Dominance&Submission

いい勝負

 

 

 

 

 

「さあ、どうしてほしい?」
「………」

 僚の唇が何事か呟く。空気がもれるかすれた音は、叩いて、と綴っていた。

「お尻……叩いてほしい」

 おずおずと見上げてくる僚の眼差しを見つめ返し、神取はほんのわずか眼を眇めた。一度目は聞き間違いかと思ったが、二度目も同じ言葉であった事に、ぞくぞくとした興奮が込み上げる。

「……だって」

 だって、言った。俺を叩くと興奮すると。もっともっと俺で興奮してほしい。俺も、押さえ付けられて叩かれるのに興奮する。灼熱と痛みに粉々に砕けて、一つになりたい。
 僚の途切れ途切れの言葉に、神取は何度も息苦しさを感じた。身体が昂って、まともに息が吸えない。彼の熱はまっすぐで強烈で、立っているのがやっとだ。気を抜くと溺れてしまいそうになる。

「……たかひさ」

 僚は恐る恐る名を呼んだ。黙ったままの男に急速に不安が募る。呆れさせてしまったかと、血の気が下がる思いだった。直後腰を両側から掴まれ、後ろに硬いものが押し付けられた。飛び上がりそうなほど熱いそれがなんであるか、一瞬理解が追い付かなかった。
 わかったのは、狭い器官を抉じ開けて中に入り込まれた時だ。

「あぁっ!」

 腰が抜けそうなほどの重苦しさに、僚はうろたえた声を上げた。慌てて首を振って打ち消し、気持ちいいと後ろの男に声を放つ。
 濡れた声で叫ぶ僚に恍惚とした表情を浮かべ、神取は掴んだ腰を引き寄せるようにして己を埋めていった。
 玩具に散々蹂躙された孔は柔らかくほぐれ、早く男のものを一杯まで飲み込みたいと複雑に蠢いた。
 僚は期待に目を潤ませ、早く奥まで欲しいと自ら腰をうねらせた。
 神取は半ばまで進めたところで、一度尻を叩いた。

「……あっ!」

 小さな喘ぎが僚の口から零れる。反射的に収縮する孔に嗤い、神取はひと息に熱茎を押し込んだ。

「ああぁ……」

 とろけきった声で僚は応えた。欲しかったものをようやく与えられ、嬉しさに身体の震えが止まらない。
 歓喜は身体の内部にまで響き、頬張った男の怒漲を包むように愛撫した。
 絶妙な力で食い締めてくる内襞に、神取は小さく呻いた。堪えて飲み込み、お返しにもう一度僚の尻を打ち、同時に腰を使って強く突き上げる。

「うあぁっ!」

 衝撃の後の強烈な愉悦は、僚の身体を一気に絶頂へと押し上げた。

「う、うぐ……うぅ」

 僚は力一杯シーツを握り締め、針の振り切れた感覚に浸った。初めて男に尻を叩かれた時の事が脳裏を過ぎる。自分を叩いた事で興奮したと、どのように変化したかを教えてくれた時の、あの光景が鮮明に蘇ってくる。

「あ、あ……かたい」

 気付けばそう呟いていた。
 きつく反り返った男の形が強く焼き付いている。それが今、自分の体内にいるのだと思うと、脳天が痺れて震えが止まらない。止められない。息も止まりそうなほどの愉悦が込み上げ、たまらなく身体が熱くなる。
 呆けた顔で絶頂の余韻に浸る僚を見下ろし、神取はわずかに腰を引いた。きゅうきゅうと不規則に絞り込んでくる内部がたまらなく心地良い。まだ強張りが覆う尻を、振り上げた手で軽く叩く。

「あっ!」

 軽く弾ける衝撃に、僚は瞬間的な緊張に見舞われた。
 可愛らしい声をもっと聞こうと、神取は尻から腿の外側に手を振り下ろした。
 何度も何度も。
 繰り返し叩かれる度に反射で身は引き攣り、意図せず男を咥え込んだ孔が収縮する。

「あ…ひぃ……ああっ」

 腰が抜けてしまいそうな快感に、僚は全身で喘いだ。
 神取は反対の尻も打ちながら、腰を前後させた。

「だめ、……あは、あ、あ、ああ……あぅ」

 僚は咳込むように呻き、激しい責めから逃げるように腰をうねらせた。己が強く欲したものだが、どうしても身体は逃げがちになってしまう。

「ほら、しっかり踏ん張りなさい」
「でも…あぁっ」
「君が欲しがったものだ」

 うっすらと朱色に染まり始めた尻にもう一撃与える。痛い、と僚は泣き声を上げたが、巧みに仮面を使い分けているのは声の響きで分かった。甘えるような声で淫らに喘ぐ様に、ぞくぞくするほどの興奮を味わう。
 神取はしっかりと両手で掴んで押さえ付け、音がするほど厳しく突き込みをくれた。最奥に達する度、僚の口から悲痛な叫びが上がる。濡れた声で応える彼にうっとりと酔い痴れ、神取は背中に覆いかぶさり尚も最奥を穿った。

