Dominance&Submission

望むところだ

 

 

 

 

 

 俯き加減で呟き、僚は服を脱ぎ始めた。間近に支配者の目があるせいか、思ったように手足が動かせない。もたもたしてしまう自分に焦れながら、どうにか下着まで全部脱ぎ去る。

「ここに来なさい」

 膝の上で腹這いになるよう、神取は言い付けた。はい、とかすれた声で頷き、僚が言われた通りの姿勢を取る。彼の手指を傷付けてしまわないようひとまとめに掴んで固定すると、ただでさえ緊張している四肢が更に強張った。触れたところから伝わってくる呼吸は浅く、頬はうっすらと紅潮している。痛みへの恐怖から緊張し呼吸が速まっているのでないのは、一目瞭然だった。心持ち潤んだ目や熱い吐息が物語っている。神取は少なからず興奮した。舌で唇を湿す。
 十回叩くから、声に出して数えなさい。

「いいね」
「……はい」

 僚は喘ぐようにして応えた。喉から出た声はみっともなく震えていた。怖さに委縮してそうなったのではない。昂ぶりからきているものだと自覚し、僚はしゃくるように息を啜った。男の手に掴まれたところが熱い。そう、この拘束から、いや、叩いてほしいと望んだ時からもう、始まっていたのだ。
 男とこのようになってまだほんの数ヶ月で、数えきれないほど行為をしたとは言い難いが、身も心も、すっかり馴染みつつあった。痛め付けられるのは好きでもなんでもない。本当は嫌いだ。けれど男の手だけは特別で、同じようにしながら全く違った痛みを与えてくる。まるで違うものだと教えてくれる。
 素質があると、男は言った。少しばかりの痛みと、きつく支配される事に、悦びを感じる身体。わからないし違うと反発心が生じるが、こうして行為を重ねるごとに、身をもって思い知らされる。いくら抗って突っぱねても、身体が反応してしまうのは変えようもない事実なのだ。
 それでもまだ、反発心は残っていた。
 自分はこんな事、本当には大嫌いだからだ。
 けれどそれを、男は少しずつ塗り替えていった。強引にはぎ取り押し付けるやり方ではなく、少しの痛みとたっぷりの甘さで包み込み、じっくり沁み込むのを待つやり方で辛抱強く教えてくれた。
 その半ばにある身体はこうして、男の膝に裸で腹這いになるだけで、叩かれる痛みに竦みながらもその先にある他では決して味わえない強烈な甘さを思って興奮するまでになった。
 むき出しの尻に平手が振り下ろされる。肉を打つ音に続いて、僚はいちと声を上げた。
 二つ三つと重ねられるにつれ、打たれたところだけでなくその周りも、徐々にじんわり熱を帯びていった。ぴりぴりしたむず痒さの奥から、少しずつ妖しい感覚が込み上げてくるのがわかる。数が増えるにつれ、じっとしていられないほど身体が切なくなる。
 僚は男の膝の上で、もじもじと腰を揺すった。居心地の悪さをそれで振り払おうとしたのだが、動いたことで余計もやもやとした感覚が強まった。意識して息を吸い込む。
 どこがどうおかしくて、どのように変化したのか、してしまったのか、僚は理解した。また、男に見られる、嗤われてしまうと思い浮かべた途端、より強烈な疼きが腰の辺りを熱く覆った。熱く柔らかいものが隙間なくぴったりと張り付くような錯覚に見舞われ、僚は呼吸を引き攣らせた。懸命に声を絞り出し、十回数え切る。

「起きなさい」

 神取は掴んでいた手首を解放した。しかし僚は同じ姿勢のまま身を固くし、ただ浅い呼吸を繰り返すばかりだった。どうしてすぐに動けないのかはわかっていた。口端でそっと笑い、もう一度命じる。ようやく僚は、手をついてのろのろと起き上がり出した。

「お尻を叩かれてどうなったか、見せてごらん」

 僚はぎくしゃくと男に顔を向け、すぐに目を伏せた。そうするとすっかり変化した己の下腹が視界に入る。腹につかんばかりに反り返った自身に息を飲み、慌ててよそへ目を逸らす。

「僚、私に見せなさい」

 ベッドに膝を開いて座り、手は後ろにつくよう指示され、僚は喘ぎながらその通りの姿勢を取った。自分から見せびらかす格好に、羞恥心が募る。そのせいで頬が熱く火照るが、興奮しているのもまた事実だった。
 神取はじっくりと視線を這わせた。彼がしっかり感じ取れるよう、時間をかけて身体の隅々まで見回す。途中僚は何度か、しゃくり上げるように肩で息をついた。頬だけでなく眦までほんのり朱色に染め、恥ずかしさと快感とのせめぎ合いに喘ぐ姿は何とも言えず可愛らしかった。まっすぐ見る事が出来ず、ちらちらと盗み見るように視線を送ってくるのもたまらない。
 神取はクローゼットから赤い枷とローションを手にし、ベッドに戻って僚の手足にそれぞれ枷をはめた。最後に首輪を巻くまで、僚は同じ姿勢のまま空を見つめてじっとしていた。従うものとして的確に空気を読み取る彼に、無性に嬉しくなる。

