Dominance&Submission

甘い涙

 

 

 

 

 

 僚は促されるまま寝室のクローゼットを開いた。
 ほっそりとした、一本の黒い乗馬鞭。
 目に入った瞬間反射的に震えが走った。どうにか抑え込み、何でもない振りを貫く。
 神取は横から手を伸ばし、掴んだ鞭を僚の眼前に差し出した。

「もし本当に望むのなら、打ってくださいと言ってごらん」
 言えるかい

 そっと囁く。
 ぎこちなく男の顔を見上げながら僚は頷いた。しかしそこから中々動き出す事が出来ない。関節が軋み、固まって、思うように動けない。啜るように息を吸い込んで、僚は挑むように鞭を見つめた。
 どうにか鞭を掴む。
 しっかり握ったのを確認し、男はそっと手を離した。

「!…」

 途端に僚の手に鞭の重みがかかる。
 背筋の辺りにぞっとするものが走った。冷たくて、だのに身体の芯はじりじりと熱い。何かに炙られているようだった。これは何なのだろうと正体を見極めようとする。
 僚は一歩進み出て振り返ると、男に鞭を差し出して言った。

「打って…ください。おれのこと……これで」
 お願いします

 どこかのぼせた声で呟く少年に微笑みかけ、神取は鞭を受け取った。

「いいよ……お尻を叩いてあげよう」

 静かに言葉を綴る。
 僚は薄く目を閉じてぶるりと震えを放ち、しずしずと瞼を持ち上げて男を見つめた。

「では、服を全て脱いで」

 どこか楽しげに神取は言った。一瞬の静止の後、僚はこくりと頷き一枚ずつ服を脱いでいった。
 十七歳になったばかりの、目の眩むような若い肌が少しずつ露わになってゆく。
 楽しくてたまらなかった。彼とこうする事が出来るのはもう少し後、もう少し馴染んでからと思っていた。いくら素質があるとはいえ、散々恐怖を味わわされたものに引き込むのはためらいがあった。だからもう何度か肌を合わせ、じっくりと教え込もうと思っていた。
 完全に拭い去る事は出来ないまでも、反射的にかばう手が上がらなくなるまで待って、それから始めようと思っていた。
 それが彼を悩ませ、焦れた気持ちにさせてしまったのは申し訳なく思うが、嬉しく、また愉しいものであった。
 怖いと思いながらも懸命に歩み寄ろうとする姿勢が、彼の見せる仕草のすべてが、たまらなく愛しい。
 脱いだ服の置き場に戸惑いを見せたので、目線で椅子の上へと促す。きっちりとたたんではいないが、適当に丸めてもいない。こんなところにも彼の性分が窺え、少しおかしくなる。

「まっすぐに立って、両手を私の方へ……そう、手のひらは上に。しっかりと上に向けなさい」

 僚はびくびくと怯えた様子を見せた。神取はすぐに理由を察した。
 鞭を手にした人間にそう指示されたら、大抵はそこを打たれると思ってしまうのも無理はない。僚が緊張したのもその為だ。肩の辺りがいささか強張っている。
 神取はふと口端を緩め、自分に向かって伸ばされた手の上に鞭を乗せた。果たして彼はびくりと反応したが、打たれるのではないと分かるとほっと肩の力を抜いた。

「しっかりと乗せておくんだ。出来るかい」

 はい、とごく小さな声が返事をする。もう一度笑みを見せ、クローゼットに向かう。
 別の場所から、彼の為に用意したものを取り出す。手枷、足枷、そして首輪。派手でない落ち着いた赤色が、彼の肌に似合うだろうと思って、これにしたのだ。
 左右の手に渡すようにして乗せた鞭はそのままに、神取はそれぞれの箇所に枷を巻き付けていった。
 一つ留める度に顔を向け、そこに嫌悪がないか確認する。
 心なしか頬が引き攣り、枷をじっと見つめる眼差しも大分きついが、内包しているのは恐怖だけではないようだ。
 吐息が浅いのも、唇が震えているのも、すべては興奮からくるもの。枷を巻かれる事で支配されるものになってゆく己に気持ちが昂っているのだ。
 鞭で叩かれる事に、期待しているのだ。
 足枷をつけるために跪く。

「………」

 頭上から、ため息に似たかすれが聞こえた。彼に嫌な思いをさせてはいけないと過敏になっていたせいか、神取は耳にした途端反射的に顔を上げた。

「やっ……」

 僚は大げさなほど身体を震わせた。
 理由はすぐにわかった。
 気持ちの昂りに合わせて、彼の雄が素直に反応してしまっていたのだ。
 緩く頭をもたげたそれに、男はしばし視線を注ぐ。

