Dominance&Submission

次も一緒に

 

 

 

 

 

 名残惜しくも、そろそろ立つ時間が迫る。途中途中でこまめに荷物を整理していたので、帰り支度はそれほど手間取る事はなかった。
 帰る前にどうぞと、男の気遣いの案内に感謝し、僚はトイレを借りた。ひと息ついて、洗面台の前に立つ。一度目と同じように、手洗いでの飛び跳ねで濡れた洗面台を隅まで綺麗に拭きながら、今一度細部を見回す。
 鏡の枠は真っ白、洗面台の天板も真っ白で、その下の扉の部分は綺麗な装飾の施されたあめ色をしている。アンティーク調の造りにしばし見惚れ、顔を正面に戻す。
 そこで初めて、据えられた四角い大きな鏡の枠が暖炉を模している事に気付いた。拭う手が止まる。
 リビングにある暖炉と同じデザインだろうかと、伸び上がるようにして眺めていると、開け放った戸口から男が声をかけてきた。

「ああやっぱり、そこまで綺麗にしていてくれたんだね」
「ああうん、だって、このちょっとでいつまでも新品同然が保てるから」

 僚はいくらかはにかみながら、アパートでのいつもの掃除の心得を口にする。

「この洗面台、特に綺麗だし」

 綺麗に使わなくては申し訳ない。これでよしと、僚は笑いかけた。

「ありがとう」
「俺こそ、今日は本当にありがとう」

 歩み寄ってくる男の視線を、僚は指差しで鏡に招いた。

「聞きたいんだけど、この鏡ってさ」

 言いながら、今度はリビングの方に首を伸ばす。

「そう、正解だ」

 リビングと鏡とを行き来した視線の意味を読み取り、神取は微笑した。
 推測が当たった事に喜び、僚は満面の笑みを浮かべた。神取は背後に立ち、お互いを鏡に映した。

「今日は、楽しめたかい」

 もちろんだと、鏡越しに頷くだけでは足りず、僚は振り返って間近に目を見合わせもう一度頷いた。
 ひと息吸い込み、神取は唇を重ねた。こんなに近くで誘われて、どうして我慢出来ようか。
 僚は首だけ捻っていたのを身体ごと向き合い、腕を回した。男も抱き返し、一つになる時間をしばし愉しむ。
 首筋の後ろがほんのり熱く、ぞくぞくと疼くのを僚は感じた。気のせいとも思えるざわめきが、一気に強まる。男の手が、髪をすくように頭を撫でたのだ。たったそれだけで、のぼせたように脳天が眩んだ。
 神取はほんのわずかに顔を離すと、唇の上で囁くように言った。

「もう一つ、思い出をもらってもいいかい」
「こ、こで」

 唇にかかる吐息、まっすぐ見つめてくる支配者の眼差しに忙しなく目を揺らし、僚はごくりとつばを飲み込んだ。

「そう。そうすれば、ここに立つ度君の可愛い顔を思い出す。だめかい」
「だめ、じゃ……」

 返事に神取はよかったとかすれた息をもらし、再び唇を塞いだ。力強く口内を舐められ、僚は膝から力が抜けそうになるのを感じた。面白いほど呆気なく膝が萎えた。慌てて男の服にしがみ付き、激しいキスに没頭する。
 ひとしきり満足した神取は、今にも倒れそうにもたれてくる僚の腰をしっかりと抱いて支え、顔を離した。ぼうっと潤んだ目が、間近に見上げてくる。愛しさに突かれ、神取は優しく頬を撫でた。嬉しげに目を伏せる仕草がまたたまらない。身を屈め、うっすら汗ばんだ首筋に接吻する。彼の匂いに甘く誘惑され、神取は軽く目を眩ませた。昂るまま何度も首筋に接吻する。その度に淡い、可愛らしい声が彼の口から零れ、耳朶をくすぐった。
 頬に口付けながら僚の手を取る。指先にキスしたところで、先程のチョコレート菓子の匂いがほんのりと鼻をかすめた。手を洗い、とっくに消えているはずの甘さが舌の奥で蘇る。

