Dominance&Submission

晴天

 

 

 

 

 

「先生、これくらいでどうですか」
「……あ、充分です。じゃあいったんボウルに入れて冷ましてください」

 はあい、と元気よく返事をする男に、桜井僚は咳き込むようにして笑った。先生という呼びかけはどうにか我慢出来たが、もう堪えきれなかった。
 狙い通りの反応に頬を緩め、神取鷹久は色よく炒めた玉ねぎのみじん切りをボウルにあけた。フライパンを洗おうと、彼の右から左に移動した途端、腿のあたりを膝頭で小突かれる。
 顔を向けると、笑いながら怒る彼がいた。

「分量間違えそうになっただろ」
「返事をしただけなのに、ひどいと思います」

 また、僚は笑った。我慢しきれず唇の端から声をもらしながら、その喋り方は禁止だと言った。
 自分でもむず痒く感じていたので、悪かったと男は肩を竦めた。

「じゃあ、普通で」
「そう、普通で」

 先生は禁止だと念を押し、僚は作業の続きに取り掛かった。
 食後のデザートの、オレンジとレモンのゼリー作りに集中する彼を横目に見つめ、男はそっと笑う。
 いつからか、金曜日の食事会は、時々外に食べに行き、時々こうして二人で作る時間に変わった。
 時々、彼が調理実習で覚えたものを披露してくれる時間となった。
 確か、いつかのお喋りで話題に上り、その時の語りがあまりにも「美味そう」に感じたので、今度ぜひ食べてみたいと希望したのがきっかけだったと記憶している。
 彼はひどく謙遜したが、喉が鳴って仕方なかったのをよく覚えている。
 本当に大したものではないと再三の断りの上振る舞われたそれらは、そんなはずがないという彼への信頼も相まって、感動すら与えてくれた。
 それから、食事会の内容が変化した。
 メニューは洋,和、中華様々だ。
 金銭の面で無理をさせているのではないかと男は心配したが、そんな事はないと彼は答えた。それどころか、自分こそいつもご馳走になっているのでその分助かっていると感謝を示した。
 自分の拙い手料理ではつり合いが取れないが、今の自分に出来る精一杯の気持ちだから受け取ってほしいと言われ、今度は男が感謝を示す番となった。
 初めの数回は全部任せたが、一人待っているのはどうにも居心地が悪いので、何度目かの買い物の際、分担を申し出た。彼は当然ながら渋った。男も食い下がる。感謝の気持ちは充分受け取った、十二分に理解している。そこに更に、共有する楽しみを分けてほしいのだと言葉を重ねる。料理は嫌いではないし、何より、自分の為にと一生懸命な人の隣で、一緒に作り出すのは何にも代えがたい。たまらなく嬉しいものだ。
 承諾しかねる彼をやや強引に押し切り、一度試しに分担してみた。
 それは男が想像していたよりはるかに楽しく、この上ない幸福感をもたらしてくれた。
 そしてそれは彼も同じだった。
 二度、三度と重ねて、すっかり病み付きになった。
 彼は実習中、そのように教えを受けているのだろうと思わせる口調で、こちらに指示を出してきた。
 いっとき、彼が先生で自分が生徒になる。自分が彼になる。照れ隠しに笑う彼を見る、愉快な時間。
 だからついつい調子に乗って、生徒になりきってしまった。結果は先程のように、笑いながら怒られる羽目に。
 それさえも楽しかった。彼と過ごす時間はどんなものでも楽しくてたまらない。頬が緩みっぱなしだ。
 デザートの上に飾るオレンジを綺麗に切り抜きながら、僚は口を開いた。

