Dominance&Submission

手を繋いで

 

 

 

 

 

 やっとの思いでマンションにたどり着き、鍵の閉まる音を耳にした途端、僚は全身から急激に力が抜けていくのを感じた。極度の緊張から解放された事で、一瞬意識が遠のく。
 今にも膝から崩れそうになる僚を支え抱え上げると、神取は寝室に向かった。
 優しくベッドに寝かされ、僚は恐る恐る顔を上げた。

「お散歩、よく頑張ったね。えらかったね」

 小さな子供をあやすような物言いも、今の僚には心地良く感じられた。力なく笑みを零す。

「もう…コート脱いでも……」
「ああ、脱がせてあげよう」

 手も満足に動かせない僚の代わりに、神取はコートを脱がしてやった。一つ一つボタンを外し、抱き起こして袖を抜く。それからまたゆっくり、ベッドに横たえてやる。

「下も…取りたい……気持ち悪い……」

 小さな声でそう訴える。
 神取はわずかに首を傾け、何故と問い返した。
 哀しそうに眉を寄せ、僚は口を噤んだ。
 中に吐き出した精液が下肢にまとわりついて、ひどく不快だった。
 しかし、それを口に出すのは躊躇われた。とても言えなかった。言えば、その事でまたからかわれる。
 これ以上恥ずかしい目に逢わされるのはとても耐えられなかった。
 しかし、優しくも残酷な支配者は沈黙を許さなかった。ベッドに腰掛けると、べったりと粘液のまとわりついた部分を上から押さえ付け、撫でる事で更なる不快感を僚に与えた。

「やめっ……!」

 背筋に悪寒が走った。普段なら快感を生む刺激も、今はただおぞましさしか感じられなかった。わずかに腰を浮かせ、尻の奥まで入り込んだ粘液を感じないで済むよう足を突っ張らせる。

「嫌…だ……頼むからっ……!」

 必死に拒む僚の言葉を無視して、神取は尚もその部分を責めた。睾丸の辺りを、揉むように手のひらで押さえ付ける。

「うぁ、あっ……」

 粘ついたいやらしい音が、二人の耳に届く。
 僚は必死になって、掴んだ男の手を引きはがそうとした。しかし抵抗すればするほど、男は執拗に手を動かした。
 僚が答えるまで、離す気はないようだった。

「言う…から…頼む…おねが……」

 そう言っても、男の手は動き続けた。

「何が気持ち悪いのか言えば、やめてあげるよ」

 僚は嫌悪と屈辱に追い詰められながら、必死に答えを口にした。
 神取は満足げに口端を緩めると、約束どおり苛んでいた手を引っ込めた。
 ようやく許されたと安堵する間もなく、貞操帯に手を掛けられ、僚はぎょっとなった。取って欲しいと言ったのではない。取っていいかと聞いただけなのだ。
 許可を得ず動いた事で男の怒りを買う事はないが、その代わり、それを理由に執拗に責められる。それを避ける為に、聞いたのだ。

「取りたいのだろう?」
「そう…だけど……」
「なら、大人しくしていなさい」

 その一言で、動きを封じられる。僚は観念して手を引いた。鎖が外され、貞操帯を脱がされる。
 出来るだけ顔を背け、自分のそこを見ないよう努めた。喉の奥で嗤う、男の声が耳に響く。消えてしまいたい気持ちで一杯だった。
 陰部を覆っていた革が取り外され、萎えた性器が外気に晒される。
 そこは僚の想像したとおり、吐き出した精液によって白く汚れ、思わず目を覆いたくなるほどにいやらしい有り様になっていた。

「こんなに汚れてしまって。かわいそうに。今、綺麗にしてあげるよ」

 言葉と同時に、男は屈み込んで僚のそこに顔を近付けた。

「やめっ…そんなこと――!」

 驚きに身体を硬直させる。そのせいでまだ深奥に残っているローターを強く噛んでしまい、僚は小さく呻きをもらした。
 構わず神取は顔を埋めた。
 信じられない光景に、言葉が半ばで途切れる。

「あぁっ……」

 躊躇いもなく咥えられ、僚は切なげな声を上げてわなないた。
 萎えた性器にまとわりつく白濁した液を、男は丹念に舐め取り拭っていく。
 僚はろくに瞬きも出来ず、その光景をただじっと見つめていた。
 男の舌が、汚れた部分を綺麗に拭っていく。
 申し訳ない気持ちで一杯になる。
 だのに頭のどこかは、ずきずきと痛む罪悪感とは別の興奮を味わっていた。

