Dominance&Submission

チケット

 

 

 

 

 

 限界近くまで張り詰めた下腹のそれのせいで、歩く事もままならない僚を支え寝室にやってきた神取は、彼をベッドに導き、ローブを脱いで横になるよう言った。
 言われるまま僚は、出来るだけ衝撃を受けないようそろそろとベッドに乗り上げ、ぎこちなく身体を横たえた。
 不安に頬を強張らせる僚に微笑みかけ、神取は一旦手首の枷を外してやった。そこに柔らかい布を巻き付け、再び枷をはめる。そして両手を上に上げさせると、革紐を使ってベッドにしっかりと固定した。
 初めてというわけではないが、後手拘束よりも厳しい不自由さに、僚は大きく胸を喘がせた。
 神取はゆっくりと顔を近付けると、わずかな怯えを宿して揺れる僚の瞳を覗き込み、額に優しく口付けた。

「怖いかね」
「……少し」
「怖いだけかい?」
「恥ずかしい……」
「他には?」
「……」

 目を閉じ、僚はごくりと喉を鳴らした。
 神取はもう一度額に口付けると、ポケットから鍵を取り出し彼を苦しめている貞操帯を外しにかかった。
 腰に巻き付く鎖の揺れでそれに気付き、僚ははっと目を見開いた。
 かちりと鍵が外れ、長い事押さえ付けられていた部分がようやく解放される。僚は小さくため息をついた。
 外した貞操帯をベッドの下に置くと、続いて神取は、睾丸の根元に幾重にも巻き付けた細い革紐を慎重に解き始めた。
 とめどなく溢れた先走りの雫によって、僚の下部はまるで粗相をしたように濡れそぼっていた。
 その中心で、僚の熱塊ははちきれんばかりに硬く反り返り、解放を求めて揺れていた。
 喉の奥でくっと笑う。

「僚」

 身体を起こし、神取は呼びかけた。

「少々辛いかもしれないが、私がいいと言うまでいってはいけないよ」

 僚の瞳が不安げに揺れる。

「もし守れなかったら、チケットを破り捨てる……いいね」
「い…やだ……言う事…聞くから……」

 それだけは止めてくれと、僚は必死に首を振った。

「いい子だ。ああ、声は好きなだけ出して構わないよ」

 言葉と同時に男の顔がゆっくりと沈むのを、信じられない思いで見つめる。

「っ……!」

 僚の下部に顔を埋め、神取は穏やかな愛撫を始めた。
 ねっとりと湿った口腔に包まれ、目の前が真っ白になる。

「あぁ…ああぁ――!」

 頭の芯が甘く痺れ、何も考えられなくなる。腰の奥から込み上げてくる凄まじい射精欲に、僚は身体をくねらせた。ベッドに固定された両手に力を込め、激しく首を打ち振る。

「やだっ……や、あ――!」

 あらん限りの声をまき散らし、僚は腰をがくがくと揺すった。
 柔らかな舌が絡みつく感触、吸い付く唇の熱さ、扱く指の動きすべてが僚を追い詰める。もし禁じられていなければ、咥えられただけで呆気なく射精していただろう。

「やだ…やだ……やっ……」

 拘束された両手をきつく握り締め、僚は何度もいやだと繰り返した。無論、それで男の責めが止まるはずもない。
 喉の奥まで含んだ僚の熱塊に舌を絡ませ、強く吸いながら唇で扱く。
 先端の淡い窪みに舌をこじいれ、張り詰めた下方の睾丸を優しく愛撫する。
 奔放に動き苦しめる男の愛撫に、僚は涙を溢れさせた。何かで気を紛らわせ射精を先延ばしにしようと試みたが、身体はすでに限界に達していた。
 これ以上は、こらえきれなかった。

「ふっ…うぅ……」

 僚の腰が浮き、射精が間近に迫っているのを男に知らせる。そして、今まさに吐き出してしまおうとした瞬間、男は愛撫の手をぴたりと止めた。

「はっ――」

 目前まで迫ったものを突如取り上げられ、僚は全身を強張らせた。

「まだ、いってはいけないよ」

 少しきつめに根元を戒め、神取は言い付けた。そして、痛みを伴う強い愛撫を睾丸に与え、念を押す。

「はい……はい」

 下部を襲う鈍痛に、僚は啜り泣いて応えた。
 しばらくして、男は愛撫の手を再開させた。

「あ…あぁっ……おねが、い……」

 悲鳴まじりの声を張り上げ、僚は何度も射精させてくれと訴えた。
 男は無情にもまだだと首を振って愛撫を続け、それでも僚が限界に近付くと手を止めて熱が引くのを待った。
 間を置いて、また始める。
 直前までの追い上げと停止を執拗に繰り返され、頭の中が真っ白になっていく。
 何も考えられなくなる。
 ひたすらごめんなさい、許してと繰り返し、追い上げられては取り上げられる苦しみに僚は身悶えた。

「まだ、駄目だよ」

 いつまで続くのかわからない苦痛と快楽に泣きじゃくる僚にそう言い付け、神取は愛撫の手を止めた。
 ゆっくりと身体を起こし、顔を覗き込む。
 涙で霞む目をのろのろと上げ、僚は男を見た。

