Dominance&Submission

特別席

 

 

 

 

 

 男の腕の中で、僚は「ああ」と後悔のため息をもらした。目の端でそっと窺うと、支配者はとても愉しげに唇を緩めていた。
 先ほどと同じように椅子に手をつく格好になり、背後からの始まりの声に僚は頷いた。声がみっともないほど震えた。尻にひたりと当てられた鞭に、早くも涙が滲む。
 二度目の今回は二十回鞭で打つと、神取は背中に言葉を投げかけた。
 弱々しい返事が返ってくる。
 緊張から強張った背骨が、時折痙攣めいた動きを見せる。しっとり汗ばみ光る肌や、まばらに朱色に染まった尻、過剰に踏ん張っているのが見て取れる足にそれぞれ視線を這わせ、神取は鞭を構えた。
 咥えた玩具の存在をより味わえるように、特に力んでいる箇所に狙いを定めて鞭を振るう。悲鳴交じりの声に、神取はうっとりと目を細めた。傷付ける為でなく鞭を振るうのは、嗚呼なんて愉しいのだろう。
 決して溺れきってしまわぬよう己を制し、神取は当てる位置を変えながら鞭打った。段々と彼の尻が好みの色に染まっていく。
 僚に異変が起きたのは、丁度十回の声が上がった時だった。
 数えると同時にがくがくっと頭を反らせ、全身を引き攣らせてしばし硬直し、その後ぜいぜいと激しく喘ぎ始めた。椅子に縋るようにしてしゃがみ込み、啜るような呼吸を繰り返す僚の姿に、神取は何が起こったのか察した。
 後ろに倒れて頭を打ってしまわないよう肩を支え、ゆっくり立ち上がらせる。肩越しに見やる彼の下腹はまだきつく勃起したままで、辺りには吐き出した痕跡はなかった。射精なしの、腰の奥での絶頂を迎えた僚は、自らの反応が信じられないと云いたげに唇をわななかせ、縋るように男を見た。

「そう、僚はこうされるのが好きだったね。これではお仕置きにならないが…仕方ない」

 支配者の貌でにやりと嗤う男に、僚は曖昧に首を振った。はっきり否定しきれないのだ。初めての時も、平手で尻を叩かれ感じてしまった。今や、鞭の痛みさえも玩具があれば覆せる身体になってしまった、痛みすらも快感として受け取る身体になってしまったのだ。

「さあ、ここに手をついて」

 二十まで数えるんだ。
 神取は鞭を振り上げた。しかし当然ながら、僚の口から声は上がらなかった。絶頂の余韻はもちろん、痛みと快感がないまぜになった衝撃に達した自分に呆然として、思考が千々に乱れてしまっていた。言われた通りの姿勢で鞭を受けるが、尻で弾ける衝撃が痛いのか熱いのか、それとも冷たいのか、判別がつかない。

「数えなさい。でないと、いつまでも終わらない」

 鼓膜を震わす冴えた声に僚ははっと我に返った。直後鞭を受け、おどおどと声を上げる。

「い、いち……」

 神取は目を瞬いた。混乱から、数を忘れてしまったようだ。あるいは、中断した事で始めからと思ったのか。口端を持ち上げ、それならばと力を調整して鞭を振るう。
 あと半分というところで、またも僚は背筋を引き攣らせた。立っていられないほど萎えた膝をがくがくと震わせながら、どうにか立位を保とうとあがく。
 神取は一旦鞭を下ろし、傍に歩み寄った。まだふらついておぼつかない僚の肩を支え、うっすらとスモモ色に染まった尻にそっと触れる。いくら調整しているとはいえ、まるで痛みがないわけではない。僚の肩がびくりと強張る。当然だと、神取は労わる手付きで慎重に撫でた。顔を見ると、頬に幾筋も涙を零していた。尻は熱を帯びているが、どの痕もひどく肌を痛めてはいない。
 胸元にまで零れた涙を丁寧に拭い、汗ばんだ肌を拭い、神取は彼の呼吸が整うのを待って口を開いた。

「あと十回だ」

 声をかけると、僚は鼻を啜りながら何度も頷いた。ちゃんと最後まで数えきれる、そう訴える力強い動きに神取は嬉しげに頬を緩めた。
「僚はいい子だね。とても、苛め甲斐があるよ」
 少し恨めしそうな目が向けられる。けれど唇は、笑おうとしていた。喜ぼうとしているのを読み取り、神取はますます愛しさを募らせた。

「さあ、もう少し頑張りなさい」

 はいと喉の奥で呻き、僚は促す手に従って座面に手をつく格好になった。
 神取は数歩下がると、色の薄い箇所を埋めるように鞭を振るった。
 残りあと一回というところで、僚は三度射精なしの絶頂を迎えた。神取はより強烈に感覚を刻み込もうと、数える声が上がらないのも構わずに連続して何度も鞭を当てた。
 悲痛な叫びを上げ、僚は首を振りたくった。しかし、絶え間なく襲いくる冷たいような熱いような衝撃は決してつらいものではなく、どこまでも身体を昂らせる妖しい感覚であった。それがとても恐ろしく、またとろけるように心地良かった。
 ふと気づくと、硬く反り返った先端から、熱いものがたらたら流れ出る感触があった。先走りに少し白いものが混じっているように見え、僚はおこりのように身体を震わせた。
 神取は鞭を置き、立っているのもやっとの僚を後ろからしっかり抱きしめてやった。男の力強い腕に包まれ、僚は必死に足を踏ん張った。

「そうだ、しっかり立ちなさい。まだ終わっていない」

 神取は手枷を背面で繋ぎながら言った。後ろ手に鞭を握らされ、しくしくと泣きながら僚は首を振った。
 神取は自分にもたれさせるように抱きしめ、身体の前面を撫でながらにやりと笑った。

「君がいけたら、開放してあげよう」

 甘食みする硬い歯の感触、くすぐってくる吐息と優しい低音に、僚は恍惚の表情でぶるぶると震えた。身体の前面をくまなく動き回る手が、絶頂へと身体を押し上げる。とろけてしまいそうな愛撫に僚は引き攣った悲鳴を何度も迸らせた。下腹を扱かれ段々と腰の後ろが熱くなってゆく。たまらずに左右の足を踏みしめると、動きは内部にまで伝わり、容易に想像出来るほど玩具がうねって転がる。感じるところをあまさず刺激され、もう我慢出来ないと僚は低い呻きをもらし続けた。

「い……いく」
「いいよ。いくところを見せてごらん」

 首筋にねっとり舌を這わせ、神取はより激しく性器を嬲った。

「いく…ああ、い――!」

 腰をびくびくと痙攣させながら、僚は白液を放った。狭い器官を、熱いものがどくどくと駆け抜ける感触に身体の震えが止まらない。大きく仰け反り、数秒硬直した後、僚は全身の力を抜いた。もう、立っていられなかった。
 腰が抜けたように脱力する僚の身体を一旦床に寝かせ、神取は鞭や拘束から解放した。僚はただ激しく喘ぐばかりで、されるがままに手足を投げ出していた。すっかり力が抜けてしまったように思えたが、背中に腕を差し込むようにして男が抱きしめると、僚も同じように背を抱き、しっかりしがみ付いた。

 

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