Dominance&Submission

かなり重症

 

 

 

 

 

「苦しい?」

 背後からの声に、僚はごく小さく頷いた。床に四つん這いになった姿勢で首を曲げ、哀れな姿に仕立てられた自分のそれに顔を歪ませる。あと少しの刺激で達するまで追い詰められた性器には、無情にもベルトがかけられ、いけないようにされていた。閉じ込められた熱が内側でじんじんと疼きを放っている。重苦しく這い回る響きが悩ましい。少しでも楽になるようもがくと、後ろに入れられた三つのローターが内部で蠢き、動きを縫い止めた。慌てて息を吐き、口から逃す。
 呼吸が整うと同時に、尻に乗馬鞭の舌があてられる。
 僚はひくりと喉を鳴らした。反射的に全身が強張り、そのせいで内部のものを締め付けてしまう。圧倒的な存在感にまた息が乱れた。痛みと疼きに突かれるまま、腰をくねらす。浅ましいのはわかっているが、どうしても止められないのだ。そうすればするほど自分を追い詰め、苦しめるだけなのはわかっているが、僚はとりつかれたように身悶えた。

「じっとしなさい」

 ぴしゃりと尻を打たれる。ごく軽い接触だが、性器にかけられたベルトや後孔に押し込まれた玩具によって鋭敏になった今の僚には、何倍もの衝撃だった。背筋が引き攣り、じわりと汗が滲む。

「っ……はい」

 何度も息を飲み込み、僚はうなだれた。
 神取は手にした鞭で、足元にうずくまる少年の尻や背中をくすぐるようになぞった。言い付けを守って身を固くする健気さに、自然笑みが零れる。

「さあ、何故お仕置きを受けるか、言いなさい」
「俺が……いやらしいから」
「違う。違うよ僚」

 神取は正面で跪くと、うなだれた顔を丁寧に持ち上げた。目を見合わせてから口を開く。

「君が、私好みの良い子だからだ」

 すっかり落ち込み暗い色に沈んでいた瞳に、ほのかな光が宿る。微笑む寸前の曖昧な表情に神取は目を細め、頬に唇を寄せた。
 触れてくる優しい接吻に、僚は目を伏せた。頬から全身へ広がってゆくじんわりとした温かさに、いっとき恐怖を忘れる。
 神取は立ち上がって背後に回ると、鞭を構えた。

「三十数えなさい。いいね」
「……はい」

 僚はごくりと唾を飲み込んだ。尻に鞭が当てられ、息を詰める。しばらくの間からかうようにさすられ、今にもくると緊張が続く。構えて力むと、後孔が玩具を締め付けた。したくてしているわけではない自分の反応に困惑すると同時に、一発目の衝撃が尻で弾けた。

「あっ……!」

 脳天に突き抜ける鋭い痛みと、もどかしい感触に、僚は背中をたわませた。自分がどんな風に玩具を咥えているか、それが今の瞬間どうなったか、考えたくもないのに鮮明に脳裏に思い浮かぶ。悩ます妄想を振り払うように、僚は「いち」と叫びながら首を振りたくった。
 まるで怒鳴る勢いの声に、神取は楽しげに唇を緩めた。それで乗り切ろうと抵抗する憐れな少年に、ぞくぞくとした興奮が募る。二度目を振り上げ、三度目を振り下ろす。少しずつずらし、尻をまんべんなく打ち据える。
 十回目の声を聞いたところで、神取は一旦手を止めた。動く気配を感じ取ったのだろう、はあはあと荒い息をつきながら、僚は首を曲げて見やってきた。

「……やだ」

 男が性具のコントローラーに手をかけたのを見て、僚は反射的に首を振った。引き止めようと手を伸ばすが、左右の枷が繋がれているせいでただ身じろぐだけしか出来なかった。

「いやだ……」

 もう一度、虚しく訴える。
 しかし神取は聞き入れず、スイッチを入れた。

「十回数えられたご褒美だよ」

 告げるのと、彼が喘ぎ出すのと、ほぼ同時だった。親指の先ほどの小さな性具が、どれほど彼を悩ませるか、一目瞭然だった。
 切れ切れに喘ぐ声を聞きながら、神取はうっすらと朱に染まった尻に手のひらを当てた。