「……み、見ないで」

 今にも泣きそうに顔を歪め、僚は告げた。出来るなら両手で隠したかったが、鞭を手放すわけにはいかない。手を下ろせない。むき出しのまま、男に晒すしかない恥ずかしさに耳が痛いほど熱くなる。
 気付けば左右の足を踏みしめていた。

「素直に反応してくれて、嬉しいよ」

 神取は一度立ち上がり、静かに言った。もうそこまで涙が込み上げているのか、僚はしきりに瞬きを繰り返していた。それでも姿勢を変えず鞭を捧げ持っている。嗚呼なんて健気な子。
 早く、泣かせたい。そしてうんと甘い快楽を与えて、溺れさせたい。
 もう片方の足にも枷をつけ、最後に首輪を巻き付ける。

「苦しくはないか」

 神取は指先でゆとりを確かめた。
 僚は大丈夫と声を絞り出すが、重くて硬い革の感触に二度三度と震えが走った。
「ああ、思った以上によく似合うよ」
 一歩二歩離れて全身を眺め、神取は頬を緩めた。
 すると今の今まで泣きそうに下を向いていた僚の瞳が上向き、ほのかな笑みを浮かべた。
 ぎこちなく硬い表情だが、男を悦ばせるには十分だった。

「少しリラックス出来るように、いいものを用意したよ」

 僚は眼を眇めた。ポケットから取り出された鈍色のケースにまっすぐ凝視を注ぐ。男が手にするあの、手のひらにのるほどの小さなケースに何が入っているか、中を見るまでもなく察する事が出来た。おそらく推測に間違いはない。以前、嫌というほど目にした。持ち主によって容器は様々だが、中身に変わりはなかった。
 目付きやぎゅっと結んだ唇から、神取は彼が大体の予想を付けた事を知る。彼が、出会う以前していた『アルバイト』で、目にする機会も多かった事だろうから。しかし気付かない振りをする。
 彼はもちろんの事自分も、出会う前の事を口にするのが嫌だからだ。何をしていたか、どんな扱いを受けていたか、知っている。そして知らない。知りたい…いいや知りたくない。
 本当は知りたくてたまらないが、過ぎた事と考えの外に強引に押しやる。
 神取は静かにケースを開いた。

「おかしな薬ではないよ。後にも残らない。痛い思いだけではつらいからね、楽しむ為に一粒」

 最後の選択は託し、鞭を受け取る。
 僚はぎくしゃくと腕を下ろし、ちらりと男をかすめ見た。
 ほのかに笑んでいるが、本当のところ何を考えているか掴めない。自分が、こういった薬の事を知っているかどうか、どう思っているか、何を考えているのか。
 以前のアルバイトで似た薬を飲んだ事がある。自分がどうなってしまうか、だからよくわかっている。あんな姿を見たらきっと幻滅する。嫌われる。
 でも。
 男の目を見ると、引き寄せられるようになんでも受け入れてしまう。どんな事でもして、自分のすべてを見せたくなってしまう。
 男は静かに言った。

「欲しいなら、口を開けて」

 僚は暗示にかかったようにとろんとした目で口を開いた。
 神取は摘まんだ一粒を舌にのせた。
 やや置いて、僚の喉がわずかに上下した。

「よく飲めたね。いい子だ」
「あ……」

 男の大きな手がゆっくり動き、頭を撫でる。耳に滑り込んだ心地良い低音に僚はうっとりと酔い痴れた。
 半ば無意識に身震いを放つ。肌を伝う淡い痺れは腰の奥へと流れ込み、曖昧だった疼きが次第にはっきりしたものになっていった。
 恥ずかしそうに身を竦めて立ち尽くす少年にひと息笑い、神取はベッドに上半身を乗せるよう指示した。
 不安げにちらりちらりと視線を寄越してくる僚にそれでいいと頷き、傍に歩み寄る。
 空気の揺れを察知して、彼の背中に一気に緊張が走った。
 僚はごくりと唾を飲み込んだ。尻を突き出した格好は恥ずかしさと共に恐怖を感じさせた。この姿勢で、きっと鞭を受けるのだ。緊張に喉が引き攣る。痛みはもうとっくにわかっているが、身体が強張って仕方ない。力を抜こうとしてもうまくいかず、小刻みな震えが止まらない。
 すると背後から静かな声が聞こえた。

