Dominance&Submission

晴天

 

 

 

 

 

 もうそろそろ起きる時間だろうかと、僚はベッドの上で寝返りを一つ打った。自分の感覚としては、いつも目を覚ます時間まであと十分といったところか。上手く動かない手足でもがき、枕元にあるはずの時計に首を曲げる。
 が、そこに時計はなかった。
 ベッドの形も、自分の知るそれとは違っていた。といって全く見知らぬものではない。
 これは、確か――。
 知らないが知っているベッドで寝ている理由諸々が、猛烈な勢いで浮上してきた。
 そこでようやく、時計を見つける。
 目に飛び込んできた時刻に大いに驚き、その勢いのまま飛び起きる。
 たちまち腰の辺りがいくらか軋んだ。
 赤面しながら苦笑いを一つ。
 昨日…今日、どれだけの時間男と抱き合っただろうか。しっかり残っている証拠に唇を歪める。それはいつの間にか笑みの形に変わった。
 男の寝室に置かれたベッドから飛び出し、洗面所の方に耳を澄ませる。どうやら無人のようだ。ベッドの痕跡も、起きてから大分経ったように見える。
 ではリビングだと思い至ると同時に、静かに扉が開いた。
 ちょうど顔を向けたところで、様子を伺うように顔を覗かせた男と目が合う。
 目が合うと男はわずかに顔を曇らせた。
 僚にはそれが、やっと起きたのかという呆れの表情に見え、たちまち全身がかっと熱くなった。
 恥ずかしさからしどろもどろになって謝る。

「遅いから起こしに来たんだろ、ごめんな、ほんとに」

 笑って首を振り、神取は宥めた。

「ゆっくりで構わない。せっかくの休みなのだから」

 それに、半分はこちらにも責任がある。
 僚はもごもごと口を動かした。まあそうだが、元はといえば自分が言い出した事なのだ。

「でも…怒ってるだろ。今頃起きて……」
「怒るなんて、どうして。食事の用意が出来たから、起きるまで君の傍にいようと思って来たんだ」

 少し遅かったようで、残念だ。

「え……」
「起きた時、私がいなくて寂しかったろう」

 照れ隠しから否定の言葉が喉元まで込み上げるが、済まなかったねと穏やかに言われるとたちまち引っ込んでしまい、今度は謝罪を否定する為に首を振る、

「おや、寂しくなかったかい」
「え、うん…あの、寝坊したのに焦って、ちょっと」

 そう、実際は寂しいと感じるよりもしまったと慌ただしくなる方が先立ち、そうこうする内に男がやってきた。
 寂しいと感じる前に、男は来てくれた。
 だから、ほんのわずかの隙間もない。
 だから、寂しさはこれっぽっちもない。
 恥ずかしそうに笑う少年に頬を緩め、神取はリビングの方を指差した。

「準備が出来たらおいで。まだ、今日は始まったばかりだ」
「……ありがと。おはよう」
「おはよう」

 傍まで行って抱き寄せると、安心しきった様子でもたれ腕を絡めてきた。布越しに少し熱い身体が伝わってくる。何ともむず痒く、自然と頬が緩む瞬間。

「のんびり朝食を取って、のんびり食休みをして、それから出かけよう」

 窓辺まで連れて歩き、カーテンを開く。今日は全国的に晴れの予報で、朝から雲一つない晴天が広がっていた。それを彼に披露する。

「うわ……」

 寝起きには少し眩しいのか、僚は目を細めて見上げた。暑くなりそうだ、と呟きがもれる。

「出かけるにはもってこいだ」
「ほんとに」

 僚は踵を返し、洗面用具を手に取ると、すぐに着替えるからと洗面所に向かった。
 こちらも用意しておく、背中にそう投げかけると、彼はくるりと振り返り、足早に向かってきた。

「忘れてた」

 せっかちに呟き、真ん前で立ち止まった。
 何を忘れたというのか、目を瞬いて見やる。

「泊めてくれて、ありがと」
「……ああ、どういたしまして」

 真剣そのものといった硬い表情に硬い声、とても彼らしい。困ったときはお互い様だと軽く肩を叩く。

「じゃあ、顔を洗っておいで。美味しいフルーツが待ってるよ」

 好物に耳がぴくりと動き、見上げてくる顔には、快晴の空に負けぬく清々しい笑顔が浮かんでいた。

 

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