「んぅ…ん……」

 神取は音を立てて口付けを繰り返し、根元から睾丸にかけ何度も舌を這わせた。
 冷たくなった下腹に這う舌の熱さに、時折僚の身体はびくんと跳ねた。
 縫い止められたように、じっと見つめる。
 知らず内に息は乱れ、それに伴い弄られているそこが変化を見せ始めた。
 男の愛撫にふらふらと頼りなく揺れながら、少しずつ硬さを増していく。僚は目の端を赤く染め、自身の変化に恥じ入る。

「あ……」

 思わず声をもらす。男はゆっくりと顔を上げ、わずかに目を潤ませた僚と視線を絡ませた。
 何かを伝いかけ、僚はぎこちなく瞳を揺らした。

「伏せて、腰を上げて」

 束の間ためらい、僚は言うとおりの姿勢を取った。男の手が片方の尻に添えられる。

「くっ……」

 後方に注がれる視線に耐え切れず、僚は小さく呻きシーツに顔を埋めた。直後、熱くぬめる塊が音を立てて小さな口に触れる。

「あっ……」

 後方を這う舌の感触に、僚は声を抑えられなかった。ため息にも似た鳴き声を上げ、無意識に腰を揺する。申し訳ないと思う気持ちとただ純粋な快楽とがない交ぜになり、何も考えられなくなる。
 刺激によって更に硬さを増した僚の熱塊が、愛撫に悦び不規則に跳ねる。

「くぅ…あ…は……いい、ん……んん……」

 何も考えたくなかった。
 このまま、とろける波の中に沈んでしまいたい。
 いきたい。
 それだけをぼんやりと思い浮かべたと同時に、それまで小さな口の周りに触れていた熱い塊がぐっと内部に入り込んできた。

「!…」

 全身を貫く瞬間的な衝撃に、僚は前方から白液を飛び散らせた。同時に、男の感触がそこから消える。
 僚は崩れるように身体を横たえ、胸を喘がせながら絶頂の余韻に浸った。

「また、汚してしまったね」
「あ……ごめんなさ……」

 身を縮ませ、慌てて詫びる。

「構わないよ。何度でも綺麗にしてあげるから」

 顔を覗き込んでそう囁く男に、僚はかすかに首を振った。

「いやだ…もう……恥ずかしっ……」

 不意に顎を掴まれ、唇を塞がれる。半ばで途切れた言葉は喘ぎに変わり、重ねた唇の端からわずかにもれ落ちた。

「んん…ふっ……」

 荒々しく絡み付く舌に翻弄され、僚は苦しげに息をついた。
 無理な姿勢を取らされているせいで満足に息もつけない僚を、神取は容赦なく追い詰めた。咄嗟に突き出された腕をベッドに押し付け、更に深く貪る。
 目も眩むほどの激しさに、僚は酔い痴れた。
 息苦しいのか快楽なのか分からなくなった刹那、唇が解放される。
 はあはあと胸を喘がせる僚を見下ろし、神取はもう一度唇を寄せた。音を立て、頬に軽く口付ける。

「喉が渇いただろう。今、冷たいものを持ってきてあげるよ」

 そう言うと起き上がり、一旦寝室を出ていった。
 僚はだるそうに身体を起こすと、汚してしまったシーツに小さく顔を歪めた。
 ややあって戻ってきた男は、片方に牛乳のパック、もう一方にスープ皿を持っていた。
 まさか――茫然となる僚に、神取は言った。

