Dominance&Submission

ベビーカステラ

 

 

 

 

 

 僚を椅子から解放して抱き上げ、神取はそっとベッドに寝かせた。玩具を抜き、蝋を綺麗に落としきる。
 その間僚は、目を開けてはいるが意識がぼんやりしているようで、ベッドに運んだ時からの姿勢のまま、仰向けに手足を投げ出して静かな呼吸以外反応は無かった。
 どこにも火傷が無いか、身体を順に探って丹念に確認する。上半身が終わり、手が性器に移ったところで、小さな呻きが聞こえてきた。
 肌に目を落としたまま、神取は尋ねた。

「気分はどうかね」
「うん……」

 曖昧な返答にすぐさま顔を見やる。恥ずかしさに言い淀んでいるなら、いいのだが。
 僚は左右の手をぞんざいに顔に乗せて隠し、もう一度小さく唸った。

「肩や腕に、嫌な痺れはないか」
「うん……ない」

 ないと答えてから、僚は確認の動きを取った。神取はそれを注意深く見守る。柔らかい素材のバンドを使ったが、擦り傷こそないものの姿勢を固定しての遊びは一歩間違えば大怪我に繋がる。一過性のもの、一生残るもの、常に隣り合わせだ。
 指の一本に至るまで異常が無いか、彼の動きに注意を払う。と、ふと目が合った。たちまち僚は先ほどのようにして、顔を隠した。少しして、平気とかすれた声が聞こえてきた。
 どうやら、心配している異変は無いようだ。どこか拗ねたような響きは、先の己の醜態が堪えているのだろう。まあ、当然だ。その上、これから確認されるのはまさにその恥ずかしい個所で、開かされた足をどうにか閉じられないものかともじもじ動いている。
 気持ちはわかるが。

「もうしばらく、足を広げていなさい」
「ん……」

 確認する為とわかってはいるが…そんな声をもらし、僚はのろのろと言われた通りの姿勢になった。口端で笑い、そっと摘まむ。

「っ……」

 僚はびくりと身を強張らせた。

「痛くないよ……」

 聞かれる前に答える。反応したのは痛いからではない。感じてしまったのだ。確認する為だとわかっていても、それが男の手だと思うとどうしても身体が熱くなってしまう。僚は立膝になってかかとに力を入れた。

「もういい……はなせ」

 身体を捻って起き上がろうとする僚を阻み、神取は元のように仰向けにさせ上に乗った。
 上からまっすぐ降ってくる男の強い眼差しに、僚は小さく息を飲んだ。

「それは辛いんじゃないか」
「……なに」
「ここで思い切り出してしまわないと、またトイレに行く羽目になる」

 そう言って軽く笑う男に、僚はかっと頬を熱くさせた。睨むように視線をぶつける。と、その眼差しがぎくりと強張った。男の手が、下腹のものを緩く扱き出したのだ。
 僚は反射的に男の手首を掴んだ。止めたいのか自分でもよくわからない。だから、力はほとんど入っていない。
 神取はそれを軽く見やり、僚の顔に目を戻した。

「あれだけでは、物足りないだろう」
「う……」
「それとも、玩具で満足してしまった?」
「……うるさい、あっ」

 くびれの辺りを輪にした指でくるくるとなぞられ、思わず高い声がもれる。僚は慌てて口を噤んだ。その反応に、神取は嬉しげに目を細めた。

「熱い蝋に覆われた中に出して、気分はどうだった?」
「しらない……!」

 僚は咄嗟に全てを振り払い、うつ伏せにうずくまって顔を隠した。すぐに手を耳にずらし、これ以上何も聞かぬと態度で示し、うるさいと刺々しくもらす。
 神取は一度身体を離し、硬い岩のようにひとかたまりになった僚を眺めた。見ていると自然と頬が緩む。ほんのわずかに覗く耳朶が真っ赤に染まっている。左耳は白金のピアスがあるせいで対比が鮮やかで、より色が濃く、まるで赤絵の具を塗ったようだ。触ったら、意図を読み取って、更に機嫌を悪くするだろう。だから余計に触れたくなる。彼の寄越す感情はどれもたまらなく愛しくて、触れずにいられない。
 神取は手を震わせて堪え、代わりに肩に触れた。そっと、手のひらで包み込む。これといって反応はなかったが、少し空気は和らいだ。

