Dominance&Submission

特別席

 

 

 

 

 

 寝室のベッドに並んで腰かけ、神取はゆっくり顔を寄せた。唇が触れる寸前息を飲み、僚は目を閉じて浸った。顎に触れていた手が肩に移る。腕や背中を優しく撫で、丁寧に慈しんでくる男の手に、口内をゆっくり巡る舌に、僚はわずかに息を乱した。
 接吻したまま、神取は身体を支えそっとベッドに寝かせた。
 背中に直接シーツが触れて、僚はそこで初めて服が脱がされているのに気付いた。身体を撫でてくれる手にうっとりしていただけなのに、いつの間にと困惑の瞬きを繰り返す。男の手は、よどみなく下衣を脱がせにかかる。一度は意識がそちらへ戻った僚だが、男の続けるキスにすぐ酔わされ、腰を浮かせて手伝うだとか、そういったものを考える事さえなくただされるがままに身を預け、全裸になった。
 今更男に、素っ裸を見せるのが恥ずかしいといった事はない。自分では見るのが難しい箇所にあるほくろの数や、更には孔の中まで覗かれている。といって羞恥心を完全に手放したというわけではない。
 男の顔が離れ、頬に手が添えられる。僚は小さく息を飲んだ。
 長いキスのせいか、目が少し潤んでいるのを、神取は嬉しそうに見つめた。潤んだ目を何度も瞬かせて熱心に見つめてくる彼がとても愛しい。気持ちを込めて頬に触れる。
 僚はおずおずとその手に触れた。
 神取は、その手を自分の首に回させ、もう片方の手も取って自分にしがみつかせると、自らも背中に腕を回し、抱き起こした。更に導いてベッドの傍に立たせ、鏡のついたクローゼットの扉まで連れてゆく。
 全身が映る鏡の前に立たされた僚は、入浴時の防湿鏡とはまるで違う姿をした自分に、小さく顔を歪めた。
 顔を俯け、その姿勢でちらちらと自分の様子を伺う僚に口端で笑い、神取は取り出した赤い枷を一つひとつはめていった。
 彼を従う者に変える時間を、ゆっくりと行う。
 最後に首輪をつけ、神取は再び鏡を見やった。すっかり表情は緩み、ある一部が変化して、肩で息をしている僚に満足して嗤う。
 身体のあちこちに感じる硬い革の感触に、僚は息を乱した。何とか落ち着かせようとするのだが、枷の重みや革の匂いを無視する事は難しく、従う者に変わった自分を自覚するほどに呼吸は危うくなっていった。
 意識して吸い込んでいた息が、一瞬止まる。男の手が、黒い乗馬鞭を握ったのだ。気付けば頬が引き攣っていた。なんてひどい顔だと鏡に慄くが、元に戻すのはひどく難しかった。

「寒くはないか」

 男の手が、むき出しの肩に触れる。僚は過剰に弾ませ、平気だとすぐに首を振った。
 神取は微笑し、強張った頬をゆっくり撫でてやった。
 じわりと沁み込んでくる手のひらの暖かさに、何故だか涙が滲んだ。

「まだ、これからだよ僚」

 神取は両手を後ろに回させて枷同士繋ぎ合わせると、その手に乗馬鞭を握らせまっすぐ立っているよう言い付けた。

「はい……っ!」

 喉から返事を絞り出すと同時に目の前に小さな性具をかざされ、僚は思わず顎を引いた。

「驚かせて済まない。君に入れてあげようと思って」

 言葉と同時に尻をぐいと割り開き、細長い異物をゆっくりと押し込む。
 僚は複雑な顔になった。はっきりと圧迫感がある程大きなものではないが、まるきり無視するのも難しい大きさ。言ってしまえば、物足りない大きさだ。
 指先程度残して埋め込み、神取は口を開いた。
 落としてはいけない。
 動いてはいけない。

「言い付けを守れなかったら、お仕置きだよ。いいね」
「……はい」

 僚は後ろ手の鞭をぎゅっと握りしめ、傍に立つ男に鏡越しに頷いた。

「いい返事だ」

 神取は自分の方に顔を向けさせると、唇を重ねた。僚はうっすらと口を開いて受け入れ、入り込んできた舌に吸い付いた。口の中で力強く動く男の舌に、僚は恍惚とした表情で浸った。舌を吸い、唾液を飲み込んで、キスに没頭する。

「声は我慢しなくていい」
「……ん」

 喉の奥で応える。途端に全身がかっと熱くなるのを感じた。男の舌は奔放に動いて、感じるところをあまさず舐ってくる。その度に身体が疼き、反射的に力がこもる。物足りなさを感じる性具を締め付ける自分の反応に、僚は背骨を小刻みに震わせた。
 神取はゆっくり口内を貪りながら、肩を抱くようにして腕を回し、若い肌にあちこち手のひらをすべらせた。腕も脇腹も尻も、どこも弾力があっていい手触り。ほんの指先で触れ、産毛をなぞるようにして動かすと、くすぐったさからか僚は肩を竦めるようにして震えた。いくらか息が乱れるのを神取は面白そうに眺め、繰り返し指先でなぞった。

「ん、う……」

 僚はごくりと唾を飲み込んだ。丸裸にされ、拘束されての愛撫に身体が興奮していくのが、手に取るようにわかる。向かい合う鏡を見たくはないが、目を逸らしても引っ張られるようにして意識がいってしまい、ちらちらと断続的に自分を見続けた。
 自分は丸裸で、男はきちんと服を着込んでいて、落差がくらくらと目眩になって襲いくる。赤い枷に首輪までつけた格好はひどく淫らで、ひどく惨めで、足元から凍り付くような恥ずかしさとこの上ない興奮とをかき立てた。昂りは肌の上を滑って、感じる箇所目掛けて突き進む。
 目に見えてわかるほど変化した胸の突起に、神取は口の端で緩く笑った。ちらちらと鏡を窺っている僚も、とっくに気付いている事だろう。からかいを込めて、神取はその周りをくるくると指でなぞった。
 たちまち泣きそうに眉根を寄せ、僚は忙しなく息を啜った。

