Dominance&Submission

二人の夜

 

 

 

 

 

 触れてくる熱く柔らかな唇の感触に、僚はくすぐったそうに肩を竦めた。
 もう一度、今度は抱き合う形で深く接吻する。
 口付けたまま僚は男の背中をまさぐり、神取は少年の艶やかな黒髪を撫でた。
 するりと入り込んできた男の舌に僚はぶるりとわななき、舌先を強く吸われてまたぶるりと震えを放った。
 反応する度男の大きな手が動き、あやすように肩を背中を撫でた。細やかな気遣いに僚は嬉しげに目を細めた。
 神取は首に回った僚の手を確かめると、両腕に抱え立ち上がった。

「!…」

 思いがけない行動に僚は反射的にしがみついた。気まずそうに見上げる。
 軽々と抱き上げられる男の力強さに悔しさが込み上げ、その一方で、初心な乙女のようにときめいてもいた。反発心と甘えとがないまぜになる。束の間の葛藤を済ませ、僚は素直に男の肩に頭を預けた。
 目の端に、寝室の扉が迫る。
 僚は戸惑いながら手を伸ばし、扉を開けた。ちらりと男を見やると、助かると云って微笑んでいた。呼吸に嬉しくなり、扉を閉める。
 ベッドまで運ばれ、優しく丁寧に仰向けにされる。何とも照れ臭い扱いだったが、込み上げてくる嬉しさのまま僚は男に口付けた。
 そのまま神取はベッドに上がるとまたぐように覆いかぶさり、二度三度手の甲で僚の頬を慈しむように撫で、両手に包み込んでより深く接吻に浸った。
 咥内で妖しく蠢く男の舌を無心で吸い、僚は頭がぼうっと霞む心地良い官能に浸った。頬に触れる手に手を重ね、もう片方の手を男の背に回し、撫でさすって、深くのめり込む。
 やがて、ただ仰向けに受けているだけがもどかしく思えてきた。与えられる分男に返したくて、僚は舌を吸ったまま互いの位置を入れ替えた。
 男の肩をベッドに押し付け、膝立ちにまたがって、僚は己の股間を擦り付けた。
 神取は一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに笑って受け入れ、積極的な少年を抱き直した。自らも欲望の塊を押し付ける。キスだけではまだお互いそれほど反応はなかったが、布越しに接した事で急速に硬化するのが手に取るようにわかった。

「っ……」
「あぁ……」

 キスの合間にお互いため息をもらす。直接触れるのがもちろん一番だが、こんな風にじれったい感触もまたよかった。びりっと脳天に響くのがたまらない。
 しばしの間、二人はもどかしい快感を求めて腰を蠢かせた。
 神取はすぐ傍にある少年の頬を撫でた。

「いい顔だね」
「そっちこそ……気持ちいい?」

 僚は強気に言い返した後、声を抑えて訊いた。

「ああ……こういうのもいいね」

 わずかに息を乱し、神取は、お返しをしないとと薄く笑んだ。頬を撫で、首筋をくすぐり、手のひらを胸に当てる。
 たちまち僚はぐっと唇を引き結んだ。
 何をされるかすぐに察した少年に笑みを深め、神取はゆっくり身体を起こした。合わせて身体を引く僚の腰をぐいと抱き寄せて密着させ、もどかしいながらはっきり勃ち上がった己を押し付けた。背筋にぞくっと快感が走る。
 僚もまた痺れるような気持ち良さに喉を鳴らし、自然に動くままに腰を揺らした。

「さあ、上を脱いで」
「……うん」

 促されるまま、僚は上半身を露わにした。
 神取は脱ぎ去った服を傍の椅子に乗せ、間接照明の弱い灯りにぼんやりと浮かび上がる若い肢体にうっとり目を細めた。また、力強く腰を引き寄せる。

