Dominance&Submission
チケット
寝室の扉が開き、二人がリビングに姿を現す。 神取は相変わらず濃いグレーのスーツにネクタイ姿で、後から遠慮がちについてくる僚との対比は強かった。 いや、いつもと変わらぬ週末の風景か。 男はきっちりと服で隠し、少年は裸身を晒す。 いつもと違うのは、風邪を引かぬようにと気遣って、長めのローブを着せているところくらいだ。 もう一つある。 ローブの下だ。 窮屈な女性用の貞操帯を、射精禁止の目的でつけさせられていた。しかも、後ろにはアナルプラグが埋め込まれ、前は細い革紐で戒められている。 全て、我慢を覚え込ませる為に男がつけたものだ。 そのせいで内股が引き攣り、満足に歩けない僚を気遣って、神取は手を引いてゆっくりとテーブルに歩み寄った。椅子を引き、静かに座らせる。 「寒くはないか?」 男の声に、テーブルの表面を見つめたまま僚は小さく頷いた。開きかけた口を噤む。男の許しがない時に、声を出してはいけない。もし破れば、些細ではあるが罰を受ける。 今の状態では、とてもこたえる罰を。 我慢出来なかった僚を罰する仕打ちは、更に我慢出来ない状況へと追い詰める。 神取は密かに笑みを浮かべた。 テーブルにはすでに食事の用意が整っていた。 心持ち紅潮した頬を強張らせ、僚はテーブルに並ぶ幾つかの皿にぼんやりと目を向けた。 少し遅い昼食。 確かに空腹ではあったが、食欲よりも強い欲求が身体を支配している。食べたくない。 もぞりと身動ぎ、僚は目を伏せた。じっとしていられない。ほんの少し動くだけでも、埋め込まれたプラグが蠢いて、内部の敏感な部分を刺激する。その度に脳天が痺れるほどの快感が全身を包み、決して叶わない射精欲を誘うのだ。 悪循環だ。 じっとしていればそれだけプラグを感じずに済むし、射精欲をいたずらに刺激される事もない。 だが、無理だ。 じっとなどしていられない。 男に見咎められるのがわかっていても、動かずにはいられなかった。 両の膝を強く押し付け、自分を追い詰めるだけの行為を虚しく繰り返す。 神取はあえて黙っていた。 止める事も、煽る事もしない。それはもう少し後に取っておこう。その方が、より楽しめる。 落ち着きを無くした僚に口端を緩め、神取は彼の横に腰を下ろした。しばらくは動きそうにない僚に代わってフォークに手を伸ばし、ゆっくりと視線を向ける。 神取がフォークを手にすると、僚は少し驚いたように目を移し問い掛ける眼差しを向けた。 神取は微笑むばかりだった。 一旦はフォークを取ろうとした僚だが、これが当然とばかりに握ったままでいる神取に、ためらいながらも腕を引っ込めた。 「まず、何からいこうか」 楽しそうな声で神取は言った。 僚は恐る恐る目をやった。意地の悪い企みなど、微塵も抱いてないといった顔をしている。 それがかえって、僚の不安を煽った。 こらえきれず、テーブルに目を逸らす。 テーブルには、何種類ものドライフルーツがたっぷり入ったシリアルと、色とりどりの根菜が乗ったオムレツ、温野菜のサラダが並んでいる。 特に、オムレツから立ち上るほかほかとした湯気が食欲を誘う。男はそれを小さく切り分けると、フォークですくって僚の口に運んだ。 もしかしたら、食欲を満たす事でもう一つの欲求が鈍るかもしれない…虚しい考えに首を振り、僚はのろのろと口を開いた。 直後僚は、自分の不安が的中したのを、間近にせまった手に確信した。瞬間、身体がびくりと強張る。 それは、神取も予想していなかった事だ。突然の変化に慌てて手を引く。 ひどくうろたえた様子で、僚はおどおどと視線を揺らした。ごくりと喉を上下させ、驚愕の眼差しで男の手をじっと見つめる。 頭の中では、見るなと警鐘が鳴っていた。 駄目だ。もう、目が離せない。 男の手に、指に、心が持っていかれる。 この手で、指で、何度自分を狂わせた? 考えまいとすればするほど、頭の中に光景が蘇る。僚は、ローブの合わせをきつく握り込み、縋るような眼差しで男の手を見た。 まるで、下半身に支配された生き物になってしまったように思え、自分はこんなに浅ましい人間だったかと、僚は愕然となった。