠さず見せびらかしたくなる…そんなせめぎ合いが、眼に浮かんでいた。
 本当に彼はいい表情をする。
 思い返す度、背筋がぞくぞくする。

「寒くはないかね」
「……ん、平気」

 低い、詰まったような声で僚は応えた。
 神取はベッドに腰かけると、僚の身体の横に無造作に投げ出された左右の手を掴んで頭上に引き、ベッドの脚から伸びる紐に繋いだ。僚の頭がそれを見ようとしてわずかに動く。
 神取は安心させるように僚の頭を優しく撫でた。

「っ……」

 髪を撫でる男の手に、僚は小刻みに震えを放った。普段はそんな事ないのに、説明しにくい悪寒のようなものが走ったのだ。すぐに、あの薬のせいだと思い至る。とっくに水で流し込み消えたが、痺れるようなぼけた甘苦さが舌に過ぎった。
 ベッドに繋がれた両手は、肘をまっすぐ伸ばしきった余裕のない姿勢ではなく、ある程度自由に動かせた。僚はその分を目一杯使って、落ち着きをなくし始めた身体をよじらせた。そうやって気を紛らせていると、静かな部屋に男の声が放たれた。

「さて、君はどの玩具で遊ぶのが好きだったかな」

 落ち着いた低音が綴った単語に、身体がじわっと熱を帯びる。僚は弾かれたように目を向け、男の手にあるピンク色のそれに喉を詰まらせた。

「小さな玩具を沢山頬張って、いっぺんに味わうのが好きだったね」

 クローゼットの棚から取り出した三つを僚にちらつかせ、神取は口端を緩めた。
 僚はしきりに瞬きを繰り返し、喘ぐように息を啜る。あの玩具で何度も、まるで地獄のような凄まじい快楽を教えられた。嫌というほど覚え込まされた記憶が、瞬時に全身を駆け抜ける。薬の効力も相まって、僚のある部分が急激に反応を始めた。
 神取は先のようにゆっくりベッドに腰かけた。身を捻り、僚の顔を観察する。わずかに潤んだ双眸には、はっきりそうとわかるほど劣情が浮かんでいる。その目を何度も瞬きながら、こちらが手にする玩具をじっと見つめていた。顔から身体へ視線をずらすと、あちこちに、可愛い好ましい反応が現れていた。
 特に下腹は、このまま待てば射精を迎えるのではないかと思えるほど立派に成長し、先端からは早くも涎が垂れ始めていた。
 神取はすいと手を伸ばし、外側を撫でるように動かした。

「……あ!」

 僚はびくりと強張り、切羽詰まった声を上げた。

「こんなに硬くして、こんなに涎を垂らして…まだ何もしていないのに、これを見てそうなったのか」
「だ…て……」

 舌が固まって上手く喋れない。僚は浅い呼吸に胸を喘がせ、食い入るように見つめた。目にした瞬間から、身体の疼きがどんどんひどくなっていっている。前も後ろも疼いて堪え難く、いっときもじっとしていられない。
 嗤う男に一瞬恥ずかしさを覚えるが、次の瞬間にはもう消え去って、早く早くと心と体が忙しなくなる。
 もじもじと落ち着きなく四肢を動かし、唇が渇くほど熱いため息をもらす。すっかり染まった僚の様に、神取は支配者の貌で微笑んだ。

「君は本当にいやらしい子だ。そんなに物欲しそうな顔をして……大丈夫、今日はこれでたっぷりと、君を可愛がってあげよう」

 足を開くよう言うまでもなく、僚は自ら膝を割った。それでいてきつく眉根を寄せ、首を振る。

「この玩具は、欲しくないかな」

 まだ完全に薬に飲まれてはいないようだ。わずかに残った羞恥心に神取は内心ほくそ笑み、玩具を一つ手にして、顔を見たまま手探りで後孔に押し付ける。ああ、と熱い声と共に僚の身体がびくりと弾み、顔付きはますます険しくなった。内面でどうせめぎ合っているか、手に取るようにわかった。
 何か云いたげに僚の唇が動く。神取は覆いかぶさってその唇を塞ぐと、玩具で後孔を撫でながら舌を差し入れた。