「んっ……!」

 僚は高い声を放った。予測していたとはいえためらいなく胸の一点を唇に挟まれ、声が抑えられなかった。
 神取はゆっくり舐め転がしながら、もう一方を軽くひねった。いや、と可愛らしい声がもれるのを聞きながら、彼の弱い箇所をじっくりと慈しむ。
 小さな一点は絶え間なく注ぎ込まれる刺激によって硬く凝りぷっくりと膨らみ、より敏感になっていった。あまり強くしては、ひりひりとした痛みを受けるばかりになるだろう。
 神取はそれを、絶妙の力加減で指先に摘まんだ。

「あ、あ、あぁ…んっ……」

 たちまち僚の身体がびくびくとわななき、唇からは甘ったるい喘ぎがもれた。神取は満足げに口端を歪め、痛みに届かぬぎりぎりのところまで追い詰め僚を翻弄した。

「くぅ……あ、あっ……」

 そっと、意地悪く捻ってくる指先にいやいやと首を振りながらも、僚は浸った。
 嗚呼、意識が遠退きそうなほど気持ちいい。とても甘く優しい男の愛撫。丁寧に慈しむ手、優しく、時々意地悪くつついてくる舌先、どれもが蕩けるようで、恥ずかしいほど声が出てしまう。
 そろそろ下も脱がせようかと、神取は背中から尻へと手のひらを滑らせた。背骨を確かめるように指先でなぞると、よほどたまらないのか、僚は痙攣めいたわななきを放ち身悶えた。

「う、く……ぅ」

 どうしてこんなに的確に責めてくるのかと、僚はいささか恨めしい気持ちになる。ただ背筋を撫でられただけだというのに、他の人間ならただくすぐったいだけなのに、どうして男がするとこんなにも全身が疼いてしまうのだろう。
 腰を、尻を撫でられ、ぞくぞくっとした快感が背筋を駆け抜ける。脳天までじいんと痺れ、僚は切れ切れに息を啜った。

「あ、あっ……たたく?」

 気が付けばそう口にしていた。言ってから、自分の言葉にはっとして目を見開く。

「たたいてほしいの?」

 神取は間近に顔を寄せ、戸惑う瞳を覗き込んだ。
 僚はおどおどと瞳を揺らした。どうしてこんなことを口走ってしまったのだろう。ほんの直前まで、どこまでも甘やかしてくれる男にうっとり歓んで、浸っていたのに、自分は…自分は、男に尻を叩かれたいと思ってしまった。

「あぁ……」

 明確になる妄想に喉が引き攣る。
 身動き取れない格好にされて、お尻を叩かれて、何度も何度も追いつめられたいと思っているのだ。
 そうされて身悶え悦んでいる自分の姿が脳裏にくっきり蘇り、僚はぶるぶるとわなないた。
 肌身に感じたのは紛れもなく快感だった。男に弄られて起ち上がった乳首が、よりじんじんと痺れを放った。

「く、あぁ……」

 気付けば喘いでいた。
 されたい。いつもみたいに激しく。
 痛いけれど痛くない手に操られたい。息も出来ないほど責められて、みっともなくぼろぼろ泣きながら、苦しいほどの快感の中で開放する喜びを教えたのは男だ。
 自分は本当は、痛くされるのは嫌いだ。それでもどうしてもそれでなくてはならない時期があり、本心では欲してないにも関わらず強引にねじ伏せて痛みに身を差し出した。鞭や革のベルトで打ち据えられ、手の跡がくっきり残る程叩かれて背中と言わず脚と言わず身体のあちこちから血を滲ませ、こういうのが好きなのだと自分をごまかしていた。
 虐げられた夜は、本当は好きではない痛みに苛まれ眠る事が出来なかった。ただひたすら痛みに耐えるだけで精一杯で、他に何も考えられない。それが、その時間だけが、自分を癒してくれた。
 他に方法がない、自分はそれでいいのだ。そう思い込んでいた。
 男は全く別の痛みを与えてくれた。
 跡も傷も残さず、恐怖をもたらさない痛み。
 同じ変態だと突っぱね拒んでいたのが、実際身をもって知る事でほぐされ馴染んで、とうとうこうして欲しがるまでになった。
 ごく当たり前のようにねだった自分に驚くが、知ってしまった悦びには抗えなかった。
 一方的に与えられる猛烈な痛みに脂汗を滲ませ、他に何も考える余裕もないままのたうち回るのではなく、信頼の上に成り立つ痛みに身を任せて甘い甘い快感に深く溺れ、目も眩む真っ白なあの瞬間を味わいたい。
 たたいて。
 空気がもれるほどのささやかな響きで僚は言った。
 神取はすっと目を細めた。