打ちのめされる。それでも、欲求は留まるところを知らない。疼きは止まらない。 尻の奥に入り込み、曖昧な刺激を与えるプラグなど今すぐにでも抜き取って、男のものを感じたい。 狂ったように泣き喚きながら、数え切れないほど…イきたい。 下腹から伝わってくる痛いほどの脈動は、射精出来ない怒りを訴えているかのようだった。 眦をほんのりと紅く染め、震えを放つ僚を見て、男は理解した。射精を禁じてからそう時間は経っていないが、直前に散々熱を煽られている。限界までのぼりつめた状態から始めねばならないのだから、その辛さはかなりのものだろう。 しかも、彼はまだ若い。 我慢出来そうにないものを我慢しなければならないのがどれだけ過酷なものか、容易に想像出来た。 「僚、冷めてしまうよ」 だが、あえて素知らぬ振りをする。 僚の、苦しむ姿と、散々苦しんだ末の歓喜を、見てみたいのだ。 「っ……」 僚はひっと喉を鳴らし、掴んでいたローブから手を離した。目を閉じ、小さく口を開ける。目を閉じていれば、どこにもやり場のない視線に苦しめられる事もないと思ったからだ。 しかしすぐに、それが間違いである事に気付いた。 逃げ場などないのだ。脳裏にありありと浮かぶ手と指に、全身が大きく疼く。 いきたい。 なんでもするから。 いかせて。 今にも、男に飛びかかろうとする獣じみた自分を、寸でのところで抑え込む。 「少し、薄味だったかな」 尋ねる男に、僚は首を振った。しかし言葉の内容を理解して応えたのではない。声などほとんど耳に届いていない。わけもわからず、ただ首を振っただけだ。 自分が何を口にしているのか、味すらわからない。食事をしている事さえ曖昧になっていた。 頭の中ではただひたすら、解放される瞬間だけを想像していた。 ブロッコリーの塩茹でが差し出される。 僚は惰性で口を開けた。 茎にかじりついた時、自分でも驚くほど浅ましい想像をしてしまい、僚は慌てて顔を背けた。軽く歯の跡がついたブロッコリーを、恐ろしいものを見る目付きで凝視する。 今にも泣き出しそうに顔を歪め、僚は縋るように男を見た。 「どうした。少し、生だったか」 もう、これ以上は我慢できない。 「僚?」 鼓膜を犯す心地好い低音に呼応して、下腹がどくりと脈打つ。たまらずに僚は官能的な声をもらした。 「あぁっ……」 ついに禁を破ってしまった。恍惚は一瞬で消え去り、僚は、頭の芯が急激に冷えていくのを感じていた。 男の目がすっと細められる。口元に浮かんだぞっとするほど美しい笑みに、いっそこのまま死んでもいいとさえ思えた。 男がフォークを置く音で、現実に引き戻される。 僚は弾かれたように目を上げて、そこにある支配者の貌に息を潜めた。声を出せない唇で、必死に謝罪の言葉を綴る。 神取はそれを、微笑で打ち消した。容赦なく引き立たせ、前屈みになって自分の足首を掴むよう言い付けた。 決して乱暴ではないが、有無を言わさぬ力強さに、僚は萎縮しきった様子で言われた通りの姿勢を取った。 神取はゆっくりと背後に回ると、ローブを捲り上げ、貞操帯の端からリングのついた赤い紐を覗かせる尻に軽く手を当てる。 「っ……」 喉の奥で呻き、僚はきつく目を閉じた。ゆっくりと尻を撫でる手の感触が、深奥の疼きを助長する。 おそらく無意識だろうが、誘うように腰を振る僚に、神取はうっすらと笑みを浮かべた。 「言ったはずだ……許しなく声を出したら、十回お尻を叩くと。覚悟は出来ているかね」 背中に覆い被さり、耳元で囁く。僚は観念して目を瞑り、小刻みに頷いた。 「数えなさい」 言葉と同時に手を振り上げる。 部屋に響き渡る乾いた音に、僚は鋭い悲鳴を上げた。痛みではない。尻を打たれる事で、内部のプラグにまで衝撃が伝わり、全身を貫く快感に耐え切れず声を上げたのだ。 「あぁ…あっ……!」 目も眩む感覚に、僚は我を忘れて悶えた。 半ば予想していた通りの反応に、神取は含み笑いをもらした。ゆっくりと手を伸ばし、余韻に震える僚の髪を掴むと、やや強引に自分の方へ向けさせる。 