Dominance&Submission
二人の好物
雨はいくらか勢いを増し、家々の屋根に路地に降り注いだ。風はないようで、窓に雨粒はない。窓越しに目を凝らすと、まっすぐ降り落ちるのが見えた。 僚はその様子をキッチンの窓からうかがいながら、厚手のビニル袋に入れたクッキーを粉々に砕く作業を続けた。 隣では男が、ボウルに入れたクリームチーズを柔らかくしようと奮闘していた。 部屋には、テンポの良い明るい曲が流れていた。憂鬱になりがちな雨模様を吹き飛ばすにはもってこいの楽曲は、昨日僚がリクエストしたものだ。 もしも今日の天気が雨だったら、何をしたいか。その問いに僚は、気分が弾む音楽を二人で楽しむことを所望した。他にもいくつか発案し、それらは後日のお楽しみと取っておく事になり、今日はこうして二人で音楽を聴きながらのおやつ作りとなった。 二人でおやつ作りは男の発案で、お互いのアイデアを合わせたこの状況に、僚は心の底から浮かれた。時々、音楽のテンポに身体が乗って、更に気分が弾む。 おやつ作りを始める際のこまごまとした作業…砂糖をはかる、生クリームをはかる、クッキーの枚数を数える、そういった一歩ずつの地味な作業さえ、音楽が加わるとたちまち愉快なものになった。 僚は砕いたクッキーを溶かしバターでまとめると、用意してきた丸型にきっちり敷き詰め、一旦冷蔵庫に収めた。 「やっぱり音楽は良いな」 独り言めいた呟きに、神取はちらりと目をやった。 些細な動きだが、僚の方も気付いて顔を向ける。目を見合わせ、ご機嫌だと満面の笑みを浮かべる。 「いいね、本当に」 嗚呼また。神取は震える喉に唾を流し込み、割り当てられた作業を続けた。 柔らかくなったクリームチーズに砂糖を振り入れ、滑らかになるまで混ぜる。始めはざらざらと砂糖粒の感触があったが、丁寧に泡立て器を動かしていく内に抵抗はなくなり、手ごたえも見た目もはっきりとわかるほど一体になって、艶のある滑らかなクリームになった。 隣では僚が、生地に混ぜ合わせるフルーツピューレにゼラチンを溶かし込んでいた。 選んだフルーツはもちろんイチゴ。オレンジやブルーベリーと種類は揃っていたが、やはりイチゴの鮮やかな赤色が一番だと、意見の衝突もなく決定した。 今あらためて目にすると、やっぱりイチゴで間違いないと、神取は思った。 生クリームを加えた後、件のイチゴピューレを生地に混ぜ込む。 乳白色の生地がほんのりと色付くのを見て、神取は小さく唸った。イチゴをふんだんに使ったピューレは匂いも濃厚で、鼻に抜ける甘酸っぱさが心地良くて、つい声が出てしまった。 わかると、僚は笑顔を浮かべた。 「自分も、さっきこれ混ぜててさ、ああもうこれこのまま食べちゃおうかーって思ったくらいだし」 そのくらい喉が鳴ってしょうがなかった やっぱりあのスーパー品揃えが違うね、いいものばかりだと、僚は羨ましさを込めて言った。 「では、最高のおやつが出来上がるね」 「うんもうばっちり」 楽しみだと僚が笑う。神取も頬を緩め、ボウルに目を落とした。 「生地が混ざったら、さっきの型に流し込んで、冷やして出来上がり」 完成は目前だと、僚は冷蔵庫を開けた。 神取はおっかなびっくりボウルを傾け、一気に生地を流し込んだ。ほんのり色付いた生地が、とろーりと型一杯に広がり満ちていく。 「表面をちょっとならすと、仕上がりがより綺麗になる」 横からの声に、挑戦しようと一度は構えた神取だが、ここで下手に弄って台無しにするより、先輩に任せる方がいいだろう。ヘラを手渡す。 