Dominance&Submission

独り占め

 

 

 

 

 

 二面にある窓には、しっかりカーテンが引かれていた。視線を遮る為の薄手のもので、部屋は充分明るい。
 灯りをつけなくても充分人や物が見える室内の、壁際に置かれた椅子に、男は座っていた。すぐ前には僚が立っており、男に身体を預ける形で前屈みになって、苦しげな喘ぎを繰り返していた。
 全裸で、手足に深紅の革枷を巻き、同じ深紅の首輪をつけ、手枷は後ろ手に金具で繋ぎ合わされていた。
 神取は、傍に置いたボウルと注射器にちらりと目をやった。それから、目の前で苦しむ僚を見やる。
 薬液を注入し、アヌス栓を噛まして五分と言い渡した。効果はすぐに表れ、こうして彼は苦しんでいる。
 不自由な後ろ手で万一の事があってはいけない為、椅子に座り抱きしめる形で支えていた。それにこうすると、息遣いの全てを把握する事が出来るし、抱きしめる事で、体温の変化や身体の震えもすべて知る事が出来る。彼を支配している実感、悦びに脳天が甘く痺れた。
 僚はしきりに足踏みして、腹の中いや今や身体中で暴れまわる痛みと戦っていた。

「く、ぅ…ふ……ああぁ」

 それまで必死に声を殺してきたが、とうとう耐え切れず呻きをもらす。

「ああ、苦しいね」

 神取はすぐさま宥めるように頭を撫で、優しく言った。僚は喉の奥で何度か耐え忍ぶように呻きをもらした後、少し脱力して忙しない呼吸を繰り返した。
 一旦波を乗り越えたようだ。
 耳朶にかかる熱い息遣いを、神取はうっとりと聞いていた。
 高くつくという言葉に期待したなら、期待に応えねばならない。
 彼の一番嫌いなもので、対価を払ってもらおう。
 言い出したのは僚の方だった。少し青ざめた顔で、最も忌むべきものを口にした瞬間を思い出すと、腹の底がぞくぞくとたまらないほど疼いた。
 一旦引いていた波がぶり返し、僚はまた堪えがたい痛みと苦しみに襲われた。寄りかかる男の支えと、頭や腕を撫でてくれる支えを頼りに、五分が経過するのをひたすら待つ。
 どうしてこんなものを口にしてしまったのかと、再び湧き上がる後悔に胸がよじれる。
 何故だったか思い出そうとするが、痛みで頭が霞んで、上手くものが考えられない。
 それでもどうにかして思い出そうとしていると、五分が過ぎたと男は言った。
 声をきっかけに、何を考えていたかを忘れる。

「歩けるかい」

 やや遅れて言葉を理解し、ごく小さな動きで頷いて、僚はふらりと足を踏み出した。男の両手が、しっかりと肩を支える。
 後ろ手で倒れたら、頭をかばえない身は大怪我をする。労りの手はまた支配者のそれであり、完全に支配下に置かれている己に、僚はぞっとなって震えた。
 しかしそれは嫌悪からきたのではない。むしろ心地良い、甘ったるい疼きだった。
 全裸で後ろ手に拘束され、浣腸された孔に栓を噛まされて、ようやく許されこれから排泄しに行くところ。
 こんな異常な状況だというのに、ぞくぞくと身が震えて止まらなかった。むしろ異常だからこそ興奮した。
 息が苦しいのは、浣腸液が内部で暴れているせいか、それとも気持ちが昂っているからなのか判別がつかない。
 僚は出来るだけ腹に響かないよう、慎重に足を運んだ。その一歩ずつに違和感を覚える。下腹が引き攣れる気がして、余計足運びが遅れる。気になったが、確かめる余裕はなかった。今は一秒でも早く、この苦しいものを出し切ってしまいたい。
 トイレまでたどり着けば、この苦しみから解放される。
 やっとの思いで、僚は便座に腰かけた。直前でアヌス栓は抜かれ、あとは出るままに任せればいい。朦朧とする中、ほっと気を緩める。その目が、ぎくりと見開かれた。