「さて、どこから苛めてほしい?」

 僚のすぐ横に腰かけ、緊張からしきりに瞬きを繰り返している顔を見つめて微笑む。ぎこちなく瞳が揺れるのをしばし見やり、神取は胸元にたっぷりローションを垂らした。ねっとりとした透明な液体が滴った瞬間、僚の腹がびくりと反応する。同時に下腹のそれも揺れるのを見て、神取は小さく笑った。
 意識して目を合わせないようにしていた僚だが、視界の端に嗤う支配者を見て取り、泣きそうに眉根を寄せる。直後男の手が胸に伸ばされ、また身体が揺れる。
 胸からへそへ、その下へ、男の大きな手がまんべんなくローションを塗り広げる。指先がいいところをかすめる度、僚は甘い吐息を唇から零した。堪えようとするのだが、鋭敏になった肌はただ撫でられるだけでも堪え難く、それが感じる箇所になれば尚更で、とても口を閉じてはおけなかった。
 反応を楽しみながら、神取はじっくり身体を撫でさすった。同時に肩口に繰り返しついばむように口付ける。

「ん、んっ……」

 熱く柔らかい唇が触れる度、僚は微かにため息を零して応えた。ほんのりむず痒くて、肌に沁みるようなそれが嬉しくて口端が緩む。
 神取はじっくりと僚の身体を眺めた。

「全部、よく見えるよ」

 窄まった孔も、足の間で硬くなったそれも、尖ってきた乳首も。

「さあ、どこに触ってほしい?」

 神取は薄く笑い、戯れに指先で乳首を転がした。あ、と淡い吐息を零す唇を塞ぎ、すぐに応えてくる舌を絡め取る。

「んむ……ん、ん、んんぅ……」

 キスしたまま、後ろから抱くように肩に腕を回し、もう一方の手で乳首と性器をかわるがわる愛撫する。肩を抱いた手は、腕や首筋、頬を撫で、脇腹をくすぐっては彼を悶えさせ、また悦ばせた。触れるか触れないかの微妙さで腰の辺りを指先でくすぐると、彼はより感じて可愛らしい声をもらした。乳首を摘まむと恥ずかしそうに肩を竦め、そのまま弄り続けると、困ったように眉根を寄せて甘く喘ぐ。

「あっ、あぁ……鷹久」
「君の好きなところだね」

 聞かれて僚はほんのり頬を染め、ごくわずかに頷いた。
 どの反応も、神取は気に入っていた。どこを触っても敏感に応えてくれる彼の身体が好きでたまらない。可愛い声も、震える睫毛も。
 汗ばんでくるにつれ、彼特有のうっとりするような甘い匂いが立ち上ってくる。
 神取は首筋に顔を埋め、淡い声で応えるのを愉しみながら唇でついばむキスを繰り返した。くすぐったさに、僚は反射的に首を振った。嫌ではないが、どうしても身体が動いてしまうのだ。知っている神取は小さく笑って、同じ愛撫を続けた。

「あ、あぁっ…あ、やだ……んん」

 上ずった嬌声にうっとり聞き惚れる。たっぷり聞いて顔を離し、正面に移って足の間に手を伸ばす。

「あ……」

 寸前、僚は小さく声をもらした。身体がびくりと反応する。合わせて性器がゆらりと動いた。それを、男は手の中に捕らえた。どこまでも優しく、柔らかく。男の大きな手に包み込まれる自身の性器を、震える眼差しで見つめる。足を閉じて拒みたい気持ちと、自ら突き出してもっとねだりたい衝動とがせめぎ合い、僚は何度も胸を喘がせた。
 神取はもう片方の手を窄まりに向け、表面を指先で優しく揉んだ。

「んっ……そこ」

 物欲しそうに腰を揺らす僚に口端を緩め、指にローションを塗り付けて中に埋め込む。

「ん、んんん……く」

 たっぷりのローションに濡れた手が、硬く成長した性器をにちゃにちゃと扱く。後ろに潜り込んだ指は内側から性器を刺激するようにくねり、二ヶ所から送り込まれる強烈な快感に僚は喉の奥で呻いた。
 神取は手にした性器に隅々までローションを塗り付けるように手指を動かし、特に反応のいいくびれや先端を執拗に愛撫した。

「あっ……くぅ、う」

 反り返って張った筋を人差し指でなぞられ、僚はびくびくと腰を引き攣らせた。神取は面白がって、上から下へ、また上へ、どこが一番いい声が出るかを確かめようとするかのように、何度も何度も繰り返した。