「……僚」

 神取は少年の身体に覆いかぶさると、耳元で囁いた。

「ご褒美は欲しくない?」
「………」

 手で塞いでいるが、全く聞こえなくなったわけではない。聞こえない振りをしているだけだ。手の甲に一つキスをする。我慢は身体によくないと意味を込め、もう一度口付ける。
 僚はうつ伏せたまま、忙しなく目を左右に揺らした。
 肩にある男の手がやけに熱い。触れたそこから男の熱が入り込んで、全身に広がって、身体中がかっかと熱くなるようだった。
 手の甲に押し付けられた柔らかな唇も熱かった。血が、一気に燃え立つように感じられた。
 滾ったそれらは、中途半端な刺激に晒された下腹に集まって、痛いほどの疼きを放つ。
 どうしよう、と思い悩む。咄嗟に拒んでしまったこの姿勢を、どうやって解けばいいだろう。
 あんな、とても人には言えない二人だけの秘密の遊びに興奮し、異様な昂ぶりの果てに射精してしまった瞬間のぞっとするほどの悦びを、どう伝えればいいだろう。
 云いたがる唇を閉じては開き、迷っていると、熱く硬いものが後孔に押し当てられる。

「!…」
「入れてもいい?」
「あぁっ……」

 続けて襲ってきた甘い低音に背骨が震えて止まらない。僚は半ば無意識に自らも腰を押し付け、迎えに行った。するとその分、男が退く。

「やだ……っ」

 反射的に縋ると、笑うような息遣いが聞こえてきた。恥ずかしさに歯噛みし、今こそ素直に言うべきだと息を飲んだ直後、ぐぐっと強い力で狭い孔が抉じ開けられる。

「うっ!」

 腰が抜けそうな重苦しい疼きに、僚はぶるぶるとわなないた。狭い孔を軋ませて、熱塊がゆっくり入り込んでくる。は、と息を吐き出し、続けて僚は間延びしたよがり声を上げ続けた。

「……君の中はたまらないな」

 玩具で柔らかくほぐされて、うねるように包んでくる絶妙の締め付けに、神取は深いため息を吐いた。一気に貫いてしまいたいし、少しずつ侵入してじれったさを味わいたくもなる。とろけるような幸福感をくれる僚の身体に、神取は後者を選び望みのものを少しずつ手にしていった。

「あっ……あぁ、たかひさ、あぁあ――!」

 わずかずつ押し込む度に彼の口から高い悲鳴が零れるのも、たまらない。神取はあと少しというところで一旦動きを止め、最後にきついひと突きをくれた。
 組み敷いた身体が、びくびくっと痙攣めいた動きを見せる。すすり泣くような僚の声から、彼に何が起こったのか神取は覚った。この反応は、手で触れて確かめるまでもない。いっぱいに飲み込んだ衝撃で、彼は射精したのだ。

「よほど入れてほしかったようだね……なら、もっとあげるよ」

 忙しない呼吸を繰り返す僚に微笑みかけ、神取はしっかりと腰を掴んだ。何をしようというのかわかったのだろう、達して少しぼんやりしていた僚の身体が、ぎくりと強張った。またひと息笑い、ゆっくりと始めて徐々にきつい突き込みへと移していく。

「まって……鷹久!」

 ひどく焦った声音にますます笑みが深まる。神取は構わず身体を揺さぶった。達して過敏になっているそこを容赦なく擦り、嫌というほど奥を突く。
 絶頂に浸る間もなく襲い来る強烈な快感に、僚は半狂乱で濡れた声を上げた。

「や、だぁ……ああぁ!」

 僚が這って前に逃げようとする。シーツを握り込み、じたばたともがく身体に覆いかぶさり、神取はそれぞれの手を掴んでその場に押し付けた。更に抵抗を奪おうと、激しく腰を叩き付ける。
 押さえ付けられた手をきつく握りしめ、僚は髪を振り乱して叫んだ。

「やだ、いったばかり……ああぁ!」
「休みなく抱かれるのが好きだろう?」
「だめ、だめ……ああぁ――だめぇ!」

 奥の方が痙攣しているのが、肉に伝わってくる。ぞっとする感触にとりつかれ、神取はしつこく奥を貪った。

「奥……だめっまたいく! くる、あああ……あ、あぁっ……!」
「そうだ、何度でもいきなさい……満足するまでしてあげよう」
「あぁ――!」

 喉を震わせ、僚は白液を放った。
 射精を促すかのようなきつい締め付け、肉襞のうねりに、神取は小さく喉を震わせた。少しだけ動きを緩やかに変え、緩慢に奥を突きながら、自分の下でびくびくと不規則に痙攣する少年を愛しく見つめる。
 僚はうずくまり、発作を起こしたように激しい喘ぎを繰り返していた。身体が弾む度、自身を飲み込んだ奥の方もきゅっと締まり、搾り上げてくる。神取はぴったりと肌がくっつくほど奥まで飲み込ませ、深奥の痙攣をしばし味わった。