「もう少しリラックスさせてあげよう」

 同時に暖かな手が肩に触れてきた。
 力を抜いて、と優しく撫でられる。
 男の手は、決して劣情を煽るものではなかったが、体内で溶け始めた薬によってわずかな刺激もそれへと繋がり、僚を悩ませた。
 緊張をほぐし宥める為の動きにすら感じてしまい、今にも声が出そうになるのだ。どうにか飲み込む事は出来たが、何度か腰がびくびくと跳ねてしまい、その度に僚は泣きたい気持ちになった。
 いや、違う。
 もっと強い刺激が欲しいのだ。
 感じるところを摘まんで、擦って、いかせてほしい。
 そんな淫らな妄想に耽っていると、まるで心を読んだかのように男の指が後孔に触れてきた。

「力を抜いて」
「!…」

 僚は過剰に身体を弾ませた。狭い入り口を押し広げて入ってくるものが何なのか、見なくても色や形までわかってしまう自分に少し嫌気がさす。
 かつてこれで数え切れないほど弄ばれた。
 嫌だ、思い出したくない、切り離したいと思えば思うほど、頭の中にくっきりと蘇ってきた。あの時やあの時、平気でべらべらと嘘を吐き足を開いてねだってよがって身悶えてもっとしてくれと縋り付いたかつての自分が蘇り、きりきりと胸が軋む。
 だというのに、まるでそれらの記憶を糧にするかのように下腹に熱が集まっていった。
 駄目だ、止まれ。
 意識するほどに身体が燃え上がる。
 薬のせい、こんなの。
 本当にそうだろうか。
 悲しさを堪えていると耳元で声がした。 

「苦しい?」

 神取は覆いかぶさるようにして顔を窺った。
 僚は小さく首を振り、ぎこちなく男に目を向けた。

「……平気」

 鋭く、冷たいようで、情がこもっているのを感じられた。支配者の貌に背筋がぞくりと冷えるが、この男は何一つも見誤らないのを知っているから、本当のところでは安心する事が出来た。
「だいじょうぶ……」
 潤んだ声で呟く僚に微笑み、神取は一度頭を撫でた。何か訴えかけてくる眼差しに言葉ほどのゆとりは見受けられないが、そこに苦痛はないようで、ひとまず安堵する。
 下腹に目を移すと、薬によるものか小さな玩具のせいか、すっかり張り切っていた。
 じっとしているのがつらいとばかりに僚は時折もじもじと腰を蠢かせた。
 薬を使った上性具を噛ませたのだから当然だろう。
 我慢しきれない様子を見せる彼に、好ましい反応に、密かに頬を緩める。
 神取は手枷の金具を前で繋ぎ合わせると、肩を支えて一旦立たせた。

「っ……」

 思わず僚は喉を鳴らした。身体の前とはいえ、こういった形で拘束されるのはやはり少し怖いものだった。
 それでも、肩に添えられた大きな手は変わらず暖かく、不思議と恐怖は和らいだ。

「さあ、ではそこに、四つん這いになりなさい」

 支えの手を頼りに僚は言われた通りの姿勢になった。ああ、とうとうくるのだと呼吸が少し苦しくなる。それでも下腹の猛りは相変わらずで、ずきんずきんと脈打つ熱に自分がわからなくなってゆく。
 痛くされるのは嫌い、好きでもなんでもない。それでも自分は男の鞭を欲した。男の事をもっと知りたいからだ。
 どんなふうに扱うのか、どんな言葉をかけるのか、全部教えてほしい。

「覚悟はいいかい」
「……はい」

 意識してはっきり声を出す。
 恐怖に、いや期待に胸がはちきれそうになる。するとますます身体は昂り、半ば無意識に内部のものを締め付ける事になった。そうする事でわずかに転がり、切ないような感覚が生じて僚は眉根を寄せた。
 神取は四つん這いになった僚の正面に立つと、静かに跪いた。鞭を握った手で顔を上げさせ、目を見合わせる。

「三回、鞭で打つ。声に出して数えなさい。いいね」
「……はい」
「もし耐えられないと思った時は、迷わずこう言うんだ。助けて。これが出たら、どんな時でも私はすぐに中断する。必ずだ」

