Dominance&Submission

ベビーカステラ

 

 

 

 

 

 服を全て脱ぐようにとの男の言葉に、僚はすぐに動き出した。一歩二歩離れた場所から投げかけられる視線を出来るだけ無視して手足を動かすが、下衣を脱ぐ時はそれも難しかった。先程のキスがまだ尾を引いている上に、視線に晒され、下腹はますます勢いづいている。嗤われるだろう予測に、僚はぎくしゃくと鈍く動いた。
 脱いだ服は丸めてたたみ、ベッドの下に押し込む。そのままずっとしゃがんで、隠していたかったが、まっすぐ向けられる視線に促され、僚は元のように背筋を伸ばして立った。
 神取は満足げに口端を緩めると、用意していた革枷を手に僚に歩み寄った。左右の手首、左右の足首、そして首輪を、一つずつ順に巻いていく。革の匂いが濃くなるにつれ、僚の呼吸が浅いものに変化していった。合間合間に目をやると、彼の中心は相変わらず滾っており、ふとした瞬間にぴくりと震える事もあった。あと少し擦ってやれば、すぐにも爆発しそうだ。
 彼の蜜はきっと、美味いだろう。
 思わず喉が鳴る。
 神取は焦りを飲み込み、一度彼の名を呼んだ。思った以上に肩を強張らせ、僚は強い視線を寄越してきた。

「ベッドの上で、四つん這いになるんだ」

 滑らかさからは程遠い動きで頷き、僚は言われた通りの姿勢を取る。
 ぶつけられる男の視線が肌でじりじりと焼けるように思え、僚は口からそっとため息をもらした。全身が鋭敏になっているようで、動いて空気を揺らすだけで、それだけで肌がぞくぞくと疼きを放ち、震えてしまう。恥ずかしさ情けなさに泣きたくなる。ぐっと堪え、次の指示を待つ。
 神取はゆっくりと踏み出し、ベッドの周りを歩き僚の様子を眺めた。緊張してるのが手に取るようで、実に愛しい。

「足を開きなさい。全部見えるように」
「っ……」

 僚はごくりとつばを飲み込み、頷いた。男がどこを見ているか、振り返って確認しなくてもわかる。そのせいで、後孔が疼いて仕方ない。

「もう少し開いて、僚……そう、いい子だ」

 神取は手を伸ばし、ひくひくと浅ましく痙攣するそこに指先を当てがった。

「あっ!」

 うろたえた声と共に、僚は頭を跳ね上げた。触れた一点から、妖しい感覚がぞくぞくっと背筋を駆け抜ける。

「すごいね。今にも指を飲み込みそうだよ」
「……ごめんなさい」

 そんなに興奮しているのかと驚いた声を出す男に、僚は真っ赤になった顔を伏せた。

「構わないさ。君をそういう身体にしたのは、私だからね」

 男の声がやけに遠く聞こえるのは、恥ずかしさに血の気が引かないせいだろうか。
 僚は何度も胸を喘がせた。楽しさに弾む支配者の声を聞き、ますます興奮する。自分は男のものであるという自覚に腹の底から熱いものが込み上げてくる。そうだ、この身体は全て男のものだ。どんな風に扱ってもいい――扱われたい。

「さて、教えてくれるかい」

 何がきっかけで変化し未だに硬くさせたままなのか、理由を聞きたがる男に、僚はひゅっと喉を鳴らした。とうとうきたと、覚悟していた瞬間に、うっすらと汗がにじむ。

「言ってくれたら、その通りにしてあげよう。たっぷりとお仕置きをした後にね」

 神取は戯れに指を動かし、ひくつく孔を指先で揉んだ。中に欲しがる動きを嗤いながら、殊更ゆっくりといじくる。

「う、う……」

 じれったさに腰がいやらしく動いてしまう。僚は羞恥に唇を噛みしめるが、じわじわと沁み込んで膨れ上がっていく淫靡な刺激は強烈で、どうにも止めようがなかった。もっと強く引っ掻いてほしいが、自分が追うとその分男の指は力が抜け、もどかしさに歯噛みするしかなかった。
 神取は、視線の先で淫らに悶える少年をしばし愉しみ、口を開いた。