「このキッチン、ほんと広くていいな」

 一人ならば悠々と使え、こうして二人で並んで作業しても、窮屈に感じる事はない。アパートのキッチンから比べると、流しの広さから何からまるで大違いだ。

「しかもコンロ四つはすごい」

 うらやましい、僚は続けた。
 一人暮らし向けの物件だから当然と言えば当然だが、大抵が一口で、やっとこ二口のキッチンがある部屋を発見出来たのだ。しかも当初は、母親が強く勧めるのを「そんなものか」とぼんやり聞き入れほぼ母親任せにしていたが、実際暮らしてみると、その重要性が嫌というほどわかった。弁当の準備などをしながらふと、もしもこれが一つきりであったならと考えるにつけ、ありがたみがわかった。
 それでも時々、パズルを解く要領で組み合わせに頭を悩ませる事がある。
 四つもあれば、悩みなどすべて吹き飛ぶ。

「大して使っていなかったので、宝の持ち腐れではあるがね」
「今はありがたみがわかるだろ。俺もそうだったし」

 そうそう、と僚は付け加える。
 アパートのガス台、実家のガス台、そしてここのガス台それぞれに火力が微妙に違う、でももうその違いを把握する事が出来たぜ…ちょっと自慢気な顔が可愛らしいと、男は目尻を下げた。
 作業を開始してから、彼はよく喋った。今回の料理を習った時間どのようだったか、どんな様子で、どんな失敗をしたか、またはどこが上手くいったか、事細かに言って聞かせた。
 じゃがいもの皮むきで集中が半分になる中聞いたり、逆に彼が集中して言葉が途切れ途切れになったり、お喋りはのんびり気ままに交わされた。
 始めにセットした米が炊き上がる頃、ちょうど料理も出来上がる。
 冷やしておいたサラダと、綺麗に飾ったゼリーを並べて完成だ。
 食事の間も楽しいお喋りは続いた。あっちへ、こっちへ、自由気ままに転がって取り止めがないのがまた楽しい。
 食事に彩りを添え、より美味に、最上にさせてくれた。
 デザートの最後のひと匙を口に運び、満足感を十分に味わって飲み込む。終わってしまった寂しさがほんの少し胸を過ぎった。
 彼と過ごすようになって、二つ三つ、習慣が変わったものがある。
 食後の片付けをすぐに済ませてしまう事がその一つ。
 それまでは、一人という事で少々間延びした過ごし方をしていたが、僚が何事もぱっぱと動く性質なのでそれに倣うようになった。
 僚自身も実は面倒くさがりだが、だからこそ嫌な事は先に済ますように心がけるようにしたのだという。
 嫌な事を先に、早く済ませてしまえば、あとはゆっくり出来る。気兼ねなくのんびりと。
 大いに見習いたい。
 食休みの後は、チェロの時間だ。
 早く触れたいと彼はそわそわし、そんな彼にしっかり食休みを取らせねばと男は少々苦労する。

「時計の長い針が七を指すまで」

 そう言い付けると、僚は椅子の上で屈んだり仰け反ったり忙しなく身体を動かした。
 何をしているのか尋ねると、どの位置から見れば今の段階で針が七にかかるか探しているのだと答えた。
 そんなにも楽しみなのかと、頬が緩んで仕方なかった。

「鷹久だって楽しみだろ。特に、反省会の時のお菓子が」
「……ばれたか」
「お見通しだ」

 得意げな少年の顔に、また、笑いが零れた。
 それぞれの逸る気持ちを抱えて音楽室に向かう。
 今度は言葉以外で楽しく語り合う。心地良い昂りに包まれる時間。
 いつもあと一歩足りない自分を自覚するのだが、今日は上々の出来だと僚は自賛した。どの音も滑らかに伸びやかに流れて、それを自分が奏でているのだと思うとまた興奮に包まれた
 夢見心地の時はあっという間に過ぎて、もう音楽室を退室せねばならない時間となった。
 ここのところめきめきと上達を見せ、今日はとりわけ良い音に巡り合えたと男は喜んだ。先日、悪友めと合奏をしたのが、いい刺激になったのだろう。開始間もなくは緊張から硬い音を引き攣らせたが、次第に肩の力も抜けて、音を競わせる楽しみに気付いた。それからは調子よく小気味よく、彼は三つの音を楽しんだ。
 終わる頃には、病み付きになると以前予言した通り、すっかりお気に入りになっていた。
 その経験が、今日の伸びやかな演奏に繋がった。