「牛乳でいいかな」
「…うん……」

 僚は頷き、まさかと思いながら男の行動を見守る。

「じゃあ、ここへ――」

 スープ皿を床に置き、そこに牛乳を注ぎ入れ神取は言った。

「――犬のように四つん這いになって、好きなだけ飲みなさい」

 男の言葉に、僚は目を見開いた。衝撃の余り呼吸を忘れかける。何を言われたのか一瞬理解出来ず、床に置かれた牛乳と男の顔とを交互に見る。

「ああ、そうだ」

 男は立ち上がると、クローゼットから赤い首輪を取り出した。

「これをした方が、より犬に近くなれるね」

 怒りと羞恥に震える僚に構わず、首輪をはめる。
 信じられないと訴える眼差しをまっすぐ受け止め、神取はにっこりと笑った。

「さあ、おいで。そこに四つん這いになるんだ」

 引かれるまま僚は立ち上がった。しかし、言われて素直に従える姿勢ではない。
 神取は入れ替わりにベッドに腰を下ろすと、途方に暮れて立ち尽くす僚に微笑を向けた。

「僚」

 呼ばれて、肩がびくんと跳ねる。

「四つん這いになって、牛乳を飲むんだ」

 表情を変えず、穏やかな口調で神取は言った。
 視線を逸らし、俯く。
 何度か躊躇いを繰り返し、とうとう僚は床に跪いた。手のひらを皿の傍に寄せ、前屈みになる。
 そのまま顔を牛乳の表面まで近付けるが、どうしても口をつける事は出来なかった。
 視界の端にある男の顔に促され、何度も繰り返すのだが、やはり出来なかった。
 唇を噛む。
 惨めな思いはなかった。
 ただただ恥ずかしくて、許されるなら今すぐ逃げ出したかった。

「…僚」

 男の声が、名前を呼ぶ。僚は力なく首を振った。

「出来ない?」
「出来ない……」
「恥ずかしい?」

 僚はぎこちなく頷いた。
 すると神取は立ち上がり、僚の正面で膝をつくと、両手を差し伸べて顔を仰向かせた。ゆっくり引き寄せ、唇を塞ぐ。

「んっ……」

 先ほどとは違うゆったりとしたうねりが、僚を飲み込んでゆく。口内を優しく舐める男の舌に、僚はとろんと目を潤ませた。始めはぎこちなく、やがてびくびくと身悶えて応える。
 神取は終わりに僚の頭をそっと撫でると、顔を離した。熱っぽく見つめてくる少年にふと笑う。 

「君がそうして恥ずかしそうにしているのを見るのが、何より好きだよ」
「あ……」

 痺れるような悦びが身体中を駆け巡った。目は眩み、はちきれんばかりの昂ぶりに息が出来なくなる。

「ごめん…なさい」

 気付けば、そう呟いていた。

「何故、謝る。何か悪い事をしたのかい?」

 ぎこちなく瞳を揺らし、僚は口を開いた。

「牛乳…飲めない、から…それに……さっき……」
「さっき?」

 僚の言葉を繰り返し、先を促す。

「…勝手に…外で……いった……」
「ああ、そう。そうだったね。私の許可も得ずに、勝手にいってしまった」

 ぞっとするほど美しい貌で男は微笑んだ。
 恐怖と共に、自分でさえも気付かない興奮が僚の心に深く食い込む。

「お仕置きをしないと、いけないね」

 男の手がすっと伸び、優しく髪を撫でる。
 不穏な言葉とは裏腹の優しさに警戒していると、案の定、髪を鷲掴みにされ、僚はひっと息を飲んだ。むしり取ろうとするのではなく、逃さない為に掴まれたので痛みはない。
 僚は跳ね上がった鼓動を必死に鎮めながら、男の動作を見守った。と、掴まれた頭を前に押され、皿の近くまで倒される。
 一瞬抵抗したが、僚は大人しく前屈みになり、無言で命じる男に従った。
 自分から牛乳に口をつけ、犬か猫のように音を立てて舌ですくう。情けなさに全身が熱くのぼせるが、どうしてかそれさえも気持ち良かった。
 みっともない姿を見られているのが、たまらなく気持ち良かった。こんな情けない姿を、他人に晒している。相手は他でもないこの男。それがしようもなく気持ち良い。
 神取は満足そうに口端を緩めると、手を離して立ち上がった。踵を返し、サイドボードの引き出しからシリコン製の黒いあるものを取り出す。
 僚は恐る恐る振り返り、男の手にあるハーネスを見て顔付きを険しくした。

「勝手にいってしまわないように、躾けないとね」

 僚の視線に気付いた神取は、よく見えるように掲げ、いっそ残酷なほど優しくそう言った。
 笑顔のまま歩み寄り、床に這いつくばった僚を引き起こす。

「さあ、おいで。お尻を叩いてあげよう」

 立ち上がった僚の耳元に、囁きを流し込む。
 ぶるりと震え、僚は目を閉じた。

 

 

 