「そう……なら、してあげる」

 いやらしくて底なしの君が満足するように、飛び切りの快感をあげよう。
 背筋を溶かすような低音が流し込まれ、言い終わりに耳朶にキスされる。
 僚は唇を震わせ、正面で悠然と微笑む支配者を見つめた。たちまち、目の奥が痛いほど滲んだ。
 下衣を脱がせる時、神取はわざと僚の勃ち上がったものに引っ掛けるようにして脱がせた。反動でぶるりと跳ねるそれに僚は気まずそうに顔を背け、赤くなったのを見られまいと隠した。
 神取はそれを強引に自分の方へと向かせた。といっても力尽くではなく、僚が観念するまで顎から手を離さず粘り、とうとう自分から向くように仕向けたのだ。
 お互い先の戯れで同じくらい硬くしている、今更彼だけ恥ずかしがる場面ではないのだが、ちょっとの悪戯でも僚は恥じ入って肩を竦め、男の好む反応をしてみせた。
 神取はしばし視線でからかうと、クローゼットの中から折りたたんだ青い布を取り出し、僚に手渡した。
 僚は手に乗せられた青い布、目隠しのそれに視線を向け、小さく息を飲んだ。どうすればいいかは、すでに体験してわかっていた。目隠しされてもいいと思うなら、男に渡してお願いする。それだけ。

「おねがい……」

 僚はぼうっとした眼差しで呟くと、男に向かって差し出した。上手くものが考えられなくなっていた。下腹でずきずき脈打つそれや、過敏になった肌に気を取られて、深く考えないまま、青い布を差し出す。
 男に任せておけば安心だから。
 そう思ったのだ。
 神取はとろんと潤んだ瞳で見やってくる少年に一度口付けると、しばし見られない名残から目を見合わせ、それから目隠しをした。
 僚は小さく口を開き、声にならない声で呟いた。明確に言いたい言葉がある訳ではない。不安と期待が込み上げてきて、口を閉じていられなかったのだ。

「さあ、お尻を叩いてあげよう。膝においで」

 神取は正面から抱きしめ、そこから誘導してうつ伏せの姿勢にさせた。見えない事への怖さを一切表さない僚にいささか驚くが、それだけこちらを信頼しているのだと思うと嬉しくもあり、責任も感じた。
 初めてこのベッドで彼のバスローブを脱がせた時から比べて、いくらか肉付きが良くなったと、見回す肢体に小さく笑う。
 彼の肌は、日本人の色白さとはまた違った血色をしていた。目鼻立ちもくっきりと、どこか異国の匂いがする。
 普段はこげ茶の瞳も、光の当たり具合で不意に違う色にきらりと光る事があった。金にも緑にも見える、不思議な目の色。
 父母ではなく、祖父母に当たる者の血だろうか。
 しかしまだ聞けないでいた。両親、家族の話も遠ざける彼に、踏み込むだけの勇気も無粋さも持ち合わせていない。
 彼が、こうしてより分かる状況を重ねているにも関わらず口を開かないのだから、これは気安く聞くべき事ではないのだ。
 臆病な自分にとりあえずの言い訳をつけて、行為に没頭する。
 神取はそっと尻に手を当てた。
 途端に僚は小さく喘いだ。