「んむぅ……ん、んん」

 僚は咄嗟に歯を噛みしめ噤んだが、男は構わず唇の内側を舌で舐った。熱い塊がぬるりと動き、粘膜をなぞってくる。それだけでも背筋にぞくっと疼きが走るのに、更には玩具で窄まりを撫で回され、二重三重の痺れるような快感にたまらずに僚は胸を喘がせた。

「入れてもいいかい?」

 キスの合間に、男が囁く。

「あぁっ……」

 唇にかかるわずかな吐息さえ、僚を興奮させた。
 翻弄されながらも、僚は微かに首を振った。しかし、口の中をいやらしく嘗め回され、同時に後孔を玩具で擦られて、段々と意識が朦朧としてくる。
 入れてほしくてたまらなくなる。
 嗚呼、どうして自分は抵抗しているんだっけ――。

「入れてほしい?」
「ああぁ……」

 身体はとっくに、受け入れる事を望んでいた。
 男の唇が三度同じ言葉を繰り返すと同時に、僚は何度も頷きながら自ら腰を揺すりねだった。

「早く……早く」

 関節が軋むのも構わず膝を割り、悲鳴じみた声を上げる。
 眩しいものを見るように目を細め、神取は痴態を晒す僚に視線を注いだ。

「いい子だね」

 淫らによがり、ぞっとするほどの色気を放つ顔に見入ったまま、神取は一つずつ玩具を押し込んでいった。

「ああ、ああぅ……いい、あぅ」

 疼いて堪らない孔を拡げて、小さな異物が入り込んでくる。僚は喜んで締め付け、悦びに喘いだ。
 二つ目を咥えたところで、身体が急激に上り詰める。一つ目を奥へと押しやりながら侵入する丸い塊が、僚の快感の胤を巧みに刺激したのだ。

「ああ、い、いく……いくっ」

 上ずった声で訴えてくる僚に、神取は優しく微笑みかけた。

「もう少し我慢出来るね」
「あうぅ……」

 僚は泣きそうに顔を歪め、弱々しく首を振った。
 構わず神取は、二つ目も一つ目同様、指が届くぎりぎりまで奥へと埋め込んだ。僚の身体がびくびくとのたうつ。それに合わせて、指を包み込む粘膜も複雑にうねった。ひどく熱く、ともすれば火傷しそうだった。

「ちゃんと我慢出来たら、素敵なご褒美を上げるよ」
「むり……」
「無理じゃない。君なら出来るよ」

 優しい言葉で縛り、神取は三つ目をあてがった。
 僚の身体がひと際大きく震えを放つ。ついさっきまで、恥じらいも忘れて大きく広げていた足を慌てて閉じ、僚は逃げるように腰をくねらせた。追えないほど激しい抵抗ではない。しかし神取はあえて追い詰める手を緩め、僚の持つ淡い希望を膨らませた。

「だめ……いっちゃ……」

 ぐすぐすと鼻を鳴らし、僚はひどく困った顔で眉根を寄せた。それを充分愉しんでから、神取はあてがった三つ目でじわじわと後孔を拡げていった。

「あぁっ…鷹久、だめっ……やめ……」
「ほら、入っていくよ」
「ああ、くるし……いく、もうだめ……あ、ああ」

 呻く声にうっとりと微笑み、神取はゆっくりとだが力を抜かず異物を咥えさせた。
 口ではああ言ったが、どうしても我慢させたいわけではない。可愛い泣き顔を一つでも多く見たくて、意地悪をした。

「ううぅ――」

 僚は喉の奥で呻き、全身を強張らせた。言い付けを守り、硬く勃起させた熱塊を震わせてなんとか耐えた。
 泣きながら達する様を想像していたが、彼は思いのほか我慢強い。
 もうすっかり薬に浮かされているのに、こちらの言った『ご褒美』の為に限界まで耐えるとは。
 こんな状態でも僚は巧みに仮面を使い分け、より楽しめる場を作ろうとする。嬉しさに背筋がぞくぞくと疼いた。