「私だと、綺麗に仕上がる未来が見えなくてね」 「そんな事ないよ、ここまで、十分すごいよ」 「……なるほど、そのように手を動かせばいいのか」 「そうそう、まあこんな感じでいいんだ。あとは固まる間に、自然と平らになってくから」 神取は感心した面持ちで頷いた。ふと作業台を見ると、ピューレの容器に三分の一ほど中身が残っているのが目に入った。 僚は生地を冷蔵庫に収めがてら言った。 「ああ、そっちは上にのせて固める分」 二層にして仕上げるつもりだとの答えに、神取は頷きながら完成予想図を思い浮かべた。白いケーキとイチゴの赤の組み合わせが頭の中に映し出され、自然と笑顔になる。 「なるほど、承知した」 僚は使用した器具類を洗いながら、お菓子作りの作業について感想を求めた。 実に楽しかったと、神取は力を込めて答えた。 正直に言えば少々面倒な部分もあったが、思っていたよりずっと楽しい作業であった。砂糖粒にまみれたざらざらのクリームチーズが、混ぜるほどに滑らかになっていくのは中々爽快だった。もう終わりだなんて、名残惜しい。これからもこうした機会を設けて、二人で色んなおやつ作りに挑戦したい。 料理とはまた違った面白さがある。 「よかった。面白いよな」 自分も、いつもよりずっと楽しかったと、僚は満面の笑みを浮かべた。 後片付けの洗い物も、二人ですればより楽しい。 つまり、何をするのも二人なら、という事だ。 片付けの間に少しだけ引き締まった生地を冷蔵庫から取り出し、僚はゼラチンを混ぜ合わせたピューレをそっとのせた。ほんのり色付いていた生地は鮮やかなイチゴの赤色におおわれ、再び冷蔵庫に入れられた。 僚は時計を確かめ、おやつの時間が来る頃には丁度よく固まっているだろうと、にんまり頬を緩めた。 「いつもの三倍は楽しかった。ところで鷹久、ティースプーン一つ、出してくれるか」 「ああ、……どうぞ」 神取はカウンターの引き出しから取り出したそれを、僚に差し出した。 「いや、そのまま持ってて。まっすぐな」 そう言って僚は、容器にほんの少し残したイチゴのピューレをそっとスプーンに落とした。 「試食、どうぞ」 スプーン二杯分なら引いても問題ない分量が残っているので、二人で仲良くひと匙ずつ試食しよう。 そう提案する僚に微笑み、神取は慎重にスプーンを口に運んだ。 「………」 「どう?」 感想を求める僚に、神取は無言でスプーンを渡した。これはとても、言葉では言い表せない。実際に味わって共有してからだと、目で伝える。 僚はスプーンにピューレを垂らすと、乗り出すようにして味わった。 僚の目がはっと見開かれ、一秒、二秒、三秒…沈黙の後、鼻息がもれる。 すっごいイチゴだ! 飛び出した叫びに、神取は全くその通りだと無言で頷いた。 濃厚な甘酸っぱさに、僚は目をキラキラとさせた。 「すごい、まさにイチゴ」 「君の好物だね」 「うん、うん……やっぱり果物いいな。ああ、どれもほんと好き」 「そういう顔をしている」 「鷹久もいい顔。果物、いいよな」 力のこもった声に、神取は胸の高鳴りがますます強まるのを感じた。 雨を吹き飛ばす眩しい笑顔に、頭がくらくらする。 「ちょうど曲も終わったな」 「……そうだね」 「ぴったりだったね。また今度、おやつ教室やろうな」 是非にと、神取は頷いた。 僚はリビングに向かい、聞き終わったディスクを取り出してケースにしまった。 所定の棚にしまうのをもどかしく見守り、神取は僚の手を掴むと、寝室へ引っ張りベッドに押し倒した。 唇を塞ぐと、甘く瑞々しい苺の香りが二人を取り巻いた。 |