「あ、あ……」
「どうしてほしい?」

 自分の手元を見やり、それから鏡の中の僚に顔を向け、神取は問いかけた。
 僚はびくびく震えながら目を向け、絞り出すように言った。

「あ…さわって……」
「どんな風に?」

 どうされるのが好きか、全て口に出すよう神取は促した。
 快楽を得る為に男を誘導しなければならないとわかり、僚はますます顔を歪めた。

「言ってごらん。どんな事でも、君の言うとおりにしてあげよう」

 耳元でゆっくり紡がれる甘い低音に、ああ、とため息をもらし、僚は震える唇を開いた。

「ゆ、指で…つまんで……引っ張られるのが……すき」

 神取は二本の指でそっと挟むと、瞬間びくりと反応する身体に嬉しげに笑って、小さく引っ張った。

「そう、僚はこうされるのが好きなのか」

 いやらしい身体だと嗤われたようで、僚は感じながらも唇を歪めて唸った。

「あうぅ……」

 震えながら顎を上げる。ふらつきそうになり、慌てて足の指に力を込める。力んだ事で後孔も微妙に蠢き、玩具を咥えている事を思い出す。細くて、異物感は薄いが、無視するには大きすぎる。むず痒さに身震いが止まらなかった。
「引っ張るだけでいい?」
 摘まんでは離し、また指に挟んで戯れながら、神取は再び訊いた。耳朶にかかる微かな吐息にさえも感じて、僚はごくりと喉を鳴らした。呼吸が速まるにつれ、身体が熱くなっていく。

「か…噛まれるのも好き」

 そっと。
 空気がもれるような囁きに口端で笑い、神取は顔を寄せた。寸前、僚の腹部がびくびくと痙攣する。宥めるようにさすってやり、神取は右と左と交互に歯に挟んだ。

「あぁっ……あ!」

 肌を走る切ないような感覚に僚は唇をわななかせた。淡い電流を浴びたように、身体の痙攣が止まらない。
 一段高くなった僚の声を愉しみながら、神取はじっくりと弄った。硬い歯をそっと当て、そのまま舌先でつつき、唾液に濡れた乳首をぬるぬると転がしては引っ張る。

「あっ…ああぁ」

 閉じられなくなった口からほろほろと嬌声を零し、僚は何度も後ろ手の鞭を握りしめた。乳首を弄られ、後孔が疼いてたまらない。無視出来ない異物感がもどかしい。意識して何度も締め付けてみるが、ちっとも足りなかった。

「他にはどこを触ってほしい?」

 すっかり膨れた乳首を指先で捏ねながら訪ねる。僚はしゃくり上げ、天井を仰ぎ見た。男の手が腿の外側を撫でる。脇腹まで上り、また腿まで下がって、するすると行き来する手に僚はゆらゆらと頭を揺らした。

「もっと乳首を触ってほしい?」

 ごく微かに首を動かす。曖昧な動きは催促にも否定にも見え、神取は楽しげに目を細めた。

「どこでも、君の欲しいところを触ってあげるよ。言ってごらん」

 胸を撫でさすりながら微笑む。彼はどうしてもそれを言えない、口に出来ないのだ。知っている神取は、そのぎりぎりで遊んだ。

「し…下の」
「下……ここかい」

 先ほどから何度も緊張している腹部を優しく撫でる。
 僚は何か云うように唇を動かし、小さく頭を動かした。今度の動きは否定だ、当然だと、楽しさに唇を緩める。嗚呼本当に、彼とこうして遊ぶのは楽しい。なんていい時間だろう。もっともっと彼を可愛がろう。心を込めて。

「も…と……した」

 涙を含んだ声に愛しさが募る。神取は殊更ゆっくり手をずらし、硬く屹立している僚の熱塊を逆手に包み込んだ。ああ、と熱いため息が彼の唇から零れる。触ってもらえた嬉しさと安堵に、高い声を跳ねさせた僚の口から、今度はうろたえる響きが迸った。
 声の後に続いたささやかな物音に、神取は何故彼がうろたえたのかを理解する。緊張の後の弛緩に、後ろに咥えていたものを落としてしまったのだ。
 神取は抱きしめるようにして愛撫していたのをやめ、一歩二歩下がって、大げさにため息をもらした。僚の肩が面白いように跳ねた。ごめんなさいと云おうとするのだが、唇が固まってしまったようで、上手く喋れないでいた。
 実を言うと、そうなっても仕方ない形状をしていて、どんなに力んで締め付けても留めておくのは難しいのだ。自分の意識の届かないところでの蠢きによって、必ず外に押し出されてしまう。
 僚は、自分の足の間に落とした玩具を悲痛な目で見つめ、それから、恐る恐る男に顔を上げた。
 神取は支配者の眼差しで、僚を斜めに見やった。
 何故そんな意地の悪いものを選んだかと言えば、単純に彼のこの可愛い顔を見たかったからだ。そしてまた、厳しく縛り付けられ、身動き取れない中での支配を望んでいる彼の密かな願望を、満たす為でもあった。

「ごめ……なさ、い」

 言い付けを守れなかった自分に目を潤ませ、僚は喘ぐように言った。言葉が喉にへばりついてしまったようで、上手く喋れない。唇を引き結ぶ。

 

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