 試しに言ってごらんと促され、僚は戸惑いながらも口の中で言葉を繰り返した。
 神取は微笑んで一度頷いた。それからゆっくり立ち上がる。
 僚は床に凝視を注いだまま、背後に回る男の気配に神経を集中させた。男の視線は今、自分のどこを見ているだろうか。どう思っているだろうか…玩具を咥えて、床に這いつくばって、鞭で打たれるのを今か今かと待ち望んでいる自分を、どんな風に見ているのだろうか。
 襟元一つ緩めず、きちんと服を身にまとった支配者と、全裸で手足に枷を巻き首輪をつけた支配される者の自分、その対比が、打ちひしがれた気持ちにさせる。
 それでも何故か、いやそれだからこそ、妖しい興奮となって身を襲った。
 僚は大きくしゃくり上げた。その呼吸が一瞬止まる。
 内部で、性具が静かに振動を始めたのだ。単調で緩やかな動きだが、薬によって過敏になった僚を脅かすには十分だった。肌の表面がぴりぴりと疼き、身体のそこかしこがもやもやと切ない気持ちに包まれてゆく。
 胸の左右の一点ずつが痛いほど凝り、恥ずかしさに喉の奥で鳴いて歯噛みする。
 触りたい。
 触って慰めたい。

「あ、……あっ!」

 両手をぎゅっと握りしめ、背をたわませた。狭い内部で玩具が窮屈そうに蠢いている様が、脳裏にくっきりと思い浮かぶ。
 直後鞭の先端がひたりと尻に当てられた。

「いくよ」

 男の甘い低音が宣言する。僚は悲しげに顔を歪ませ頷いた。ぐっと奥歯を噛みしめて待ち構える。
 空を切る音と同時に、鋭い衝撃が背筋を貫いた。
 喉の奥で声を押し殺し、僚は後悔した。
 本当の後悔はその後にやってきた。
 痛みに耐える為に全身を力ませた途端、内部に咥えたものをより強く締め付ける事になった。中途半端な刺激にもどかしさが募り、僚は痛む尻を半ば無意識に振り立てた。
 汗ばみ、緊張した背中がゆっくりとうねっている。神取はしばしその様を眺めた。

「数えなさい、僚」

 笑い声が聞こえた気がして、僚はあわてて「いち」と口に出した。
 また鞭の先端が触れてきた。打たれて敏感になった箇所をくすぐるように撫でられ、むず痒さに小さく首を振る。
 気付けばじわりと涙が滲んでいた。
 それが痛みのせいか、惨めさからか、あるいはもどかしさからくるものなのか、判別がつかない。
 どれも当たりで、どれも違う。
 自分がわからない。
 痛みは徐々にほぐれて熱さと疼きに変わり、内部からじくじくと滲み出てくる快感とあいまって、自分がわからなくなる。
 自分が何を感じているのかわからなくなる。

「!…に」

 再び痛みが走った。同時にはっきりとした快感が駆け抜け、僚を翻弄した。内部を蹂躙するちっぽけな一つの性具で、こんなにも身悶えてしまう自分が恥ずかしくてたまらなかった。だというのに動きを止められない、我慢出来ない。痛みと快感に同時に見舞われ、頭がどうにかなってしまいそうだった。

「も……やだ」

 頬に涙を零しながら僚は小さく呟いた。こんな風に苛まれた事がない。異なる二つのものを同時に味わわされた事がない。いつも強烈な痛みに翻弄され、のたうつばかりだった。これほどの甘い痛みなんて知らない、初めてだ。
 男は一旦鞭を引っ込め、正面に回り込み先刻と同じように跪いた。
 しゃくり上げる少年の頭を優しく撫で、語りかける。

「あと一回だ、僚。あと一回、我慢出来るね」
「………」

 僚は鼻を啜ると、潤んだ瞳で男を見上げた。眼差しはぼうっと霞み、どことなくのぼせているようだった。
 痛くてつらい、早く解放されたくてたまらないのに、男の声を聞くと、眼差しに捕らわれると、どんな事でも耐えられる気がした。ぎりぎりまで我慢して、男の喜ぶ顔を見たい気持ちが強く込み上げてくる。

「できる……」

 喉から声を絞り出すと、男は嬉しそうに頬を緩めた。嗚呼、頭を撫でる手が気持ちいい。うっとりとした気分に包まれる。

「いい子だ、その分のご褒美をあげよう」

 神取は手にした器具で性具の振動を一段強くした。
 たちまち僚は妖しく身を悶えさせ、何度も首を振りたくった。少し癖のある黒髪が左右に揺れ、その度に見え隠れする左耳のピアスがちかちかと光った。