「お願い…もう、いかせてください……」

 弱々しくしゃくり上げ、そう訴えてくる僚に、男の下腹が熱く疼く。
 彼がすでに限界を迎えているように、男もまた自分を抑え切れないところまできていた。

「勝手にいったら…わかっているね」

 辛うじて笑みを浮かべ、神取は身体を屈めた。

「もう…許して――」

 涙まじりの悲痛な声に、背筋が甘い痺れに包まれる。これ以上は自分ももたない。びくびくと震える僚の熱塊を飲み込み、神取は焦らすのをやめ追い上げた。

「だ…め…も、もっ……あぁ……ごめんなさい……ごめん…なさい――」

 何度もごめんなさいと繰り返し、ついに僚は男の口の中に欲求を吐き出した。

「あぁ――!」

 一際大きな声を張り上げ、強く腰を突き出す。
 腰の奥で滾っていた熱い塊が、凄まじい勢いで外に流れ出る。
 待ち焦がれた瞬間をようやく迎え、僚は我を忘れて嬌声を上げ続けた。
 すべてを口中に受け止め、神取は片手で自身を取り出すと、余韻に打ち震える僚に覆い被さった。
 後孔に埋め込んだままだったプラグを引き抜き、間を置かず自身のものを突き入れる。

「ひぃっ……!」

 一息に貫かれ、脳天を直撃する重苦しい突き上げに僚は大きく仰け反った。根元まで埋め込まれた衝撃で、下腹に熱いものが飛び散る。

「あぁ…ああぁっ――!」

 僚は素直に悦びの声を上げ、覆い被さる男を恍惚の眼差しで見つめた。
 プラグによって適度に熟れた僚のそこはいつにも増して熱く、ねっとりと絡み付いてくる。たまらずに神取は激しく腰を突き動かした。
 荒々しい男の腰使いに、僚は鋭い悲鳴を上げて応えた。いくらもしないうちに、また白液を迸らせる。それでも、まだ萎える気配はない。
 神取は両足を肩に担いで深く覆い被さると、上から叩き付けるように腰を打ち込んだ。

「あっ…んぅっ…んっ…く……」

 耐える事はせず、僚は鼻にかかった甘い声を上げて全身で受け止めた。苦しいほどきつい抽送も、今はひたすら心地好かった。
 男が腰を揺する度粘膜が絡み付いて、卑猥な音を立てる。
 それが更に興奮をかきたてた。
 散々苦しんだ末の歓喜を微塵も隠さず晒す僚に、神取は深く酔い痴れた。自然と息が荒ぶる。より深い場所を目指して腰を突き出す。

「あぁっ…それ、だめ……!」
「どうして? ここが好きだろう……ほら、もっと声を聞かせて」
「や、だぁ……感じ…すぎて……あぁ!」

 びくびくと反応するのが楽しくて、神取は半ば我を忘れて貪った。妖しく蠢き、吸い付いてくる彼の深奥を思う存分味わう。そしてある時急速に、熱いものが込み上げる。

「だめ、あぁ…たかひさ、いく…いくっ、ああぁ――!」

 絶頂の悦びに目一杯声を張り上げる僚に引きずられる形で、神取もまた彼の内奥に想いを放った。
 気付いた時には、彼の唇を塞いでいた。

「あふ…んん……」

 激しく絡み付いてくる男の舌に甘えた声をもらし、僚はきつく吸い付いた。固定された手枷を軋ませ、妖しく身悶える。
 神取は口付けたまま手を伸ばし、僚の枷を外しにかかった。
 金具の外れる音がして、ようやく自由になった手で僚は男を強く抱きしめた。

「……たかひさ」
「ここにいるだろう……」

 神取も抱き返す。そのまま僚を抱き起こすと膝に乗せ、浮かせた腰を下から激しく突き上げた。

「あぁっ…だ、め……深い……!」
「君の好きなところだ……もっとよくしてあげるよ」
「ああぅ……い、いい…すごく…ああぁ!」

 内壁を行き来する男の怒漲したものに、僚はあられもない声を上げて仰のいた。
 一度は止まった涙が、再び溢れる。
 震える睫毛を濡らして零れる涙に唇を寄せ、神取はきつく抱きしめた。
 互いの身体に挟まれ、心地好い圧迫を受ける僚の熱塊が、絶頂を訴えてわなないた。

「また、いく……出る…出る――!」

 朦朧とする意識の中、僚は啜り泣いて訴えた。
 弱々しい声に悲痛な響きが混じっているのに気付き、神取はそっと耳元で訊く。

「許して…あぁ……!」

 深い位置を責められたせいで絶頂が間近に迫っていた僚は、許してと呟きながら白液を飛び散らせた。
 はぁはぁと胸を喘がせて男の首にしがみつき、髪に指を絡めてまさぐる。

「僚、何を許して欲しいんだ?」
「許して…たかひさ……ごめん…なさい……」

 再度聞いても僚は答えず、力なくうなだれたままひたすら許してと呟いた。

「あ…あぁっ……ゆるして……」

 肩口にもたれて許しを乞う僚に、射精欲が強くかきむしられる。耳元で呪文のように繰り返される呟きを聞きながら、神取は僚の最奥に熱い滾りを迸らせた。
 抱きしめた身体が、焼け付くような熱に呼応してびくびくとわななく。

