Dominance&Submission
次は何を作ろうか
「これはまた、深みのあるいい色だね。まるで、赤い宝石を溶かして詰め込んだようだ」 実に美味そうで喉が鳴ると目を輝かせる男に、僚はむず痒く思いながらも喜んだ。 約束の二時になり、それよりずっと前からそわそわとせっせとおやつの準備を進めていた僚は、抑えきれない浮かれ気分を弾けさせながら男を出迎えた。 いらっしゃいと招き入れ、お邪魔するよとやってきた男にハンガーを差し出す。 テーブルについてもらい、お茶を振る舞ったところで、僚は今日の目的であるジャムの瓶詰を男に披露した。 神取は瓶詰の片方を手に取り、先の言葉を口にしながら、よく冷えたサクランボの色味に目を見開いた。 「今回は、ちょっと砂糖多く甘めにしてみた。どんな感じかは、もうすぐ出来上がるよ」 そう言って僚は、キッチンの方へ目をやった。 神取も同じく見上げて尋ねた。もうすぐ出来上がるというのは、先ほどから漂っているこのいい匂いの事だろうか。 その言葉に僚は笑顔を向けた。 「うん、そう」 パイ生地にジャムを乗せて焼いたものを、おやつに出そうと思って準備したのだと説明する。出来上がりまで、残りあと一分を切った。 そう言う間に焼き上がりの音が響き、僚はいそいそと取りに向かった。 神取は少し伸び上がり、アパートに入った瞬間から胃をくすぐってきた香ばしい匂いが到着するのを、今か今かと待ちわびた。 「はい、熱いから気を付けてな」 大皿に並ぶジャムパイの彩りは、昨日とはまた違った感動を与えてくれた。ほかほかと熱気を上げる焼き立てのパイに用心しながら手を伸ばし、いただきますと同時にかぶりついた神取は、口いっぱいに広がる甘さと程よい酸っぱさに、舌がとろけるようだと絶賛した。 上出来だと、目線と大きな仕草とで伝えてくる男に、僚はほっとしたと肩を落とした。心の中で力強く拳を握る。 「いや、実に美味い。これまで食べてきた中で、最高の味だ」 「それは、さすがに言い過ぎ」 僚は笑いながら男の肩を叩いた。本当にそう思うと続きの言葉も、軽く頷いて受け流すが、絶妙な抑揚で綴られる言葉は心の深いところにじっくりと沁み込んで、隅々まで広がり、満たし、大事な宝物となった。 言葉を反芻しながらジャムパイを味わうと、本当にそのように感じられ、僚は改めて男の声が持つ威力を思い知った。 ジャムの味はすでに味見して知っていたが、焼き立てのパイ生地と合わさると更に甘みが増し、さくらんぼの複雑な酸味と絡み合って、最高の美味しさとなった。 その味わいは、男の言葉もあっての事だ。 いつもこうして、自信をつけさせてくれるのだ。なんて力に満ちた声を持っているのだろうと、僚は畏敬の念を抱いた。 「君も、まんざらでもない顔をしている」 「……あ」 男の微笑に、僚ははっと目を見開いた。そんなに緩んだ顔をして食べていただろうかと恥ずかしくなり、むにゃむにゃ言ってごまかす。 それから話は昨日のサクランボ狩りへと移り、本当に楽しかった、どこが楽しかった、どのように楽しかったかと、二人は軽快にお喋りを転がしていった。 その合間にパイをかじり、紅茶を啜って、午後のゆったりした時間を過ごす。 笑い合う中で、僚は目が引き寄せられる瞬間に遭遇した。 男の指が、下唇を軽く拭う。 たったそれだけの仕草に目が釘付けになる。 ずきりと痛むほど胸が高鳴り、一人勝手にどぎまぎしている自分が、恥ずかしくなる。馬鹿みたいだと頭を切り替えるが、中々鎮まらなかった。なんて事ない仕草、ともすれば下品な部類なのに、男がするとやけに色っぽく見えて顔がほてる。 自分が同じ事をしても、がさつな動きにしかならないのは想像に難くない。 そんな事を頭の片隅で考えながら、僚はお喋りを続けた。 皿の上のジャムパイと紅茶がなくなる頃、ちょうどよくお喋りもひと段落ついて、室内にしばらくぶりの静寂が舞い降りる。 神取はひと呼吸おいてから、そろそろお暇しようと切り出した。ここから立ち去るのはとてつもなく寂しいが、数日我慢すればまた彼に会える。数日の辛抱だ。