Dominance&Submission

晴天

 

 

 

 

 

 手足に赤い枷が巻かれてゆくのを、僚はぼうっと潤んだ瞳で見つめていた。最後に首輪をつけられ、背後から男がゆっくり正面へとやってくる。きちんと服を着込んでいる男に対し、全裸で、従う者の印をつけている自分という落差が、たまらなく恥ずかしかった。
 軽い目眩に見舞われるほどに。

「いい顔をしているね」
「えっ……」

 僚はおどおどと目を揺らした。

「その格好になるとね、君は目付きが変わる。自覚はあるかい」

 僚は曖昧に首を振った。身も竦む恥ずかしさや惨めさにいくらか涙が滲むが、一体男にはどんな風に映っているというのか。

「とてもいやらしい、私好みの顔になるんだよ」

 眼を眇める僚に構わず、男は続けた。どこがどう変化したか指摘して辱め、言葉を重ねて身悶えさせる。

「そんなこと……」

 僚は悲しげに顔を歪ませ俯いた。しかし、巻き付き締め付けられる感触に興奮しているのは間違いなかった。男の言葉に間違いはない。
 それが余計悲しくて泣きたくなり、その一方で、好みだという言葉に歓びが湧き、興奮が募り、抑えられなくなる。

「最近はこうして触れ合う時間が少なかったから、君も物足りなく感じていただろう」

 僚は唇を引き結んだ。我儘を言った後だけに、素直に答えてよいのか迷う。浅ましい奴だと笑われそうで切なく、でもそれがまたどこか気持ち良いのだ。

「私もそうだよ」

 言葉と同時に下腹を包み込まれる。
 反射的にあっと零れた高い声はやけに甘ったるく、僚は一気に頬を熱くした。身を強張らせ、浅く呼吸する。

「君の感触が足りなくて、寂しかったところだ」

 神取は手にしたそれを五指で優しく撫でさすり、熱を呼び集めた。始めは腰を引いて逃げようとした僚だが、すぐに、手の動きに合わせて腰をくねらせた。
 あっという間に硬く反り返り、涎を垂らさんばかりになったところで手を離し、神取は俯いた顎を上げさせた。
 恥ずかしそうにしながらも、中断に不満を訴える眼差しをしていた。頬を緩める。

「三十打つから、数えなさい」
「……はい」
「どうして鞭を受けるか、言ってごらん」

 恐怖を煽る為の、気分を高める為の手順を踏む。骨の髄まで沁み込んだ鞭の痛みが蘇り、僚の顔が恐怖に染まり強張る。それでも傍らにははっきりと、そんな自分に興奮する色が浮かんでいた。
 痛くて、惨めで、情けない思いをこれから味わう…怖くて嫌で息が苦しくなるのに、それが欲しくてどうにもたまらない。
 僚は不規則な呼吸を繰り返しながら、鞭を受ける原因となった己の我儘な行為を男に言って聞かせた。

「覚悟はいいね」

 ぎくしゃくと頷く少年に口端を緩め、左右の手枷を繋ぎ合わせる。これで、万が一にも彼の手を打ってしまう事はない。

「では四つん這いになりなさい」

 はい、とかすれた返事の後、僚は男の前で服従の格好を取った。
 神取は軽く手を伸ばし、自身の延長となった乗馬鞭の舌を僚の尻にひたりと当てた。
 瞬間僚はびくりと肩を弾ませた。