 壁際に寄せた椅子に座る男の前で、僚は顔を真っ赤に染め立ち尽くしていた。
 男の手によってはめられたハーネスは、蜘蛛が捕らえた獲物を抱え込む様に似ていた。何本もの黒い足が胴体に回され、締め付けている。実際に射精を禁ずる事は出来ないが、精神的な服従をもたらすには充分だった。
 これを着けている間は、いってはいけない。もし許可なく粗相をすれば、お仕置きされてしまう。我慢しなくてはいけない…。
 そんなぎりぎりの状態を楽しむ為のものだ。
 効果は既に現れていた。我慢せねばと思うほどに熱は煽られ、硬く反り返って、先端の淡い窪みに雫を浮き上がらせている。
 その様子に満足げに微笑むと、神取は手を伸ばしゆるく握り込んだ。そのまま親指で鈴口を撫で擦る。

「っ…」

 わずかに呻き、僚はびくんと身体を弾ませた。先走りの液に濡れた親指を男が舐める寸前、耐え切れず目を背ける。
 座った男のちょうど目の前に、自身の下腹がある。ハーネスによって際立ったものを凝視される恥ずかしさに、僚は目の端を赤く染め俯いた。隠せば、それを理由にまた責められる。
 あくまでも、優しく。
 男は決して、手荒な真似はしなかった。言葉も動作も、甘く優しい。だからこそ、惹かれるのだ。
 時に恐ろしいと感じる事はあっても。
 恥ずかしさに消えてしまいたいと思う事はあっても。惹きつけて止まない魅力に、虜になる。

「さあおいで。膝の上に、腹ばいになるんだ」

 言葉と同時に手を引かれ、僚はおずおずと身体を乗せた。男の腿に、硬くなった自身のものが触れる。感触は、男にも伝わっているだろう。

「手を前に」

 言われるまま、僚は男に両手を預けた。いつものように、強く拘束される。
 羞恥にため息をつくと同時に、言葉で甘噛みされる。

「言うな……よ……」

 涙で潤んだ声を振り絞り、必死に男の言葉をかき消す。卑猥な言葉を投げかけられひどい屈辱を味わったというのに、どういうわけか、胸が疼いて止まらない。

「!…」

 と、尻に触れる男の手に、僚は身体を強張らせた。

「三十だ。口に出して数えなさい」
「はい……」

 小さく答える。
 不意に神取は喉の奥でくくっと笑った。無防備に晒された尻を撫でながら、屈み込んで耳元に囁く。

「本当は、叩かれるのが好きだろう」

 その言葉に、目の奥がかっと熱くなる。僚は即座に首を振った。

「隠しても無駄だよ。顔を見ればわかる」
「ちがう……」
「違わないよ」

 言葉と同時に手を振り上げ、力を加減して尻を打つ。

「あっ…!」

 高い悲鳴が僚の口から上がる。

「悦んでいる声だ。それは」

 もう一度、尻を叩く。
 違うと言う筈の口からは、甘えるような響きを含んだ悲鳴が零れた。
 僚は必死に首を振った。

「叩かれるのが、本当に好きなんだね」
「ち…ちがう……ちがう」
「嘘を吐かなくてもいい」

 手の跡に朱く染まった尻を優しく撫でながら、神取は言葉を続けた。

「だが、これではお仕置きにならないね」
「よ…よろこんで、なんか……叩かれる…のも……好きじゃ……」

 男の言葉が余程ショックだったのだろう。僚は瞳を潤ませ、途切れ途切れに言葉を紡いだ。

「本当だね」

 問い詰める男にこくりと頷く。

「なら、こうしよう。三十数え終わって、お尻が赤くなる以外何の変化もなかったら、信じてあげるよ」

 そう言いながら、僚に悟られないよう、ポケットからローターのコントローラーをそっと取り出す。

「それでいいね」
「わ…かった」

 気付かずに頷く僚に心の中で密かに微笑み、神取はもう一度三十と数を告げた。

「いくよ」

 僚は身体を強張らせた。力んだ事で、腰の奥のローターが蠢く。ぐっと息を詰めてそれを無視する。
 しかし、次いで起こった刺激に、僚は驚きを隠せなかった。
 突如振動を始めたローターに、情けなく声を上げる。
 己の浅はかさに僚は激しく後悔した。

「やめ…こんなっ……!」

 抗議の声は、尻を打たれる衝撃に半ばで消えた。

「あぅ…ふっ……」

 尻の表面ではじける鋭い衝撃と、長い間埋め込まれていた事で熟れた内部をさらに蹂躙するローターの刺激とに、呼吸も満足に出来なくなる。やめてくれと訴えるはずの口はただ喘ぎだけを紡ぎだし、自分を追い詰める効果しか生まなかった。