その間は、彼の作ったジャムを味わい、恋しく待とう。 「いつも、美味いものをありがとう」 「いや、こっちそこ。わざわざ取りに来させてごめんな。でも早くに渡せて嬉しい」 「私も嬉しい、大事に頂くよ」 男の言葉に僚はにこにこと頬を緩め、冷蔵庫に収めた瓶を取りに行った。 神取はその背中に声をかけた。 「このお礼はいずれまた、させてもらうよ」 「……え」 振り返り、僚は複雑な面持ちで男を見やった。ジャムを作ったのは、一緒に楽しい時間を過ごせたお礼を込めての事だ。自分がこれを返して、それでお互い様になるのに、さらに男から貰ったら自分は貰い過ぎだ。 「いいよそんな――」 気にするなと伝えようとする僚の口を、神取はキスで塞いだ。そのまま壁に押し付け、より深く舐る。 突然の事につい反射的に身構えた僚だが、すぐに力を抜き、甘い接吻に応じる。 二度、三度と唇を吸い、神取は唇の上で囁いた。 「それとは別に、受け取ってほしい」 「あ……」 少し困ったように見やってくる僚に頬を緩め、神取は続けた。 「さっき、そういう目で私を見ていただろう?」 「え、み……見てないよ」 僚は咄嗟に首を振った。気付かれていた事に背筋がひやりと凍える、何でもお見通しの男の眼差しに射抜かれ、今度はかっかと熱さがやってくる。 「君が見ているのと同じくらい、私も君を見ている」 だからわかると笑う男に、僚は喉を詰まらせた。啜るように息を飲み込む。 神取は脚の間に膝を割り込ませて閉じられないようにすると、中心をそっと逆手に包んだ。 「!…」 「受け取ってくれるかい」 絶妙な力加減で握り、擦るように動く手に、僚は息を飲んだ。少し強めの愛撫に瞬く間に身体が熱くなる。 「……うん」 僚はぼんやりと霞む目を瞬かせ、自分の前で跪く男を見下ろした。背中に感じる壁により強く身体を押し付け、されるがまま委ねる。 「はっ……」 下着ごと脱がされ、今まさに男の唇が触れる寸前、僚は喉から高い音を零れさせた。神取はそこで一度目を上げた。夢見心地の濡れた視線とかち合う。口端で笑いかけると、僚の唇が何か云うように動いた。神取は舌先で先端に触れ、くびれまでを口に含んだ。 「っ……!」 僚の腰がびくりと強張るのを楽しみながら、神取は咥えたそれを唾液まみれにさせていった。じわじわと喉奥まで迎え入れ、根元を摘まんで扱く。また僚の腰が揺れた。 おずおずと遠慮がちに肩に触れようと迷う僚の手を、神取は視界の端に見ながら、口淫を続けた。咥えた時はまだいくらか柔らかさがあったが、少し唇で扱いただけで瞬く間に硬く芯を帯びて育ち、喉を突くまでに成長した。それが実に愛しい。 「熱い……」 僚は半ば無意識に呟きを零した。男が自分の前に跪き、奉仕しているのを、夢うつつで見つめる。男の口の中は驚くほど熱く、触れている個所から今にも溶けていってしまいそうだった。 まっすぐ立っていられなくなり、僚は段々と前屈みになりとうとう男の肩にしがみ付いた。男が舌を動かし、啜る度、どうしても腰か動いてしまう。そんな浅ましい自分をなんていやらしいのだとなじるが、舌や唇の熱い粘膜がぬめぬめと動き、今にも破裂しそうに滾った己のものを愛撫する度、突くように動いてしまう。そうしたくてたまらなくなる。男の口を、疑似的に男を犯している事にひどく興奮して、目の前がぼうっと霞む。 「ああ……だめ」 僚は潜めた声で呻き、限界が近い事を男に告げる。 神取は眦で微かに笑い、窒息させるほどに張り詰めた僚のそれをより濃厚に愛撫した。 服をしわくちゃにするほど強い力で握り込んでいた僚の手が、片方離れて口に向かう。 僚は握り拳を口に押し付け、その下でくぐもった呻きをもらした。 「いくっ…う、もう」 たちまち熱塊は大きくわななき、膨れて、ほどなく射精した。神取は口内に放たれた熱いものを飲み下しながら、もう少し楽しみたいと、しつこく吸い続けた。 「い、あ……鷹久、だめ」 達したばかりで過敏になったそこを続けて愛撫され、僚はいくらかつらそうな声を上げた。かすれ気味の響きに、神取は背筋がざわめくのを感じた。