Dominance&Submission

休日

 

 

 

 

 

 下も中も全部綺麗にして、一日中繋がっていたい

 

 十一月初め、日曜日に祝日がかかる関係で月曜日は休日となる。カレンダー通りに連休が取れるから、どこかに出かけないかと持ちかけた神取鷹久に、桜井僚は首を振り先の言葉を口にした。
 思いもよらぬ発言に、神取は素直に驚きしばし言葉を失った。
 言った方も、自分の言葉が衝撃を与える事は充分理解していたので、男の反応から目を逸らし黙り込んだ。
 チェロの練習を済ませ、いつもの反省会の時間。白く湯気の立つ緑茶を前に二人、テーブルを挟んでしばしの沈黙が続く。
 先に口を開いたのは、男の方だった。まだ顔から驚きが抜け切らない。

「私は構わんが、前に――」
「そうだけど、その……鷹久にされるなら…べつに……」

 途中で遮り言葉を被せるが、はっきり言う事が出来ずまた口を噤む。
 男のパートナーになると決め、左耳のピアスを以って契約を交わした時、されたくない「行為」を挙げるよう言われ答えた中に、今僚が口にしたものが含まれていた。
 パートナーの意思を尊重して男は承諾し、禁止事項として心に留めていた。それが急に、本人からして欲しいと言われる。どういう心変わりだろう。
 尋ねようとして、神取は思い留まった。してほしくないこととして僚がそれを挙げた時の事が、脳裏を過ぎる。
 何度も言葉に詰まり、口を開いては閉じ、ようやく彼は小さく震える声で言った。

――浣腸は、しないで

 表情は特に変わりはなかったが、声の調子から、どれだけ嫌悪しているか容易に推測出来た。
 それほど嫌い…怖い思いをしたという事だ。
 だというのに彼は、男だからと、禁を解いた。
 男の中で、嗜虐の焔が静かに灯される。
 掠れ気味の声で僚は続けた。

「けど、あんまひどい事は……嫌だ」

 たとえ信頼しているとはいえ、未だ嫌うものに変わりはないのだ。神取は重々承知したと頷き、決して怖がらせない事を約束する。

「出来るだけ、良い思いをさせてあげよう。先日の、君の誕生日の夜、初めて鞭を上げた時のようにうんと優しく、気持ち良くさせてあげる」
「でも、あの……あの薬はもう……」

 その時の事を思い出し、僚は小さく顎を震わせた。
 誕生日の贈り物として、男から時計を貰った。どうしてこんなに好みの傾向がわかるのだろうと、嬉しさよりもまず驚きが先に立つほど、素晴らしい贈り物だった。
 他に欲しいものはないかと問われるが、もう充分だった。これ以上嬉しい事はない。早速腕に付けた。真剣に困ってしまうほど頬が緩んだ。元に戻すのに、大分苦労した。
 夢のような食事会を終えて男のマンションに戻った。
 少し熱が鎮まったところで、ある欲求が頭をもたげた。
 その日の夜僚は初めて、男の振るう鞭を尻に受けた。といって何か失敗した罰ではない。純粋な欲求だ。以前は恐ろしいものとして見ていたが、男への信頼や愛情が募るにつれ、彼の振るう鞭の痛さを味わいたいという欲求が湧いてきたのだ。非常に恥ずかしく情けなく、言い出しにくい望みだったが、思い切って口に乗せる。
 案の定男は驚いた顔をした。僚はますます自分が情けなく感じた。
 男は宥め、好奇心旺盛なのはいいよと笑った。
 そして僚は三度、男の鞭を尻に受けた。
 ただしその前に、ただ痛いだけでは可哀想だからと、男の手によって小さな玩具を後孔に咥えさせられた。更には、ピンク色の錠剤を一粒、含まされた。
 以前していた『アルバイト』で、似たような薬を口にした事がある。全身が無性に疼き、ひどい興奮状態になって、止めようもなく欲情した。
 頭の中が、する事で一杯になってしまったのだ。訳がわからなくなるほどに。
 ただ鞭で打たれたならそんな反応はしなかっただろうが、玩具と薬が合わさったせいで、僚は痛みに悶えながらも肉欲を訴え、飽きる事なく男を求めた。頭の片隅で、おかしいのは自覚出来ていた。それでも止められなかった。
 そんな自分を再び見せたくないと、僚は薬を拒んだ。
 神取は軽く笑った。

