Dominance&Submission

いい勝負

 

 

 

 

 

 男の力強い腕が、少年を寝室まで抱いて運ぶ。
 ベッドに静かに横たえられ、僚は首に巻いていた腕を少し緩めて男と顔を見合わせた。
 男の手が、身体の下から引き抜こうと頭に移動する。
 僚はその手を掴んでそこに留め、もう一方の手で引き寄せるようにして唇を重ねた。

「っ……」

 神取は中途半端だった姿勢を直して僚に覆いかぶさると、誘われたキスに応え舌を絡めた。重ねられた彼の手が熱い。それはとても心地良くて、肌に優しさが沁み込んでくるようだった。込み上げる気持ちのまま、頭を撫でる。笑うような息遣いが僚の口から零れ、自分も嬉しくなる。
 神取は積極的な、ともすれば挑発にも受け取れる僚のキスに酔いながら、少しずつ彼の服を脱がせていった。下着を脱がす際、腰を浮かせて手伝ってくれる彼に胸中で感謝する。

「!…」

 足から引き抜こうとしたところで、僚ははっとした顔で頭を揺り動かした。どうやら今の動作は無意識の内だったようで、いつの間にか全裸になっている自分に気付いて驚いたのだ。
 どこか納得のいかぬ複雑な面持ちで見上げてくる僚に、神取は軽く笑んだ。
 楽しげな笑みを寄越してくる男に、僚はさっと目を逸らした。手が、下腹を隠したがってむずむずする。どうにか飲み込んで、ぞんざいにシーツに投げ出す。
 先刻窓辺で、服越しに男のものを感じてからずっと硬いままだったのをすべて暴かれ、頬が熱くなる。初めてではないし、どこもかしこも全て晒して今更だが、男に視線を注がれると、むず痒さに肩が竦む感覚に見舞われる。
 僚はよそを見たまま、つばを飲み込んだ。
 薄く笑い、見下ろしてくる男の冷静さが憎たらしい。
 窓辺では男だってあんなに硬くしていた、自分だけではないのだ。澄ました顔して…暴いてやると僚は体勢を入れ替わり、ベッドに男の肩を押し付けた。
 少し驚いた顔になったが、まだたっぷりの余裕が浮かんでいる。瞬間的に腹が立ったが、それ以上に愛しさが込み上げ、僚は顔を近付けた。男の髪を撫でながら、噛み付く勢いで口付け舌を吸う。背中に回った腕が熱い。嬉しい。乱暴な気持ちはたちまちほどけ、僚は喜びを伝える動きで唇に甘食みを繰り返した。

「ん、ん……」

 男ほど滑らかに出来ない自分の手をもどかしく思いながら、服を脱がせていく。墨色をした滑らかな生地のシャツ、ボタンを一つまた一つと外し、次第に露わになってゆく肌をたどってあちこちに唇を押し付け、舐めて、吸い付く。
 唇が触れる度、男の肌に微かな緊張が走るのが嬉しい。そして楽しかった。よく鍛えられた逞しい身体の感触も楽しかった。自分の貧弱さが時々頭を過ぎるが、うっとり見惚れる方が強かった。この身体を独り占め出来るなんて、と、震えるような歓喜に包まれる。
 ボタンを全て外しはだけさせ、ついに下腹にたどり着く。布の上から手をかぶせるように触れると、明らかに硬いのがわかった。ほらみろと得意げになると同時に、頭の後ろが熱く痺れた。じわっと熱が広がるようだった。
 僚はひと息吸い込み、ベルトを外して下着の奥から男のそれを引っ張り出した。やけどしそうに熱く硬い感触をそっと握り込むと、ぴくりと反応する。自分を圧倒し時に泣かせるものだが、だからこそたまらなく愛しく思えた。
 神取は身を起こし、自分のそれに指を絡める少年に目を細めた。
 僚もまた目を向け、伸び上がって男に顔を寄せた。手はそのままに隣に並ぶように身体を寄り添わせ、口付ける。同時に手にしたそれを緩く上下に扱く。