「ゆるして……たか…ひさ――」

 答えようとしない僚の態度に煽られ、男は執拗に責め続けた。
 後ろを抉りながら前を扱き、休みなく快楽を与える。感じる箇所をいっぺんに責められ、僚は苦しげな、それでいてどこか甘い声で鳴き、もたらされる淫撫に身をくねらせた。
 そしてある時気付けば、彼が口にする「許して」が変わっていた。

「もうだめ…だめ、ゆるして……」

 立て続けに射精を強要され、息つく間もなくまた責められて、どうにかなってしまいそうだと、僚は喘ぎ喘ぎ訴えた。
 しかし神取は明らかに変わったそれ…「許して」も聞き入れず、手と、舌と、己のもので、徹底的に彼を責め抜いた。彼を絞り取り、彼の中に放ち、ますます熱が溜まる。啜り泣き、弱々しく許しを乞う姿にひどく興奮してしまったのだ。

「ゆるして……もう、できな……あぁ!」

 かすれた声で訴える様も、また男を昂らせた。
 それでも最後まで、僚は答えなかった。

 

 

 

 限界まで射精を禁じられ散々地獄を味わい、その後は一転して、延々と続く絶頂の強制。
 何度出したか、恐ろしくて数える気にもならない。
 ようやく解放された時、僚は指一本動かせないほど疲れ切っていた。
 さすがにやりすぎたと、神取は心の中で密かに反省した。しばらくは動けそうにない僚をバスルームに運び、温めの湯でゆっくりと身体を休ませ、再び寝室のベッドに寝かせてやる。
 少し回復して、浴室の中では穏やかに言葉を交わしたのだが、戻ってきてベッドに横たわった途端、僚は沈んだ顔になった。
 いくつも重ねたクッションに身体を沈め、深く俯いている。

「どうした、僚」

 何か伝いたげに見上げ、口を開いては噤む僚に、神取は静かに問い掛けた。

「……」

 ついには泣きそうな顔をされ、さすがの神取も内心の動揺を隠せなかった。
 ベッドに腰かけ、乾かしたばかりの髪を優しく梳き上げてやる。

「どうした。言ってごらん。さっきも。何を許して欲しかったのかね?」

 頬に触れる男のあたたかい手のひらに、僚の顔からいくらか緊張が薄れる。
 おずおずと目を上げると、ほとんど聞き取れないほど小さい声で僚は伝った。

「……チケット」

 それを聞いて、神取はようやく僚の気分が沈んでいる理由を理解した。
 確かに、チケットを盾に僚を追い詰める状況を作ったが、それは全て作り物だ。実際にどうこうするつもりはないし、僚自身もそれはよくわかっているはずだ。
 日常と区別するから、移り変わった時により深い官能を味わえるのだ。
 だが僚にとっては、状況が作り物である事よりも、守りきれなかった事がショックだったのだ。
 なら、それを逆手に取ってしまおう。
 僚の名誉の為にも。
 しばらくは強い顔で俯いていた僚だが、ついに耐え切れなくなったのか、眦に溜めた涙を零し泣き出してしまった。
 そこまで思いつめていたのかと驚くと同時に、感動すら覚える。それだけ、楽しみにしているという表れだ。たまらなく愛しいと思う。
 嗚呼、なんて激しい子なのだろう
 思わず震えが走る。

「僚、未だお仕置きの途中だと、わかっているかい?」

 男の言葉に、僚は弾かれたように目を上げた。
 強く向かってくる眼差しを受け止め、神取はゆっくり微笑んだ。

「どうすれば……」
「君の好きな事と苦手な事、とだけ言っておくよ」

 納得出来ないと身体を起こしかける僚を再びクッションに沈め、唇を塞ぐ。
 ごまかされまいと振り払い、僚は尚も男に問い掛けた。

「食事にしよう。さっきは、途中で止めてしまったからね」

 しかし神取はあくまではぐらかした。
 僚は追及を諦め、まっすぐに男を見つめた。

「それをしたら、チケットを破り捨てない……?」
「ああ」
「コンサートに…連れて行ってくれるか……?」
「もちろん。約束しよう」
「また……」

 まだ、約束したい事があるようだ。神取は、何でもイエスと答える心づもりで、僚の言葉を待った。

「また、チェロの練習……」
「……もちろんだとも」

 微笑みかけ、神取はゆっくりと頬を撫でた。零れた涙の跡を丁寧に拭ってやり、もう一度約束する。
 彼が望むなら、世界を手に入れる事だってたやすい。いくらでも付き合うとも。
 こんなにも自分を頼り、信頼し、全力で向かってくる子を、どうして無碍に扱う事が出来るだろう。
 だから苛め甲斐がある。
 どこまでも溺れる。
 たまらなく愛しい子。

「愛してるよ僚」

 男は笑った。
 見つめ返し、僚もまたほのかに笑みを浮かべた。

 

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