「やだ、や……これ、止めて」
「最後まで数えられたら、止めてあげよう。いいね」
「っ……はい」

 内股を震わせながら、僚は頷いた。男の手が頬を包み、親指が涙を拭った。
 そしてためらいなく涙を舐め取る。
 僚は呼吸も忘れてその様に見入った。まるで自分の身体を舐められたようで、たまらないほどの快感にしようもなく息が引き攣った。

「んんっ……」

 甘い声で鳴き、身体をくねらせる僚にじっくり視線を注ぎ、神取は背後に回った。

「さあ…これで最後だよ」

 軽く手を振り上げる。
 ついに三度目の衝撃が僚を襲った。

「さん……!」

 は、と息を吐き出し、僚は深くうなだれた。
 神取は約束通り、数える声と同時にスイッチを切った。
 己を脅かすものがまた一つなくなりほっとしたのも束の間、まだ振動がへばりついているように思え、僚は床にうずくまったまま身動き一つ出来ないでいた。ただはあはあと胸を喘がせるしかなくなる。

「ん、う……」

 神取は鞭をしまうと、荒く喘ぐ僚を抱き起した。繋いでいた金具を外し、静かにベッドに寝かせる。姿勢が変わる事で内部の玩具が動き、殊更に響くのだろう、またも口から甘い声がもれた。ふと笑って下腹へと目を移す。時折不規則にびくびくと震え、はしたなくよだれを垂らしていた。

「や、だ……」

 僚は緩慢に動いて膝を立て、隠そうとした。泣き顔を見られるのも堪え難かった。
 しかし男は許さず、覆いかぶさるようにしてやや強引に仰向けに押さえ付けた。

「あぁっ……」

 薬が効いているせいで、ただ掴まれるのも、今の僚には強烈な快感となった。ぞくっとした疼きが背筋を這いずり、身体の底からじわじわと、声も我慢出来ない切なくなる感覚が込み上げてくる。
 おこりのように二度三度と震えを放ち、見下ろしてくる支配者をびくびくと見つめ返した。
 神取は異変がないか、隅々まで確かめた。
 泣いたせいで息が荒い。いや、違う。興奮しているのだ。鞭で叩かれ泣くほどの惨めな思いを味わい、それでも感じてしまっている自分を見られる事にひどく興奮しているのだ。ずっと腰が落ち着かないのはそのせいだ。
 男は支配者の貌で笑う。

「私の鞭は、痛かったかい」

 僚は頷き、すぐに首を振る。

「へいき……」
「最後までよく我慢出来たね」
 いい子だ

 優しい低音と共に頭を撫でられ、僚はうっとりとした顔で男を見つめた。

「おれ……」
「どうした」
「ちゃんと…できた?」

 吐息が時々跳ね上がる。男の手が身体を撫でさすり、いいところを過ぎるからだ。

「ああ、とても。とてもいい反応だったよ。君をパートナーにする事が出来て、本当に嬉しい」

 新たに零れた頬の涙を吸ってやる。心なしか甘い気がした。彼の泣き顔が舌の上で甘くとろける。ただの錯覚だろうに、鼻へと抜ける深い味わいに全身がうっとりと痺れた。

「最後まで数えきる事が出来たから、ご褒美をあげるよ」

 神取は掴んでいた手を自分の首に回させ、抱き合う形で唇を重ねた。

「ん、んんぅ……あ…はっ」

 軽く舌を舐めるのにさえひどく感じて、僚はしとどに喘ぎをもらした。服が肌を擦るのもたまらない。もっと刺激を得ようと、腕に抱いた男の身体をしきりにまさぐる。
 やがて唇は頬にずれ、首筋へと移り、小さくついばむようにして肌を這っていった。

「……あつい」

 僚はぼんやりと呟き、優しい愛撫を繰り返す男の肩に縋った。

「足を開いて」

 言葉に素直に従うと、手が奥に滑り込んできた。過剰に身体を震わす。力んだ事で内部のそれにまた噛み付いてしまい、ぎりぎりまで追い詰められていた僚は泣きそうな顔で呻いた。
 と、男の手が性具を抜き取り始めた。
 肩を掴む手に力を込め、僚は首を振った。

「だ、だめ……」

 切羽詰まったように吐息をもらす。

「どうして」

 聞き返すが、下腹の状態を見れば僚が何に焦りを表しているのかすぐに分かった。引き抜かれるわずかな刺激さえもとどめになって、いってしまうのを恐れているのだ。
 手首を掴み、何とか阻止しようとする。