「ちゃんと数えなさい、僚」

 叩く手を止めず、男は言った。

「はぅ…く……う…ひと…つ」

 言われてから更に三度打たれた後、ようやく僚は一つ目を口にした。

「ふたつ…うっ……み…つ……」

 何度か拾いそこね、それでもなんとか五つ目まで数えたが、とても最後まで数え切れる自信はなかった。

「も…止めて……頼む…から……」

 やっとの思いで告げる。このまま続けられたら、どうなってしまうか自分でもわからない。
 打たれた瞬間は痛みに飛び上がりそうになるのに、それが和らぐ頃、えもいわれぬ感覚が這い上がってきて妖しい痺れをもたらす。それが、ローターの生み出す快感とあいまって身体中に広がっていくのだ。
 同時にやってくる苦痛と堪え難い快感の波に、僚はぞっとなった。そして後悔した。
 男に嘘を吐いた、罰だ。本当は好きなのに、好きじゃないと言った罰なんだ。
 隠せるはずもないのに。
 男は全て見抜いているのに。

「ごめんなさ……ごめんなさい、嘘…吐いたのは……謝る……から……もっ――」

 涙声で必死に訴える。しかし男は聞き入れなかった。口元に柔らかな笑みを浮かべ、冷酷な言葉を紡ぐ。

「三十数えるまで、手は止めないよ」
「そっ…くぅ…う……」

 一際強く打たれ、僚は男の膝の上でびくんと跳ねた。激しい打撃に耐えかねてぶるぶると身を震わせ、引き攣れた喉で短く息をつく。

「数えなさい、最後まで。でないとお仕置きは終わらないよ」

 僚は諦めて唇を噛んだ。痛みに滲んだ涙で睫毛は濡れ、かすかに震えている。
 神取は密かに笑みを浮かべた。どんなに残酷な命令でも、本当に耐え切れないものでなければ、懸命になって応えようとする僚の姿に感動すら覚える。
 上げる声も、仕草も。
 なにもかもが愛おしい。
 胸の内で、昂ぶりが急速に増していく。

 

 

 

 無残にも、まだらに朱く染まった尻を撫でながら、神取は三十を数えきった僚を優しくいたわった。
 膝の上で、声もなく涙を流し小刻みに震えている。
 それは痛みのせいではなく、強制的に快感を与えられながらも解放を許されない辛さからきているものだった。

「充分、反省できたかな」

 小首を傾げて僚を見下ろし、神取は訊いた。

「ごめ…なさい……」

 苦しい息の下から声を振り絞り、弱々しく答える。何度も数え損ねたせいで、三十を数えるまでに打たれた実際の数は倍近くにまでなっていた。朱く染まった中に点々と濃い赤が散らばり、まだらの模様を見せていた。激しい衝撃に晒されたそこは感覚が鋭くなり、表面を優しく撫でているだけの手にすら敏感に反応する。小刻みに震えを放つその様は、まるで甘えているかのようだった。

「本当に、悪いと思っているんだね?」

 念を押す男に、僚は答えられず口を噤んだ。始める前に告げられた言葉が脳裡を過ぎる。

 三十数え終わって、何の変化もなかったら――

 僚は恨めしそうに男を見上げた。いつの間にかローターのスイッチは切られていたが、それによって煽られた部分は確実に変化を見せていた。ハーネスによってさらに助長され、はちきれんばかりに張り詰め硬くそそり立っている。
 先端から、雫を溢れさせて。

「立ってごらん、僚」

 ぎくりと肩を強張らせ、僚は唇を引き結んだ。
 ここで従わなくとも無理やりに起こされ、結局は追求を免れない。同じ責められるのなら、自分から起きた方がまだましだ。
 心を決めると、僚はぎこちなく手をついて身体を起こし、きつく戒められ、涙を流す己のものを男に晒した。
 それを見て、男は大仰に眉を寄せた。
 やや芝居がかった声で言う。

「これはどういう事かな?」

 下部に手を伸ばし、下から握り込む。

「ん、う……」

 ぱんぱんに膨らんだ部分を強めに握られ、僚はわずかに顔をしかめた。鈍い痛みが内股に走る。
 しかし痛みより何より、恥ずかしさの方が強かった。
 睾丸の根元にがっちりと食い込んだハーネスのせいで、そこは普段と明らかに違う姿を晒していた。見られるだけでも激しい羞恥を感じるというのに、蔑む響きを含んだ声で問われ、僚は消えてしまいたい気持ちで一杯になった。
 不意に視界がぼやける。
 知らず内に涙が浮かんでいた。