「食べてしまいたくなるな」
「ば、か……」

 人差し指を歯で軽く挟まれ、僚はむず痒さに首を竦めた。甘ったるい言葉を恥ずかしげもなく口にする男に、腹が立つ。いや胸が高鳴る。そんな自分が腹立たしく、しかし一方でとろけるような濃密さに目が潤んだ。
 神取は両手で肩を包み鏡に向かわせると、自分でシャツをまくり上げるよう言った。
 僚はわずかに頭を揺らし、シャツの裾を握りしめた。一瞬の静止の後、ぎくしゃくと持ち上げる。
 露わになった肌に神取は楽しげに目を細めた。

「触ってほしくてたまらない形になっているね」
「っ…!」

 普段と明らかに違い、硬く凝っているのをからかわれ、僚は耳朶を赤く染めた。
 言われる覚悟はしていた。むしろ言われたがっていた。
 強張った顔で目を他所へ向ける。数え切れないほど男に抱かれ、何度も教えられた成果がこの身体。キスをされ、頭を撫でられ、それだけでもう興奮が止まらない。今だって、こうやって自分から見せびらかす格好になっただけで、呼吸が怪しくなっている。意識して吸わないと、吐き出せない。一人息を荒くしているのがたまらなく恥ずかしく、惨めな様も興奮をかき立てた。

「こちらは、どうかな」
「……あ!」

 びくりと過剰に反応する僚に口端を緩め、神取はそっと下腹を包み込んだ。まだいくらか柔らかいそれをゆるく撫でると、手の中で一気に硬さが増すのが感じられた、笑みを深める。
 僚はもどかしそうに腰を動かした。何度か息をしゃくり上げた後、おずおずと目を上げて呟く。

「あ、ね……入れて」

 言いながら片手をおずおずと後ろに回し、男のそれに触れようとする。ぎこちない動きを見下ろし、神取は唇の端で笑った。

「どこに」
「……うしろ。鷹久の好きなとこ――あ!」

 それまでほんの軽い接触だったのが、急に強く握られ、背筋を走る強烈な痺れに僚は短く叫んだ。
 神取は輪郭を際立たせるように手を動かしながら、耳朶に軽く噛み付いた。

「……ん」

 腕の中で少年が身を縮ませる。神取は甘噛みを繰り返しながら囁いた。

「君は好きじゃない?」
「おれも…あ……好き」
「何が好き?」

 鼓膜を犯す低音に目を閉じてわななき、僚は震える睫毛を持ち上げて男を見据えた。何か訴える視線をぶつけ、その場にしゃがみこむ。僚は焦れたように手を動かして前をくつろげると、下着から引きずり出して直接咥えた。

