Dominance&Submission

次は何を作ろうか

 

 

 

 

 

「今日は本当に楽しかった」

 腹の底から感謝を込めて、桜井僚は隣の男に笑顔を向けた。

「こちらこそ、いつも美味しい特技をありがとう」

 眩しい笑顔に目を細め、神取鷹久は応えた。
 二人が言っているのは、今日訪れたフルーツ狩りの事だ。僚が提案し、男が車を飛ばして、旬のサクランボを腹いっぱい味わってきた。土産のサクランボも山盛りに詰めて、大満足の一日であった。
 帰りの道中、二人は持ち帰ったサクランボをどう加工するか、話し合った。美味いものを腹いっぱいに収めた後だけに、僚は興奮から、何でも作れそうだと声を張り上げた。どうしようこうしようとあれこれ案を出し合った結果、日保ちするジャムが一番だと、話は落ち着いた。
 今夜の内に作るつもりだと僚は言い、ならば明日の日曜日に取りに伺いたいと男は言った。そこで車は、いつも待ち合わせをするアパートから程近くの通りに到着した。神取は一旦エンジンを切り、話を詰める為に僚に向き合った。
 僚は、男からの返答をある程度予測していた。前回リンゴのジャムを作った時も、わざわざ予定を合わせ取りに来てくれた。僚は心持ち目を見開き、今日の明日すぐ会える嬉しさと、明日片付けるべき雑事との板挟みに、しばし複雑な顔付きになる。

「せっかちですまないね。まずいようなら、日をずらすよ」
「いや、ちょっと待って……明日も晴れだったよな」
「ああ、しばらくは晴天が続くそうだ」

 僚は頭の中で、最優先で片付けておく事を順に並べ整理した。自分だって、会えるなら明日会いたい。リンゴジャムの時のように、びっくりした顔で喜ぶ男に会いたい。となると空く時間は――。

「よし……じゃあね、午後二時ころなら、もう何もない、大丈夫だ。鷹久は?」
「その時間なら私も大助かりだ」
「ほんと、じゃあ二時にね」
「承知した」

 お互いにっこりと笑い合い、僚は再び今日の礼を言い、どれだけ楽しい時間を過ごせたか心から感謝した。男も同じくこちらこそと微笑み、詰んでいた土産のサクランボを分け合って、また明日としばしの別れを告げた。
 車を降りた僚は、信号を渡って遠ざかりつつ男を見送り、見えなくなるまで手を上げて、アパートに向かう緩やかな下り坂を進んだ。
 アパートの鍵を開けて、しんとした室内に入る。こんな時はたいてい、ずしんと腹の底が重く感じる、けれど今日はいくらか軽いものだった。むしろまがい物であった。
 僚は一つ息を吐き出し、手に提げたサクランボを早速処理せねばと、てきぱき動き出した。

 

 

 

 横になるには少し早い時間だが、昼間、男に少しでも甘い感動をと目一杯張り切った為に、いつもより早く睡魔がやってきた。また、ついさっきまで取り組んでいたジャム作りで、部屋中にさくらんぼの甘い匂いが立ち込めているのも、理由の一つだ。僚は大あくびとともに時計を見やった。今から寝たら、明日は日の出前に目が覚めそうだ。そんな事を考え、一人小さく笑う。
 部屋はひと通り片付けた。いつも気を付けているので、それほど大変ではなかった。人を迎えるのに十分なくらい、綺麗になったはずだ。午前中にやっておくべき洗濯や掃除の段取りも、抜かりはない。
 今日はもう、これで寝てしまっても問題ない。
 最後にもう一度トイレに向かい、戻る際に、冷蔵庫の中を覗く。明日の朝と昼と夜、胃袋を満たす準備はばっちりだ。
 部屋は綺麗、食事の用意もしてあり、男との約束も完了した、あとは寝るだけ。一つずつ心配事が消える。心が軽くなる。
 明日、男に渡すべき二つの瓶詰に視線を注ぎ、僚はにんまりと口端を持ち上げた。
 手に取って間近に見つめる。
 二人で分けたサクランボは、ジャムに加工すると瓶に入りきらないほど出来上がった。その分は明日のおやつにして振る舞おうと、僚は夕刻男にメールで連絡を入れた。そいつは楽しみだ、楽しみすぎて今日は眠れそうにない、なんて、男は返信を寄越した。嬉しさに僚は頭を抱え、自分こそ眠れなくなりそうだと一人にやけた。
 それでも、昼間の大はしゃぎからの疲れで眠気はまとわりついてきて、僚の瞼を重たくさせた。
 明かりを落とした部屋の中、ベッドに潜り込み、いい夢が見られそうだと目を閉じる。

 

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