Dominance&Submission

かなり重症

 

 

 

 

 

 男の先導で寝室に踏み入れた僚は、静かに、極力音がしないよう気を付けて扉を閉めた。目の端で、どこかへ離れてゆく男を追う。しずしずと顔を上げ、目配せで手招きしているのを読み取り、そちらへ足を向ける。すぐ傍で立ち止まると、男は口を噤んだまま微笑み、頭を撫でてきた。いい子だと声が聞こえたように思え、僚はむず痒そうに口端を歪めた。
 神取は癖のある黒髪を二度三度撫でると、両手で肩を掴み、クローゼットの扉についた鏡に向き合うよう促した。どこか嬉しそうに緩んでいた顔が、すぐさま引き攣る。鏡越しに見て取り笑うと、背後に回り、抱きしめるようにして服を脱がせてゆく。上をはぎとり、軽くたたんで手渡す。自分で脱ごうと素振りを見せていた僚は、手にした事で、全て男に任せるしかなくなってしまった事にますます頬を強張らせた。
 まるで子供の世話をするように動く男が、鏡に映っている。自分で服を脱ぐ事も出来ない、情けない自分が鏡に映っている。

「!…」

 下着に手をかけられ、喉がひくりと詰まる。息を飲む音に気付き、神取は鏡越しに目を見合わせた。今にも露わにされる自身に、泣きそうに顔を歪めている僚としっかり見つめ合う。
 支配者の貌で嗤う男から、どうにかして目を逸らしたかった。しかし、見えない糸で縫い付けられたようにわずかも動かす事が出来なかった。うっすらと笑っている美しい顔を見つめていると、目の奥がじわりと熱くなった。
 そして、とうとう全てがむき出しにされる。たたまれたシャツとジーンズの上に最後の一枚が乗せられた瞬間、僚は声もなく呻いた。
 神取はその様子に楽しげに口端を緩め、衣服を窓辺の椅子に置いた。隠したがってふらふらと揺れる両手を見てから、彼の顔に目を向けると、またも彼は的確に読み取って、言われずとも脇に揃えた。
 本当に良い子だと頭を撫でる。泣きそうになっているのに、こうされると、どこか嬉しそうに唇が動く。ほんのわずかなわななきだが、とてもいい顔で、ずっと見ていたくなる。
 どうにか引きはがし、クローゼットの奥から一組の赤い枷を取り出す。
 手首、足首、最後に首輪を巻き、指先でゆとりを確かめる。彼の身体は逢うごとにたくましくなっていくようで、同じ留め具で横着するわけにはいかなかった。嬉しい成長はそれだけではない。
 神取は背後に回ると、すぐに傷んでしまう繊細な果実に触れるように、そっと彼の肩を手のひらに包み込んだ。目に見えるほどの反応はなかったが、肌にはっきりと、震えが伝わってきた。緊張の震えに心の中でそっと笑い、ゆっくり口を開く。

「いい顔だね」

 鏡に映った僚に語りかけると、彼はとろんと潤んだ目をしきりに瞬き、何か云うように唇を動かした。
 神取は、手のひらで肩から指の先まで撫でながら、顔から下方へと視線を向けた。

「その内、首輪を巻くだけでいってしまうかもしれないね」

 たちまち僚は身を竦めた。愛撫のくすぐったさにか、あるいは指摘されたそれ…下腹できつく反り返っている自身の羞恥からか。
 寝室に踏み入れた時から、変化は始まっていた。下着一枚になった時には、自分の形がはっきりしていて、見るのもつらかった。服を脱がすだけで、感じる触り方は一切していないのに、ちょっとずつ触れる男の手を、手のひらの熱を感じ取る度、身体が昂っていった。
 とどめは、枷と首輪だった。自分を従う者に変える革のそれが巻き付けられると、重みや匂いを自覚すると、どうしようもなく身体の芯が熱くなって、止められなかった。
 あと少し引っかくだけで、達してしまいそうなほど追いつめられる。
 啜るように呼吸を繰り返し、何にでも感じる己が身を恥じる。
 落ちていた視線をきっと持ち上げ、僚は強気で言った。