「お尻を叩かれてここをこんなにするなんて……」
 なんていやらしい子だろう

 僚の目を見つめたまま、吐息と唇だけでそう綴る。一杯に見開かれた僚の双眸から、涙が溢れる。
 慌てて顔を背け、指先で拭った。強い顔で、必死に涙をこらえる。
 羞恥に必死で耐える僚の姿に、胸が熱く疼くのを止められなかった。表情を見逃すまいとまっすぐ視線を向けたまま、神取は手の中に握り込んだ中心をやわやわと揉みしだいた。

「ん…く……うっ……」

 力はほとんど入れていないが、今の状態ではかなりの苦痛だろう。しかし、僚の口からもれる声は苦痛とは違う響きを含んでいた。

「やめ…たのむから……は、はなして……」

 下部を蹂躙する男から逃れようと腰を引き、それでも執拗に追ってくる手に僚は腰をくねらせた。
「今にもいきそうだね。いきたいかい?」
 下からじっと目を覗き込まれ、僚は辛うじてわかる程かすかに頷いた。
 その応えに神取はくすくすと笑う。
 僚は顔を真っ赤にして俯いた。
 男が笑った理由はわかっている。
 尻を打たれて感じている自分を、嗤ったのだ。

「たのむ…から……も…おねがい」

 力なく男の手を掴み、僚は懇願した。
 これ以上冷静を装っているのは限界だと、神取は密かに首を振った。
 もう、自分を抑えておけない。
 早く彼の中に入りたい。
 それを辛うじて飲み込み、手を離すと、立ち上がりベッドの傍に移動する。

「ここにおいで」

 俯き、不安そうに目を向けて立ち尽くす僚を手招く。
 素足をひたりと踏み出し、僚はおずおずとベッドに近付いた。

「ベッドの上で、四つ這いになるんだ」

 束の間ためらうが、早く解放してもらいたい思いで一杯の僚に、拒む事は出来なかった。
 程よくスプリングのきいたベッドに乗り上げ、まだらに染まり腫れ上がった尻を男に向ける格好で四つ這いになる。
 神取は、恐怖と耐えがたい快感とに打ち震える僚の尻にそっと手を触れると、感触を楽しむかのように優しく撫でさすった。尻から腿の外側、腰の辺りに優しく手を滑らせる。
 触れるか触れないかの絶妙さで這い回る手は、僚にとって拷問に等しかった。

「もっ…嘘は…つかない…から…焦らさな…で……」

 途切れ途切れに訴え、僚は胸を喘がせた。後先考えず、自らの手でハーネスを外し絶頂を求めてしまいそうになるのを必死にこらえ、両の手にぐっとシーツを握り込む。
 目の前で憐れに泣き震える少年にふと笑い、神取は今度は唇で愛撫を始めた。

「や、めて……あぁ……」

 柔らかく肌を滑る感触に僚は掠れた声で喉を震わせ、背後の支配者に許しを乞うた。
 上擦った声は全身を包むようで、神取はうっとりと酔い痴れながら尚もそっと接吻を繰り返した。

「やだ、や……おねがい……」
「やめてほしい?」

 僚はがくがくと首を振った。

「なら、中に入っているものを、手を使わずに出してごらん」

 手を止めず、神取は楽しそうに笑いながら言った。

「!…」

 衝撃を与える男の言葉に僚は息も止まる思いだった。出来ないと言いたかった。しかし、そうしなければ解放されないのなら、従うしかなかった。
 何より、これ以上は我慢出来ない。一時の恥ずかしさを耐えれば、欲しいものが手に入る。
 僚は顔をシーツに埋め、後方に意識を集中した。そして、排泄する時と同じように腹部に力をこめた。

「う…あっ……」

 ぶるぶると唇が震えた。中にある異物を外に押し出そうとしているのだから、実際の排泄と変わりはない。たとえそれが便でなくとも、人前でそういった行為をするのは恥辱以外のなにものでもなかった。
 それに、もし…本当に粗相をしてしまったら。
 頭の中に浮かんだ恐ろしい考えに、僚は思わず鋭い悲鳴を上げた。恐怖に滲んだ涙がシーツに染み込む。