「手を放して、僚。今抜いてあげるから」
「や、だ…だって……」
「構わないよ。薬のせいだから、我慢せずいきなさい」

 いやだ、見るなとかすれた泣き声を愉しみながら、神取はゆっくり引き抜いた。思いの外抵抗があった。まだ味わっていたいと訴える身体に、素直に感じている事に、興奮が募る。つるりとしたローターが後孔を広げた瞬間僚の身体が一気に強張り、低い呻きと共に熱いものが放たれた。
 自身の腹にぶちまけた白液にきつく眉根を寄せ、僚は天井を睨み付けた。
 泣きたい気持ちで一杯なのに、身体中に広がる満足感に頭がかき乱される。低く唸り両手で顔を覆う。
 可愛らしい反応にたまらなくなり、神取は手の甲に唇で触れた。一瞬ぴくりと震えるが、盾は取り払われなかった。ふと笑い、肌を撫でさすって胸の一点を摘まむ。すぐにもう片方にも口付ける。

「や、あ……」

 甘い吐息が僚の唇からもれた。
 神取はさらに空いた手で後孔を弄った。触れた途端きゅっと締まったそこに二本の指を揃えゆっくり埋め込む。内部は思った以上に熱く、蕩けるように柔らかかった。感触を確かめるように、半ばまで進めた指でそっと弄る。

「あぁっ!」

 僚はたまらないとばかりに腰をくねらせ、びくびくと弾ませた。
 内襞を擦りながら、神取は更にそっと乳首に歯を当てた。

「んん――!」

 シーツに擦り付けるようにして身悶える様に気を良くし、神取はより執拗に二ヶ所を責め続けた。
 今しがた放ったばかりの下腹は瞬く間に張り詰め、たらたらと透明な涎を垂らしてわなないた。垂れてきたそれは後ろを弄る指にまで届き、濡らして、やがて動きに合わせて卑猥な音を立てた。
 耳に届く響きに僚はかっと頬を熱くさせた。

「あ、あぁ、あ…そこ」
「ここが好きなんだね」

 もっとも感じる箇所をこりこりと指先で擦られ、痺れるほどの快感に僚は高い声を迸らせた。

「やぁ――!」

 身を捩るが、内部を弄る手も、乳首を擦る指も、離れてはくれなかった。

「好きだろう」

 その通りなのに、僚は激しく首を振った。堪えても口が開いて、自分でも恥ずかしくなるほどの甘い声がもれてしまう。
 ぬちゅぬちゅと絶え間なく続くいやらしい音にさえ感じてしまい、わけがわからなくなる。
 身体がどうにかなってしまう、怖い。

「怖くないよ、大丈夫。私はここにいるだろう」
「た……たかひさ」

 頬に触れる男の手に顔をすり寄せ、僚は何度も目を瞬いた。

「もうやだやめて、やだ、やだあ!」

 感じすぎておかしくなる、もういやだと繰り返じもつれる舌で訴え、僚は激しく髪を振り乱した。

「両方はだめ…ああぁだめ!」
「気持ちいいのは嫌いかい」

 首を振る。手が足が身体じゅうが蕩けてしまいそうに気持ちいい。好き、大好き。男にされるなんて夢みたいだ。でも。だから怖い。こんなにいやらしく貪欲に求める自分を見て、嫌われてしまうのではないか。

「どちらも君の好きなところだ。もっとしてあげよう」
「いやだぁ……!」

 泣き叫ぶが、身体は男の動きに反応していた。自ら腰を揺すって素直に快感に浸る。

「そんなに嫌?」
「りょうほ…だめ、だ、め……」

 そう言いながら入れた指にきつく噛み付いてくる。もっとしてほしいときゅうきゅう締め付け、自ら胸を反らせて差し出してくる。

「なら、駄目でなくなるまでしてあげるよ」

 首を振って拒む僚に笑いかけ、嫌というほど二ヶ所を責め立てる。たっぷり濡れたそこを指で抉り、擦って、何度も抜き差しを繰り返す。淫撫にあわせてぬちゅぬちゅといやらしい音が響いた。鼓膜からも犯され、恥ずかしさに僚はすすり泣いた。

