Dominance&Submission

ベビーカステラ

 

 

 

 

 

 独特の色をした蝋燭と、揺れる炎、芯の根元にじわじわと溶けていく様を、僚は強張った凝視で見続けた。
 男の手がゆっくり傾き、ついに朱い雫が垂らされる。

「っ……!」

 僚の胸元に滴ると同時に椅子が軋んだ。
 神取は正面に立ち、僚の苦痛に歪む顔を愉しんだ。蝋燭の角度に気を付け、一滴ずつ肌に落とす。一つまた一つと朱い花が咲く度、椅子が軋み、引き攣った息遣いが弾け、僚が悶える。
 うっとりと聞き惚れ、目を細める。もっと心の一杯まで浸りたいが、痛めつける為にやっているのではない。彼の息遣いと表情を注意深く見守り、神取は次々に朱い花を散らしていった。どうやら、この高さなら問題はないようだ。ならばと、無防備な性器に手を移す。
 椅子の軋みが、ひと際大きくなる。

「いっ……――!」

 いやだと叫びたかった僚だが、舌も喉も痙攣して、声は出ていかなかった。直後、急所に蝋が垂らされ、感じた事のない衝撃にどっと汗が噴き出した。鋭い針を投げつけられたような痛み、熱さに、脳天が一瞬真っ白に振り切れる。
 僚は歯噛みし、唸り、堪え切れずに口を開いて叫び、ぽつぽつと降り注ぐ朱い蝋に激しくのたうった。鞭で打たれるのとは異なる苦痛は耐え難く、溢れる涙を無様だとか思う余裕もない。泣いてしまっている事さえ、気付いてなかった。
 己の性器に蝋が垂らされるのを、信じられないといった眼差しで見やり泣きじゃくる僚に薄く笑い、神取は尚も蝋を垂らし続けた。重点的に狙い、朱い雫まみれにする。
 手にする蝋燭と同じ色の塊になった性器は、妙な可愛らしさがあった。思わず微笑んでしまうが、当の本人はそれどころではないだろう。怯え切った眼差しで、変わり果てた自分のそれを見つめている。嗚呼なんて…彼は本当に、なんて可愛いのだろう。
 すっかり覆うほど垂らしたところで、神取は傾きを戻した。しくしくと、哀れを誘う僚の泣き声に胸が軋む。かきむしられる。まだ終えてくれないのかと、縋ってくる濡れた瞳に、この上なく嗜虐心をくすぐられる。

「いい顔だ」

 言葉に、僚の顔付きが険しくなる。
 神取は微笑みかけ、一旦火を消した。それでも、僚の目付きは変わらなかった。これで終わりのはずがないと疑って、いや…期待しているのだ。自分の独りよがりなものではなく、二人でこうして作り上げるこの場は、なんて心を震わせるだろう。
 これだから、彼と遊ぶのをやめられない。
 神取はハンカチを取り出し、汗と涙に濡れた顔をそっと拭ってやった。
 柔らかい布が触れてきて、僚はたちまち恥ずかしさが込み上げてきた。手で隠し、どこか物陰に隠れてしまいたくなる。今は何も叶わない。ただされるがままに任せるしかない。恥ずかしさ、惨めさに気持ちが拉げ、ぼんやりと意識が霞んでいく。
 丁寧に拭われていくにつれ、心もほぐれ、どこか夢見心地になる。ふわふわとした何かに包まれ、浮かんで、あるいはゆっくり沈んでいくようであった。
 苦痛の時間はまだ続くと縮こまる心に、たっぷりとした甘さが沁み込んでくる。
 自分はすっかり、それに囚われている。男に、身も心も。
 綺麗に拭われ、眦に唇が寄せられる。薄い皮膚の感触に、僚はしばし目を閉じて浸った。その後、空気の揺れが伝わってきて、男が背後に回ったのを感じ取る。また始まるのだと緊張に肌が引き攣るが、湧き上がるのは怖さだけではなかった。泣いたせいで、まだ呼吸が落ち着かない。時折小さなしゃっくりが込み上げてくる。少し息苦しい胸が、何とも言えず心地いい。男のせいでこうなった自分が、うっとりするほど気持ちいい。
 神取は背後に立ち、抱きしめるようにして腕を回すと、よく見えるよう目の高さに蝋燭を掲げた。腕の中で、彼が怯え竦む。横顔を見やると、僚の視線は蝋燭に集中していた。ぴんと糸を張ったようにまっすぐに釘付けになり、睫毛が小さく震えていた。
 再び蝋燭に火をつけると、息を飲む音が聞こえてきた。
 神取は少しでも緊張がほぐれるようにと、空いた手で乳首を摘まんだ。たちまち僚は、ひ、としゃくり上げ、痛みを与えられた時のように身を強張らせた。過度の緊張から、感覚が混乱したのだ。そのまま優しく弄り続けると、僚は戸惑ったように身をよじらせ始めた。腕と足をしっかり固定しているのでそう大きく動く事は出来ないが、僚はもがくように身をうねらせ、逃げるように、あるいは自分から押し付けるように動き、震えを放った。