「たか…ひさ……むり…でき…な……」
「出来ないなら、このまま入れるよ。それでも構わないかい?」

 背中をさすりながら、冷酷に言い放つ。
 僚は激しく首を振った。
 神取は自身の前をくつろげると、ベッドに乗り上げ、ゆっくり背中に覆い被さった。

「ひっ……」

 僚は喉を反らせて高く鳴いた。熱く猛った男のものが、背後から性器に擦り付けられる。

「早く…中に入りたいよ。僚」

 耳元に吹き込まれる吐息に、僚は身体をわななかせた。神取は腰を動かし、己のもので二度三度と僚の性器を撫で上げた。

「あぁ、んっ……」

 その度に僚の口から熱い吐息がもれ、反らせた喉が煽情的に震えた。

「く……」

 僚は屈辱に耐え、後孔に力を入れた。脂汗を浮かべ、ピンク色の塊を外に押し出そうと喘ぐ。
 ようやく入口まで降りてきたそれが後孔を押し広げた瞬間、僚の口から切なげなため息がもれ、完全に外に出てしまうまで声が止む事はなかった。
 神取は僚の太股のテープをそっとはがすと、シーツの上にぽとりと落ちた塊ごと床の上に放った。そして、まだわずかに開いて震えている僚のそこに己をあてがうと、力強く腰を突き出した。

「あぁ――!」

 背筋がぞっとするほど甘い声を張り上げ、僚は突き入れられた悦びに全身を震わせた。身体中が痺れ、とろけてしまいそうになる。

「熱いな……」

 柔らかく熟れた内壁が絡み付く感触に、神取はため息をもらした。僚の身体をきつく抱きしめ、半ば強引に根元まで突き入れる。

「う、あぁ…んっ……」

 徐々に奥へと埋められる熱塊の、有無を言わさぬ強い突き上げに、僚は甘い悲鳴を上げて応えた。
 自分の下で苦しげに身悶える身体を、神取は更に強く抱きしめた。しばし動きを止め、自身を包む深奥のかすかな脈動に酔い痴れる。
 苦しいほどの抱擁に、僚は喉を反らせた。

「ま…前を…取って……外し……」

 哀願に神取は片手を下部に伸ばすと、憐れに震える熱塊を手の中に握り込んだ。同時に、止めていた腰を動かす。

「や…あ、あ…あぁっ……あ――!」

 それまでの静止とは一転した激しい抽送に僚は狂ったように声を撒き散らした。
 思うまま僚の身体を揺すりながら、神取は手の中に捕らえた熱塊を弄り始めた。先走りの透明な涎で濡れる先端を、親指の腹で嫌と言うほど舐める。
 もっとも敏感なそこを執拗に責められ、僚はたまらずに男の手首を掴んだ。
 構わず神取はゆるゆると先端を嬲り続けた。同時に後ろから小刻みに突き込む。動きに合わせてもれる僚の切なげな吐息に、しようもなく目が眩む。

「いや…いやだ……もっ…はず…してっ」
「このままでも出せるはずだ。出して構わないよ」
「でも、でも……あぁ」
「ほら、僚…いってごらん」
「やだぁ……!」

 僚は頑なに拒み、絡み付いてくる男の手を引き剥がそうと躍起になった。
 それだけ、自分の命令は絶対だと、守り抜くものだと、態度で叫ぶ。そんな僚の揺るがぬ信頼に心がしようもなく震えた。

「今、外してあげるよ……」

 荒い息を交えて耳元に囁き、激しく突き上げながら留め具に指をかける。

「う…うっ……んん、ん…う……」

 荒々しい抽送に押し殺した呻きで応え、今にも崩れそうになる上体を両手で必死に支える。しかしやがて力は尽き、僚はシーツに顔を埋め短い悲鳴を上げ続けた。何度も外してとお願いする。

「いや…だ……も、あぁっ…おねが……」

 口端から涎を垂らし、高い叫びの合間に僚は訴えた。後方から与えられる快感に身体中が歓喜の悲鳴を上げている。

「やだ……」

 受け止めきれないと意識が霞みかけた瞬間、拘束が外され、同時に激しく扱かれ僚は限界の一歩手前で絶頂を迎えた。

「ああぁ――……!」

 奥底から湧き上がる凄まじいまでの快感に、僚はありったけの声で張り叫んだ。弾ける細かな泡に包まれたような、言葉に出来ない痺れが全身に広がっていく。
 飲み込まれて僚は、無意識に男を咥え込んだそこを強く締め付けた。

