Dominance&Submission

甘い涙

 

 

 

 

 

 朝を迎えて、昨日はいつ眠りについただろうかと神取はぼやける記憶を手繰った。
 彼の世話を最後まできちんとしたか曖昧で、たちまち背筋がぞっと冷える。次第に蘇ってくるこの記憶は、夢を勘違いしたか都合よくでっち上げたかと不安になり、必死になって思い出す。
 隣では、僚が気持ちよさそうに眠っていた。小さくほどけた口から、かすかな寝息が聞こえてくる。表情につらそうなところはなく、何にも脅かされず安らいでいるのが窺えた。顔を寄せると、自分が常用している石鹸の匂いが微かにした。そうだ、間違いない。ほっと力を抜く。
 静かにベッドを抜け出し、極力音を立てぬよう身支度を済ませる。
 朝食の準備を終えて一旦様子を見に行くと、ベッドの中からこちらを見やる目とぶつかった。
 おはようと声をかけるが、ベッドの中でもじもじと動きづらそうにしているので、昨日の行為でどこかを痛めたのかと心配になる。
 歩み寄ってベッドに腰かけ一つひとつ聞いて確かめるが、彼はどれにも首を振った。頭も身体も脚も、異常はないという。がしかし、まだ赤い顔は続いていた。熱はないのだが。

「平気だって」

 ただ、と、ようやくの事彼は理由を口にした。昨日の乱れに乱れた自分が思い出すほどに恥ずかしく、あわせる顔がないと悶々としていたのだ。
 恐らくはそうだろうと予測した通りだが、実際言われると安心すると同時に愛しくてたまらなくなる。
 堪えても笑いが零れ、男は慌てて謝罪した。
 僚は一旦口を引き結び、ぶっきらぼうに応えた。

「べつに……だからどこも痛くないし、心配ない」
「良かった。確かに昨日は、いつもより頑張ったからね」

 すると彼は神妙な面持ちで黙り込んだ。
 やや置いて静かに口を開く。

「……あんなの、した内に入る?」

 恐る恐るといった風に男を見上げ、僚は目を瞬いた。自分ばかり気持ち良くなっただけで、男には物足りなかったのではないかと、色々考えてしまう。とはいえ実のところ半分ほどしか覚えていないのだ。薬のせいで、全体的にぼんやり霞んでいる。残っているのは、ただひたすら気持ち良さに包まれていたという事だけ。男の手が、唇が、抱きしめる腕が本当に気持ち良かった。身体の深いところまで開かされ、苦しいけれどうっとりするほど甘くて、溶けてしまいそうだった。赤くなった顔を元に戻すのに苦労するほど。これで、男のパートナーとして、きちんと振る舞う事が出来ていただろうか。
 あんなコミュニケーションで、楽しいと思ってくれただろうか。

「ああ、充分だとも。これからの楽しみも出来た」
「じゃあ…昨日の何点?」

 ふむ、と軽く笑んで考え込む男に急に怖くなり、僚はやっぱりいいと慌てて片手を上げた。
 神取は声に出して笑った。

「その態度も含めて、満点だよ」
「……いいよ」

 恥ずかしさからそっぽを向いた態度さえ愛しい。そっと頬を撫でる。

「では、私は何点だったかな」

 尋ねると、ゆっくりと視線が戻ってきた。思いがけず熱心に見つめられ、不覚にも胸が高鳴った。
 緊張しつつ答えを待っていると唇が何事か呟いた。聞き返すと、つけられないと声がした。

「全部……気持ち良かった」

 どこかふわふわと夢見心地に僚は言った。毛布の下でもぞもぞと身体を動かし、両手で男に抱き付く。
 好き。
 ため息ほどのごく小さな囁きだったが、はっきりと耳に届いた。
 昨日味わった甘い涙が、また舌の上に広がったように感じられた。

「ありがとう」
 私も好きだよ

 神取はしばし目を閉じ、幸福に浸った。しがみ付いてくる身体は寝起きのせいか少し熱く、じんわりと肌に沁み込んできた。嬉しさに自然と頬が緩んだ。
 そっと頭を撫でる。

「さあ、では起きて、心配ないところを私に見せてくれるかい」
「……うん」

 僚はのっそりと起き上がり、両手で髪をすいた。それから立ち上がり、どこにも異常がない事を証明してみせる。

「安心した」

 神取も立ち上がり、胸に抱き寄せた。
 しばらく抱き合った後、二人は連れ立って歩き出した。

 

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