「……ん」

 口の中で男の舌が微かに震えたのを感じ取り、僚はにんまりと口端を緩めた。もっと喜ばせたくなる。声を出させて震わせて…口の中一杯に男を感じたい。

「は、あ……」

 僚はやや興奮気味に舌を吸うと、顔を離し、その位置で背中を丸め男に奉仕を始めた。扱く手は止めずに、先端に唇を押し付ける。

「………」

 頭上から聞こえる微かなため息にまたにんまりして、僚は舌先で先端をちろちろと舐めた。男の濃い雄の匂いが、鼻の奥まで入り込む。頭の芯を揺さぶり、うっとりさせる馴染んだ匂いに、僚はとろんと目を潤ませた。
 僚は手と舌と唇を使い、時には歯や息遣いも合わせて、咥えた男のそれを丁寧に愛撫した。
 時折口の中で、小さく暴れる事があった。びくびくとそれが身じろぐ時は、男の呼吸も必ず乱れた。自分の技巧で男が喜ぶのが嬉しかった。その一方で、声を出させる目的がまだだと躍起になる。息が乱れるなら、声まであと一歩だ。僚は夢中になって男のものをしゃぶった。

「っ……いいね」

 熱のこもった口淫にうっとりと目を細め、神取はそっと少年の頭を撫でた。真下を向いて顔が見えないのが少し残念だ。綺麗に整った顔を崩して、どれだけ懸命に没頭しているか、想像で埋める。そうするとより一層腰の奥が熱くなり、今にも声が出てしまいそうになった。
 神取は頭を撫でていた手をずらし、肩や背中をさすった。瑞々しい肌はどこを撫でても気持ちよく、病みつきになる。背中を丸めているせいで背骨がよく目立ち、神取は何気なく、数えるようにして指をすべらせた。くすぐったいのか、僚は甘えるような声で身を揺すった。たまらなく可愛い仕草だった。そしてまた、咥えたまま唸る事で喉奥が複雑に動き、先端を刺激されるのが気持ちよかった。
 神取はそれを欲してもう一度繰り返した。望み通りの反応があり、たまらなくて、もう一度背骨をくすぐる。さすがに三度目はないようで、僚は咥えていたものから口を離し言葉で抗議してきた。

「くすぐったいだろ」
「すまん、怒らせたか」
「いや……怒ったわけじゃ」

 神妙な男の声に僚は小刻みに首を振った。口を噤み、手にした男のそれを二度三度扱く。
 気まずい時の手遊びにも似た動きに、神取は無性におかしくなった。たまらなく可愛い。

「お詫びに、こちらを触ろうか」

 神取は手を伸ばし、ちょうど届く僚の後孔に指を這わせた。

「だめっ……」

 途端に僚はびっくりした声を上げ、ぎゅっと身を強張らせた。男の匂いを嗅ぎ取った時から、いや窓辺で男を挑発した時から身体が過敏になっていて、まだ何もされていないのに後ろが疼き、蠢いて、切なくなっていたのだ。そんな時に触られたものだから、つい声が弾けてしまったのだ。
 言葉は反射的なもので、本気でそう思っているのではないと知っている神取だが、あえて少し意地悪をする。

「弄られるのは嫌い?」
「あ……」

 円を描くように揉まれ、僚は熱い吐息をもらした。答えようとするが、気持ちよくて口からは喘ぎしか出せない。
 嫌いじゃない、そう言おうとしたが、それより早く人差し指が中に潜り込んできた。

「あぁ……」

 たちまち甘い痺れが広がり、腰が抜けそうになる。もう喋るどころではなかった。異物はゆっくりと奥へ進み、内襞の具合を探るように蠢いた。内部を柔らかく捏ねられ、僚は熱い吐息をしとどにもらした。
 ぞくぞくっと背筋を這う疼きに浸っていると、頭上から男の声が聞いてきた。

「私にされるのと玩具と、どちらがいい?」

 僚は首を一杯にひねって男の顔を見上げ、このまましてほしいと告げた。

「そう」

 神取はにっこり笑い、後ろの指を引き抜いた。当然ながら僚は抗議の眼差しを向けてきたが、気付かぬ振りで目を逸らし、傍のチェストから真新しいローターを一つ取り出す。

「鷹久、やだ……」

 拒絶の声を軽く流し、神取は当然とばかりに手を伸ばして後孔にあてがった。

「……あっ」

 僚は身じろいで抵抗したが、孔を広げて今にも入り込もうとする玩具のその甘い誘惑に勝てず、形ばかりの抵抗の末受け入れた。
 神取は力が抜けた時を見計らい、指が届く分まで玩具を押し込んだ。眼下で、少年の身体が不規則に震えを放つ。丸めた背中がびくびくと痙攣するのを、楽しげに見つめる。
 神取は指を引き抜くとコードに繋がったコントローラーを掴み、ゆっくりスイッチを入れた。
 僚の背中がまた、引き攣った。