「今日もいい音をありがとう」
「……そんな」

 男のピアノが上手くリードしてくれるお陰だと、僚ははにかんだ。
 そんな事はないと、どこがどう良かったか具体的に言って聞かせた。
 恥ずかしそうに笑う顔は相変わらず愛くるしかった。そして心なしか、強く感じた。思ったままを伝えたのだが、少し嫌味になってしまっただろうか。

「さて、じゃあ鷹久お待ちかねの反省会、しよう」

 楽しみからくるのとは違うどこかせかせかした足取りで、僚はエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

 週の初めに三者面談があった、と僚は切り出した。
 反省会で、今後の課題などを話し合った後だ。
 菓子を摘まむ手を止め、男は聞く体制に入った。
 以前見せてもらった通り、彼は学力の面では問題はない。希望する進路へ、堂々と歩んでいけるだろう。
 僚は、教師からもそのように太鼓判をおしてもらい、呆気ないほど短い時間で面談が済んだ、と続けた。
 自分より前に面談を受けたクラスメイトが、学習面はともかく生活態度に難ありとの注意を受け、その晩親にこってり絞られてしまい散々だった…と零していたのを聞き、自分も何を言われるだろうかと戦々恐々としていただけに、上機嫌で励ましと終了を言い渡され、面食らった。
 男は小さく笑った。

「教師に目を付けられるほど、ひどい態度を君が取るとは想像出来ないな」

 彼は確かに嘘吐きの部分を持っているが、基本真面目で礼儀正しい人間、不必要に尖りいたずらに人を傷付ける事が出来る性質ではないのは、充分理解していた。

「うん、まあ……終わった今考えれば、自分としちゃ可もなく不可もなくでさ、課題の提出が遅れたとか授業できなくなるほど大騒ぎした事とか、一度もないけど」

 それでもああいう場面は、過剰に萎縮してしまう、独特の空気を持っている気がするのだ。すっかり上がってしまい、はいかいいえしか言ってなかったと思う。僚はふうと息をついた。

「まあ、だが、教師のお墨付きをもらった今、肩の荷が半分は下りた気分だろう」

 僚は大げさに唇をへの字に曲げた。
 男は向かい合う彼に手を伸ばし、鼻先を軽くくすぐった。

「あともう半分は、君なら大丈夫だよ」

 目標とする場所を必ず踏みしめる事が出来る、一歩を刻む事が出来ると、男は保証した。

「君の自身のほどは」

 尋ねると、僚は右を見やり左を向いて、八割ほどと答えた。

「上等だ」
「……たださ。申し訳なくて」

 誰に。親に。
 公立の大学で、費用の面では問題なし。仕送りも十分出来ると親は言う。
 申し訳ない、と顔を曇らせる。
 エルミンを選んだのは、親への嫌がらせのようなもの。無駄に金を使わせてやるという思い付きから。
 本当に恥ずかしい事をした。幼稚で、情けなくて、考えると消えたくなる。

「仕方ないね。子供にはそういう時期もあるものだ」

 思い切り唇を歪める。しかし確かに、男の言う通り自分はまだ幼稚な子供だ。それがどうにももどかしく、むず痒く、たまらなく恥ずかしい。いっそ消してしまいたいほどだ。
 頭をかく。
 でも――。

「エルミン行って、良かったって部分もある」

 男は喜ぶ。
 たとえ発端は下らなくてみっともないものでも、何か一つでも得るものがあったなら上等だ。
「君が真面目に向き合った結果だよ」
 だから見つける事が出来たのだ。
 大げさに評価する男に苦笑いを零す。