「いや……いやっ」
「ここは、君の好きなところだろう」
「だ……て」

 優しく笑いかける男に、僚は蝋燭を見た。芯の根元にじわじわと溶けた蝋が溜まっていく。もう、今にもくるだろうあの苦痛を思うと、息も止まりそうであった。
 どんなに許しを乞うても男は容赦なくこの身に挑んでくるが、度を超えて傷付ける事は決してしない。自分はただ、感情の込み上げるままに泣き叫ぶだけだ。
 そしてついにその時はきた。

「あぁっ……あ――!」

 胸や腹に点々と散っていく朱い熱に刺され、僚は力一杯奥歯を噛みしめた。
 がむしゃらに頭を振りたくり、叫び、大きく喘ぐ。
 神取は指に摘まんだ小さな突起を捏ね、右と左と等しく弄りながら、激しく上下する腹や股間へ蝋を滴らせた。
 時々、自分の手の甲にも蝋が垂れる。
 熱いが、火傷させるほどの高温ではない。しかし人間はどうしても反射でびくついてしまう。身体が硬直するものだ。
 こうして拘束され、追い詰められた状況にあっては、過剰に反応してしまうのも無理はない。
 愉しむには、この上ない状況。

「やだ……や」

 もうやめて、許して、ごめんなさい。泣き叫び、繰り返し哀願する僚に酔い痴れながら、神取は飽きもせず蝋を垂らし続けた。
 以前は自分のもので抱きながら、交互に蝋を垂らして彼を追い詰めた。
 今は、後ろに咥えさせたローターをその代わりにする。
 僚が再び泣き出したところで、神取は手を止めた。指で摘まみ火を消すと、僚はぐったりと脱力し椅子に身を預けた。先のように濡れた顔を綺麗に拭い、頬に口付ける。そうすると、悲しそうに打ち沈んだ眼差しが、ほんの少し和らぐのだ。

「よく耐えて、いい子だね」

 声と共に頭を撫でると、恨めしそうな目線が寄越された。それでいて口元には淡い笑みが浮かんでおり、追い詰め辱められる事に喜びの片鱗を見せる僚に、神取は胸が熱くなるのを感じた。

「その分のご褒美をあげようか」

 ポケットに忍ばせた玩具のスイッチに手をかける。同時に僚の口から、小さな呻きがもれた。一つずつ稼働させ、徐々に振動を大きくしていくにつれ、僚はびくびくとわななきを放った。
 始めは困惑気味だった息遣いが段々と湿り気を帯び、淫らなものに変わっていく。

「う、う……ん」

 僚は椅子の上でもじもじと身をよじった。両手を何度も握っては開き、思うように動かせない分を発散させる。しかしそれだけでは、到底追い付かなかった。
 稼働するずっと前から、自分を悩ませていたもの。
 腰の奥でわだかまる曖昧な異物感は、蝋が垂らされ身体が反応する度に強まって、じくじくとした疼きの塊となり溜まっていった。無視したくても出来なくて、重苦しく横たわっていた感覚は、ついにはっきりとした快感となって奥から襲ってきた。
 はあはあと喘ぎながら、僚は首を振った。

「感じてきたかな」
「そんな、こと……」
「そうか……でもここは、いいと言っているよ」
「やめっ……!」

 鋭い静止の声を笑って流し、神取はそっと乳首を摘まんだ。

「いっ……」

 慌てて僚は口を噤んだ。強く弱く、絶妙な力加減で乳首を捏ねられる。ふわふわとした動きで頭を揺らし、厳しく拘束された身を震わせる。

「素直に声を出していいんだよ」

 硬く尖った左右の突起を転がしながら、神取は少しずつ玩具の振動を強めた。

「いっ…あぁ……いやだ」

 嫌だという声も、首を振る仕草も、弾む息も。どれ一つとっても、本当に嫌がっている空気は嗅ぎ取れなかった。そういう仮面で演じているようだ。嫌でたまらないのに無理やりに快楽を押し付けられ、今にも転げ落ちてしまいそうな自分に酔っている。そんな反応が欲しい自分には、最適の貌。
 神取は薄く笑みを浮かべ、椅子に縛り付けられた哀れな少年を悦楽へと誘った。しっとりと汗ばんだ肌から匂い立つ甘さに酔い、首筋を舐める。

「あぁっ……」

 少し高い声に背筋が震える。耳朶に軽く噛み付き、吸い付いて、舐めしゃぶりながらじっくり指の腹で乳首を扱く。

「やだ、乳首……」

 嫌だと言うが、僚はもう首を振る事はしなかった。狭い孔の中で震える玩具と乳首への刺激に、僚は忙しなく胸を喘がせ、とうとう気持ちいいと喘ぎを零した。
 一度口を開いてしまうと、止められなかった。