「さあ、今日はどこまで泣かずに我慢出来るかな」
「もし……」
「どうした」
「もし、最後まで我慢出来たら……」
「その時はご褒美を上げよう。何が欲しい」

 何度か深呼吸を繰り返した後、恐る恐る口にする。
 鷹久、と。
 男はうっとりと微笑み頷いた。

「我慢出来なかったら、お仕置きだよ」

 眼下の少年に告げる。彼はいっそ悲愴な面持ちで頷いた。
 胸の奥深くまで沁み込んでくるぞくぞくとした快感に頬を緩め、男は鞭を構えた。
 肌を打つと同時に聞こえてくる悲鳴交じりの声に、震えが止まらない。
 傷付ける為でなく人を打つのは嗚呼、どんな官能にも勝る。
 打つごとに肌がほんのり朱く染まってゆき、どこまでも飲み込まれてしまいそうだ。
 痛いと叫びたいのをどうにか堪え、左右の足をばたつかせて耐える様が、さらなる興奮を呼ぶ。
 神取は三度続けて軽く打った後、先端で尻を撫でまわし、彼の呼吸が鎮まるのを待った。
 残りはあと一回。三十の声を上げれば終わりだと身構える彼を、しばしそうして翻弄する。
 何度か手の甲を瞼に押し付ける仕草をしていたが、涙は零していないようだ。こっそり拭ったのかもしれないが、それは大目に見よう。
 最後の一撃を与える。
 咳き込むようにして、僚は三十と数えきった。男の手から鞭が離れたのを見届け、ようやく全身から力を抜く。しかし安堵する事は出来なかった。出来ない理由があった。

「立ちなさい」

 静かな男の声に、僚はぎくりと頬を引き攣らせた。
 動けない。眦に涙が滲んでいるが、零すのはどうにか免れた。最後まで我慢する事が出来た。それを早く伝え、いい子だと褒めてもらいたい…けれど、動けない。
 痛みに何度も叫び、みっともなくあがいた自分に感じて、鞭に感じて、興奮してしまった。見られたくない。
 こんな浅ましい姿見せたくない。

「立ちなさい、僚」

 声とともに肩を掴まれる。観念して僚はのろのろと身体を起こした。男の目がちらりと下部に落ちる。繋がれた両手が上手く隠す役目を果たしたが、とっくに見抜かれている。無駄な抵抗でしかない。
 この上なく興奮して、硬く反り返っている自身を晒すしかなかった。
 鞭には我慢出来たが、情けなさで涙が零れそうになる。そんな自分にまた気持ちが昂って、いっそいきそうになる。

「最後まで我慢出来たね」
 僚はいい子だね

 欲しかったひと言をもらい、小刻みに身体が震え出す。でも、下腹の浅ましいありさまを咎められたらどうしよう…息もままならないほど竦み上がって、恥ずかしくて、だのに全身が疼いてたまらない。

「君は泣かなかったのに、こちらは涙を零しているね」
「…あっ!」

 僚は咄嗟に腰を引いた。それでも男の手は執拗に纏わり付いてくる。絶え間なくもたらされる甘い疼きが脳天まで駆け抜け、がくがくと膝が震えた。

「それとも、喜んでいるのかな」

 僚は唇をわななかせた。まっすぐ向かってくる支配者の目は、何もかも見透かしているのだ。ごまかしはきかない。どんなに隠しても、とっくに本性を知られている、隠しても無駄なのだ。
 恐る恐る頷く。
 男は口端を緩めた。

「何に興奮した?」

 俯いて唇を引き結ぶ。やがてぎこちなくほどき、正直に答えた。
 そう、と、神取はため息ほどに声を発した。

「お尻を叩かれてこんなに感じるなら、直接叩いてあげたらもっと喜ぶかな」

 僚の顔がいよいよ青ざめる。
 下腹を弄りながら、神取は頬をそっとさすった。

「最後まで泣くのを我慢出来たら、私が欲しいと言ったね。これも私だ。欲しくない?」
「………」
「ご褒美を上げると言っただろう。欲しくない?」

 硬くそそり立った彼のそれへと指を這わせ、恐怖と快感を同時に与える。
 しゃくり上げるように何度も胸を喘がせ、その末にとうとう僚は泣き出した。
 少し苛めすぎてしまったと反省するが、やはり彼の泣き顔はたまらなく可愛い。
 僚はぶるぶると唇を震わせた。