「僚、数えなさい。でないといつまでも終わらないよ」 支配者の貌でそう命じ、二発目を振り下ろす。 「っ……いち」 掴んだ足首を強く握りしめ、僚は短く喘いだ。自分の尻を打たれる音が、どうしようもなく恥ずかしい。だのに、それすらも快感になってしまうのだ。 神取は再び手を振り上げた。打たれた瞬間、苦痛と恍惚の入り混じった声を上げる僚に、はからずも熱を煽られる。 追いやろうと試みたが、彼を前にしては無駄に等しい抵抗だ。 いっそこのまま抱いてしまいたい。 くぐもった悲鳴を上げ、身悶える姿に、欲求はますます膨れ上がる。叩かれる衝撃で、プラグを介して内部の敏感な箇所に刺激が伝わり、凄まじい射精欲を味わっている事だろう。何もなければ、次の一撃で射精していたに違いない。だが今は、革紐によって禁じられている。その苦痛は、いかばかりだろうか。 しかし僚の顔に表れているのは、苦痛だけではなかった。 わずかに寄せた眉根も、潤んだ目も、すべてが愉悦のそれに置き換えられる。 閉じていられなくなった口から覗く赤い舌を見ただけで、神取は、自身から抑制が失われていくのを感じた。 彼を叩く行為に、ひどく興奮していた。 傷付ける為でなく人を打つのは、他のどんな官能よりも強い。 いつにも増して抑制の効かない自分自身を叱咤し、神取は顎を上げた。 最初に思い描いたシチュエーションを最後まで貫くのが、こんなに困難だった事は、数えるほどもない。 僚が相手では、その限りではないが。 今も恐らく、彼を追い詰める為に作った状況に、自らもはまり込んでしまっているのだろう。 嗚呼、彼を前にしてはとても冷静ではいられない。 自嘲めいた笑みを浮かべ、ようやく十を数え終えた僚から手を離す。 嗚咽を噛み殺し、僚は全身から恐々と力を抜いた。はちきれんばかりに膨れ上がった欲求が、下腹から内股にかけて引き攣るような痛みをもたらす。自然と顔が歪む。起き上がる気にもならず、そのままくたくたと床の上にしゃがみ込んだ。 「!…」 不意に、男の手が、震えの止まらない自分のそれに重ねられる。僚はぎくりと頬を強張らせ、全身を硬直させた。 両手を押さえ付け覆い被さってくる男に、僚は青ざめた。出口を求めて暴れ狂う下部に、男の腰が押し付けられる。拒む間もなかった。布越しでもはっきりそうと分かるほど硬く成長した男のものに、一瞬意識が遠のく。 「……っ――!」 絶叫の形に口を開け、僚は髪を振り乱した。まるで、実際に貫かれたかのような衝撃に、身体が歓喜の悲鳴を上げる。 たまらずに僚は喘いだ。自ら腰を振り、男のものに強く擦り付ける。 応えるように軽く腰を突き出し、男は言った。 「もう我慢出来ないか?」 「…できな……頼むから……もっ…いかせて――!」 せき止められて射精の叶わない腰を振り立て、僚は涙ながらに訴えた。これ以上は我慢出来ない。出したくてたまらない。 「わかった」 言葉と同時に目の前に貞操帯の鍵を差し出され、僚ははっと息を詰めた。 「そんなに我慢出来ないなら、それで鍵を外しなさい。後は自由にしていい」 僚の手を解放してやり、覆い被さったまま神取はじっと見下ろした。 目の前の鍵を凝視し、僚は全身を硬直させた。内側でごうごうと渦巻く欲求が、耳元で甘言を囁く。 僚は弾かれたように鍵を掴んだ。そのまま、動きを止める。 「さあ、僚。それで外すといい。楽になりなさい」 いっそ優しい声音に、自然と身体が震える。 だが僚は、手にした鍵を力任せに投げやった。 鍵は、窓際に置いた観葉植物の鉢にぶつかり、甲高い音を立てた。 これには、神取も少なからず驚いた。ゆっくりと身体を起こし、床に落ちた鍵を拾いにいく。 「……いいんだね?」 問われて、僚はおずおずと身体を起こしぎこちなく頷いた。顔を背け、頬に零れた涙を乱暴に拭う。 鍵をポケットにしまい、神取は歩み寄った。 「だがそのままでは辛いだろう。少し、お仕置きの内容を変えようか」 目の前にある穏やかな微笑を、まるで光源を見つめるかのように目を細め、僚は熱く見つめていた。 「寝室へ」 促す声に小さく頷く。 男は笑みを深めた。 |