「でも、最高に気持ち良かっただろう?」

 僚は俯き、頑として答えなかった。
 それが答えだった。嫌だったなら即座に首を振ればいい。
 僚がそれをしないのは、醜態を晒し堪え難い思いを舐めたが、一方でとろけんばかりの快感を味わったからだ。薬より玩具より甘い男の手で、底なしの快楽を味わったからだ。もう二度としたくないと振り切るには惜しい時間。
 僚は恨めしそうに神取を見やり、ふいっと目を逸らした。
 どこか拗ねた仕草が、たまらなく愛しい。

「悪かった。あれは、君が望んだ時だけにとどめよう。それでいいかい?」

 尋ねると、しばらくして僚は目線をよこし、ごく小さく頷いた。どうやら了承したようだ。
 神取は頬を緩めた。
 その、支配者の貌を見て、僚は下半身が疼き出すのを止められなかった。男はいつの時も決して乱暴にはせず、冷静さを失わず、耐えられるぎりぎりを見極めて責めてくる。
 決して、限界を超える事はしないのだ。少しの痛みと底なしの快感を与え、至福の時で満たしてくれる。
 だから、男を信頼する事が出来るのだ。
 僚は戸惑いながら腰を上げ、おずおずと男に歩み寄った。
 神取は身体の向きを変えて、躊躇いがちに近付いてくる僚を見上げた。手を伸ばす。差し出した手が、僚の顎に触れる。
 少し困ったような顔で、僚は手を握り返した。

「どうした?」

 聞くまでもない事を、聞く。
 束の間言い淀み、僚は答える。

「……したい」
「明日、一日中繋がっているのだろう?」
「今も…したい……」
「ここで?」

 僚の愛らしい様子にくすくすと笑いながら目を覗き込む。もう一方の手も上げ、頬を包み込むと、そのまま引き寄せ、唇を迎える。
 重なる寸前、僚は「ここで……」呟いた。
 後片付けが大変だな。
 他愛もない事を考えながら、男は唇を塞いだ。

「ん、ん……」

 前屈みになった僚の腰を引き寄せ、膝を跨がせる。
 大きく足を開く格好が、僚の興奮を煽る。噛み付かんばかりに唇を貪り、自ら腰をうねらせて男の下腹に擦り付ける。
 挑発され、神取は僚の尻を強く掴んだ。
 わずかな呻きがもれる。
 口中に滑り込んできた舌を絡め取り、僚は強く吸った。激しいキスを交わしながら両手で男の下部を弄り、手探りで下衣のホックを外して下着の奥に手を差し込む。
 男の息がわずかに跳ねる。
 うっすら笑う。僚は、捕らえた男のそれを逆手に握り込み、何度も撫で上げた。

「君の手…好きだ」

 神取は求めた。僚は気をよくし、技巧を披露する。
 男の手が、服の上から重ねられ、擦る動きに移り変わる。
 たまらなくなって、僚は男の手の甲に下部を押し付けると、妖しく腰をくねらせた。かたいジーンズの生地を通して、手の感触が伝わってくる。
 何時の間にか男の手の向きは変わり、僚の下部を擦り上げていた。

「あ、ふ……」

 輪郭を確かめるように揉みしだかれ、僚は喉を反らして喘いだ。時折、強い圧迫を受ける。
 それがまた、僚を鳴かせた。

「く……」

 片手を男の肩に置き、僚はぶるぶると首を振った。胸を喘がせながら、男と目を合わせる。
 男の涼やかな視線とは対照的に、僚の双眸は熱く潤んでいた。自分だけが乱れる事に恥じ入りながらも、止められない欲望に衝き動かされる。
 僚は男の膝からおりると、その場にしゃがみ込み、男のものを外に晒した。すでに硬くそそり立ったそれに手を沿え、覆い被さる。