「ああ……やだ」

 本当は嫌だなんて思ってないのに言葉がまろびでる。

「どうして嫌?」

 むき出しの尻を、神取は手のひらでするすると撫でさすった。僚の身体が不規則に身じろぐ反応が楽しくて、また手触りもよくて、何度も手を滑らせた。

「君は、こうしてお尻をぶたれるのが、好きだろう」

 神取は身を屈め、耳元で囁いた。
 見えない分、耳から入る音はまるで全身で響いているようで、奇妙な感覚に僚は顎を震わせた。小刻みにわななきながら首を振る。

「そんなこと……!」
「ならどうしてお願いした?」

 答えはない。予測した通りの沈黙に神取は楽しげに笑い、もう一度繰り返した。それでも僚は口を閉ざしていた。言おうとして、戸惑う息遣いを耳にし、ますます楽しくなる。
 神取は僚の顔の前で彼の手を束ねてしっかり掴むと、ここから動かしてはいけないと言い付けた。はい、と弱々しい声に背筋がぞくっとする。

「では好きか嫌いか、試してみようか」

 手を振り上げ、尻の上でぽんと弾ませる。
 ほんの軽い衝撃に見舞われた途端、僚の心にどっと後悔が押し寄せた。
 初めて男にこの格好でお尻を叩かれた時の事が、痛い思いをしたのに感じてしまった自分が、鮮やかに蘇り僚を侵す。
 またああなってしまう、またあの恥ずかしい思いを味わう…駄目だと思えば思うほど感覚は鋭敏になり、下腹に追いつめられる。
 どうしてこんな事を望んでしまったのだろう。 
 ぼんやりと思い浮かべていた時は、もっと曖昧で色も薄かったが、いざ目前まで迫ると、とてつもない羞恥となって身を苛んだ。
 軽い衝撃でも、二回、三回と繰り返され積み重なってゆくと、熱を帯びてはっきりしていった。
 表面がぴりぴりするくらいの痛みで、我慢出来ずに動いてしまうほどの激しさはないのだが、だからこそ余計に、身体は燃え上がっていった。
 じわじわとした炎は下腹を炙り、男と戯れた時よりもさらにきつく反り返って存在を主張した。
 どれくらい叩かれたか、じわっと熱くなった尻を男の手が撫でる。そっと宥めるような動きで、優しいのだが、官能を煽られてもいるようで、僚は声を堪えるのに必死になった。
 顔のすぐ傍で男に掴まれている手も、やけに熱かった。自分がじっとしている限り不必要に力を加えられる事はないのだが、そこにあるのが男の手だと思うだけで、恥ずかしいほど身体が火照る。
 見えない分感触に頼っているせいで、いつにもまして実感が濃い。どろりと粘つくものがへばりついているようで、おぞ気が走り、一方で妖しい喜悦も味わっていた。
 つまりもう、全身が敏感になってしまっているということだ。
 神取は撫でていた手で僚の下腹を探った。

「あっ……!」

 びくりと反応し、僚は逃げようとしたが、手を掴まれている以上逃げ場はなかった。
 熱く、痛いほど硬く張り詰めた雄を手の中に包み込まれ、僚は火が出そうなほど顔を赤くした。

「あぅ……」
「これはなに?」

 手の中に捉えた怒漲に神取はくすくす笑った。目隠しのせいで僚の表情はわからないが、まるで色を塗ったように赤くなった耳を見て、容易に想像がついた。
 彼が恥ずかしそうにしている姿を見るのは、本当に愉しい。

「ごめんなさい……」

 やがて、気のせいかと思うほどささやかな呟きが聞こえてきた。
 神取は根元から先端まで指を滑らせ、彼の震えを一つ貰うと、再び尻に手を当てた。一番熱い部分に触れていた落差で、ほんのり朱に染まっている尻はまだ余裕が感じられた。

「謝る必要はない。もっと叩いてほしい?」
「……いや」

 濡れた響きは、完全な拒絶には程遠かった。
 神取は身を屈め、耳元に囁いた。

「本当にいや?」

 耳朶をくすぐる吐息に僚は思わず震えた。

「本当にいやかい?」

 神取はもう一度低い響きを流し込んだ。同時に指先で彼の柔い尻を丸くくすぐる。
 時折背筋が痙攣したように、僚は不規則に身震いを放った。段々と息が荒くなってゆく。
 好ましい反応に神取はうっとりと目を細めた。知らず知らず、僚と同じく息を荒げていた。

「いやらしい身体の君は、少し痛くされるのが、好きだろう」
「そんなこと……」
「どうする、僚」

 もっとほしい?
 叩いてほしい?