「………」

 熱く湿った粘膜に包み込まれ、神取は緩んだ笑みを零した。躊躇なく喉奥まで迎えて、一気に熱を煽る僚にため息をもらす。

「ん、ん……」

 口の中で一気に成長したそれ…大きさと、濃い男の匂いに、僚は頭を眩ませた。脳天が痺れる。早く入れてもらいたい。奥の方を、大好きなこれで嫌というほど責めてほしい。
 はあはあと喘ぎながら僚は口淫を続けた。思い出したように時々息を継ぐが、忘れがちになる。それほど捕らわれていた。早く身も心も支配してほしいと望み、持てる技巧の限りを尽くして男に奉仕する。上手くいくと、頭上から微かにため息が聞こえるのだ。身体にふりかかる淡い響きを耳にすると、自分まで嬉しくなる。心地良くなる。男を悦ばせているのだと思うと、どこまでも気持ちが昂っていくのだ。自分の股間に、男の手があるように錯覚する。実際は触られていないのに、男の大きな手に包み込まれているような気がして、僚は口淫を続けながら妖しく腰をくねらせた。
 息苦しさにぼうっと目を潤ませ、僚は半ば無意識にこれが好きと呟いた。
 微かな空気の震えは確かに男の耳に届き、興奮をかきむしった。
 夢中になっておしゃぶりを続ける様だけでも目を愉しませるのに、うっとりとした表情で呟かれてはひとたまりもない。
 神取は今にも上げそうになった嬌声を何とか飲み込み、代わりに愛しい少年の頭を撫でた。それを合図に、僚は口に含んだそれを強く吸った。
 言葉と相まって刺激は強烈で、神取は半ば無意識に腰を揺すった。
 口の中で一段大きく膨らんだそれに喉奥を突かれ、僚はびくりと反応した。むせそうになるのをどうにか逃し、唇で扱く。そうするとまた、口中のそれが嬉しそうに震えを放った。反応が嬉しい。身体中が熱く火照って仕方ない。ぼんやり浸っていると、男の手が肩にかかった。はっとなって目を瞬く。
 少しびっくりしたような顔の少年に微笑みかけ、神取は立って鏡の方を向くよう促した。言葉は発せず、仕草だけで、先程のようにシャツをまくる格好にさせ、鏡に映る自分に注目させる。
 目線とわずかな動きだけで自分を操る支配者に、僚は胸を喘がせた。首の後ろがじりじりと疼いてたまらない。鏡に映る情けない自分…とろんと緩んで、物欲しそうな顔をしている自分が恥ずかしい。まだ触られてもいないのに乳首を尖らせ、肩で息をしている自分が恥ずかしい。
 だから、どうか。
 早く抱いてほしい。

「!…」

 背後に立った男の手が、顎をそっと掴む。落ちかけていた視線を反射的に弾ませ、僚は鏡越しに支配者の貌を見つめた。途端にじわりと涙が滲んだ。悲しい訳でもないのに涙が込み上げる意味がわからず、僚は呆然と目を瞬かせた。
 その顔がわずかに引き攣る。
 顎を掴んでいた手が、首筋から鎖骨へ、その下へ。とうとう欲しい場所へと動き出したのだ。視線を引き連れるようにしてじわじわと動く男の手に、僚はおののいたような声を切れ切れにもらした。

「さ、わ……て」

 今にも触れる寸前、引き攣った声を出す。
 神取はふと笑い、望み通り指先に小さな突起を挟んだ。たちまち僚の口から、甘く可愛らしいよがり声が飛び出す。うっとりと聞き惚れ、神取は摘まんだ突起をくにくにと弄んだ。
 切ないような感覚が絶え間なく肌を走り、僚は閉じられなくなった口から忙しなく熱い吐息をもらした。
 喘ぐ声に合わせびくびくと腹部が痙攣しているのが、鏡にはっきりと映る。可愛らしい。そして面白い。神取は声の変化と反応を楽しみながら、じっくりと乳首を捏ねた。
 僚は今にも泣きそうな顔で何度も首を振りたくった。男の指がひっかくようにして乳首を弄る。その度に後ろの狭い孔がじくじくと疼きを放ってたまらない気持ちになる。あの大きなものを早く後ろに入れてほしい。乾いた唇を舌で湿し、僚は片手を自分の下腹に持っていった。もどかしい気持ちと戦いながらホックを外し、下着ごと押し下げる。上向いて張り切った自身のものが引っかかり、中々思うようにいかない。泣きたくなる。

「あぁ……」

 絶妙な力加減で乳首を転がされ、僚は顎を上げた。どうにか脱いで、鏡越しに訴える。

「も……入れて」

 濡れた声を震わせ、僚は自ら尻をぐいと開いた。大胆な誘い方に神取は嬉しげに目を細めた。彼はそう、始めからこうしてひどく恥じ入りながらも大胆で、こちらの欲望を巧みにくすぐってきた。こんなに可愛らしい子、泣かせたくてたまらなくなる。うんと甘やかしたくなる。

「ここに欲しい?」
「!…」

 飛び上がりそうなほど熱いものを押し付けられ、僚は一瞬息を止めた。全身がかっと滾る。今にも入りそうに漲っている硬さに、後孔が勝手に痙攣する。力が抜けそうになるのをぐっと堪え、お願いと訴える。
 神取は己のものを手で支え、じわじわと押し込んだ。