途切れ途切れの詰まった息遣いはやがて収まり、かわって熱い吐息がもれるようになった。同時に一度は鎮まったそれもすぐさま漲って、再び喉まで一杯になった。 神取はそこでそっと口を離した。 とっくに力が抜けていたのだろう、僚は壁に寄り掛かり肩で呼吸を繰り返した。手の片方は服を握り込み、もう一方はぶるぶると震えて口元にあった。 神取は立ち上がると、今にも崩れそうに危うい僚をしっかり抱きしめて支え、唇を寄せた。キスの合間にちらちらと見える顔はとろけきって、とても幸せそうに口付けに耽っていた。そんな表情を見せる僚にひどく興奮する。神取は手を下に伸ばし、むき出しの尻を撫でさすった。 「あは、……ん」 舌を絡めながら尻を撫でられ、僚は痙攣めいた震えを放った。男の口に咥えられた時から、浅ましくも後孔が疼いて堪らなくなっていた。もう少し手がずれて、中心を弄ってくれたらいいのに…じれったくなり、腰を揺する。 そうやって自ら誘ったくせに、いざ男に片足を抱えられ、あてがわれると、反射的に身体が慄いた。おっかなびっくり力を抜き、いやらしくひくつくそこで男の先端にキスをする。 「たまらないね……入れてもいい?」 「ん、ん……」 もう一秒も我慢出来ないと、僚はせっかちに頷いた。男の首にしっかり掴まる。 「あうぅ……」 ゆっくり入り込んできた硬いものに、僚はわずかな後悔を過ぎらせた。奥歯を噛みしめて追いやる。 ここは男のマンションではない。 思い切り声を出せない。 出してはいけない。 過ぎったのは後悔ではない。 ただもどかしい気持ち。 「んっ……う!」 僚は男にきつくしがみ付き抑え、段々と奥まで埋まっていく熱塊に耐えた。腰が抜けそうなほど気持ち良くて、だのに声を出せない辛さが、強烈なほどの快感が、身体の中にすさまじい勢いで溜まっていく。 全身の力が抜け、こうして咥えただけでいってしまいそうになる。 僚は思い出したように息を吸った。 ほぐされないまま入れられて、腰が抜けそうなほど軋んできついのに、それがたまらなく心地良い。 苦しいのがひどく快い。 なんて身体だろうと、僚は震える思いだった。 「あは……あ、あ、あぁ」 「とてもよさそうだね」 神取は壁に手をついて支え、今にも崩れそうな僚を立位に保つ。そのまま奥を抉ると、喝が入ったように僚の身体がびくりと引き攣り、肉襞が複雑にうねって自身にまとわりついてきた。 「うあぁっ…く、あう」 「ああ……いいよ」 ため息交じりに笑い、神取は大きな動きでじっくりと奥を責めた。しゃくるように腰を動かし、ひと突きずつ深くまで送る。 むず痒い鈍痛のような快感は濃厚で、すぐに僚を虜にした。 「ああだめ…そんな、奥……」 「気持ちいいだろう……痙攣しているのがわかるよ」 「あぁ鷹久……だめ…やだぁ」 男の肩の上でぐすぐすと鼻を鳴らし、僚は甘える響きで愚図った。 「何が駄目?」 「あぁっ……」 耳朶に軽く噛み付く。それだけで僚の身体は面白いように震え、甘い声を出しながらしがみ付いてきた。 「あ、あ……鷹久の、硬いの…が、奥で」 「奥でどうなってる?」 「俺の奥で……ああぁ……もう、あぅっ…くう……」 「気持ちいい?」 「うん……もう、もっ…あぁ……とけそう――んん」 緩んだ声で言いながら、僚はびくびくっと背筋を震わせた。続いてきつく収縮する最奥の様子で、軽く達した事を察した神取は、思い出したように痙攣する身体を抱き直し、尚も奥を穿った。決して急いた動きはせず、身も心も芯までじっくりとろけるように、大きく優しく抉る。 「ああだめ……動くなぁ――あむぅ」 泣きじゃくる僚の口を塞ぎ、ねっとり舌を絡めながら何度も何度も深奥に自身を送る。いや、もうやめろ…キスの合間に可愛らしい声が甘えてくる。声の底にほんの少し辛さが混じっているのがいい。続けざまに頂点へ押し上げられ、降りて休む事も出来ないまま再びいかされ、それでも快感が襲ってくる事に、おののきながらも抗えない様がたまらない。 「ああ、また……」 「いきそう?」 