「たかひさ…いや、や……あ、あああ…んぅ」
「嫌じゃない、ほら、いいと言ってごらん」

 とめどなく嬌声をもらし僚は何度も身悶えた。言葉以外はすっかり落ちているのに、強情な子。それを完全に落とすのがいいのだ。

「気持ちいいだろう、僚…ほら、素直におねだりしてごらん」

 喘ぎの合間に、いやだ、怖い、と言葉がもれる。何が怖いのか薄々感付いてはいた。感じすぎて怖い、溺れきってしまうのが怖い、我を忘れて、どこまでも欲しがってしまう自分を見せるのが怖い。

「やだ――あああ!」

 ひときわ高い声と共に、白液を噴き上げる。それでも神取は責める手を緩めず、執拗に内部を捏ね回した。

「うう――もうやだ…もう許してぇ……!」

 内側で奔放に動き回る指に押されて、僚のそこからはだらだらと涎があふれ出る。これ以上浅ましい様を晒したくないと懇願するが、すっかり薬に侵された身体は、男の愛撫に素直に反応した。いやだと言いながら腕は男に抱き縋り、愛撫の手に合わせて自分のいいように腰を揺すった。

「またいく! い、い――!」

 声とほぼ同時に熱いものが迸る。ぎゅうっと絞り込む内襞に神取はぞくぞくとした快感を味わう。身体の芯は燃えるように熱くなり、自分のもので彼を抱いている錯覚に浸る。そうしながら、尚も淫撫を続けた。
 休みなく追いつめられ、苦しげにしながらも僚は悩ましい声と眼差しで男を愉しませた。
 しばらく中をかき回して、神取はあっさりと指を引き抜いた。あ、と戸惑った声にふと笑い、乳首だけを責める。
 ひっひっと喉を引き攣らせ僚は仰け反った。どんなに嫌と訴えてもやめてもらえず、頭の芯が痺れるほど二点を同時に責められ、繋がったかのような錯覚に翻弄された後だけに、片方だけの刺激はもう片方への渇望となった。

「……こんな」

 すすり泣く。
 哀れを誘う響きにうっとりと聞きほれながら、神取は指で摘まんだ小さな膨らみを優しくもてあそんだ。指先で転がし、押し潰して、根元から扱き、すっかり硬く尖った感触を楽しむ。
 どの動きも僚を悩ませた。弄られると後ろが強烈に疼き、今の今まであった指の感触が恋しくて身体の震えが止まらない。

「おねだりしてごらん」

 訴えかけてくる僚の眼差しを絡め取り、神取は静かに囁いた。

「あ、あ……ほしい!」

 僚はぶるぶるとわなないた。
 もう、欲しくてたまらない。我慢出来ない。溶けて身体中に広がった薬のせい…違う自分はもともとこうなんだ。ああだめだ、欲しくて欲しくて頭がどうにかなりそうだ。他に何も考えられない。

「僚…何が欲しい」
「ちょうだい、たかひさの――」

 叫びながら男の下腹へ手を伸ばす。その拍子に、以前何度も口にした卑語が思わず飛び出す。慌てて口を押えるが手遅れだった。自分に聞こえた。男にもきっと聞こえた。

「あ、あ……」

 絶望に染まった顔でぶるぶる震える僚を見て、彼が何を本当に怖がっていたか男はやっと悟った。唇に押し当てられた手を力尽くでどかし、深く口付ける。一瞬嫌がる素振りを見せたが、すぐに応えて舌を絡めてきた。
 ほろりほろりと涙を零し、僚は静かに泣き出した。

「僚……欲しい?」

 鼻先が触れるほど近付いて目を覗き込み、奥にある心に手を伸ばす。
 窺う目線で僚は上目遣いに見やった。

「欲しくない?」
「欲しい……!」

 ぶつける勢いで僚は言った。中が疼いてたまらない。どうしてこんな意地悪するの。鷹久がそうしたのに。こんな風にしたのに。
 やっぱり俺とはしたくないんだ。あんな事平気で口に出来るから。汚いから。
 悲しくてたまらなくなる。それでも男が欲しくてたまらない。離したくない。

「……欲しい」
「私の目を見て言ってごらん」

 ここに欲しい?