「う、あ……」

 徐々に拡げられる重苦しい痛みと、震えるような快感に、僚は大きく口を開いた。力強く進み入る怒漲に身体の震えが止まらない。時折ぴりっとした鋭い痛みが走り、思わず声が跳ねる。
 痛みの中に甘さの混じったため息を聞きながら根元まで埋め込み、神取は小さく息をついた。僚も同じくため息をつく。身体を支える為に洗面台に片手をつき、狭い器官に入り込んで不規則に脈動する男のものに喉を引き攣らせる。後孔を一杯に拡げたそれは、ずきずきとたまらない疼きを与えてきて、息もままならない。
 慣らすように、神取は腰を掴みゆっくり前後させた。静かに引き抜き、最奥まで押し込む。その度に僚は熱い息遣いと共に喉を反らせた。言われた姿勢に手を戻さねばと思うのだが、苦しかったのを通り過ぎると今度は震えるような快感が込み上げてきて、つるりとした台の上から動かせないでいた。
 しゃくり上げるようだった僚の息遣いがいくらか落ち着いたところで、神取は徐々に腰の動きを速めていった。軽く弾むように、ひたひたと音を立てて突き込む。僚は今にも零れそうな高い声に慌てて口を噤むが、一番好きな最奥を抉られると我慢出来なくなり、すぐに口を開いて喘ぎ出した。
 神取は片腕を胴に回して支え、もう片方の手を、胸元に這わせた。

「あぁっ……」

 何をされるか察して、僚が小さく身じろぐ。緊張は後孔にも伝わり、神取は軽く笑んで乳首を摘まんだ。そっと指に挟むと、より強烈に締め付けてきた。ため息をつき、ゆっくりと弄る。
 指の動きで、内部が微妙にうねる。絡み付いてくる内襞を殊更擦るようにして、神取は抜き差しを繰り返した。僚の口から、ひたすら甘い喘ぎが紡がれる。湿った声も、包み込んでくる熱い内襞も、何もかも最高だった。
 時折、シャツを握る僚の手が動いて、男の手に縋る事があった。より強い刺激を受け、快感に震えた時だ。

「自分で触りたい?」
「ちが……」

 小さく首を振り、肩を竦めた僚に笑いかけ、神取は尚も右と左と交互に突起を扱いた。その間も休まず後ろを抉り続ける。

「もっと痛くしてほしい?」

 泣きそうに眉根を寄せ、僚はまた首を振った。答えに構わず、神取は一度だけ強くつねった。

「だめ!」

 口からは鋭い悲鳴が上がるが、身体は間違いなく歓喜に震えていた。

「……やだ」
「嘘をついてもわかるよ。その顔。それに君の」
「やめろ……」

 身体の反応を口に出されそうになり、僚は真っ赤な顔で髪を振り乱した。光を反射した左耳のピアスがちかちかと、鏡を通して神取の視界を一瞬ずつ白く染める。
 神取はにやりと口端を歪め、ゆっくり言葉を綴った。

「正直に言ってごらん。その通りにしてあげよう」

 そして、それまで弾むように小刻みに打ち付けていた腰の動きを変え、一回ずつ深くまで押し入れるようにする。

「あ。あぁ……おく…あ、あ、あ……」

 一回ずつ、がーんと脳天に響くようで、僚は背骨を震わせて快感に陶酔した。

「奥が、なに?」
「おく、ああぁ……気持ちいい」
「こっちは?」

 指先で乳首を軽く押し潰し、くにくにと捏ねる。後ろを抉る動きと合わせて責められ、僚はただ息をするのが精一杯になる。

「いい、い……すごく…もっと」
「もっと……なに?」
「いじって……乳首」
「どうされるのが好き?」

 僚は何度か息を啜り、男の方へ一杯に首を曲げた。

「もっと……」
「もっと、どうしてほしい?」

 どこまでも優しい声と手付きで自分を追い詰める男にきつく眉根を寄せ、僚は痛くして、と切れ切れに告げた。
 ほんの少し痛くされるのが好き。

「……いい子だ」

 目に涙を溜めて、熱心に見つめてくる少年に突かれ、神取は唇を重ねた。

 

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