「決してひどくはしないよ。君が欲しいだけしてあげる。もっと叩いてほしい?」
「あ……あっ」

 僚は何度もしゃくり上げながら、とうとう一度だけ頷いた。
 すぐに男の声が続く。

「どこを?」
「っ……」

 唾を飲み込む。
 ただ手のひらを滑らせるだけだったのを、指先を引っ掛けるようにして動かし、神取は重ねて聞いた。
 聞かれるほどに全身が鋭敏になってゆくのを、僚ははっきりと自覚した。

「誰のどこを叩いてほしい?」
「ああ……俺の、尻、あっ…たたいて……叩いてください」

 喉を引き攣らせながら訴える。
 すっかり世界に入り込んだ二人は、お互い荒い息を飲み込むようにして唇を重ねた。
 神取は咥内で震える僚の舌を存分に舐めて口を離すと、彼の姿勢を四つん這いに導いた。背中に覆いかぶさり、後ろにあてがう。薄いゴムを通して、彼のわななきが伝わってきた。
 早く入れてほしいというように僚はゆらゆらと心許なく腰を揺らし、大きくしゃくり上げた。
 その息がゆっくり吐き出されるのと同時に、神取は腰を進めた。きつい抵抗を感じ、半ば無意識に笑みを浮かべる。
 押し出そうとするかのようにきゅうきゅうと狭まり、ある時ふっと緩む。そこを狙って、神取はまた少し押し込んだ。

「あぅ、あぁっ!」

 狭い孔をこじ開けられる苦しさに耐える中、一度尻を叩かれ、僚は続け様の強烈な刺激によがり声を上げた。

「ひぃっ……!」

 反射的に締まる中を強引に根元まで進められ、僚はきつく頭を反らした。腰が抜けそうな衝撃だというのに、自分の口からもれたのは熱い喘ぎだった。羞恥に全身をぶるぶるとわななかせ、奥歯を噛みしめる。
 鈍痛が少し和らぎ、肌の上で弾けた平手打ちの衝撃が消え去ると、何とも言えぬ切なさに見舞われた。
 それを見計らったかのように男の手が再び尻を打つ。
 反射的に内部が収縮し、打ち込まれた男の熱いものをこれでもかと感じる。ぞくぞくっとうなじに込み上げてくる歓喜に、僚は呆気なく口を開き悶えた。

「あ、ん、んっ……うぅ、あぁ」

 僚の感じている声に、神取もまた昂りを覚えた。狭い後孔がほぐれるまでゆっくり腰を前後させながら、気まぐれに二度、三度と尻を叩く。その度に柔らかな丸みがぶるりと震え、短く可愛らしい叫びが上がり、男の興奮をかきむしった。甘ったるく揺れる腰を両手で掴み、己のものを激しく突き込む。その合間に、幾度となく手を振り下ろす。今にも加減を誤ってしまいそうな、自制をなくしそうな自分にぞっとおののく。慌てて目を瞬き、ぎりぎりで愉しんでいる事にうっとりと酔う。
 僚は叩かれる度濡れた泣き声を上げ、激しい突き込みに翻弄されながらももっとと訴えた。
 目隠しの布にじわじわと涙が染みて、青が深まっていく。

