Dominance&Submission

特別席

 

 

 

 

 

 神取は窓辺の椅子を運び、僚と鏡の間に置いた。僚の手にある鞭を椅子に置き、後ろ手の枷を前で繋ぎ直すと、鞭を取り先端の舌で座面を示した。

「そこに手をつきなさい」
「……はい」

 僚は、腕と腹で背もたれを挟むようにして前屈みになり、言われた通りの格好になった。

「何故お仕置きされるか、言いなさい」
「言い付け……守れなかった……」
「私は、どうしろと言った?」
「玩具、を……落とさないように」
「それで、君はどうした?」
「守れなくて、……落とした」
「そうだ。その罰として十回鞭で打つ。数えなさい」
「……はい」

 椅子の座面と床を曖昧に見つめ、僚は言葉を絞り出した。男が背後に回る気配に、呼吸がおぼつかなくなる。意識して吸い込むが、今から与えられる痛みを思うとどうしても上手く呼吸が出来なかった。
 鞭が尻に当てられ、ただそれだけで僚は全身を強張らせた。まだだ、これから始めるという合図だ。どっと噴き出した汗を不快に思いながら、僚は身構えた。
 ひゅんと空を切る音がして、尻で衝撃が弾けた。

「いちっ……」

 僚は息を詰めて数えた。決して傷付けず、痕を残さない男の鞭だが、最中は切り裂かれるような痛みを味わう。いつも、半分もいかない内に我慢しきれず涙が滲んで、時には零れてしまう事もあった。お仕置きに尻を鞭で打たれるという屈辱のせいもあった。単純に怖くもあった。
 今日は零すまいと、数える度に歯を食いしばり、僚は頭を揺らした。その時、視界にちらりと鏡に映る自分が見えた。鞭で打たれてどんな風に顔が歪むか、悲鳴を上げる時はどんな顔をするか、全て映し出されているのに気付き、慌てて俯く。しかし、見えたものを無かった事にするのは難しかった。
 目にしたのはほんの一瞬だったが、笑っている…悦んでいるように見え、僚は自分におののいた。
 八回目の痛みが身を襲う。反射的に『はち』と口にする。しかし、激しい混乱のせいか痛みは麻痺していた。そんな馬鹿なと否定するので頭が一杯で、一時的に鞭の痛みが遠ざかる。
 九回目の鞭で、感覚は舞い戻った。決して起こらないが、絶妙にコントロールされた力加減がそう思わせるのか、皮膚が裂けた錯覚に見舞われ、僚は足を何度も踏みしめて痛みに悶えた。
 同じ個所に最後の一打が重ねられ、叫ぶようにして数える。
 泣くまいと決心したのも忘れて、僚はほろりと涙を零した。
 神取は鞭を置くと、ぐすぐすと鼻を鳴らす僚を抱き起こし、零れた涙を丁寧に拭ってやった。僚は気まずそうに目を逸らし、一気にやってきた羞恥心に肩を竦めた。けれど、肩を抱くようにして支える手の暖かさ、よく我慢出来たと優しくあやしながら涙を拭う男の声を聞くと、不思議と痛みも恥ずかしさも薄らいでゆくのだ。甘えるように頬をすり寄せ、しゃくり上げる。

「ほら、もう泣き止んだかな」
「ん……」

 小さな子供に言うようにされるのは堪えるが、それもまた心地良かった。僚は喉の奥で小さく応えた。

「では続きをしようか」

 神取は再び後ろ手に繋いで鞭を持たせると、姿見に全身が映るよう椅子を退けた。泣いたせいで少し赤くなった頬、喉元までうっすらと色付いている身体、そして、あれほど痛みを味わわされても尚萎えずに天を突く下腹。それらが全て映し出され、僚は慌てて顔を俯けた。
 うろたえる少年の様子に満足げに笑み、神取はじっと視線を注いだ。
 すぐ傍から突き刺さる男の視線は、僚の全身をより鋭敏にさせた。そのせいか、ちょっとの動きにも飛び上がるほど反応し、顔を跳ね上げる。
 鼻先にまた別の玩具がかざされ、僚はおどおどと目を揺らした。

「これなら、しっかり咥えていられるかな」

 そう言って神取は、先程よりひと回り大きなそれを僚の後孔に埋め込んだ。
 落としてはいけない
 動いてはいけない
 言い付けを重ね、ほんのり朱に染まった頬に唇を寄せる。そっと尻に手を当てる。過敏になった肌に触れられ。僚は身を竦ませた。
 神取は触れた時と同じように慎重に手を離した。

「ひどく痛むか?」

 わずかな間を置いて、僚は首を振った。むきになって否定するような、小刻みな動きに、神取は口端を緩めた。ベッドサイドに用意していた小さなボトルの中身をたっぷり手のひらに垂らし、胸から腹にかけて撫で回す。始めは性器を避けて、その左右にまんべんなく塗り付ける。
 触れそうで触れない男の手に、僚はじれったそうにもじもじと腰を蠢かせた。意地悪な手がようやくそこに触れてきた時、思わず安堵のため息をもらす。ゆるゆると上ってくる指に素直に感じ、腰をくねらせる。そうすると内部に咥えた玩具が複雑に蠢いて、より僚を悩ませた。
 ひりひりと痛みを放っていた尻も今は落ち着き、むず痒さに包まれている。今度の玩具はしっかり孔にはまって抜け落ちる事はないが、中途半端でじれったいのは変わりなかった。
 浅ましいと頭でわかっても、締め付けて自ら貪るのを止められない。
 ぬるつく指で乳首を弄られると特にたまらなくなって、前を扱く手に合わせて腰を揺すり、力んで、快感を得ようとする。けれどどうあがいても切ない感覚が溜まってゆくばかりで、それならじっとしている方がいいのだろうが、動かずにはいられなかった。後ろに埋め込まれた玩具と、性器や乳首を弄って動き回る男の十本の指に翻弄され、僚は熱いため息とともに次第に前屈みになっていった。

「まっすぐ立ちなさい」
「!…はい」

 少し強めに乳首を抓られ、僚はびくりと肩を弾ませた。ローションまみれの性器を扱かれるのがたまらない。逆手に緩く包まれ、にちゃにちゃと卑猥な音を立てて左右にひねられると、身体がとろけそうになる。
 僚は素直に口に乗せた。

「ああたかひさ……きもちいい」
「どこがどんな風に?」
「あっ…あ」
「口で言いなさい。教えて、僚」

 どこがどれほど感じているか、そのせいでどうなっているか、細かく言うよう神取は誘導する。僚は震える唇で言葉を紡ぎ、先端からいやらしい涎を垂らしている事まで男に教えた。

「そうだね。そのせいで、私の手もすっかりぬるぬるになっている」

 嗤う声が鼓膜を犯す。恥ずかしさに全身が熱くなる。しかしそれすらも気持ち良くて、時折腰が痙攣めいた引き攣れを起こす。膝もがくがくと震え、今にも崩れそうになる。はっとなって踏ん張るが、男の巧みな手淫にすぐ溺れてしまう。頭の芯がぼうっと霞んで何もわからなくなる。ただ口から忙しなく喘ぎをもらすばかりになる。
 あと少しでいきそうだと、僚はうっとり浸った。

「あ、あ、あぁ……あっ」

 一瞬、身体がふわっと浮いたように錯覚する。
 そこではっと我に返るが、すっかり膝は萎えてしまっていた。今にも倒れそうになり慌てて踏ん張る。神取も即座に支える。足を一歩踏み出して倒れる事は免れたが、動いてはいけないという言い付けを破ってしまった。

 

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