「あぁ……」

 吐息と、熱を帯びた唇に包まれ、男がかすかに呻く。
 僚は半ば無意識に頬を緩めた。
 頭上から注がれる男の視線を感じながら、口淫に耽る。

「……とても、いい」

 僚の髪を梳いて男が呟く。
 悦楽に浸る男の声に、僚は背筋がぞくぞくとざわめくのを感じた。目が眩む。男の息を乱しているのが自分だと思うと、それだけでいきそうなほど感じてしまう。
 喉を突くほどに成長した男のものも。
 髪を梳く手も。
 何もかも。
 神取は目を細め、下腹に覆い被さって口淫に耽る僚をじっと見つめていた。表情がよく見えるよう、前髪を梳き上げる。
 少し苦しそうな表情が、たまらなくいい。
 犯しているのか、犯されているのか、はっきりわからないところも。
 時折深く飲み込まれ、先端が僚の喉を突く。
 辛そうにえづきながらも続ける様は、男の嗜虐心を大いにかきむしった。
 嗚呼、このまま顔にかけてしまいたくなる
 自分の好みでない汚し方まで頭に思い浮かべてしまうほど、昂ぶりは激しいものだった。
 自制がきかなくなる前に、男は僚の手を引いて立たせ、下衣を脱ぐよう促した。
 ボタンを外す手ももどかしそうに、僚は下着ごとジーンズを脱ぎ去った。
 少年の下部に目を向け、既に主張を始めている雄に男はふっと唇を歪めた。手を伸ばし触れる。
 あっと小さく鳴いて僚は腰を引いた。しかし逃れる事は叶わず、男の手中に捕らわれびくんと全身で反応する。

「すぐにでも、いってしまいそうだね」

 僚のそこは、既に雫を溢れさせていた。
 男がくすりと笑う。
 笑われ、凝視される事で、さらに硬さが増す。
 親指で先端を丸くこすりながら、神取は残りの指を肉茎に絡み付けた。

「あ、あ……」

 溢れた雫を塗りつけながら肉茎を扱かれ、僚はがくがくと膝を震わせ俯いた。

「おいで」

 穏やかな口調とは裏腹に、強く腰を引き寄せられる。
 僚は再び男の膝に跨った。下半身を剥き出しにした自分の格好に、頬が熱くなるほどの羞恥が募る。

「一度始めたら、こちらが驚くほど恥ずかしい事も平気でしてみせるのに」

 初心な反応を見せる僚の目を覗き込み、神取は楽しそうに笑いながら言った。
 僚は応えられず、黙って唇を噛んだ。
 どう言ったらいいのかわからない。
 正直全裸を晒すのでさえ恥ずかしくてたまらないのに、一度行為を始めると男の言うように貪欲になり止まらなくなる。
 男に求められれば求められた分だけ、いやそれ以上に、淫らな姿を見せる。
 だというのに今は、消えてしまいたいほど恥ずかしいのだ。
 自ら男のものを咥えたというのに。
 したいと言い出したのは自分なのに。

「いいよ、そこが。たまらなく……」
 いい

 残りの言葉を、重ねた僚の唇の上に綴る。

「ふ、んん……あっ……!」

 腰に回されていた手が滑り落ち、尻の奥に潜り込む。
 ひっそりと息づく小さな口を指で突付かれ、僚は小さな悲鳴を上げた。反射的に力を込めて進入を拒む。
 構わず、神取はゆっくりと指先を埋めていった。

「う…あ……」

 少しずつ、だが力強く入り込んでくる指の感触に、僚は声を止められなかった。男の指が根元まで埋まり動きを止めるまで、身体を震わせながら途切れ途切れに喘ぎをもらす。

「はっ…ん……」

 僚は無意識に下腹に力を込め、何度も指を締め付けた。指では物足りないのだ。
 自覚はない。
 それでも、僚のそこは強い圧迫で男の指を貪った。

「いやらしい子…指が千切れてしまいそうだよ」

 くすくすと笑い、僚の締め付けに抗いながら内部をかき回す。
 男の言葉に、僚ははっと息を飲み弾かれたように目を上げた。
 目が合うと同時に、神取は指を二本に増やし最奥を捏ね回す。

「くぅ…あ、あぁ……」

 からかわれ抗議する間もなく指で翻弄される。全身から力が抜け落ちていくのを感じながら、僚はなす術もなくただ震えた。
 時折くる強い突き上げに、鋭い悲鳴で応える。
 たった二本の指で男の思うままに操られ悔しい気持ちもあるが、快感の方がはるかに勝っていた。
 もっと、苛められたい。
 ぞっとするような思考に酔い、僚は恥ずかしさをこらえて男に訴えた。
 自由を奪われ、男の物になった事を自覚する瞬間、身体中が歓びに包まれる。
 それを味わいたいから、あんなにも嫌っていた行為を自分から言い出したのだ。
 自分を支配する男を、より強く感じたいから。