「もう、い、い……んんん」 「もっとよくしてあげるよ……ほら」 ゆっくり腰を引き、根元まで埋めて更に押しこくる。また腰を引き、じわじわと飲み込ませる。その一回ごとが僚を頂点へと誘い、酔わせた。間近に見える顔はえもいわれぬ色気に包まれ、汗ばんで匂い立つ肌はどこまでも甘かった。忙しなく喘ぐ唇はしっとり濡れて紅く、誘われるまま神取は吸い付いた。 「もういく……いってる、鷹久――あぁ」 「まだ……もっといきなさい」 「いや……もう――あぁっ」 「しー……静かに。君の恥ずかしい声が、みんなに聞こえてしまうよ」 「あ、あ……いやだ」 僚ははっと唾を飲み、半ば混乱気味に手を動かして、恐ろしいほどの快感を与える男の動きを止めようとあちこちに手をあてがった。 抵抗にもならない抵抗が可愛らしい。神取はいやらしく笑って、尚も僚の身体を貪った。彼が、射精なしの絶頂を味わう度、自分も脳天が痺れるほどの快感に見舞われる。彼の声、甘える仕草や濡れた目線、肉に直接伝わってくる熱い蠢き…それらすべてが、この上ない幸福感をもたらす。 与えると同じだけ返してくれる僚の身体に深く溺れ、神取は飽くことなく貪り続けた。とてもやめられそうにない。こんな風にゆっくり味わうのも、たまにはいい。 僚の先端からはだらだらと止まらない先走りが溢れ続け、白いものも混じっていた。きつく張り詰めて反り返り、震える様は、未だ射精を許されない怒りを溜めているようだった。 周りに漏れ出ないよう声を抑え、抑えながらも堪え切れず、僚は時折高い声を放った。その度にはっとうろたえ、同時に奥が怯えたように締まる。食い締めてくる動きはいささかきつく、息も止まりそうだが、二人だけで密かに遊んでいる事を教える蠢きは興奮させる。 周りの誰にも気付かれないよう息をひそめ、ぎりぎりのところで遊ぶのは、本当に楽しい。 「あ、くぅ……うう!」 低く呻いて、また僚の身体が硬直する。 食い千切らんばかりに締め付けられ、神取も喉を鳴らす。ずきんと芯に響くほどの痛みだが、何故だか病み付きになる。マンションで、誰に憚る事無く泣き叫ぶ彼と遊ぶのとは違った楽しみ…これは、ここでしか味わえない。 嗚呼興奮が止まらない。 神取は達して狭まる肉を抉じ開ける動きで腰をしゃくり上げた。 「も、やだ……許して」 お願い 余韻に浸る間も与えず動き続ける男に、僚は懇願の言葉を吐いた。もう終わりにしたい、出してすっきりさせたい。これ以上、声を我慢出来ない。 「たかひさ……」 思い切り叫びながら奥を激しく突かれて、吐き出したい…いきたい。 「僚……口を開けて」 「んむっ…いや、あぅ」 触れてくる唇から逃げるが、すぐに捕らえられ、舌をひと舐めされる。絡め取られ、たちまち全身が甘い疼きに包まれる。僚は塞がれた口の中で何度も喘いだ。 「あぁ……あふ、んんむ!」 神取は舌を舐りながら、腰の動きを速めた。眦に涙を溜め、痴態に震える僚を目にし、自分も我慢出来なくなったのだ。 彼の中で欲望を解き放ちたいと、一緒に上り詰める。 「うぅっ…ぐ、う…くぅ」 身体を激しく揺さぶられ、堪え切れずにとうとう僚は涙を零した。泣きながらキスを続け、息の合間に限界が近い事を訴える。 「う、いく…いく……ねぇっ…も、いってもいい?」 「ああ…思い切り出してごらん」 「た、たかひさも……中に、奥に……!」 「一番奥に、出してもいい?」 僚はぶるぶると震え、恍惚とした顔で男を見た。 そこにほのかな笑みが浮かぶのを目にし、神取はいよいよせり上がってくるものを感じた。 「いく――もう……!」 僚はがむしゃらに男にしがみ付き、力一杯歯を食いしばった。 神取も熱い身体を抱きしめ、より激しく腰を突き入れ高みを目指した。 「!…」 腰が抜けそうな打ち込みに僚は胸を喘がせ、迫りくる真っ白な瞬間に大きく目を見開いた。身体の深いところで、男のものがのたうちながら熱いものを吐き出す。ぞっとするような感触に短く叫び、僚はしばし身を強張らせた。一秒経って、思い出したようにぜいぜいと息を継ぐ。 神取も同じく胸を喘がせながら、しばらくの間抱き合い一つの影となって過ごした。 |