「言い付けを守って、いい子だね」
 さあ、約束通りご褒美を上げなくては

 神取はクローゼットに向かい、細い鎖でひとつながりになったボディクリップを取り出し、まだ触れてないにも関わらず硬く凝った乳首をそれでつついた。

「ひゃっ……あう!」

 鋭敏になったそこへの初めての刺激が金属のひやりとした感触で、冷たいはずなのにまるでマッチの火で炙られたように思え、混乱から僚は息を飲んだ。反射的に全身が硬直したせいで、後ろに咥えた玩具も締め付ける。自らの反応に悩まされ、僚は切れ切れに呻いた。

「あぁっ!」

 その声がひと際大きくなる。
 男の手が、乳首を弄り始めたのだ。
 僚は拘束された身体をのたうたせ、小さな一点ずつからもたらされる切ないような刺激に甘く鳴いた。

「いや……それ、しないで」
「どうして? いつもあんなに喜んでいるじゃないか」
 涎を垂らすほどに

 最後は声を潜めて囁くと、僚はうっとりと目を潤ませた。

「欲しいだろう?」

 涙が滲んで、僚の瞳が複雑な色を放ち始める。普段はくっきりとした褐色が、涙で緑や黄金色に煌く。
 僚はしきりに瞬きを繰り返しながら、小刻みに頷いた。
 いい子だと頭を撫で、神取は左右の乳首にクリップを噛ませた。
 僚は上ずったよがり声をもらし、唇を震わせた。

「やあぅ……」
「ああ、良く似合うよ」

 神取は視線をずらし、彼の尻から生える三本のコードを見やった。それぞれに繋がったコントローラーを、順に稼働させていく。寸前に駄目と声が上がるが、神取は無視して一つずつスイッチを入れた。

「だめだ……ああぁ」

 身体の内部で暴れ始めた小さな玩具に、僚はがくがくと腰を弾ませた。動くと、それぞれも蠢き、振動もあいまって互いにぶつかりカチカチと音が鳴る。自分の内部でぶつかり合う三つの玩具が脳内に過ぎって、僚はおののいたように喉を震わせた。

「とてもいい顔だね。さあ、一緒に可愛がってあげよう」

 神取は片手を僚の顔の傍につくと、もったいぶった仕草で首を動かしてクリップを見やった。
 僚の視線も、つられてそちらに向く。
 忙しない喘ぎをしきりに零しながら、僚は何か云うように唇を動かした。男の手が動き、鎖を摘まむ。淫らな性具をまるで貴重品のように扱う男の優雅な仕草に、僚は束の間我を忘れた。
 直後、むず痒いような強烈な快感が襲ってきた。

「あ…ああ、あ……はぁう!」

 クリップに挟まれいびつになった左右の乳首が、きりきりと引っ張られる。見ていられず目を背けたいのに、どうしてか視線は釘付けのままだ。僚は高い声でよがりながら、男の手がどのように自分を扱っているか、凝視を続けた。

「やだ……だめ」

 半ば無意識に首を振る。
 神取はゆるく笑んだまま、鎖を引っ張り、時にクリップを弾いて、いくつもの刺激を送り込んだ。先端を指の腹で優しく擦ると特に反応が良く、引っ張って痛みを与えるのと交互に弄って愉しんだ。
 ふと見ると、僚のそれは腹に着くほど硬く勃起して、先端からたらたらと透明な汁を溢れさせていた。
 そちらを見ながら、鎖を引っ張る。まるで呼応するように熱塊がびくびくとわななく。
 神取は笑みを深めた。

「ひ、ぃ……いたい」
「ものすごく?」
「うん、いたい…いたいのに……ああぁ」

 僚はひっひっと喉を引き攣らせた。淫らな薬のせいで、毒のように甘い快感が全身に広がる。本当はそれほど痛みは感じていないのかもしれない。強すぎる愉悦を痛みと勘違いしているだけ、受け止めきれないせいで混乱しているだけだろう。