「一番は、鷹久に会えたこと」

 もし男が卒業生でなかったら、あの晩会ったきりで二度と出会う事はなかっただろう。

「親には本当に悪いと思ってる…馬鹿みたいに甘えて」
「甘えられる内に甘えておきなさい。今はそれでいい。沢山学んで、沢山蓄えて、そして時が来たら与える側になりなさい」

 沢山もらった分、沢山返す事が出来る。今はその途中だ。

「……ありがと。鷹久と話すと、ほんとにすっきりする」

 せいせいした、と肩を落とす彼に軽く笑いかける。少しでも役に立つなら嬉しい限りだ。

「でも、ちょっとこう……いや、鷹久の言葉がどうって言うんじゃなくて自分のだけど、ちょっと、不安でもあるかな」
「どんなものだい」
「あの、本当にこれを選んでいいのかなって」

 本当にこれでいいのだろうか。
 これまで遠く漠然としていた目的地が、今やはっきりとした形となって眼前にある。ここを目指して歩いてきたのだから当然だ。しかし間近になって、確実になって、不意に不安が押し寄せる。
 自分は本当にこれでいいのだろうか。
 もうあと少しで手が届く段階になって、急に自信が揺らいでしまったのだ。

「ふむ……何かを選ぶ、決める時は、そういうものだね」
「鷹久もある? どんな感じ?」

 どのように自分を納得させたらいいだろうかと、僚はやや身を乗り出すようにして尋ねた。
 男は居住まいを正した。先ほどからの彼の早口――言いたい事があるけれども中々口ににくいものを押し出す為の彼なりの前準備は、この件について聞きたかったからなのだと得心する。
 選択と決定を前に、彼は少々怖気づいてしまったのだ。
 本当にこの道でいいのか、この先に進んでいいのか不安に感じ、それを解消する為の言葉を欲して、彼はいつ切り出そうかと早口になっていたのだ。

「これが一番の、今出来得る限りの最高だという気持ちで、決定している」
「……うん」
「だが、何事もそうだが絶対はない。だから、駄目なら、違うなら、そんな事もあるさと切り替えて、別の道を選ぶのも手だ」

 大抵の事はこれ一つきりではない、他の道がいくらでもあって、一つしか選んではいけないなんて事はない。

「あの時はこれっきり方法がないと思ったものでも、時間が経つと、別のやり方が見えてくる事がある。君も、そうだったね」
「……うん」
「自分が道を狭めない限り、どこに進むのも自由だ。責任が取れるなら、何をしたってかまわないのさ」

 その時一番やりたい事をすればいい。社会に出ると色々不自由で制限もあるが、それでもやれる事は多い。

「………」

 僚はテーブルに乗せた手をじっと見つめ、何やら考え込んだ。まだ実感は湧かないだろう。彼のやり方にそぐわない部分もあるだろう。じっくり考えて固めてゆけばいい。
 少し間を置いて、紅茶のおかわりをすすめる。僚は、もうすぐ帰る時間だからと断った。
 神取は静かにポットを置いた。
 やがて、いつもありがとうと小さな声がした。微かに空気を揺らした響きは、音もなく溶けていった。
 顔にはまだ硬さが貼り付いていた。

「じゃ、今日はそろそろ帰るね」

 明るい声で立ち上がった僚だが、そこからは何故かもたついて、何かを億劫がっているようだった。
 聞きたい事が聞けて、気は済んだと思ったが、まだ何か残っているのだろうか。神取は玄関ホールで立ち止まり、なんの関係もない他愛ない話を始めた僚に相槌を打ちながら、様子をそっと探った。
 学校でのささやかな一場面を、僚は話し始めた。こんな事があって、誰それがこうして、大変だった参ってしまった…そんな内容を、心持ち早口で言って聞かせた。
 話自体は、彼の口調と相まって中々楽しいものであった。懐かしく、どこかむず痒い学生たちのひとこま。
 僚は喋り続けた。場面が変わる。言葉はなめらかに駆け足で口からほとばしり出た。止められるのを恐れているのがありありとうかがえた。
 男は途中で口を挟む事はせず、なるほど、それで、と、いつものように聞き役に回った。注意深く聞きながら、彼が本当に言いたい事は何なのか、考えを巡らす。薄々感付いてはいた。