「さあ、続けて」

 内部で微弱な振動を始めた玩具に僚は何度も目を瞬き、ひと息吸い込んだ。刺激はそれほど強くはないが、無視出来るほど弱いものでもない。忙しなく左右に目を動かし、口を開く。

「ん、ん……」

 負けまいと男のものをしゃぶる。苦しくなるほど喉奥まで飲み込み、強く吸う。そのまま竿を唇で扱き、片手はぽってりと重たい睾丸を優しく転がす。くびれの辺りを唇でくすぐると、手の中で性器がぴくぴくと反応した。吸っても吸っても、先走りが滲んでくる。舐め取る度濃い雄の匂いが脳天を直撃し、早くこれで奥を突いてもらいたい、玩具はもういやだと気持ちが強まってゆく。
 しばらくは堪えて口淫を続けるが、切なさは溜まっていくばかりだった。
 自分の唾液でべとべとにした性器から口を外し、僚はわなわなと唇を震わせた。

「おねがい……入れたい」

 首を曲げて見上げ、男に懇願する。
 神取は微笑し、潤んだ目で見上げてくる少年の頭を優しく撫でた。

「私はもう少しこうして遊びたい」

 力を入れたままで疲れたのか、唇が小刻みに震えていた。神取はそっと指で撫で、労わった。この唇にまた自分のものを奥まで突っ込み、蹂躙したい。彼がむせるほど出して、飲ませて、もっと自分のものにしたい。
 僚は唇を引き結び、恨めしそうに見上げた。

「これ……もうやだ」
「これ、とは?」
「……ローター。やだ」

 今にも消え入りそうな声で、僚はぶつけるように言った。
 そうなるように仕向けたのだが、見るからにふてくされた顔が可愛くてたまらないと神取は思った。嗤うように目を細める。嗚呼どうして彼はこんなに苛め甲斐があるのだろう。

「この玩具はお気に召さない?」
「そ、うじゃなくて……」

 わかっているのにわからない振りをする男が憎たらしいと、僚は眼を眇めた。
 強い眼差しをぶつけてくる僚の視線を連れて神取はクローゼットに移動すると、奥のチェストから性具を一つ取り出しベッドに戻った。
 大小の球体が連なるそれを目にした途端、僚は更に顔付きを険しくした。かすれた声で嫌だともらし、首を振る。

「やだ、鷹久」

 うずくまっていた身体を起こし、当然とばかりに肩を抱く男によりはっきりと首を振る。

「仰向けになって、自分で足を抱えるんだ」
 入れやすいように

 僚はきつく眉根を寄せ、男の手にある性具を睨み付けた。それから男の顔に目を移し、嫌だと声をぶつける。
 神取は薄く笑みを浮かべ、言う事を聞かない少年に目を細めた。構わずベッドに押し倒し、先のローターを引き抜いて、アナルビーズを後孔にあてがう。

「やだ……それ、いや」

 僚は抵抗するが、足を掴まれ大きく持ち上げられて、やや強引に埋め込まれる。孔を拡げられる感触のおぞましさに、堪えても声が弾けた。
 神取は内部を傷付けぬよう、ローションの助けを借りて慎重に奥まで進めた。一粒入り込む度、ぞっとするほどなまめかしい喘ぎが僚の口から零れた。一回でも多く聞きたいと、神取はじっくり手を動かした。
 僚は掴む手をほどこうともがいた。しかし、後ろに潜り込む柔らかで凶悪な玩具のせいで思うように力が入らず、無様に震えるしかなかった。
 力が入らないのは、他にも理由があった。
 本気で抵抗するつもりがないからだ。お互いわかっている。いやいや望まぬ状況に持っていかれる、持っていく事にお互い酔い痴れている。わかっている自分は一旦休ませ、互いの役割を正しく果たす為に、支配する者とされる者と仮面を被り、その中で遊ぶ。
 一方的ではなく、二人で等しく場を支配しているのだ。
 それははっきりとした自覚ではなく、無意識の内にある。
 自発と強要の境が曖昧になる。

「あぁ……」

 玩具を根元まで埋め込まれ、僚は悩ましい声で応えた。
 神取は高く持ち上げていた足を腕に抱え、埋め込んだ玩具を軽くひねった。僚は再び、今度は高い声で喘いだ。

「さあ、後ろでいくところを見せてごらん」

 そうしたら欲しいものをあげる。
 僚は探るように男の顔を見つめ、何事か唇を動かした。
 神取は楽しげに口端を緩めた。

「嘘は言わないよ。何が欲しい?」
「あ、ぅ……たかひさ、が」

 男がほしい。
 僚は喘ぎ喘ぎ答えた。

 

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