「あ……」

 何故忘れていたのか、忘れる事が出来たのかと凝視を寄越す僚に微笑みかけ、神取は顎を優しく捕らえた、
 ずっと傍にいたのにと目線で笑いかけ、拒んで振り払おうとするのをねじ伏せ強引に口付ける。

「んむ…いやっ……!」

 受けまいと僚は口を噤むが、神取はやすやすと口を開かせると、ねっとりと咥内を舐った。

「んむぅ……んん――!」

 背筋にぞくっと衝撃が走るのと同時に、排泄が始まった。堪え難いおぞ気に僚は口の中で繰り返し叫んだ。
 明らかに抗議を含んだ苦鳴も気にせず、神取はがっちりと頭を抱え込んで怯える舌を絡め取った。
 繰り返し上がる叫びの合間に、明らかに甘さを含んだよがりが混じる。息遣いも変わり、神取はよりかさにきて咥内を蹂躙した。

「あっ……あぁっ」

 僚は肩で息をしながら、男の口付けを受けていた。息苦しさに頭がぼやけるが、ひどく気持ち良かった。排泄は断続的で、一回ごとにあれほどひどかった腹痛は収まっていった。身体が楽になると、代わりに、息もろくに継げないほど男に激しく舐られている方に頭が持っていかれた。腰の奥から妖しい感覚が込み上げてくる。何か毒のように、全身に広がってゆくのを感じ、僚は震えが止められなかった。
 すっかり排泄が終わるのと同時に、神取は顔を離した。間近に様子を伺うと、僚の頬は微かに上気し、眼差しもとろんと潤んでいた。
 息遣いが荒いのは、ようやく苦しい排泄が済んだからか、口付けのせいか。
 排泄を制限されていた時の、青ざめ、苦しさに潤んだ目とは明らかに違っていた。
 違っている部分はもう一つ。
 後ろ手のせいで隠す事の出来ない彼の股間に、神取は小さく唇を舐めた。

「最中はあんなに苦しがっていたのに、こちらはまるで別の生き物みたいだね」

 下腹できつく反り返り存在を主張しているそれへと目を向け、神取は斜めに見やった。
 たちまち僚ははっとなって顔を伏せ、しどろもどろに言葉を紡いだ。

「違う、これは……鷹久のキスが…あんまり、優しいから……」
「だから?」
「……苦しいのも忘れて、感じた」

 最後はか細い声になって、僚はますます顔を俯けた。

「キスだけで、こんなに?」

 神取は身を屈め、今にも触る程手を近付けた。
 ふわっと空気の揺れが伝わり、僚はびくびくと身を固くした。それから、曖昧に頷く。

「そうか……苦しい自分に酔ったのかと思った。制限される自分に酔ったのかと」

 違う。
 僚は首を振るが、動作は曖昧に途切れて消えた。何が、どう違うのか。
 苦しめられるのが好き。
 違う。
 制限されるのが好き。
 ……違う。
 人前で排泄を強要され、間中キスされるのが好き。
 違う……わからない。
 深くうなだれ哀れを誘う風情だが、股間でいきり立つそれは少しも衰えなかった。
 彼の目が向いていないのをいい事に神取は薄く笑った。順調に育ってゆく彼の姿に深い官能が込み上げる。

「自分の事でも、わからない事はある。ではもう一度だ」

 僚の肩が跳ねる。
 そう言われる予感はあった。一度で解放されず、何度も繰り返し見られる予感。恐れながらも、心のどこかで期待していた。浅ましい自分に気付き恐ろしくなるが、うっとりするほどの官能に塗りつぶされる。