「も……と!」

 もっと俺の尻、叩いてください。自分はなんて事を口走っているのだろう、と、頭の遠くでぼんやりと考える。恥知らずなお願いをするもう一人の自分に慄き、その一方で開放の喜びに浸る。演技であり、本当の自分でもある。ただひたすら、男に喜んでもらいたくて、男を感じたくて、求める。
 力が抜けて崩れた肘をどうにか突っ張り、僚は四つん這いの姿勢を守った。激しさを増す男の抽送に腰が砕けそうに熱くなる。そしてそれ以上に、叩かれた尻が熱い。かっと燃えるようで、それでも尚平手は重ねられ、ますます敏感になる肌に泣きたくなるほどの歓びが込み上げる。
 痛いのに痛くない男の手に、胸が一杯になる。泣きそうになりながらも、僚は口元に笑みを浮かべた。その唇がぎくりと強張る。
 ひときわ強く突き込まれ、更にしゃくるように腰を使われ最も弱い最奥を責められて、僚は半狂乱で首を振りたくった。

「やだぁ! それいや、だめ……あぁ、あ……だめっ!」
「……君の、一番好いところだね」

 やはりここが最も反応が強いと、神取は尚もぐりぐりと奥を狙って穿った。叩きながら奥を捏ねくり、強制的に高みへと追いつめる。きゅうきゅうとたまらないほどの締め付けに襲われ、男はとりつかれたように同じ責めを繰り返した。

「や、やめっ…あぁっ! ああぁ!」

 悲鳴交じりの嬌声に神取は目を眩ませた。
 健気に耐えていた両腕をがっくりと折り、僚はその中に頭を抱えるようにしてうなだれると、はあはあと荒い息を繰り返した。
 神取は一旦動きを緩めた。

「駄目じゃない……気持ちいいだろう?」

 両手にシーツを握り込み、僚は何度も頷いた。咳き込むように息を吐き出し、指先まで広がる毒々しい甘さに身震いする。

「いい子だ…自分の口で言ってごらん」

 声に出すんだ。
 促す意味で僚の尻を一つ叩き、神取は動きを再開させた。何度も突き込み、尻を叩き、締め付けてくる奥をこじ開けるようにして腰をうねらせる。
 僚は何度も叫び、激しく身悶えた。
 ああ気持ちいい、もっと、もっと叩いて。
 頷いては首を振り、僚は我を忘れて喘いだ。
 やがて反応が変わり、限界が近い事を男に知らせる。声が幾分低く呻くようになり、男が味わっている内奥も、痙攣めいた動きになる。
 身体の内側を突き破って今にも現れそうな灼熱の快感に僚は喉を晒して呻き、自ら腰を振り立て絶頂へと駆け上がった。

「あぅ……くうぅ――!」

 その瞬間僚はきつく硬直し、かすれた声と共に白液を放った。
 より激しく締め付けてくる内部に神取はしばし動きを止め、吸い付くような感触を愉しんだ。そして、まだ力んでいる僚に構わず身体を揺さぶる。

「や、あぁ……」

 僚は詰まった声を絞り出し、首を振り立て、容赦なく突き入れてくる背後の男に手を伸ばした。
 神取はその手を掴み、前へと逃げようとする身体を封じると、びくびくわななく僚の内部をよりきつく抉って責めた。

「ああぅっ!」

 僚は電流を浴びたかのように仰け反り、ひっひっと喉を引き攣らせた。息を吸っても吸ってもまだ苦しい。繰り返し胸を喘がせて、やっとの事で言葉を紡ぐ。

「まって……!」
「ああ……締まって気持ちいいよ」
「いやだ、やめ……」
「まだ満足してはないだろう?」

 楽しげな男の声に頭の芯が激しく眩んだ。しかしそれは耐えがたい苦痛ではなく、一気に膨れ上がった昂りからくるものだった。休みなく貪ってくる男が、どれほど自分に興奮しているか、反応に酔い痴れているか、それを知って、嬉しさにいよいよ呼吸も怪しくなる。
 どこまでも高みに連れていかれる事に怖くもあったが、男と迎えるあの真っ白な瞬間が欲しくて、僚は必死に息を吸い込んだ。汗ばんだ身体でもがき、男を受け入れる。
 軽くとはいえ何度もぶたれた僚の尻は、うっすらと赤く染まり震えていた。
 妖しく蠢き誘惑してくるしなやかな身体に神取は大きく喘ぎ、また手のひらを弾ませた。左右の尻をまんべんなく朱に染め、満足げに見下ろす。
 まだ、もっと欲しい。

