Dominance&Submission

休日

 

 

 

 

 

 翌日。
 ほとんど会話らしい会話を交わす事なく朝食を終え、後片付けを済ませた二人は、どこか気まずい雰囲気を絡ませながら寝室へと向かった。
 僚が、服を脱いでベッドに上がる。
 うつ伏せになって顔を男の方に向け、無言で器具を用意する様子をじっと見守る。
 その顔付きは険しく、それでいて無理に表情を消そうとして強張っていた。
 しかし緊張は隠し切れず、取り出される器具の一つ一つを目で追っては眉を顰めた。

「……僚」

 一通りの器具を揃えたところで、男は静かに名を呼んだ。
 目配せで僚は応えた。

「嫌なら、すぐに止めるよ」

 緊張を和らげる微笑みを浮かべ、決定を委ねる。
 僚は黙って首を振り、シーツに顔を埋めた。

「嫌じゃない……」

 シーツの中に息を吹き込み、ぼそりと呟く。

「鷹久は何でも、丁寧にしてくれるから、嫌じゃない」
「前にされた時は、丁寧じゃなかったのか」

 静かに問われ、僚はしばし口を噤んだ。少ししてから、わかりにくいほど微かに頷く。そして唐突に、重くなってきた空気を追い払うように声の調子を上げて言った。

「前の時はさ、手順も何もなくて、ただやたらに突っ込まれたもんだからショック起こしてさ。こっちは大量に入れられたせいで滅茶苦茶腹痛いってのに、向こうはそれ見てげらげら笑ってやがんの。腹立ったけど、それよりこのまま死ぬんじゃないかって思ったら怖くなって…そんで嫌いになった」

 男は口を引き結んだ。
 以前アルバイトしていた時に受けたショックが原因だと薄々感付いてはいたが、実際に言葉で告げられるとふつふつと怒りが湧いてくる。
 無茶をされたという事は、相手は完全に素人だったという事か。恐らく、面白半分で行ったのだろう。
 話を聞き、顔付きを険しくした男に笑いかけると、僚はベッドから手を伸ばしてアナルプラグを取り上げ、男の鼻先に押し付けた。
 柔らかい材質で出来たそれが、押し付けられてくにゃりと歪む。

「そんな怖い顔すんなよ。鼻の穴に入れるぞ」

 笑いながら、先端で鼻の下をつつく。

「これで栓すんだよな。入れる奴ってそれ?」

 黙ったままの男になんとか喋ってもらおうと、僚は続けざまに話し掛けあれこれ聞いた。
 唐突に男の両手が伸びて、頬を包み込む。
 びくっと肩を震わせ、僚は動きを止めた。

「少し、顔が青い」

 自分の為だけでなく、人の為だけでなく快楽を求めるから、男はいつだって僚を心配する。
 まっすぐ向けられた男の真剣な目に、僚は装うのを止めた。
 素直に吐き出す。
 正直怖い気持はあるが、怖いから男にやってもらいたいのだと告げる。
 そうしたら、きっと怖くなくなるだろう。
 早く忘れてしまいたいのだ。
 何も分からず無茶をやっていた、過去の自分を。
 神取はゆっくり静かに頷いた。

「私に任せてくれるかい」
「鷹久に、全部任せる。して下さい。お願いします」

 支配者に願う。

 

 

 

「左肩を下にして、横になって」

 言われるまま、男を背に横向きになる。

「膝は少し折り曲げて。そう」

 背後で作業を進められるのはかなりの不安を生む。男は僚を気遣い、動作の一つ一つを声に出して彼に告げた。
 そのお陰で、僚は不必要に怖がらずに済んだ。
 男の声がする度、身体から緊張が抜けていく。
 死ぬかもしれないと自分を脅かした事をされるのも、男になら安心して身を委ねる事が出来た。

「入れるよ。いいかい?」

 背を丸めたまま、僚はこくりと頷いた。
 容器も薬液も丁度良く温めてある。それもあって、容器の先端が差し込まれるのは異物感のせいでわかっても、内部に薬液が注入された事には気付かなかった。
 容器が引き抜かれて初めて、注入が終わった事を知る。想像していたより、あっけなかった。騙されたような気持ちになり、男を振り返ろうとした時、先程より質量の大きいものが後孔に押し当てられる。

「……ん!」
「さっきのプラグだよ。入れるから力を抜いて」

 すぐさま身体を弛緩させ、ドロップ型のそれを受け入れる。
 たっぷりとオイルを浴びたそれは、抵抗もなく僚の内部に潜り込み、薬液をもらさない役目を果たす。

「終わったよ」
「……これで、どれくらい我慢すればいい?」

 肩で息を付き、僚は背中を向けたまま男に尋ねた。埋め込まれたプラグがぬるぬるして、少し気持ちが悪い。動きたくない。
 何より、起き上がった時に中の液が動いたりしたら。