「たかひさが、したいなら……俺もしたい」
「泣くほど怖いのだろう?」
「でも、……いい」
 この身体は、鷹久のだから

 しかし顔にはありありと恐怖が浮かんでいた。頬は青白く、引き攣って、見るからに痛々しい。壮絶な覚悟が浮かんでいた。
 以前にしていたとある『仕事』で、彼は口にし難い経験をした。自ら望んだ事で、その時受けた全ては自業自得ではあるが、だからといって不必要にその時の事を思い起こさせる真似はしたくない…のだが、彼の見せる表情、眼差しや息遣いに至るまでが魅了してきて、どこまでものめり込んでしまう。歯止めが利かなくなりそうだ。
 そんな、踏み越えてしまいそうになる魅力を持った彼の眼差しはまた、とどめる役目も持っていた。
 一途に見つめてくる瞳に包まれると、泣かせたくなるのと同時にどこまでも甘やかしたくなる。
 自分ではどうしようもなくなって、自らを傷付け、ひどく怖がりになってしまった彼の心をあたためて、溶かして、優しくあやしたい。
 彼の瞳を見つめていると、そんな気持ちになるのだ。
 この身体は鷹久のだから。
 僚は再び口を開いた。

「なにをしても……、いい。だから」
「……だから?」

 そっと聞き返すと、何でもするから、と縋る言葉が綴られた。

「……僚」

 そこまで思いつめなくてもいいのだ。こちらが意地悪をしたのがいけないのだから。微笑み、宥めようとした時、ごく、ごく小さな声がした。

「俺の事……見捨てないで」

 少し涙に震えていた。
 何を馬鹿な事を、と面食らう。言葉が舌先まで迫るが、ここは黙っているべきだと直感が走り、すぐさま飲み込む。
 ただ勢いまでは抑え切れず、睨むように彼を見つめてしまった。

「やだ……やだお願い、鷹久……」

 僚はわなわなと震える手を伸ばし、男の服を掴もうとした。しかし寸前で思いとどまり、俯いて引っ込める。
 諦めきった顔で力なく手を下ろす様にたまらなくなり、神取はやや強引に抱き寄せて唇を塞いだ。

「!…」

 僚は咄嗟に手を上げて抵抗したが、男の大きな手が頭にかかり、逃すまいとする力強さを感じた途端たまらなくなり、全身で男に縋った。荒々しく舌を貪る激しさに身を委ねる。頭の芯まで痺れて、涙が滲んだ。
 ふと気づくとベッドに横たわり、上になった男を強く抱きしめていた。繋がれていた枷はいつの間にか外されていた。
 がむしゃらにしがみ付き、何度も背中をまさぐる。口内で暴れる舌に噛み付かんばかりに応え、欲望の赴くまま僚は貪った。
 男が離れる。僚は咄嗟に服を握り込んだ。

「大丈夫」

 穏やかな声がした。嘘だ、と、より一層握りしめ、それから恐々と力を抜く。言葉の通り、男は少し身を起こしただけでそれ以上どこにも行かなかった。

「大丈夫だよ、僚」

 窺うように見上げてくる眼差しに微笑みかけ、神取は頭を撫でた。
 彼を置いてどこへ行くというのか。どこへ行けるというのか。
 どうして見捨てるなどと、そんな事を言い出すのか。
 だがわからないでもない。多くの不安を抱えるこの時期に、戸惑いを隠せず苛立ち、救いを求めて彼は甘えた。頼り、甘え、道を尋ねた。
 応える義務がある。

「まったく、しようのない子だ」
「でも…俺」
「私を疑う悪い子には、お仕置きしないと」
「……していい。してください。俺のこと……あっ!」

 やや強引に二本の指を咥えさせる。きつい孔をこじ開け、根元まで埋め込んで、更に抉る。
 僚は眉根をわずかに寄せて耐えた。

「あ…だめ、あっ! そこ……!」
「鞭で感じてしまういやらしい子に、お仕置きしないと」
「あっ…あぁ…た、たかひさ……!」

 三本目の指が入り込んでくる。内部で奔放に動き回り、感じるところを的確に責めてくる細く長い異物に、僚は上ずった声で身悶えた。

「泣かずに最後まで我慢出来たいい子に、ご褒美を上げないと」

 探る動きでゆっくり指をくねらせ、内側から性器を刺激する。射精を促され、僚は高い声で悶えながら白液を放った。
 余韻にびくびくと震える愛しい肢体に繰り返し接吻し、神取は丁寧に慈しんだ。

