Dominance&Submission

ベビーカステラ

 

 

 

 

 

 暖房の利いた部屋で、僚はベッドに横たわりうつらうつらと夢うつつを行き来していた。身体を清め、気分はさっぱりしていたが、空腹のせいで起きるのが億劫だ。かといって眠気もそう濃くはない。男と没頭した遊びで疲れてはいたが、ぐったりする類のものではない。
 とにかく、腹が減っていた。
 外はすっかり真っ暗だが、夕食までまだ遠い。どうやって紛らそうかと思案していると、キッチンに向かった男が何やら持って戻ってきた。
 僚は頭だけ動かし、入ってきた男を見やった。と、寝室の扉が開くと同時に、甘い良い匂いが入り込んできた。
 まさか、と僚は目を見開いた。

「気分はどうかな」
「最悪だったけど、最高になりそう」

 白い深皿を手に、男が聞いていた。皿には、薄く色付いた丸いものが小山に積まれていた。優しい甘い匂いはそこから放たれていた。僚は頬を緩めた。
 皿に乗っているのは、昼間、二人で分け合い食べたそれ…ベビーカステラだ。
 僚の目線がそこからぴくりとも動かないのを、神取は小さく笑い、説明した。

「帰り際に、もうひと袋買っておいたんだよ」
「え……すごい」

 僚は跳ね起きて、顔中緩ませた。指一本動かせないほど空腹だったのが嘘のようだ。

「夕食までまだ少しあるから、これで小腹を満たしてくれ」

 腹の虫をなだめてくれと男のいつものからかいも、嬉しさの前には些細な事だ。むしろ、遠慮なく反撃できる。

「よしわかった、全部もらう、全部俺の。誰かさんが苛めるから、胃の底まで空っぽでさ」
「そいつは可哀想に。遠慮せず食べるといい。後で、私がよく叱っておくよ」
「ああうん、頼むよ」

 僚は思い切り顔をしかめて笑い、皿を受け取った。嗚呼喉が鳴る。ひょいひょいと三つほど口に運び、甘い匂いのとおりの優しい味に身体じゅうで感激する。
 その様子を嬉しげに見つめ、神取はそっとベッドの端に腰かけた。
 僚はもう二つほど口に放り込んでから、次に摘まんだ一つを男の口に素早く運んだ。

「おっと」
「おっと」

 男の口真似をして、笑い、僚は続けた。

「あったかいよ、一緒に食べよう」

 一人で全部食べ切るくらいの余裕はあるが、一人で全部食べるのは味気ない。一緒に食べないなんてもったいない。何よりこれは、男の好物ではないか。
 それではと神取は甘え、口を開いた。
 僚は楽しそうに頬を緩め、自分も一つ頬張った。たちまち口中に優しい甘さが広がる。男の顔を見ると、病み付きという言葉通りの表情をしていた。よくわかると僚は噛みしめ、次の一つを男の口に運び、自分も口を開けた。
 今日は面白かった、梅が綺麗だった、屋台が楽しかった…皿の上のベビーカステラがなくなるまで、二人は夕暮れのゆったりした空気の中、言葉を交わした。

 

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