「いや……いたいぃ」
「その割には、君のここはとても気持ち良さそうだよ」

 神取は首を傾げ、下腹へ視線を誘導した。

「絶えずびくびく動いて、こんなに涎を垂らして……ああ、今にもいきそうだね」

 このまま触らずにいけたら、もっとご褒美をあげよう。
 神取は甘い声で囁き、唇に軽く触れた。混乱気味に喘いでいた僚だが、接吻には応え、顎を持ち上げる。健気な反応に神取はますます昂ぶりを覚えた。

「いや、やだ……身体、おかしい」
「おかしくていいんだよ。そうなる薬だからね、何も心配はいらない。だから、遠慮せずぶちまけなさい」

 そう言って神取は強く弱く、鎖を引っ張る。クリップのバネは弱めてあるが、鋭敏になった乳首をこれだけ刺激しては、ひりひりと熱が生じているだろう。通常ならば痛みと受け取るそれを、今の僚は、身悶えるほどの快感と受け取っていた。

「さあ、ほら、いきなさい」
「だめ、見るな……だめ」
「見ていてあげるから、いきなさい」

 見るなと言いながら隠しもしない。見てほしくてたまらないと全身で訴える僚に応え、神取は抑えた力加減で鎖をぴんと張った。

「ああ……ああぁ――!」

 甘ったるい声を迸らせ、ついに僚はその瞬間を迎えた。
 肉茎がびくびくとわななきながら白いものを吐き出す。二度、三度、ひとしきり放っても萎える気配はなく、次の刺激を欲してか、ゆるく揺らめいていた。
 神取はその様子に目を細める。

「いい子だ。約束通り、ご褒美を上げよう」

 神取はクリップを引っ張って乳首に刺激を送りながら、更に快感に沈める。唇と舌と歯と、それぞれを乳首に当てて溺れさせる。
 次の絶頂は間もなくやってきたが、放っている最中も快感を与え続けた。
 少し強めに鎖を引っ張り、ずきずきした快感に悶える僚を眺めて満足げに微笑む。引っ張ったまま乳首を舐めると、更にいい声が聞けた。
 やがて三度目の高まりが僚に訪れる。いくらか薄まった白液が、きつく反り返った熱塊に沿って垂れていく。
 それでも神取は執拗に乳首を嬲り、凶悪なまでの甘い快感でもって僚を包み込んだ。

「も、もっ……やだ、やめて……あぁ…あ、やだぁ」
「嘘はいけないよ」
「うそ、なんて……あうぅ……うそじゃ……ひっ、ああぁ!」
「見てごらん、まだいきたがってる」

 神取は身を退け、僚の股間を指し示した。
 頭を支えられて起こされ、僚は目にした自らの有様に顔を歪めた。何度も出したのにまだ硬いまま、今にもはち切れそうに震えている。そんなばかなと、僚はひっひっと胸を喘がせた。

「これは……」

 これは薬のせいだと訴えるも神取は聞き入れず、クリップに挟まれいびつになった乳首をそっと歯に挟んだ。

「ああぁ――!」

 充血し、過敏になった一点ずつを舌で舐られ、僚は声を張り上げた。乳首と後孔と同時に蹂躙され、すっかり繋がってしまった為に、片方への刺激はすぐさま後孔へ響き、咥えた三つの玩具を反射的に締め付ける。
 自らを苛む動きに、僚は苦しげに呻いた。
 いきすぎて苦しい。苦しくてたまらないのに、身体は貪欲に次の快楽を望む。腰から下がどろどろに溶けて、何が何だかもうわからない。
 どんなにやめてくれと訴えても、神取は微笑で首を振るばかりだった。
 それどころか、三つの玩具でいっぱいになった後孔に指を押し込み、かき回してきた。

「やだ…うああ――!」

 互いの玩具が、震えながらかちかちと触れ合う。その音が自分の内部から響いてくるのを聞き、僚は泣き叫びながら何度も腰を弾ませた。踵でシーツを擦り、蹴り、どうにかして男の手から逃れようと暴れる。
 しかしどんなにのたうっても、男の指ははまりこんだままだった。どこまでもついてきて、優しく妖しく内部をかき回し、涙を搾り取った。

「……あぁ――っ!」

 どこまでも続く地獄のような快感に、僚はただ翻弄され苦鳴を上げ悶え続けた。

 

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