「っ……」

 先端から根元までを包む柔らかい肉壁の心地好い圧迫に、神取は喉を鳴らして仰のいた。震えが止められない。
 もっと、もっと鳴いてほしい
 狂うほどに
 組み敷いた身体の強張りが徐々にほどけていくのを待って、神取は一旦己のものを引き抜いた。
 まだ息の荒い僚をそっと仰向けにすると、肩に手を回し抱きしめて口付ける。陶然とした表情で口付けに応える僚にうっとりと目を細め、神取は更に深く口腔を貪った。

「ん、あ…たかひさ……」

 キスの合間に零れた声が、胸を一杯に満たす。
 唇を貪りながら、神取は再び自身を僚の中に飲み込ませた。

「あぁっ……」

 幾分緩んだそこに、男の熱が緩やかな抽送を繰り返しながら入り込んでくる。根元まで埋められる度、僚は喘ぎともつかない甘いため息をもらし身体を震わせた。

「あぁ……きもちい……」
「……いい子だ」

 素直に悦びを表す僚に口元を緩め、神取は徐々に腰の動きを早めていった。

「あ、あ、あ…んっ…あぁ……」

 硬く張り詰め成長した男のものが、内部を奔放に擦り的確に前立腺を責める。目も眩む悦楽に僚は我を忘れて声を上げ続けた。
 小刻みに突き上げながら神取は僚の下部を捕らえ扱いて、更に声を上げさせた。

「あぁ、あ…いく……もっ――」

 眉を寄せ、恥ずかしそうにそう告げる僚に微笑むと、神取は胸元に顔を寄せた。

「や、やだ…あっ……」

 何をされるか分かって拒む僚を無視して、小さな突起に歯を立てる。
 三点を同時に責められ、目の前が一瞬白く染まる。

「ああぁっ!」

 脳天を直撃する強烈な刺激に、僚は身をくねらせながら嬌声を迸らせた。
 いっそ、男を突き飛ばして逃げてしまいたくなるほどの甘い衝撃だった。

「あぁ――!」

 自分でも驚くほど高い悲鳴を張り上げ、白い快楽を飛び散らせる。弾みで涙が零れ、頬を流れた。
 神取はそれを舌で優しく舐め取ると、ついばむような口付けを繰り返しながら尚も僚の下腹を扱いた。

「くうっ……」

 射精直後の、萎えたそこを執拗に擦られ責められる痛みに、僚は苦しげな呻きをもらした。やめてくれと、不自由な身体を揺すり立てる。
 しかし男の手は緩まず、内側を抉る動きも止まる事はなく僚を追い詰めた。
 扱かれる痛みが、前立腺を抉られる快楽によって徐々に消されていく。
 途切れる事無く責め立てられる恐怖と底なしの官能に、僚は半ば混乱した声を上げ男にしがみついた。

「も、やだ…いやだ……」
「いやじゃないだろう?」
「ああぅ…あ、あっ…たかひさ……」
「奥までびくびく震えているね……いいよ、とても」
「あ、あぁっ……おく…だめぇ……」

 泣きじゃくり訴える僚の唇を塞ぎ、神取は握り込んだそれをやわやわと揉みしだく。そうしながら、彼の好きな最奥を執拗に責めた。

「あぁっ……やだぁ!」

 僚は必死にもがいて唇を外し、男の手を掴む。しかし逆に捕らえられ、強引に握らされて、泣きながら首を打ち振った。男の身体を押しやろうともう一方の手で抵抗を試みるが、翻弄されるばかりだった。
 続けざまに送り込まれる度を越えた快感に泣き叫ぶ。

「もっ…だめ、だめ……おかしくなる――!」
「いいから……見せてごらん」
「だめ、くるしい…あ、あぁ…たかひ、さ……」
「大丈夫、ほら……気持ちいいだろう」
「あぁ、うん…いい…きもちい……あぁっ」

 もはや自分が何を口走っているのかさえ分からなかった。
 水の中に沈み、辛うじて息を継いでいるだけのような感覚。
 男の手と唇が触れる箇所は無理やりに繋げられ、全身が、もたらされる淫撫に飲まれてしまったようだった。

「あ、ぁ――」

 射精の瞬間、ぼんやりと霞んでいた意識は急速に引き戻され、神経が焼き切れてしまいそうな衝撃に僚はかすれた声をもらした。

「!…」

 直後、内奥で男の怒漲がどくりと脈打ち、溶けそうに熱い白液が吐き出された。
 不規則に蠢き内壁を打つそれを、僚は半ば無意識に締め付けた。
 気付かぬ内に繋いだ男の手を、強く強く握りしめて。

 

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