「腰を上げて」

 言われるまま、支える手に助けられ腰を浮かす。
 硬いものがあてがわれる。
 受け入れられるまでに解されたそこに、男の熱を感じ、僚はわなわなと震えながらぐっと息を詰めた。

「力を抜いて。いつものように」

 気遣う声にこくりと頷く。
 間を置かず、熱く猛ったものが入り込んでくる。
 声を抑えられたのは一瞬で、柔らかな肉を押し広げながら進む肉茎の力強さに、僚は我を忘れて声を迸らせた。

 もっとあんたのものになりたい――

 乱れ狂いながら、僚は心の中で強く思った。

 

 

 

「ごめん……」

 心底済まなそうに、僚は小声で謝った。
 最中は行為に没頭して周りが見えなくなっていたが、いざ熱も引き頭も冷静になると、どれほど自分が乱れたか一目瞭然のひどい有り様にそれしか言えなかった。
 椅子が一脚、ひっくり返っている。

「いや、私こそ」

 テーブルの上の湯飲みは二つとも倒れてテーブルはびしょぬれ、湯飲みの片方はテーブルの下に転がっている。割れなかったのが幸いだ。
 そして、床の上には転々と別の液体が散っている。見るからに荒れたダイニングに、二人揃って苦笑いを浮かべる。

「今雑巾持ってくるから」

 そう言って僚は逃げるように洗面所に向かう。
 男は湯飲みをキッチンへと運び、椅子を元通りにした。

「明日の為に、テーブルは端に寄せておいた方がいいかな」

 戻ってきた僚に、冗談半分で笑いかける。

「なにせ、一日中となったらベッドの上だけじゃおさまらないだろうし」
「さ、さっきは鷹久が意地悪するから、こうなったんじゃないか」

 対して僚は、責任の半分以上を男に着せぶっきらぼうに言い返した。
 テーブルの上での自慰を強制し、言葉で苛めてくる男が悪い。
 自分はそれに従っただけで、自分は悪くない。
 完全にそうとは思っていないが、男に見られているのを無視出来るほど慣れているわけじゃない。
 僚の言い分ももっともだった。
 相手がこの男というだけで、ただ視線が自分の上を過ぎっただけでも、過剰に反応してしまう。そうやって躾けられつつあるからだ。身体に刻み込まれて拭えない、忘れられない。それほど強烈なのだ。
 自慰行為を凝視されれば尚更だ。そこに言葉苛めまで加わったのだから、たまったものではない。
 僚の言い分はもっともだと、男はよく反省する。

「待ってそれ、俺の――!」

 僚は大慌てで男の行動を制した。雑巾を奪い取ろうとするが、男は当然とばかりに床の清掃を続けた。

「いいよ、俺がやるから……」
「僚はテーブルを頼む」
「でもそれ、俺の……あの……」

 僚は真っ赤になり、必死に止めようとあがいた。自分が粗相したものの処理を人に任せるなど、どうしても落ち着かなかった。
 当然とばかりに床を磨く男に何度も礼を言い詫びながら、僚はテーブルを拭いた。
 男にとって当然であったので、赤くなって必要以上に恐縮し謝る僚は、おかしくて可愛らしく、しようもなくたまらなかった。

「ほら、これで一応綺麗になったかな」
「うん……あのじゃあ、雑巾洗ってくる」

 ひったくるようにして取り上げ、僚は洗面所に急いだ。
 その後を、神取は笑いながらついていく。洗剤で丁寧に揉み洗いする僚の横に立ち、手伝うよと手を伸ばす。

「ちょ……鷹久」
「君は右を、私は左を担当するから、よろしく」

 言う間に左側を掴み、僚に目線を送る。
 二人で汚したのだから、二人で綺麗にしよう、そんな事を、ごく当然といった顔で男は言った。
 僚は複雑な顔になり、小さく唸った。男の、ほんの少し意地悪を含んだ親切な申し出に唇を引き締め、承諾する。
 とはいえ、一人で揉み洗いするような訳にはいかず、中々お互いの息が合わない。
 そうこうしているうちに雑巾で跳ね返った水が二人の腕をどんどん濡らしていく。
 ついには、服までもびしょ濡れになる。
 それを見て、二人は声に出して笑った。

 

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