「あ、う……」

 たちまち僚はびくりと身を強張らせた。しかし、痛みに飛び上がったという様子ではない。神取は慎重に指を這わせ、確かめた。赤みを帯びているが、熱はないようだ。

「い、い……いたく、ない」

 聞くより先に、僚は言った。いつも確かめるから、タイミングがわかったのだろう。泣きそうな声で告げられ、思わず笑いたくなる。
 中央の窄まりから三本のコードを生やし、その内の一つが微弱な振動をもたらして彼を追いつめている。三つ全て動かしたら、彼はどんな声を聞かせてくれるだろう。
 立ち上がり、再び鞭を構える。
 必死に数えながら、僚は背をたわませ、反らせた。啜り泣きの声が時々混じり、男の背筋を妖しく包み込む。傷付ける為でなく人を打つのは嗚呼なんと快感だろう。
 うっとりと見下ろし、二十の声と共に手を止める。

「さあ、二つ目のご褒美をあげようか」

 僚は力なく首を振った。身体から上手く力が抜けず、息もままならない。零れた涙を拭う事さえ出来なかった。

「いやだ……」

 絞り出すように訴える。笑うような空気の揺れが耳をかすめ、歯噛みすると同時に二つ目のスイッチが入れられた。

「やっ…あぁ、ああ!」

 中でかちかちと触れ合う音が大きくなり、僚は尻を振りたくった。小さな玩具がもたらすむず痒い刺激にますます身体が昂る。熱を持った尻に重ねられた鞭の衝撃は全身を鋭敏にさせ、内側からは性具によって蝕まれて、交互に襲いくる快感と痛みとに頭がどうにかなってしまいそうだった。達する事が出来ないように戒められているのもつらかった。何もかもが身体を苛み、惨めで、苦しくて、涙が止まらない。
 そんな憐れな自分がたまらなかった。
 これ以上はもう我慢出来ないところまで追い詰められているのに、もっと男に打ってほしくてたまらない。打たれて、笑われて、泣き叫ぶ自分に深く酔い痴れる。
 痛みに耐える為に力む度、内部の玩具を締め付け、はからずも感じる声を出してしまう。堪えようとするが出てしまうのだ。尻は痛いのに、中は熱くて気持ち良くて、もう訳がわからない。感じるままに射精してしまいたい。けれど、きつく戒められて出す事が合出来ない。ベルトでせき止められた性器が痛む。
 本当に痛む。じんじんと熱を放って、疼いて、しようもなく身体が震える。
 嗚呼出したい出したい。だのに出せない、許されない。痛みと快感とが絡まりねじれて、僚は感情のままに泣きじゃくった。ちゃんと数えられているか、わからなくなる。

「あと一回だよ、僚」

 声に何度も目を瞬かせる。少しして、何か冷たいものを押し付けられたような感触がした。ひりひりと痛む尻に重ねられた鞭を、そのように錯覚したのだ。呆然とした声で、最後の一つを数えきる。

「だめ……」

 咳き込むようにして男を引き止める。しかしやはり男は懇願を無視して、三つめのスイッチを入れた。僚は濡れた声でよがりながら、腹を抱えるようにして身悶えた。自分の手をそこへ持っていきたかった。ベルトを外して、思う存分擦り、気が済むまでいきたかった。頭の中がそれで一杯になる。腰の奥で淫らにうねる性具は、いっときも休まず苛んでくる。

「いきたい……」

 はあはあと胸を喘がせ、僚は男に助けを求めた。自分で外すわけにはいかない。まだ許しを得ていない。僚はきつく握り拳を作り、口元に押し付けた。

「立ちなさい、僚。私に見せてごらん」

 神取は鞭を置くと、繋いでいた手枷の金具を外し、促した。
 僚はもがくようにして手足を動かし起き上がると、差し出された男の手に掴まり足を踏ん張った。姿勢が変わるごとに内部で性具が転がり、もたらされる妖しい愉悦は僚の口から熱い喘ぎとなって零れた。
 神取は取り出したハンカチで、零れた涙を丁寧に拭ってやった。

「鞭は痛かったかい」

 僚は曖昧に頷いた。まだ痛みが尾を引いて、打たれたところがひりひりと熱を放っている。けれどこれも明日にはすっかり鎮まり、小さな跡一つ残らないのだ。男の振るう鞭は痛かった。痛くなかった。