「……そういう身体が、好きだろ」

 神取はゆったり笑むと、肩口やうなじに唇を押し付けた。

「ああ、大好きだ。本当に、私好み」
「っ……」

 繰り返し触れてくる薄い皮膚に、僚はびくびくと身を震わせた。指先が、触れるか触れないかの絶妙さで肌の上を滑る。耳の付け根や背骨をくすぐてくる十本の指に、僚はびくびくと震えを放った。
 好ましい反応に歓び、神取は丁寧に丁寧に身体を慈しんだ。
 殊更敏感な箇所には唇と舌とで愛撫し、堪えようと抵抗する僚の口を何度も開かせた。

「はっ…あぁ……」

 指先に捕らえた乳首を優しく転がしながら、足の付け根をさする。ひと際大きく震えて、僚は首を振りたくった。両手を脇に置いておくのも限界のようで、何度も前に行きかけては戻ってを繰り返す。
 じれったそうにしている姿が見たくて、神取は執拗に愛撫を重ねた。甘く匂い立つ若い肌を唇でくすぐり、時折舌で舐めて、感じる部分とそうでない境目を意地悪くつつく。時々欲しいところに与えると、我慢しつつも唇をほどいて彼は熱い吐息をもらした。
 甘い匂いと、甘い肌。全て錯覚なのに、本当のようで、自分をとろかせる。神取はうっとりと目を細め、愛撫に耽った。

「鷹久……いきたい」

 とうとう我慢しきれなくなり、僚は身体をくねらせながら口に出して訴えた。
 しっとりと汗ばんだ肌を撫でながら、神取は緩く首を振った。

「私がいいというまで、我慢しなさい」

 腹につかんばかりに勃起したそれを、無造作に手の中に収める。

「うぅ……」

 反射的に僚は呻いた。すぐさま首を振る。痛かったのではないと目線で告げる。
 神取は、腹に押し付けるようにして二度三度上下に撫でた。僚が腰を揺らし始めたところで、呆気なく手を離す。
 僚は悔しげに顔を歪め、手を握りしめた。男ならそうするとわかっていても、撫でられて期待した。頬やうなじにキスされる度湿った吐息をもらし、気まぐれに乳首をつねってくる指に唇を噛む。
 高い声が抑えられない。すぐ離れてしまう手がじれったい。もっと、ずっと触っていてほしい。一番感じるところを擦って引っかいて、いかせてほしい。

「……おねがい」

 堪えきれず男の手を掴み、自分の股間に持っていこうとする。
 男は振りほどく事はしなかった。それが、余計に背筋を疼かせた。

「我慢出来ない?」

 低く問われ、僚は小さく頷いた。

「何が君を興奮させる?」

 首輪? 手? 声?
 僚は二度ほど息を啜り、全部だと答えた。

「声も……匂いも」

 男の発するもの全てが身体を昂らせる。大好きな手で触ってほしい。いかせてほしい。

「だが、私はまだいいと言っていない。だというのに君は、そこをそんなにして」

 呆れたようなため息に、僚は首を竦めた。泣きたくてたまらなくなる。

「……ごめんなさい」

 震えながら、男の手を離す。
 神取は解放された手をまっすぐ僚の頬に持っていった。びくりと睫毛が反応する。そうとは悟られないように、注意深く観察する。怯えを隠していないか、痛みを押し殺していないか。どちらも見当たらない事に安堵し、神取は口端を歪めた。

「しようのない子だ。お尻を叩いて躾け直さないといけないね」

 僚の瞳が悲しげに揺れる。
 その奥で密かに期待しているのを読み取り、神取は満足げに目を細めた。

 

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