Dominance&Submission

休日

 

 

 

 

 

 その後、排泄されるものから色が失せるまで薬液の注入は繰り返され、最後に微温湯で洗い流される。
 男は排泄の際必ず傍で見守り、完全に済むまで僚の唇を塞いでいた。
 文字通り中を綺麗にした僚は、いつの間にか用意されていた少しぬるめの湯に身体を沈めた。
 黙って、肩まで浸かる。

「どこか、具合の悪いところはないか?」

 聞かれた事に、無言のまま首を振って応える。

「まだ…怒っているのかい?」
「!…違う」

 男にそう勘違いされていた事に驚き、僚は慌てて首を振った。
 横目で、男の様子を窺う。
 じっとこちらを見ている。
 目を合わせ辛い。
 頭の中で、全てを曝け出したいと思っていても、現実に叶うとそれは耐えがたい羞恥でしかなかった。
 他の誰かなら我慢出来る事も、男の前では耐えられなかった。
 言葉を濁し、途切れ途切れにそれを告げる。
 言いながら、消えてしまいたいと僚は思った。

「それほどまでに嫌なのに、どうして自分からお願いした?」
「……嫌…嫌な事じゃない。嫌じゃなかった。けどすごく…恥ずかしいから、だから……」

 考えながら、ぽつりぽつりと語る。
 神取は黙ってそれに耳を傾けていた。

「もう、怖くはないかい?」

 口を噤んだまま、僚は頷いた。

「もう、別に――」

 言いかけて、僚ははっと息を飲んだ。
 男に顎を掴まれる。
 さっきと同じように、顔が近付いてくる。
 唇を塞がれ噛み付かんばかりの激しいキスに、息が乱れる。
 さっきと同じ激しさ。
 と、先程の光景が、頭の中にやけにリアルに蘇ってくる。
 合わせるように、後ろが、じわりと疼いた。
 僚ははっとして目を見開いた。
 間近で、目を覗き込んでいる男を凝視する。
 唐突に男の意図を理解する。

「これが、狙いで……」
「何の事だ?」
「出す時、毎回おんなじキスして、今も、同じ事したのは、これが狙いなんだろ」
「言っている事がよくわからないよ、僚。私はただ、君に、嫌な思いだけをさせない為にキスをしていた。それだけだよ」
「嘘だ。最初からそう仕込むつもりだったんだろ。だ、出すのが……気持ちよくなるように」
「さあ。それはどうかな」
「はぐらかすなよ」

 湯を波立てて男と向かい合い、更に視線で追求する。
 男はただ穏やかに微笑んでいる。
 その、包み込むような笑みに、何も言えなくなる。

「身体は、充分に温まったかな」
「……うん」

 簡単に負けてしまった事に少しの不満を表し、僚はぶっきらぼうに頷いた。
 無論、本気で怒っているわけではない。
 変えられるなら、変えたい。
 男の好みに、変わっていきたい。
 でも、それならそうと言ってくれれば、いいのに。

「じゃあ、おいで」

 剃刀とジェルを用意し、男が呼ぶ。

「やな奴」

 わざと、聞こえるか聞こえないかの小声で零し、僚は立ち上がった。
 呟きは男の耳にしっかり届いていた。
 少し怒らせてしまったが、僚の望むように早く忘れたいものをわずかでも消せたのなら、構わなかった。
 笑いながら、僚に手を差し伸べる。

「足を開いて、座って」

 乳白色のタイルに膝をつき、洗い場に立った僚に浴槽の縁に座るよう指示する。
 棚に置かれた剃刀を見やり、やや緊張した面持ちで僚は腰掛けた。
 足を開いたところで、ちょうど男の目の前に自分のものがある事に気付き、苦笑いを浮かべる。

「なんか…改めて見られると恥ずかしい…つーか」

 気まずそうに膝をさする仕草に、神取はふっと笑みを零した。
 不思議な子。
 こうしているとどこにでもいるただの高校生なのに、内側にはとんでもない獣を住まわせている。
 キスをするのでさえ恥じ入る時もあるのに、貪欲に求めてもくる。
 自分を魅了して止まない、愛しい存在。
 余りのギャップに戸惑ってしまう事もあるけれど。

「これ、全部なくなったらどうなんのかな……」

 自分のそこを見下ろし、僚は呟いた。
 陰毛を全て剃り落としてしまう事に、最初男は反対した。僚が高校生である事が、最大の理由だった。
 それが何故今回は承諾したか、単純に押し切られただけだ。
 本当は今でも賛成しかねている。だが、色々言い訳はあるが、何より僚にお願いをされては断れないのだ。
 僚が、こちらの命令を第一と考え恥ずかしさに苦悩しながらも従うように、こちらも、僚のお願いは何より優先すべき事なのだ。
 無論、彼の実生活での立場はそれに捕らわれるものではないが。とにかく、彼の願いは、何をおいても叶えてやりたい。
 軽く絞った、熱めの湯に浸していたタオルを下腹にあてられ、僚はぴくりと内股を震わせた。

「熱くないか?」
「……気持ちいい」

 小さく首を振る。
 しばらくそのままで蒸される。
 僚は瞬きを交えながら様子を見守った。
 充分柔らかくなった頃を見計らってタオルをどかし、男は手のひらに搾り出した青く透明なジェルを静かに塗り付けていった。
 剃り落とす部分だけに塗られるのだから、当然性器は避けられているのだが、男の手が丁寧にジェルを塗り付けている様子を見ているだけで、段々と腰の奥が熱くなってくるのが感じられ、僚は困った顔で男を見下ろしていた。
 すぐ目の前に、少しずつ変化し始めた自分のものがあるのだから、男はとっくに気付いているはずだ。
 しかし男はそ知らぬ顔で作業を続けている。
 たまらずに、僚は小さく名を呼んだ。
 それと同時に男が、性器を根元から先端に向かって一度だけ、指でなぞり上げる。
 やはり、気付いていたのだ。
 慌てて、言い訳めいた言葉を口にする。

「……鷹久が見てる…触ってる…から……」
「感じてしまった?」
「……うん。すごく感じる」

 はっきりと聞かれた事に戸惑いながら、僚もはっきりと頷く。
 にっこりと笑って、神取は手についたジェルを洗い流すと、剃刀を手に取った。

「絶対に、動いてはいけないよ」
「わかった……」

 答える声が少し震えているのに気付き、男は一旦僚を見上げた。

「怖い?」
「違う。鷹久って、自分の手がどんだけやらしいか知ってる? 見てるだけでくらくらしてくる…そんなんで触られてすごく感じてるのに、動かないでいるのって結構辛い…ごめん。もう黙る。お願いします」

 何を言っているのか自分でもわからなくなり、僚は照れ隠しに上を向いた。とにかく、見ていなければ惑わされて目眩がする事もないだろう。
 しかしすぐに、それが間違いだと気付く。
 嗚呼、言わなければよかった
 余計意識してしまう。
 天井を見ているだけなのに、男の手が触れただけで、どんな動きをしているか想像出来てしまう。むしろ、想像の中の方がより強く、自分を翻弄する。
 男の手が皮膚を引っ張り、剃刀を当てる。
 そのまままっすぐ、下に滑り落ちる。

「あっ……」

 剃り落とされる音に、僚はおもわず吐息をもらした。内股に力がこもる。

「じっとして」

 念を押す男に、喉の奥で返事をする。
 敏感な部分を避け、何度も指が触れてくる。
 意識は次第に薄れていき、ただ心地良い感触だけが、僚の心を包み込んでいった。

 

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