「こんなに泣いてしまうほど?」

 またゆらゆらと頭を動かす。
 男の手が、熱く火照った頬に触れてきた。僚は一瞬身を強張らせ、すぐに力を抜いた。優しい手のひらの感触にそっと目を伏せる。
 今にも弾けそうに勃起したそれに軽く眼を眇め、神取は薄く笑った。

「でも君のそこは……」

 何と言葉が続くのか聞きたくなくて、僚は低い呻き声をもらした。
 神取はますます笑みを深めた。

「本当に私好みの、良い子だね」

 汗ばみ、しっとり濡れた頬に口付ける。同時に下腹に手を伸ばし、きつくベルトをかけられた性器をやんわり握り込む。

「んっ……」

 僚はびくりと腰を引いた。男の手は執拗に絡み付き、先端から滲み出た先走りを指に塗り付けるようにして弄んだ。

「あ、や……」

 ほんのなぞるような接触さえも今の僚には堪え難く、どうにかして逃れようとするが、気付けば自ら押し付けるようにして腰をくねらせていた。体内でかちかちと玩具がぶつかり合う音がする。男にも聞こえているのだろうか。たまらなく恥ずかしくて、僚は喉を引き攣らせた。

「外して……おねがい」

 はあはあと息を乱す。男は笑うばかりで答えない。僚は歯噛みし、自らのものを見つめながら男の手に擦り付けた。

「外してほしい?」
「……おねがい」
「では、このまま二度いけたら、外してあげよう」

 僚ははじかれたように顔を上げた。同時に神取は肩を掴み、ベッドに上体を乗せるようにしてうつ伏せに押し付けた。

「やだ、や……これ……入れないで――!」

 玩具が中にあるまま抱かれると思い、僚は怯えた声を上げた。

「入れないよ。君の大好きな奥は、私のものだから」

 玩具などに譲る気はない。
 耳元で囁かれた言葉に、僚はおこりのように身体を震わせた。首を一杯に曲げ、キスをねだる。熱心に見つめてくる少年に微笑みかけ、神取は覆いかぶさるようにして口付けた。そのまま、頭を撫で、背中を撫で、先程痛みを与えた尻に手のひらを当てる。
 小さな呻き声がして、僚の身体がびくりと強張る。神取は労わるように手を動かした。
 唇の上でそっと囁く。

「痛かったかい」
「……痛くない」

 どこか怒ったような響き。むきになって否定してくる僚にうっとり微笑み、神取は再び唇を重ねた。強張った身体から力が抜けるまで、宥めるように尻を撫でる。内部で振動している淫具が響いてきているように、小刻みに震えを放っていた。

「たかひさ……やだ、取って」

 もう外して。
 濡れた声で縋ってくる僚に、二回だと告げ、神取は尻の奥に指を進めた。咄嗟に力んで進入を拒むが、それは自身を苦しめるだけの愚かな行為だった。指先でそれを感じ取り、直後うろたえた声でわななく僚に楽しげに笑い、神取はゆっくり指を埋め込んでいった。

「あ、あぁ……いや、ああぁ……!」

 だらしなく喘いで仰け反り、僚は激しく首を振りたくった。前に這って逃げようとするが、上から押さえ付けてくる男の手はびくともせず、されるがままに弄られるしかなかった。
 神取は内部にある性具をかき回すようにして指をくねらせ、抉って、散々に僚をよがらせた。もっとも感じる箇所を重点的に責めて、激しくのたうつさまを愉しんだ。
 宣言した通り、どんなに泣いて嫌がっても、二度いくまで男は手を緩めなかった。執拗に、的確に責めたてる手に僚は我を忘れて喘ぎ、開きっぱなしの口の端から涎を垂らして善がった。腰から下がどろどろに溶けてしまったように思え、何をされているのか、もうわからないほどだった。ただひたすら苦しくて、度を越えた愉悦に痙攣が収まらない。抵抗はすでに失せていた。与えられる激しい快感にのたうつだけになり、逃げる事も振り払う事も出来なくなっていた。時折男からかけられる優しい言葉が嬉しくて、だらだらと涙を流して身悶えていた。

「ああぁっ!」

 ひと際強烈な疼きが走り、僚は大きく仰け反った。異物が取り除かれたのだとわかったのは、覆いかぶさるようにして男が入ってきた時だった。
 すっかり柔らかくほぐれたそこに、硬く熱いものがあてがわれ、僚は大きく目を見張った。
 いつの間に仰向けになったのだろうと頭の片隅でぼんやり考えながら、がむしゃらに男にしがみ付く。