「さあ、言うんだ」

 僚はそっと息を啜り、かすれた声を絞り出した。

「車の中で、俺に……キスしてくれた?」
「ああ。唇に一度」

 記憶が曖昧で、今一つ自信が持てないと不安そうに言ってくる僚に、神取は確かなものだと強固にした。すると僚の口から、ほっとするような淡い息遣いが零れた。

「それが、とても優しかったから……」

 これまでもらった数えきれないほどのキスを思った。 背中にキスされる唇の感触を思い浮かべた。
 汗ばんで敏感になった背肌にかかる男の熱い息遣い。ひどく興奮する。後ろから激しく抱きながら、甘く優しい愛撫をくれる。肩に、背骨に…傷に。
 そんな、とろけそうに心地良い時間を思い出して浸って、このようになってしまった。
 そうか、と淡い呟きを零し、神取はベッドに腰かけた。ゆっくりと肩を抱く。過度に緊張している彼をびっくりさせないよう気を付けて動いたつもりだが、わずかに震えが走った。いつお仕置きされるかと身構えているのだ、仕方のないこと。どこか一点を凝視し、しきりに瞬きを繰り返す様が非常に愛くるしい。
 それでも美しい横顔をしばし見つめ、口端を緩める。

「……いつもこうして」

 神取は背中に覆いかぶさり、いつもするように唇で背中の傷をくすぐった。僚の身体が小刻みに震えを放つ。

「君をたくさん可愛がったね」
「ん……そう」

 音を立てて接吻すると、また、面白いように震えが走った。肩を抱く手から、僚の緊張が伝わってくるようだ。神取はしばらくの間、繰り返し接吻し、吸い付き、味わうように舐めた。
 僚にとってそこは特に感じる箇所ではないが、男の熱心な愛撫を受けて平然としていられるわけもない。段々と身体が熱く、燃え滾っていく。
 神取はひとしきり満足すると、僚の身体を仰向けに誘導し、両手を押さえ付けてまっすぐ見下ろした。
 真下の少年が、恥ずかしさから逸らした視線がこちらを向くのを待って、口を開く。

「今も、そうしてほしい?」

 熱っぽく向けられると視線を、ゆっくり下腹へずらしていく。見られていると、僚はもじもじと腰をくねらせた。嗚呼なんて可愛い仕草をするのだろう。

「可愛がってほしい?」
「……おねがい」

 ごく、ごく小さな声が聞こえた。
 神取はうっとりと目を細め、掴んでいた手を離すと、クローゼットへと向けた。

「その前に、私に言う事があるだろう」

 僚に戻し、いっそ優しく微笑む。
 僚は頷き、二回ほど喘いで、言葉を紡いだ。

「お仕置きしてください……」

 いい子だと、支配者が嗤う。冷たく鋭く、全身を焦がす美しい貌に、僚は瞬きも忘れて見入った。
 男が手を差し伸べる。僚はおっかなびっくり手を取り、引かれるまま立ち上がった。ゆっくりクローゼットの前まで誘導される。男は扉を開き、お互いよく知る小さな楕円の玩具を三つ、ボトルを一つ手に取ると、奥にある棚の一つを指差した。何が入っているか知っている僚は、息も止まる思いだった。

「その中にある赤いものを、持っておいで」

 僚の視線が強張るのを、神取は嬉しそうに眺めた。

 

 

 

 寝室には、一脚、どっしりとしたクラシカルな椅子がある。普段は窓辺に置いてるそれをベッドの隣に運び、神取は座るよう僚へ目線を向けた。
 全裸に赤い枷と赤い首輪をつけた僚は、とぼとぼと足を運び、腰かけた。
 座面ぎりぎりに腰をずらして姿勢を誘導すると、神取は僚の腕を肘掛けに、足を前後の脚部にそれぞれバンドで固定した。