「!…」

 男の熱く硬い感触を後孔に感じ、僚は喉を引き攣らせた。首を曲げて見やり、すぐに男の顔に戻す。
 軽く押し付けられただけなのに全身が甘く痺れて、またいってしまいそうになる。

「あ、あ…やっ…入れて、おねがい」
「どこに欲しい」

 余裕のあるふりで焦らす自分もその実、耐え切れなくなっていた。何度も身悶えてねだる様を見るだけでいってしまいそうになる。
 荒い息に胸を喘がせながら僚は言った。

「おく、おくまで……たかひさの、おねがい」

 全部欲しい、おねがい

「……いい子だ」

 耳に滑り込んでくる男の優しい声と共に、待ち望んだ強い圧迫が僚を襲った。

「ああぁ、やあ――」

 間延びしたよがり声を上げ、全身で快感を訴える僚を見下ろしながら、神取はゆっくり腰を進めた。玩具と指とで柔らかくなったそこは驚くほど熱く、絶妙な力でもって締め付けてきた。きゅうきゅうと絞るように巻き付かれ、声を抑えるのに苦労する。
 僚の嬌声に紛れて切れ切れに零す。
 と、組み敷いた身体が一段と大きくわなないた。
 根元まで入り切らぬ内に限界を迎え、達したのだ。

「あうぅ……たかひさの、いい……」

 四肢を強張らせ、僚は何度も気持ちいいと繰り返した。うっとりと浸り、とろんとした目で横たわる様は何とも言えぬ色気があった。あっけなく飲み込まれ、男は瞬きも忘れて見入った。
 やがて僚は思い出したようには、とため息をつき、シーツに投げ出していた腕を持ち上げて男にきつく抱きついた。

「たかひさのきもちいい……もっとぉ…もっとして」

 自ら腰を押し付けねだる僚に触発され、神取は強く腰を打ち付けた。まるで呼吸するかのように不規則に食い絞めてくる内部を存分に味わう。

「ひ、い、いい! あああそこ、いい……!」

 音がするほど強く穿たれ、身体を揺さぶられて、僚は涎を垂らさんばかりによがり続けた。脳天を直撃する激しい痺れに目の前がちかちかと白く瞬く。
 気持ちいい、好き、鷹久。
 喘ぎの合間に三つを繰り返し、目も眩む快感をくれる男を貪る。

「私も好きだよ……僚」
「俺の身体、すき?」
「ああ……」

 浅い箇所を擦りながら神取は乳首を摘まんだ。

「あぅっ!」

 途端に僚は可愛らしい声を上げてびくんと仰け反った。

「こんな風に反応してくれるのが、大好きだよ」

 そして一番好きな奥をゆっくり捏ねると、少しびっくりするほどの声で悶えて、抱いている歓びに浸る事が出来る。

「う…お、おれも、ああぁっ…すき……」

 僚は翻弄されながらも咥え込んだ男のものを何度も締め付けてしゃぶった。そうすると嬉しそうに震えるのがわかり、たまらなく幸せになるのだ。
 だから、もっとして。
 潤んだ目でひたむきに見つめてくる少年を、神取はうっとりと見下ろす。引き寄せられるまま口付け、腰の動きを速める。口の中で何度も叫びが上がるのを愉しみながらより強く打ち込み、絶頂へと追い立てる。
 いく、と切羽詰まった声が上がるのを無視して責め続けると、ついに僚はいきっぱなしになり、だめ、苦しいと訴える癖にまだ欲しがってきた。触発されて男も繰り返し奥に放つ。
 あつい、あついとうわごとのように繰り返し、僚は緩み切った顔に一杯の笑みを浮かべて喜びに震えた。
 もっと出してとねだられ、愛しさで胸がはちきれそうになる。これほどの充足感をくれる少年に、神取は思いの丈をぶつけた。
 目が合えばその度に口付け、汗ばんだ肌を繰り返し撫でて、感じる箇所を意地悪く摘まむ。すると僚は甘い泣き声でぐずり、口ではいやだと言いながらも自ら差し出してきた。

「だめ、も……だめぇ」

 乳首をいじりながら奥を突くと、より一層身体がしなった。

「僚は、こうされるのが好きだね」
「うん、うん……好き…こ、こすれて……あ、やぁ!」

 持ち上げた頭をがくがく振り立て、僚は涎を垂らさんばかりに悦び喉を鳴らした。やがてぐうっと大きく仰け反り、達した様子を見せた。

「あぁっ……たかひさ!」

 力一杯しがみ付いてくる身体を抱き返し、苦しげな喘ぎが鎮まるまで、神取はそのままでいた。燃えるように熱い腕に包まれるのは、何よりも幸いを感じた。少しでも落ち着くよう、腕や肩を優しく撫でさすってやる。
 たちまち僚の顔がうっとりと緩む。
 しばらくして、部屋にまた甘い喘ぎが溢れていった。
 与えて、高め合い、飽きることなく二人は互いを貪り続けた。

 

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