「あぁ――!」

 間延びした嬌声を聞きながら、神取は長い事彼を苛んでいたベルトを外しにかかった。彼の発する声にところどころ痛みが混じる。出来るだけ響かぬよう丁寧にほどき、開放する。それから、半ばまで入れた自身をゆっくり根元まで押し込む。
 奥が、と、僚は咳き込むようにして喉を晒した。
 玩具によってほぐれた内部はとろけんばかりに柔らかく、絞るように包み込んできた。きゅうきゅうと吸い付く内襞に声が抑えられない。神取は何度もため息をつきながら、彼の内部を一杯に埋めた。そこから更に腰を使って突き上げると、高い叫びと共に僚は達した。
 白く濁ったものをたらりと零し、四肢を突っ張らせて僚は悦びに浸った。詰めていた息を、は、と吐き出す。それを合図に、神取は腰を動かした。叩き付けるようにして小刻みに前後させる。

「あぁだめ! たかひさ……だめ、おねがい!」

 達したばかりの敏感な身体を容赦なく揺さぶられ、僚は半狂乱になってあがいた。封じ込めるように抱きしめ、何度も腰を打ち付ける。

「おく、おくだめ……ああぁ! だめ――いやだぁ!」

 身動き一つ取れない中で与えられる行き過ぎた快感に、僚は高い悲鳴を繰り返し上げた、せめて口から逃さないと、真っ白な灼熱に飲み込まれて頭がおかしくなってしまいそうだった。それほど男の与えるものは強烈で、身を焦がした。
 吸い付くような最奥の感触にうっとり酔い痴れ、神取は尚も穿った。

「いやじゃない。君の奥はよく締まって……」

 必死に息を継ぐ僚の唇を舐める。
 僚は懸命にキスに応えようとするが、休みなく送り込まれる愉悦に身体の震えが止まらず、息をするのがやっとだ。それでも必死に舌を伸ばした。きつく吸われて、背骨がとろけそうになる。
 存分に舌を味わい、神取は尚も腰を突き込んだ。彼の中は燃えるように熱く、柔らかくうねって自身を包み込む。時折きつく締め付けてきてはふっと緩み、翻弄する蠢きに持っていかれそうになる。
 僚の身体がびくびくっと引き攣る。何度目になるか分からない絶頂に見舞われたのだ。不規則に痙攣する少年に満足げに笑い、神取は更なる快感を送り込んだ。逃げようとする身体を抑え込み、いっときも休ませず怒漲を突き入れる。

「……もっと欲しい?」

 少しかすれた声で聞かれ、ぜいぜいと喘ぎながら僚は頷いた。激しい嵐のように翻弄する男との行為が大好き。何もわからなくなって、真っ白な瞬間に飛び込むあの感覚が大好き。男とだから得る事が出来た歓びに、僚は無我夢中でしがみ付いた。

「もっと……」

 もっと泣かせてほしい。目も開けていられないほどの感情をぶつけてほしい。自分はそれにただしがみ付くしかできないけれど、どうか、もっと。
 上手く動かない手足でもがき、僚は腕にしっかりと男を捕らえた。絶え間なく送り込まれる強い痛みと快楽に意識が擦り切れそうになる。それでも己を奮い立たせ、抱きしめる事で想いを伝える。

「……もっと強く抱いて」

 男の声がした。もっとぎゅってして。まぼろし、自分の妄想かと一瞬疑うが、鼓膜を震わせたのは間違いなく男のあの甘い低音だった。全身が一気に熱くなったのだから間違いない。ただでさえ燃やし尽くされそうな身体が、更に灼熱に炙られる。頭の芯が揺らぎ、真っ白に埋め尽くされる。
 嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。
 子供のように泣きじゃくる僚をしっかりかき抱き、神取は一番奥に熱を放った。僚の口から、長く細く悲鳴が上がる。感じ取り、喜びに満ちた声を上げる彼がたまらなく愛しくて、神取は深くため息を吐いた。直後、まつげに涙が盛り上がり、一気に溢れた。しまったと慌てて拭うが、ひと粒きりでは収まらなかった。
 彼を腕に抱いている実感は、喜びは、それだけでは収まらなかった。

 

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