「ところで鷹久、明日は何するの?」

 一つの急な質問で、男は確信する。思わず笑ってしまいそうになり、慌てて頬を引き締める。相変わらず不器用で、それがたまらなく愛しい。

「明日は適当に、ドライブでもしようかと思っていた」
「へえ。どこへ?」

 やっぱり海か、と聞いてくる彼に、お見通しかと笑う。

「明日はいい天気だって、海日和だね」
「ああ。君も一緒にどうだい、たまには気晴らしに」

 笑っていた頬が一瞬引き攣るのを男は見逃さなかった。まずは一つ、彼が云ってほしい事を口にする。
 そしてもう一つ。彼が本当に言いたかった事、云ってほしい事を投げかける。

「今日は泊まっていくといい」

 たちまち僚は気まずそうに目を逸らした。推測は当たりだった。
 黙り込む横顔には、気まずさと、どこかほっとした緩みが窺えた。恥ずかしい事になってしまったが、そうなって良かった、と言っているようだった。
 しばらく沈黙が続いた。神取は少し経ってから、どうするか尋ねた。

「……うん」

 聞き間違いかと思うほどごく小さな声で僚は応えた。まだ、はいかいいえかわからない。その事に焦れた気持ちは湧かなかった。彼が心を決めるまでの間、神取は気長に待った。
 やがて、ようやくの事、僚は口を開いた。

「ごめんなさい」

 意を決して、男に目を向ける。表情はいつもの通りに見えるが、きっと怒っている事だろう。呆れているかもしれない。
 約束を破ったのだ。
 受験が終わるまでは泊まりはなし。
 自分が言い出した約束だ。
 それを自分が破ってしまった。
 不安になったから、一緒にいたいと、相手の都合も考えず幼稚な甘えを抱いてしまった。
 察しの良い男はすぐに見抜いて、こちらの言ってほしい事を口にした。
 嬉しくて、たまらなく申し訳ない気分になった。
 でもどうしても今日は、一人のあの部屋に帰る気にならなかった。男の部屋を訪れるまでは爪の先程だった不安が、顔を見た途端何十倍にも膨れ上がって、抑えておけなくなってしまったのだ。

「……泊まってもいい?」
「もちろんだとも」

 深刻に考えるあまり血の気の失せた頬に笑いかけ、男は頷いた。不安な時はいくらでも甘えるといい。こんなもの、我儘の内にも入らない。

「明日のドライブに付き合ってくれるならね」
「うん、でも……いいのか」

 一人の気楽さを邪魔するだけなのではないかと僚は心配する。
 確かに、一人は気ままで楽しい。

「二人で出かける楽しさに頭が切り替わったよ。だから君も切り替えるといい」

 そうは言っても、そこまでのしたたかさはないだろう。彼の顔には相変わらず後悔が貼り付いていた。
 そんな彼を引っ張るようにして、明日の朝食の買い物に出る。長くて硬いパンを買い、フルーツを選び、ハムとチーズと野菜を買って戻る頃には、いくらか強張りも抜けていた。

「……ありがと」

 各々冷蔵庫に収めて済む頃、やっと、僚はささやかながら笑みを浮かべた。
 肩を抱き寄せ、神取は微笑んだ。

「君は我儘を言った」
「……うん」
「私は良いと言った、君は謝り、私は受け取った。だからもうこれはおしまい。いいかい」

 少し間を置いて、僚は頷いた。
 男は笑みを深めた。

「だが……約束を守れなかった罰は、受けてもらうよ」

 僚の目が心持ち見開かれる。わずかに潤み、少しのぼせた様子で見つめてくる。
 少年の変化に支配者は満足気に目を細めた。

 

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