 もしももれてしまったら……

 僚はわずかに顔をしかめ、横になったままじっとしていた。

「五分を目安に考えればいい。だが、無理に我慢する必要はない。駄目だと思ったら、すぐに言いなさい」

 男はベッドに腰掛けると、僚の腹にそっと手を当てた。

「それまで、さすっていてあげるよ」
「うん……」
「今の気分は?」
「……なんともない」
「怖くはなかったか?」
「うん…つーかむしろ拍子抜けした。あんまりなんもなくて」
「今は?」
「今はまだ、別に…鷹久の手が気持ちいい、だけ」

 自分より少し大きい手が、いたわりながら腹をさする穏やかな心地良さに、僚は目を伏せて浸った。
 少しして、腹部に違和感が走った。
 痛みはあるのだろうが、それよりも強烈な便意が盛り上がってくる。僚は眉根を寄せた。

「ああ、これ……でもまだ平気、大丈夫」

 僚の声音から判断し、神取は様子を見守った。
 我慢しなくていいという男の言葉が、僚に大きな安心感を与えていた。
 以前された時は、通常の何倍もの量を流し込まれ、限界まで我慢させられた。その間奉仕を強要され、言う通りにすれば栓を外してやると言われ無我夢中で従ったが、嘘だった。相手は、切羽詰って床に這いつくばる様子をただ笑って見ていた。
 もう限界だと気を失いかけた寸前、ようやく排泄を許されたが、それで終わりではなかった。
 出したもので身体を汚されたのだ。
 自分の排泄したものに顔を押し付けられ、足で踏み付けられた。
 これはさすがに男には言えない。
 言えばまた、自分の代わりに怒るだろう。
 だが自分にとっては、もうどうでもいいのだ。
 早く忘れてしまいたいものだ。
 早く忘れて、男との記憶で埋め尽くしてしまいたい。
 早く。

「っ……」

 声を殺して、僚は呻いた。
 そろそろ五分になろうという時、急激に痛みが増した。腹の中で激しく暴れて、血の気が下がるようだ。
 僚が訴えるより先に男が気付き、肩を支えて抱き起こす。
 脂汗を滲ませ、僚はやっとの思いで起き上がった。

「ごめん…トイレまで……」
「ああ。掴まって」

 切迫した状況に、恥ずかしいと思う余裕すらなかった。そろそろとベッドをおり、男に助けられてトイレに向かう。
 まだわずかに我慢出来るように思えたが、移動する事を考えるとここまでが限界だった。
 よろよろと歩き、ようやくたどり着く。

「プラグを抜くよ。いいかい?」

 尻からぶら下がるリングに指を引っ掛け、僚が頷くのを待つ。応えたのを見て、ゆっくりと抜き取る。

「う、あ……」

 ふるふると身体を震わせ、僚は下腹に力を込めた。

「無理にいきまずに、出るままに任せるんだ」

 便座に座らせ、一つ言い付ける。

「わかった…から」

 浅い呼吸を繰り返しながら、僚は男を見上げ目で訴える。
 しかし男は、視線の意味がわかってもただ受け止めるだけだった。
 何度か言い淀み、苦しい息の下から訴える。

「向こうへ…た、頼むから……向こう行って……」

 弱々しく上げられた手を掴み、優しく聞き返す。

「何故?」
「わ、わかって…のに…いじわる……すんなよ……」

 掴まれた手を振りほどく事も、追い払う事も出来ない。
 もう力が入らない。
 見られたくない相手は、言うことを聞いてくれない。
 ガスがたまり、腹が苦しいほど膨れる。
 ひどい音を立てて出される。
 もう、すぐ。
 耐えがたい悪臭と音、汚物。
 嫌だ。
 見られたくない。
 何も。
 しかしこれ以上とどめておくのは限界にきている。
 こうなる事は、予測していた。
 自分から言い出した時に、こうなる事は予測出来ていた。
 絶対に見られたくないと思いながらも、頭のどこかでは醜態を晒したい自分がいた。
 男の前に、何も隠さない自分を全て曝け出してしまいたい。
 そして。

「も…う……やだっ……!」

 内股を引き攣らせ、僚はこらえていたものを外に吐き出した。
 払い除けようとして掴まれた手で男の手を握り返し、屈辱の時間を耐える。
 液状のものが、激しい音を立て重力に任せて落ちていく感触に、こらえきれず声をもらす。
 神取はやおら手を伸ばし、できるだけこちらを見ないように俯いていた僚の顎を鷲掴み強引に上向かせた。

「うぁ…やめっ……!」

 拒絶の言葉が、覆い被さってくる男の唇で塞がれる。

「んんっ……」

 そのまま、激しく貪られる。
 強制的な排泄に涙の浮かぶ目で、僚は間近にある男を凝視した。
 屈辱と快感を同時に味わわされ、頭の中が真っ白になる。
 溢れた涙が、頬を伝って零れ落ちる。
 それ以上に、男と触れ合っている部分が、焼けるように熱かった。

 

目次