「もっと叩いていい?」
「あ、あ……いや、あっ……や、だあ」

 途切れ途切れにもれる声に嫌悪は一切なかった。むしろ甘えていた。
 容赦なく責められる自分にどこまでも陶酔していた。
 神取は支配者の貌で笑うと、支配される者の身体を手のひらで打ち据えた。

「好きだろう……こうされるのが」
「ひっ!」

 腿の外側を叩く。嗚呼、いい音。良い声。
 男は飽きる事無く奥を貪り、彼を泣かせ、涙を啜った。何度も何度も、何度も、音がするほど激しく腰を叩き付ける。
 いや、と濡れた声を上げながらも、僚もまた貪欲に男を求めた。
 男に操られているのか、自分が男を操っているのか。支配しているのか、されているのか、境界が曖昧に霞むこの瞬間が、たまらなく好きだ。
 引きずり込む力強さに身を委ねた直後、一気に熱が膨れ上がり弾けた。

「あ、あ…ああぁ!」

 僚はきつく四肢を硬直させ、先端から白濁を放った。
 やがて力なくうなだれる。
 神取は露わになったうなじに唇を寄せた。痺れるような絶頂の余韻に浸り、自分の下で激しく喘いでいる少年がしようもなく愛しい。もっと悦ばせてあげたい。
 神取は静かに身を引いた。完全に抜き去る瞬間、僚の口から呆然とした喘ぎがもれた。
 疲れ切った身体を仰向けに寝かせて、腕に膝を抱え、再び彼の中に埋める。

「ああぁ……」

 僚は大きなため息をもらした。
 緩んだそこはあっさり飲み込み、それでいて奥の方はきゅうきゅうと絞り上げるように蠢いて男のものを嬉しそうにしゃぶった。

「あぁ……たまらないっ」

 恍惚とした男の声が降ってくる。どんな顔をしているのだろうかと、この目で見たい欲求が猛烈な勢いで込み上げてくる。自分の都合の良い妄想ではなく、本物の男を見たい。

「た……たかひさ」

 僚の手が目隠しに触れるのを見て、神取は意図を察した。見えないが故の妄想に苛まれ、甘く悶える姿をもう少し愉しみたい気持ちもあったが、彼の強くまっすぐな瞳を見たい方が勝り、手を伸ばす。
 僚はようやく解放された瞼を持ち上げ、霞む目で男を見つめると、唇にほんのりと笑みを浮かべた。その顔がふと歪む。男の手が、雄に触れてきたのだ。

「やあぁ……」

 男の手を掴み、僚は首を左右した。

「手を離しなさい、僚……もっとしてあげるから」

 引き止めるのも構わず、神取は包み込んだそれをゆるゆると扱いた。先走りや精液で濡れたそれは手を動かすごとににちゃにちゃといやらしい音を立て、感触だけでなくその音も僚を悩ますのか、耳を塞ぐ仕草をしてみせた。そして、もう嫌だと髪を振り乱す。

「あ……あぁっ」

 嫌だと言いながらも、性器を扱かれれば身体は敏感に反応した。彼の意に反して硬く芯を帯びてゆく熱塊に気を良くし、神取はいっそ優しく微笑みかけた。 

「嫌じゃない……ほら、手を上にやって。ここを掴んでいなさい」

 神取は強引に頭上へと押しやり、シーツを握らせる。泣きそうな顔になりながらも、僚は言う通り従った。頬が引き攣り、無防備な身体を晒すだけの自分に慄いているようで、期待してもいるのだった。
 自分の意思で掴んだのを見届けると、哀れに青ざめた頬をそっとさすってやる。