「あ、あぁ…両方だめ……もう、あぁ……いい、すごく」
「そう、いい子だ……もっと聞かせてごらん」
「あ、あ……気持ちいい」
「どこが気持ちいい?」
「ど、どっちも……ああぁ!」

 僚は泣きそうに顔を歪めて仰のいた。こんな異常な状況で、男の愛撫や玩具に感じてしまう自分が、たまらなく恥ずかしい。だのに気持ちを止められない、苛められ、惨めに泣き叫ぶ自分が気持ちいい。
 自分を追い詰める男が、愛しくてたまらない。
 身体の奥で、三つのローターが激しく振動している。カチカチと音を立てて、狭い肉襞の中で丸い玩具が躍っている。僚は半ば無意識にそれらを締め付けた。そうしたいわけではないが、玩具がうねる度反射で思わずそうなってしまうのだ。

「こうされるのが好き?」
「うん、うん……ああぁ……」
「玩具で遊びながら、乳首を弄られるのが好き?」
「す、すき……ああぁ」

 恥ずかしさを堪えて頷く僚にいい子だと一つ口付け、神取は頭を撫でた。

「撫でられるのも……好き」
「そう……なら、もっと、好きな事をしてあげよう」

 神取は背後から正面へと移り、蝋燭に火をつけた。

「しっかりと見ているんだ。蝋がどこに落ちるのか」
「うそ……いやだ」
「お仕置きにはならないが……仕方ない。君にはどうにも甘くてね」
「……やめて」

 喉にへばりつく声を何とか絞り出し、僚は弱々しく首を振った。男の顔を凝視する。支配者の美しい微笑みに目を細め、つばを飲み込む。
 朱色の衣をまとったような性器に、神取は再び蝋を垂らした。

「――!」

 覆われた上に垂れるので、始めのように鋭い熱さが襲う事はない。しかし視覚で感じ取る僚は、最初の時と同じ恐怖と熱さを感じ取り、おののき震えて四肢をびくつかせた。
 その痙攣は、内部で震え跳ねる玩具をさらに締め付ける事になり、おぞましいと思いつつも性感が高まっていくのを止められなかった。

「ああ……うそだっ」

 震える声を吐き出す。

「いきたいのかな?」
「ちがう……そんな」
「どうかな」

 神取は腹部に朱の花を散らした。びくびくと忙しなく引き攣るそこへ、更に点々と垂らす。
 汗ばんだ身体をよじり、僚は何かに耐えるように首を振った。

「我慢せずにいきなさい」
「ちがう、おれは……あっ!」

 胸の辺りに、熱いものが続けざまに落ちる。それを僚は、はっきりと、快感であると受け取った。
 ちがう、ちがうと首を振るが、感覚はひどく混乱して、どれが苦痛か、どれが快感か、判別がつかなくなっていた。どれもつらくて、どれも気持ちいい。そんなはずはない、違う。
 違うはずなのに。
 男の言葉を否定すればするほどに感覚は鋭敏になり、腰の奥で今にも熱いものが破裂しそうになる。

「もうやだ……あぁっも、もう……あぁ」
「恥ずかしい恰好で、恥ずかしい声を上げて、思い切りいくといい」

 その言葉に僚は改めて自分の置かれた状況と向き合った。すっかり蝋で覆い尽くされた性器は、萎えもせず上を向いたままだ。男に強制的に勃起させられてから、ずっとそうだった。身体中に蝋を垂らされ苦しめられているのに、それに感じている自分は、なんでみじめで浅ましいのだろう。

「い、や……見るな、やだ! いやだ!」
「ああ、素晴らしい。君はこんなにされても、感じるのだね」
「いや……ちがう!」
「違わないよ。ごらん僚、君のここ…もっと苛めてほしくて震えている」
「ちがう……」
「違わない」
「やだぁ……」
「君と腕を組んで歩くのも楽しいが、こうして遊ぶのはもっといい」

 椅子を軋ませてもがくが、手も足も動かせない。びくともしない拘束に、自分のみっともない姿に、僚は涙が込み上げてくるのを止められなかった。泣きたいほどなのに、唇に笑みが浮かぶのはなぜだろう。
 わざと後孔に力を込め、そこに咥えた玩具を締め付ける。そうすると、内部で振動を続けるそれが緩やかに蠢いて、いいところを抉ってくる。いけないと思いつつも、僚は淫らな遊びをやめられなかった。

「ああ、変態……」

 誰に対して言いたいのかわからない言葉を呟く。

「そうだね……でも、違うよ」

 神取はいっそ優しい声音で、僚に微笑みかけた。

「さあ、ほら」

 高くしていた手を下げ、すぐ傍から蝋を滴らせる。かなり厚く覆われているので、これだけ近付けても、ほとんど何も感じないだろう。
 それでも、僚は。

「――!」

 声もなく大きく仰け反った身体は、数秒の硬直の後、ぐったりと脱力した。
 神取はそこで火を消した。
 ぜいぜいと肩で息を継ぐ僚に目を細め、神取は顔を寄せた。
 そっと唇に触れると、涙の味がした。

 

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