「ん、あ……」

 達したばかりで過敏になった肌には刺激が強いらしく、反射的に逃げる動きを見せるが、唇から零れる声はこの上なく甘いものだった。
 神取は口端を緩めた。

「余計な事なんて何も考えられなくなるくらい、良くしてあげるよ」

 欲望を吐き出して一旦は満足し萎えた僚のそれが、再び芯を持ち始めると、男は静かに指を引き抜いた。

「ああ……」

 名残惜しさが入り混じったため息にふと笑い、少し緩んだ僚の後孔に自身のものを押し当てる。
 瞬間、びくりと四肢が震えた。
 どこか困ったような、泣きそうに眉根を寄せて、見上げてくる。

「入れてもいい?」

 ひくひくと物欲しそうに痙攣する後孔をくすぐって、男は焦らした。
 入れて、と密やかな声で僚は腰を揺すった。自ら足を開いて招き、もう一度囁く。

「聞こえないよ、僚」

 耳を近付けるようにして抱きすくめ、首筋に舌を這わせる。顎から耳の付け根までついばむようにして接吻し、手のひらで胸を撫でさする。

「や、あ……入れて、たかひさ」

 甘い声でぐずる少年がたまらなく愛しくて、男は尚も先延ばしにする。
 何を、どこに。
 聞きながら、敏感な胸の一点を指先にそっと摘まむ。
 びくんと弾む感じやすい身体に気を良くし、更に弄る。
 僚は首を振りたくって身じろいだ。

「やだ、だめ……」

 駄目と言いながら自ら差し出すように仰け反る様は、もっと強い刺激を欲しているようだった。
 つんと硬く尖った乳首を唇に挟み、そっと吸う。
 僚の口から、もどかしさを訴える声が上がった。

「だ、め…入れて、もう……」
「どこに」

 可愛らしさに頬が緩んで仕方ない。
 素直に快感を求める姿が愛しくてたまらない。

「ここに、ここ……」

 僚は男の手を掴んで引っ張り、誘導した。

「ここに……指がほしい?」

 揃えた二本の指を飲み込ませる。違う、といくらか濡れた声に笑んで、男は小刻みな抜き差しを繰り返した。

「あー、あぁ…んぅっ」

 間延びした声で僚は身をくねらせた。
 蕩けた表情で浸る様にうっとりと見惚れ、男は更に翻弄した。

「だめ……きもちい……」

 緩慢に首を振って、しかし完全には振り払えず、僚は浅い箇所を執拗に抉る指に何度も鳴き声を上げた。

「おねが……また、いっちゃ……!」
「構わないよ。何度でもいくといい」
「やだ、や…たかひさの、が……あぁう――!」

 何かを耐える低い呻き声を発し、僚は何度も歯噛みした。
 絶頂が近いのを察し、根元まで指を進めて繰り返し強く抉る。

「だめ――だめ!」

 僚は咳き込むように喘ぎ、びくびくと身体を震わせながら白いものを吐き出した。
 忙しない呼吸の合間、どうして、と潤んだ声がした。

「私に触られるのは嫌い?」
「なんで、そんな……」

 わからぬふりをする男が憎いと、僚は唇を引き結んで睨み付けた。
 拗ねる気持ちをほぐそうと、神取はそっと口付けた。
 僚は固く噤んで突っぱねるが、男の柔らかな唇の感触に抵抗はあっけなく溶けていく。

「悪い子に、お仕置きをしたんだよ」

 そう言うと僚ははっとなったように目を見開いた。
 後悔に竦む間を与えず、男は今度こそ己のもので彼を押し開いた。

「……あっ!」

 ぎくりと強張る眼差しを見下ろし、ゆっくりと腰を進める。
 徐々に己の内部を一杯に満たしていく男の熱塊に途切れ途切れに声を上げ、僚は大きく背を反らした。背骨を這いずって脳天に響く痺れがたまらなく心地良くて、じっとしていられない。
 目一杯声を上げ、僚は男の肩に掴まった。