「………」

 少しずつ身体の自由が奪われていく事に、僚はしゃくり上げるように息を啜った。ここまで厳しく拘束されるのは滅多になく、男の事だから決してひどい遊びはしないとわかっていても、手でかばう事も足を閉じる事も出来ない格好にされるのは、やはり少し怖かった。
 しかし、それで腰がもじもじと落ち着かないわけではない。椅子に座る前、男にされたある事…赤いものと言われ、正しく赤い蝋燭を選んだご褒美として、後ろに三つローターを埋められた。まだスイッチは入れられていないが。中途半端な異物感がもどかしくて、どうにも腰が落ち着かない。
 これから行われる事を思うと竦み上がるほど怖いのに、妖しい感覚を無視するのは難しく、我慢して我慢してそれでも、腰が疼いてたまらなかった。
 怖いのは嘘じゃない。足を開いたこの格好と、用意された赤い蝋燭が示すもの。頭から追い払いたいが、気付けばまた目がそれを凝視していた。
 サイドボードに置かれたガラス器の中の赤いもの。
 と、正面に男が立った。僚は反射的に目を上げ、始まったかと頬を引き攣らせた。首の後ろや背中、ふくらはぎからも、血の気が引いてすうすうと寒くなるのを感じた。どうにも居心地が悪く、無駄と知りつつも腕に力を込める。逃げられないと、諦めを再確認するだけだった。
 神取はその様子を愉しみながら、ガラス器の隣にある小さなボトルで手をローションまみれにすると、萎れて俯く僚の性器にたっぷり塗り付け始めた。

「!…」

 そっと摘ままれるのを見て、僚はひゅうと息を飲んだ。心の中では恐怖が渦巻いていたが、大好きな男の手で性器を扱かれると、肉の快感の方が強まっていった。後ろに埋め込まれた玩具も原因の一つとなって、徐々に反応が濃くなる。
 僚は唇を引き結び、よそへ目をやった。見続けていると、いってしまいそうなのだ。これから何をされるかはっきりわかっているのに、男の手が自分に触れているのを目にすると、際限なく身体が高まっていく。打ち消そうと蝋燭を睨むが、にちゃにちゃと音を立てて扱かれるにつれ、腰の後ろが熱くなっていった。
 強制的に勃起させ、やがて先端から透明な汁がにじみ出るまでになると、神取は粘り気のあるそれを指先で確かめ、笑い、僚を見た。

「っ……」

 そんな風に遊ばないでくれと懇願する眼差しで、僚は小さく首を振った。
 神取は楽しそうに小首をかしげ、更にローションを追加して下腹だけでなく身体の前面にまんべんなく塗りたくった。喉元や胸、腹、腿まで、丹念に手を滑らせる。様々な箇所で、僚の身体が好ましい反応する。しかしこの時はまだ深くは追わず、万一の火傷に備えて肌を覆うにとどめた。

「……さて」

 タオルで手を拭いながら、神取はまっすぐ僚を見つめた。

「準備は出来た。君ならもう、これから自分が何をされるか、わかるね」
 僚は顔を背けたまま頷いた。はい、と、ごく微かに声を絞り出す。
「では何故そうされるか、言ってごらん」
「お仕置き……」
「どうしてお仕置きされる?」
「黙って、一人で……恥ずかしい事をしようとしたから」

 引き攣る喉で懸命に言葉を綴っていると、涙が込み上げてきた。瞬きで必死に追い払っていると、男の手が頬に触れてきた。いっそ優しい手のひらに、ますます涙が滲む。

「覚悟はいいかい」
「お、お……おしおき、してください」

 僚はおずおずと目を上げた。
 しかし、実際に蝋燭に火がつけられると、激しい後悔が襲ってきた。力一杯奥歯を噛みしめる。
 男には、自分の全てを委ねている。この身体は全て男のものだ。だからって男は好き勝手しない。むやみに傷付けるなんて、絶対ない。こちらが嫌がる事は決してしないという信頼を、日々の行動で築いてくれた。
 だから自分は、なんだって出来てしまえる。
 それでも、怖さは込み上げる。
 僚は、視線の先で揺れる炎を凝視した。

 

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