「……おねがい…します」

 弱々しい声で僚は受け入れた。
 寝室に戻され、二度目の浣腸を受ける。
 男の手によってベッドに上体をうつ伏せに寝かされ、薬液を注入される。器具が抜かれるのと入れ替わりに栓をねじ込まれ、引き起こされた僚は、先程と同じように椅子に座る男の前に立つよう命じられた。
 男の動作の一つひとつは恐ろしいほど優しくて、時には宥める言葉をかける事もあったが、決して動作を中断する事はなかった。怖さに思わず声を出してしまった時、しゅるしゅると入り込んでくる薬液のむず痒さについ声をもらしてしまった時、大丈夫、怖くないと言葉をかけられるが、その間も男は作業の手を止めなかった。
 どんなに苦痛を訴えても、男は自分のしたいようにこちらを扱うのだ。
 ただ表面をなぞるだけの、空々しい気遣いだが、そんな酷薄な扱いが返って僚を興奮させた。支配されるものとして扱われるごとに、男に近付いた気がするのだ。それは紛れもなく悦びだった。

「さあ、五分我慢するんだ」

 男の腕に抱きしめられ、僚は奥歯を噛みしめて頷いた。
 苦しい、苦しい。腹が痛くて苦しい。つらい、もう嫌だ。早く解放されたい。早く出してしまいたい。早く出して楽になりたい。男の腕に抱かれ、腹の中で暴れる苦痛にのたうつ。嫌な汗が滲み、頭がぼうっと霞んでゆく。もう少し、あと少し。男に咥内を荒々しく貪られながら、みっともなく排泄して、それから……行き着いた妄想にはっと目を見開く。おこりのように背筋がぞくっと震えた。
 自分はなんて事を考えているのだろう。浣腸だけは本当に嫌なのに、同時に与えられるキスの快感に自分が分からなくなる。キスを受けながらする事が、自分を自分でなくしてゆく。いや、あれが本当の自分なのだ。
 嗚呼わからない。
 いよいよ強まってきた腹痛にしきりに声を上げ、僚は男の腕の中で苦しみ悶えた。
 神取は少しでも痛みが和らぐようしっかり抱きしめ、頭を撫でてやった。
 五分が過ぎて、僚をトイレに連れてゆく。歩きにくそうにしているのは、ちょっとの振動が腹に響いて苦しいからか、それとも下腹で反り返っているもののせいか。
 指一本触れていないのに、僚のそこからは先走りの透明な汁が溢れていた。勃起は更にきつく、時折ひくりと身を震わせた。よくもここまで苦痛を貪れるものだと感心する。苦痛を与えられ、制限される事にこれ以上ないほど興奮し、悦びの涙を流している。こんなにも好みの子だったのだと笑いが込み上げる。
 彼にはあまり、嬉しくないだろうが。
 忍び笑いをもらし、苦しむ少年を座らせる。ちらりと見えた頬には、いつの間にか涙が零れていた。苦しさか、後悔か。何の涙かは判別がつかない。僚自身も、問われても答えに詰まるだろう。
 神取は取り出したハンカチで丁寧に拭ってやった。鼻先まで、ほんのり赤くなっている。なんて可愛らしいのだろうと思った瞬間、もう歯止めが利かなくなった。

「ん、んむっ……」

 戸惑いの声を上げる口を塞ぎ、怯えて縮こまる舌を強引に絡め取る。

「う、あぁっ!」

 口中で僚が叫ぶ。同時に身体がびくりと大きく震え、排泄が始まったのを神取は察した。少しでも身体が楽になるようにと、より濃厚に貪る。ここからもたらされる快感だけしか考えられなくなるよう、時間をかけて愛撫する。
 まだこうして触れていたかったが、僚の身体から余計な力が抜けた事、つまり排泄が終わった事を察した神取は、名残惜しくも顔を離した。

「ああ……」

 僚の口から、湿った喘ぎがもれる。
 神取は指先でそっと唇をなぞり、下腹へと目をやった。
 僚はわずかに眉根を寄せた。見なくても自分の事、そこがどうなっているかわかっているのだ。
 実際はそれよりひどいありさまだった。
 溢れた先走りで股間はねっとり濡れて、まるで粗相した後のようだった。