「そう、しっかり抱いて……苦しいかい」

 がむしゃらにしがみつき、小刻みに首を振る。ぐぐっと入り込んでくる怒張が内襞をくすぐり、時折ぞくっと震える瞬間があって耐え切れず声が出てしまうが、苦しさはまるでない。いや、苦しいのかもしれない。わからない、あまりに強烈で、判別がつかない。
 ただ、たとえ苦しいのだとしても、歓びしかなかった。
 腰が砕けそうなほど力強く入り込んでくる男の熱が、背を抱く腕が、たまらなく気持ちいい。嬉しい。
 男も同じように目も眩む快感に溺れていた。彼の腕に抱かれ、彼の息遣いに耳朶を焼かれ、今にもみっともなく喘いでしまいそうになる。忙しない彼の喘ぎに紛らせてそっと吐き出し、腰をうねらせる。

「んんん――!」

 驚くほど熱い声でよがり、僚は全身をわななかせた。
 何か言いたげに口が動くが、言葉にならないようで、ひっひっと喉を引き攣らせるばかりだった。
 その代わり表情が物語っており、腰を使って彼の一番好きな最奥を突くと、蕩け切った顔を見せた。

「そんなにいい?」

 僚はがくがくと頷き、泣き叫ぶように声を放った。
 抱きしめる腕に一層力がこもる。汗ばんだ肌を感じ、男も一層昂る。何より彼の内部が、たまらなかった。複雑に蠢いて絞り、締め付け、ふっと緩んではまた絡み付いてくる。ぞくぞくと背筋を駆け抜ける快感に思わず震えが走る。
 煽られるまま、男は強く腰を打ち込んだ。何度味わっても甘さは尽きず、それどころか回数を増すごとに深まって、どこまでも飲み込まれてゆく。
 溺れる。彼に溺れる。
 こんなにも欲している。けれど彼との間にはどうしても越えられぬ見えない壁があって、あと一歩届かない。この手に掴んでいるようで、とても遠い。
 だからこの時だけは、抱き合っている時だけは一つになった錯覚に身を任せて、彼に深く深く溺れる。
 同じように自分にだけ溺れてほしいと願いながら、彼を貪る。

「愛してるよ…僚」

 彼の中を喜びで一杯に満たそうと、内奥を幾度もこねくる。
 僚は甘い声を絶え間なくもらし、男の動きに合わせて腰を揺すり立てた。いっときもじっとしていられない。

「ひ、ひぃっ……ああぁあ! そこだめ、んん――!」

 強烈ゆえに受け止めきれず、時々逃げるようにのたうつ。
 男は許さず、しっかり抱え込んで嫌というほど深奥を抉った。

「だめ…ぇ……あっ、あ、やあ……あぁ!」

 涎を垂らさんばかりに悦び、とろんと潤んだ瞳を瞬かせて陶酔する様に目が釘付けになる。
 互いの息遣いに交じって、時折いやらしい音がした。繋がった部分から聞こえてくる淫らなそれに男はますます興奮を募らせ、僚はぶるぶると身震いを放った。

「いく、い……い――!」

 瞬間思い切り身を強張らせ、びくびくと不規則に痙攣しながら僚は欲望を放った。先端から飛び散った熱いものが腹や胸を汚す。
 僚は忙しなく息をつきながら、だるそうに腕を動かした。眦に溜まった一杯の涙を拭う。
 それから、腹にかかった熱の名残を指先で擦った。
 男はその手を掴むと、自分の口に持っていった。

「あ……」

 いくらか抵抗があったが、やや強引に指先を咥える。
 恥ずかしそうに目を揺らし、僚はじっと男を見つめた。戯れに男の舌をそっと押す。
 淡い声がもれ、腹の底までぞくぞくとした疼きが広がった。
 根元まで、ねっとりと熱い粘膜に包み込まれる。疼きはいよいよ堪え難くなり、息もままならない。

「たかひさ……」

 意識して後孔を締め付ける。男の顔にふと笑みが浮かんだ。
 僚も微笑む。

「やっ…ゆっくり……!」

 動きを再開させた男に、咄嗟に口走る。すぐさま首を振って打ち消し、好きにしていいと委ねる。

「いいよ、ゆっくりしよう」

 言葉通り大きく腰を前後させ、馴染むように丁寧に動いた。
 ほっとしたように弛緩した僚だが、いくらもしないでまた切羽詰まった表情になった。男の動きに合わせて喉奥から自然と甘い声が零れ出る。拳を口に押し付けて我慢しようとしても、張り詰めた熱塊が最奥を突くとどうしても耐えられず、びくん、びくんと震えながら甘い鳴き声を上げた。