「うあぁ……あっ」

 最奥まで抉じ開けられ、そこに居座る男の熱塊に、僚は苦しげに喘いだ。吸っても吸っても息が足りない。
 神取は押さえ付けていた手を離し、片方を乳首へ、片方を下腹へ向かわせた。直前で気付き、僚はうろたえたように身じろぐが、後ろを一杯に満たされた状態では十分身動きが取れず、逃げる間もなく捕まってしまう。

「ああぁっ……」
「やはり、ここと繋がっているね」

 胸の小さな一点を摘まむと、窄まりがうねるように狭まる。数えきれないほど教え込み、躾けた結果に、神取は満足して微笑む。

「君の身体は最高だよ……」

 内部にある快感の核を己の先端で擦りながら、乳首を指先で転がす。下腹を包んだ手は、先端を狙って執拗に擦る。
 与えられる度を超えた快感に、僚は汗に濡れた身体をのたうたせ口から高い悲鳴を何度も放った。

「だ、め……あぁ! もう……おかしくなる、あ、あぁ!」
「構わない……全部見せてごらん」

 神取はねちねちと性器を扱きながら、動きに合わせて後ろを抉った。いくらもしないで腰がびくびくっと跳ね、合わせて内部がきつく絞り込んできた。

「うう…ぐうぅ!」

 低い呻きを歯噛みで押し殺し、僚は不規則に身を跳ねさせた。
 神取は最後まで搾り取るように性器を扱き、そのまま手を離さず弄り続けた。僚のそれは完全に萎えず、芯を帯びていた。再び硬くなるまでしつこく擦る。

「ああぁ……またっ」

 達して過敏になった性器を続けて責められる辛さに、僚は首を振った。シーツに擦り付けるように頭を動かし、男の手首を掴んで抵抗する。
 何度も強制的に追い詰められ、疲れて力の入らぬ手が、震えながら手首を掴んでくる。神取は嬉しそうに笑い、わざと先端を強めに刺激した。

「あうぅ……!」

 たちまち僚の口から濡れた声が零れる。背骨を直接震わせる甘い響きに、神取はうっとりと酔い痴れた。

「もっ……だめ」
「本当にだめ?」

 腰を引き、送り、一回ずつ奥まで押しこくりながら、軽く耳朶を噛む。ああ、とかすれた喘ぎをもらし、僚は好ましい反応を見せた。手の中に包んだ性器はすっかり成長し、まだ満足には程遠いようだ。

「もうやめたい? 抜いてほしい?」

 聞きながら、根元まで埋め込み更に腰を使ってぐりぐりと最奥を抉る。

「おく…ああぁ」

 僚はぶるぶる震えながら、うっとりと呟いた。

「やだ……」

 どちらの意味で発したのか訊こうと口を開くと同時に、もっとほしいと空気が震えた。

「……いい子だね」

 神取は背中の傷跡に唇を寄せ、彼が欲しがっていた接吻を与えた。強く抱きしめ、唇に想いを乗せて触れる。

「んん……好き」

 しっかりと回された腕にしがみ付き、僚は甘い声をもらした。遠い苦痛を与える男のものも、少し苦しいくらいの抱擁も、汗ばんだ肌も、鼓動も、何もかも愛しくてたまらない。

「私も好きだよ……好きだ」
「たかひさ…もっと……」

 僚は一杯に首を曲げ、間近に男の目を覗き込んだ。まだ残っている涙のせいでぼやけ、よく見えない。指で力任せに拭っていると途中で阻まれ、残りの涙を唇が吸ってきた。

「あっ…きもちいい」

 優しく触れる口付けに思わず言葉を零す。熱くて柔らかで、少しくすぐったい唇に、背筋がぞくぞく疼いてたまらない。

「好きだよ……僚」

 キスの合間に囁かれる。また背骨が痺れた。僚はがくがくと頷きながら、自分もそうだと応えた。
 好きだ。どうしようもなく。

「……たかひさ」

 身体を捻り、唇に触れる。重ね合わせる。
 自身を圧倒し、最後の一滴まで貪り尽くそうとする男に苦痛と喜悦の入り混じった声を上げ、僚は再び真っ白な瞬間に飛び込んだ。

 

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