「も、ぉ……いく…いく――!」

 押さえ込まれ、逃げ場のない中で与えられる度を超えた快楽に、僚はありったけの声を上げて叫んだ。
 男の動きは単調なものであったが、弱い個所を徹底して突いてくる。もやもやと腰の奥でわだかまっていた切ないような快感が一気に膨れ上がり、僚は絶頂へと押し流された。
 きつく四肢を引き攣らせる様子に、達したのを悟った神取は、前に手を回して僚の熱茎を掴み、最後まで搾り取るように扱いた。その間も休まず腰を前後させる。
 ひたひたと尻を打つ小刻みな動きに、僚は泣きながら首を振った。

「やだ…もぉ……手、はなせ」

 ぐすぐすと鼻を鳴らし、自身の性器を扱く男の手を掴む。

「や、やめろ……もうでない!」

 達した後も執拗に扱かれ、つらさのあまり僚は首を振りたくった。過敏になった性器への刺激は拷問にも等しかった。

「そんなことはないだろう?」

 神取は薄く笑い、耳朶に歯を当てた。ぞくぞくと首筋を這う妖しい感覚に僚はああと甘く喘いだ。更に神取は手にした熱茎の先端を指の腹で少し強めに刺激した。

「あぁう……!」

 痛みを訴えるのではなく、明らかに善がっている声だった。

「ほら…まだいい声が出る」

 僚は苦しげにしゃくり上げ、頬に零れた涙を手の甲でぬぐった。
 神取は腰を使って深奥を捏ね回した。

「ああぁ――!」
「言ってごらん……どこがいい?」
「あぁ、あ……おく、おくが……いい!」
「もっと突いてほしい?」
「おねがい……もっと、あぁっ…ほしい」

 もっと突いて。
 もっと、お尻叩いて。
 耳朶にかかる吐息に、僚はぜいぜいと胸を喘がせながら頷いた。
 神取は望み通り何度も何度も、何度も奥を穿った。びくびくと絶え間なくわななく奥を抉じ開け、先端を擦り付け、僚の口から嬌声を紡がせた。

「ああだめ……またいく、いく……いく!」

 瞬間、僚は全身を硬直させた。
 強張りは男のものを咥えた内奥まで届き、きつい絞り込みに神取は軽いめまいを感じた。腰が熱くとろけそうになる。その中で更に押し引きを繰り返すと、何とも言えぬ甘い感覚に包まれた。
 僚がつらそうに呻くのがまたたまらなかった。

「あ、あは、あぁ……」

 休む間もなく何度も絶頂に引き上げられ、身体は疲れ切っていたが、男の与える愛撫に敏感に反応してしまう。感じるところを撫でられると、もっと欲しくなって、またあの、真っ白な瞬間に連れて行ってもらいたくなる。貪欲な自分におののくが、我慢など出来なかった。
 男とでなければ、あの場所へ行けないのだ。
 硬さを失わず、尚も自分を支配する男のものに自然と笑みが込み上げる。もっともっと、自分で感じてほしい、興奮してほしい。
 一滴残らず搾り取ろうとする男の貪欲さに呼吸もままならない。目の前がちかちかと点滅して、意識がぼんやり霞む。それがたまらなく心地良かった。一滴残らず持っていってほしい。自分の中にあるものは、全て男のものだ。自由にしていい、男にはその権利がある。
 だから自分も、男のものを全て欲しがる。男が持って行ったものを取り返して、また与えて、やがてお互いの境界が曖昧になる。

「ああ……」

 一旦引き抜かれる。ぞっとする感覚に呻き、そのままうずくまっていると、男の手によって仰向けに返される。僚はだらしなく手足を投げ出し、全身で息をつきながら男を見上げた。涙が止まらないせいで視界はぼやけ、その表情はぼんやりとしかわからない。支配者の貌が見えないのが悔しくて、睨むように見つめる。

「……はやく」

 気付けばそう呟いていた。男が嬉しげに笑っているのがわかり、自分も嬉しくなる。覆いかぶさってくる熱と重みに、僚はうっとりと笑みを浮かべた。隙間を埋めるように男が入り込んでくる。

「あはぁ……」

 身体の芯がぞくぞくと震え、思わず声が出る。僚はわななきながら受け入れ、苦痛と快楽を与えてくる熱塊によがり、身悶えた。
 力任せにしがみ付いてくる僚を抱き返し、神取は思う存分奥を貪った。彼の腕が、身体全体が熱い。すっかり汗ばんでほてり、激しく血を巡らせているのがわかる。自分がそこまで興奮させたのかと思うと、無性に嬉しくなった。もっともっと自分にのめり込んでほしい。自分が、彼しか見えないのと同じように、自分だけを見ていてほしい。

「ああきもちいい……」

 すすり泣く僚に口付け、舌を絡める。唾液を飲ませ、飲み込んで、飽きもせず接吻に耽る。キスの合間にまた、僚は気持ちいいとうっとり呟いた。自分の方こそ、これ以上の幸せはないと強く抱きしめる。言葉で伝えても尚足りず、神取は全身で表した。それでも、彼がくれるものには及ばなかった。ひどく悲しい気持ちに見舞われたが、抱き返してくる熱い腕に包まれて、救われる。

「愛してるよ……」
「……俺だって、俺だって」

 僚は強い目で男を見据えた。ひどく息が苦しくて、上手く言葉が継げないのが悔しかった。代わりに行動で示す。
 二人は互いに気持ちをぶつけあい、受け取って、どこまでも高めていった。

 

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