「やだ、あ……もうっ…あぁ!」

 男の動きは、決して激しくない。一回ずつゆっくりと奥深くまで入り込み、引いて、また奥まできて抉る。波のようにゆったり漂う動きが積み重なるにつれ、堪えきれないほどの愉悦となって身を襲い、高みへと持ち上げられる。
 激しく貪られて、駆けるように追いつめられるのとはまた違った幸福感の訪れに、脳天が真っ白に染まる。

「あ、あぁ…あつい、あ、つ……いく、だめ……!」

 ひと言ごとに声が高く変化する。
 きつく目を閉じ、浸りきった表情で激しく悶える眼下の少年に男もまた、理性を飛ばす。細い糸となってしまった冷静さを手放すまいとなんとか抵抗するも、呆気なく飲み込まれ、自身の絶頂を貪るだけになる。
 忙しなく喘ぐ唇を塞ぎ、舌を吸いながら、己のものを激しく叩き込む。
 僚は苦しそうに喘ぐが、それでも必死に男に応えようとした。
 健気さに胸が一杯になる。腕に抱いた何もかもが愛しくてたまらない。
 僚の口から絶え間なく零れる享楽の声を聞きながら、男は思いのほどを放った。

「んんん――!」

 飛び上がりそうに熱いものを深奥に受け、僚はびくびくと大きく痙攣した。その動きに合わせて、白いものが二度三度と勢いよく飛び散った。
 力のこもっていた眉根がやがてふっと緩み、それからゆっくり目が開かれる。
 男は目を見合わせた。僚の眼差しは始めはぼんやり虚ろだったが、すぐに焦点が合い、男を見つけて嬉しそうに弛緩した。

「おれのこと……すき?」

 わかりきった事に思わず笑いが込み上げる。本人もそうだが、しかし表情はどこか心もとない。
 遠慮がちに縋る眼差しをしっかり受け止め、好きだと答える。

「たまらないほど……愛してる」
「俺はもっと好き」
 もっと愛してる

 間髪を入れず返ってきたのは、いつぞやの仕返し。自信に満ちた、とても勝気な眼差しで見上げてくる少年に、男は白旗を上げた。
 笑いたいほど嬉しいのに、たまらなく泣きたくなった。
 抱きしめる事で隠し、ありがとうと告げる。
_
「ほんとに、好きだから」

 信じていないのかと不満げな声がした。同時に強く抱きしめられる。

「ほんとだから…たかひさ」

 次の声は震えていた。どうやら彼も泣いているようだった。あるいは泣きたいのを堪えているのか。
 どうやら同じようだ。同じように思い悩んで、納得し、言い聞かせ、お互いを感じ合う。

「知ってるよ」
「そうだよ……知ってろ」

 今度はぶっきらぼうな声。嗚呼本当に、彼とこうしている時間は幸せでたまらない。
 我慢したがしきれずに、声を上げて笑う。とても抑えておけなかった。
 たちまち、笑うなという言葉とともに肩を叩かれる。

「すまん」

 詫びの印に頭を撫でる。耳朶にキスをする。頬に吸い付く。どの接触にも僚は淡い息遣いでもって応え、小さく震えた。少し落ち着いた肌を撫で、胸の辺りをくすぐると、肩を竦めてわなないた。

「まだ……する?」
「もういらない?」

 もっとしてほしいと響きを含んだ声に、少し意地悪をして返す。
 だが彼も負けてはいなかった。

「鷹久がしたいなら…いいよ」
「では頼む……もっと抱きたい。君がもっと欲しい」

 この身体、すべて。
 嘘偽りなく想いを綴る。自分の言葉に自分で興奮して、彼の中に納まっていたものに熱がこもる。

「ん、んっ……」

 内部で大きく膨れ圧迫する感触に、僚は詰まった声をもらした。

「い、よ……ぜんぶ、たかひさの……だから」

 だから、鷹久を全部ちょうだい。
 細い声音が胸の奥深くまで沁み込む。

「……ありがとう…愛してる」

 ありったけの愛しさを込めて、抱きしめる。

 

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