「や、だ……あぁ」

 僚は胸に顔を埋めるように俯き、癖のある黒髪を振り乱して呻いた。自分の口から零れる甘ったるい喘ぎが恥ずかしいのだが、堪えようと噤んでも、男に前を扱かれると、あるいは中の指を動かされると、たちまちほどけて零れてしまう。反応を面白がって嗤う男が憎らしくて抵抗するも、やすやすと突き破られ、悔しさが溜まっていく。しかしその胸に溜まる悔しさすら、今の僚には快感を生む火種であった。男にいいように遊ばれる事が悔しい。悔しいが、そうやって夢中になってもらえるのが嬉しい。自分の身体を、もっと好きになってもらいたい。自分の身体で、もっと遊んでもらいたい。
 もっともっと、自分を支配してほしい。
 頭の片隅、無意識のぎりぎりでぼんやり思い浮かべ、喘ぎを噛み殺す。
 神取は性器と乳首を交互に弄って愉しんだ。どちらかに刺激を与え、僚が恥じ入りながらももっと欲しいと素振りを見せたところで向こうに移り、そこでも堪えるより喘ぐ方が多くなったところで、また向こうに移る。そんな事を繰り返して、もどかしそうに腰を揺すらせた。
 やがて思惑通り、もやもやとした切なさを我慢しきれなくなった僚は、しきりに右手を動かす素振りを見せた。完全にシーツから手を放すまではいかないが、まっすぐ突っ張らせていた肘から力を抜くのが見て取れた。もぞもぞと身じろいでいるのは、自分で触りたいからだ。中途半端に煽られて、最後までいけないつらさに蝕まれ、自分で触っていきたくてたまらなくなっているのだ。
 指を咥えている後孔が、じれったそうに何度も噛み付いてくるのを無視して、神取はいつまでも中指だけで弄り続けた。そうだった、ここにも、もっと強い刺激が欲しい事だろう。最中にあんなにいい顔をする彼が、これだけで満足するなんてありえないことだ。
 つまり今の彼は、身体中どこもかしこも物足りなくて切ない状態にある。

「動いたら終わりにするよ」

 わかっていて神取は、あえて冷たい声を出した。しかし表情は声ほど装えなかった。楽しくてたまらない気持ちが筒抜けになっている事だろう。
 僚の目には、冴え冴えとした美しい支配者の貌が移っていた。たまらなく泣きたくなり、きつく眉根を寄せる。このままで耐えるのはつらくてたまらないのに、もうほんの少しも我慢出来ないのに、男の言葉一つで縛り付けられる自分が惨めで、そしてひどく心地良かった。複雑な心の動きは震えとなって身体を覆った。

「終わりにするかい?」
「……いや」
 もっとして

 震えながら、僚は濡れた声で訴えた。

「こんなにたくさん触っているのに、まだ足りない?」

 呆れたような男のため息に背筋がぞっと冷えるのを感じた。しかしその奥底から、ちらちらと目も眩むような妖しい官能が沸き起こり、腰の深いところを炙った。また震えを放つ。

「だ…て」

 じっとしていられず、僚は腰をうねらせる。疼きは収まるどころかますます強まり悩ませた。
 力強く抱かれる快感を教え込まれ、きつく支配される悦びを教え込まれ、身も心も馴染みつつある今、もっと激しいものが欲しくなって当然だ。
 自分好みに育ちつつある僚を胸の内でそっと喜び、神取は耳元に囁いた。

「なら、何が欲しいか言ってごらん」
「鷹久の……鷹久に、入れてもらいたい」
「私の、なに?」

 卑語を避ける僚にあえて意地悪を仕掛ける。そのものの言葉が聞きたいわけではない。彼の、泣きそうな顔が可愛くて、つい追い詰めてしまいたくなるのだ。なんて嫌な奴だろう。

「鷹久の……大きいの」

 僚は真っ赤な顔で喘ぎ喘ぎ言った。
 代わりにその言葉を選んだかと、少しおかしくなる。たまらなく愛しさが込み上げる。

「た、たかひさ……」

 僚は何度も喘いだ。しようもなく恥ずかしかったが、一度口にするともう止まらなかった。衝動のまま次々紡ぐ。

「たかひさの、熱い…硬いので、奥を突いてほしい……たくさん、ほしい」頭が真っ白になるくらい、されたい「何してもいいから……おねがい」

 ここに入れてくれと、僚は腰を浮かせてねだった。濡れた目、息は乱れて、ひどくつらそうだった。まっすぐに向かってくる眼差しは強烈に自分を引き付けてやまない。神取は力に逆らわず、唇を塞いだ。そのまま、僚の身体を抱きしめて支え寝かせる。
 同じ姿勢を強いた手首をさすり労わると、僚はとろんと目を潤ませ、嬉しげに微笑んだ。

 

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