「いい子だ……さあ、もっと可愛がってあげるよ」
「ひ、あぁっ!」

 男の指がそっと乳首を摘まむ。予測していたが、それでも堪えきれず僚はびくびくと肢体をわななかせた。ああ、と湿った声をもらし大きく仰け反る。反応は深奥まで響き、男は満足して腰を前後させた。
 数回奥を突かれたところで、僚は激しい叫びと共に熱を吐き出した。扱く男の手に合わせて腰を振り、涙を滲ませる。
 僚は首を曲げ、男の手の中にある自身のものを見やった。それから男に目を上げる。

「も、はなして……」

 苦しい息の下から訴えるが、男は愉しそうに笑うばかりで扱く手を止めなかった。
 いったばかりの過敏になった性器を続け様弄られるのは苦痛に等しく、しかし半ば予想してもいた僚はきつく眉根を寄せて耐え、次の波に身を固くした。

「僚は本当にいい子だ……」

 再び反応を始めた熱茎を優しくあやしながら、神取はうっとりとさえずった。
 熱を放っても開放されず、強引に追い詰められまた達する繰り返しに、僚は思い切り頭を反らして喘いだ。奥を穿たれ、前を扱かれ、乳首を転がされる。三点が繋がったように思え、受け止めきれない快感に何度も胸を喘がせる。声が止まらない。
 それでも僚は健気に手を離さず、苦しいほど強烈な男の愛撫に身を委ねた。
 しかしそれもそう長くはもたなかった。
 奥歯を噛みしめて呻く。

「だ、め……あっ…もう……んん…ゆ、ゆるしてっ……」
「もう我慢出来ない?」
「できな……できない、あ、ああっ…たかひさ」

 弱々しく泣きじゃくる様はとても哀れで、男の官能をこの上なく煽った。

「なら……降参するかい」

 初めに決めたセーフワードを使うかと、選択を委ねる。
 すると、ぐったり疲れ切っていた僚の表情が悔しそうに歪んだ。いやだ、と絞り出すように唸り、首を振った。
 気のせいでなく、内部の締め付けが増す。神取はびくりと腰を揺らした。
 僚は真っ向から男を見据えた。
 まだ続けたい訳ではない。ただ、全部を受け止めきれない自分が悔しいのだ。僚は強張ってしまった指をどうにか開いてシーツを離すと、男に腕を伸ばした。
 神取は縋ってくる身体を抱きしめ、長い事耐えた腕をいたわりさすってやった。
 僚はより強く腕に力を込めた。
 汗ばみ熱のこもった身体に抱き付かれ、神取は頭の芯が熱く痺れるのを感じた。
 まだ楽しみたかったが、どうやら限界が近いようだ。
 未だ力の抜けない内部を、力強く穿つ。
 僚はかすれた喘ぎをもらして身悶え、それでも男を咥えて離さなかった。自分が与えられるのはこれくらいで、必死に技巧を凝らす。
 何度も強制的にいかされた身体は疲れ切り、どろどろに蕩けていたが、奥まで届く男の熱いものに声が止まらなかった。
 力強く突き込んでくる激しさにもう何も考えられない。
 男の手の中で僚の怒漲がびくびくとのたうつ。一段膨らむのを感じ、今にも出るだろうと更に扱く。

「ひっあ……た、たかひさ…は……?」

 真っ白な瞬間に溺れそうになりながらも、僚は尋ねた。一緒に連れていこうとする僚の愛情に触れ、一気に込み上げる。神取は欲するまま抱きしめて僚の唇を吸い、何度も腰を打ち込んだ。
 砕けそうなほどの激しさにのたうち、悦び、僚は高みを目指した。

「ん、うぅ――!」

 口の中で、どちらともつかぬ叫びが弾ける。
 僚は自身の腹の上に、神取は彼の奥深くに、思いのたけを飛び散らせた。幾度も身体をぶるりと震わせ、針の振り切れた瞬間に酔い痴れる。

 

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