「もう一度したら、いってしまいそうだね」

 とろんと潤んだ目をした僚にふと笑う。
 僚は弱々しく首を振った。

「それは、違うという意味か? それとも、もう浣腸されたくない?」

 答えられず、僚はただおどおどと瞳を揺らした。
 汗ばみ、額に貼り付いた髪を丁寧にすいてやり神取は言った。

「もう一度試せば、はっきりすると思うのだが。君が何にこんなに感じているのかが……ね」

 試してみようか。

「やだ……いやだ」

 ようやく僚ははっきりとした反応を見せた。嫌がる彼を組み伏せる悦びに、神取は密かに喉を引き攣らせた。

「君の身体がどれだけいやらしくなったか、確かめさせてくれ」
「いや、いや……鷹久」
「どれだけ私好みになったか、確かめたいんだ。いかなければこれで終わり。もしいったら、その時はお仕置きだ」
「たかひさ……」

 信じられないという目付きで縋ってくる僚に薄く微笑を返し、神取は言った。

「いいね。返事は?」
「……はい」

 何度か喘いだ末に、僚はとうとう頷いた。しかし本当は、葛藤などろくにしてなかった。男の強制に悲しく追いつめられる自分に、うっとりと浸っていた。息も満足に出来ないほど。
 こんなにも自分をがんじがらめにする男に、身も心も全てもっていかれる。そして自分はそうされたくてたまらなくなっている。本当は嫌な事に無理やり溺れさせられて、どこまでも沈んでいきたいのだ。
 男と一緒に。
 だって男は、こちらが本当には嫌な事を絶対にしない。
 三度繰り返される排泄の強制に、さすがに身体は疲れていた。
 しかし神取は決して手を緩めず、僚のぎりぎりを見極めて責めた。
 疲労によって低下した思考はむき出しになって男の前に現れ、僚は三度目の排泄とキスの最中、止まらない痙攣にびくびくと背筋を震わせ、我を忘れてよがりながら射精した。
 尻の穴から苦しいものを吐き出しながら、上の口を貪られて、達したのだ。
 どちらも、出している間中快感が続く。どれだけ激しく感じたかを口からも性器からも迸らせ、かすれた喘ぎに喉を震わせて、やがて僚はがっくりと脱力した。
 やや置いて、僚は啜り泣きに肩を震わせ始めた。

「ごめんなさい……」
「何を謝る?」

 今にも零れそうに眦に盛り上がった涙を吸い取り、神取は静かに聞いた。

「いった……」

 いっそ悲痛な声がして、男の笑いを誘う。嗤う意図は一切ない。ただただ、彼が可愛かった。

「そうだね……いいよ、とても。君のそのいやらしいところ、私は大好きだよ」

 恥ずかしさ、申し訳なさに顔が上げられず、僚は脱力するままがっくりとうなだれた。大好きという男の言葉が胸に鋭く突き刺さる。悲しいのに、それ以上に身体が甘く締め付けられる。

「でも……お仕置きしないとね。少し締まりのない君のここを、管理しないといけないかな」

 神取は、白い涎を垂らして半ば勃ち上がったままの性器を、やんわりと包み込んだ。

「っ……」

 男の指に絡め取られ、僚はぎくりと頬を引き攣らせた。背筋に冷たいものが走る。性器にベルトをかけられたり、栓を噛まされコントロールされるのだろうか。辛さが思い出され、自然身体が震えた。怖いのにまた、ぞくぞくとした。
 男になら何をされてもいい。どんなにつらくても、最後は必ずあの真っ白な瞬間に連れていってくれる。少し痛くてつらくて、もう二度と味わいたくないのに、また欲しくなってしまうほどの甘くとろける瞬間をくれる。

「さあ、お願いしてごらん……僚」

 男の指が顎にかかり、持ち上げられる。
 支配者の眼差しに真っ向から射貫かれ、僚はうっとりと見入った。

「お仕置き……してください」
「いい子だ」

 正面で男は優しく笑った。

 

目次