Dominance&Submission

ランチ

 

 

 

 

 

「顔……見たい」

 しばし荒い息をついた後、僚はもつれる舌でねだった。
 男も同じ気持ちだった。
 起き上がり、青い布を取り去ってやる。
 僚は少し眩しそうに瞬き、目を凝らしてじっと顔を見上げた。

「とても…いやらしい顔をしているよ」

 からかう声に唇を引き結び、僚は目を逸らした。しかしすぐに視線を戻し、恥ずかしそうに見つめながら瞬きを繰り返す。

「……そっちこそ」
「君を前にすると、止まらないんだ」
「俺だって……」

 僚は自身の下部をちらりと見やった。

「まだ……取っちゃだめ?」

 聞きながら、もしかしたら今回は最後まで許されないかもしれないという恐怖がちらりと過ぎった。苦しくて嫌な事なのに、そうなってもいいと、心のどこかでは淫らな期待をしてもいた。
 男の為なら何でもしてしまえる。
 男が、どれだけこちらを尊重しているか、わかっているからこそ、どんな希望も聞き入れられる。
 男はふと笑った。

「もうすっかり、気に入ったと思ったが」
「そんな事ない」

 少し強めに否定する。見透かされていると、どきりとした。

「むきになるのが、怪しいね」
「鷹久……あ!」

 男の手が、それを握る。
 僚はびくりと全身を震わせた。

「じっとして」
「……うん」

 僚は低く頷き、目を瞑った。見ているのはやはり、少し怖かった。

「さあ、これでもう、苦しくないよ」

 恐る恐る目を開き、ほっと息をつく。
 おいで、と男は抱き起し、膝に乗せた。
 まだ中に入ったままのそれがより深くまで食い込み、ぞくぞくっとする感触に僚は素直に身震いを放った。背骨が痺れてたまらない。身体ごともたれるようにして男に抱き付く。
 ふと気づくと、肌を伝って男の鼓動が聞こえてきた。何とも心地良い響きに、自然と頬が緩む。
 しかし。

「ああ……」

 僚は不満げに唸った。こうしていたいし、男とキスもしたい。同時にできない事がたまらなくもどかしかった。代わりに背中をまさぐる。よく鍛えられた綺麗な身体に、鼓動が早まる。
 憧れとも嫉妬ともつかない感情を見極めようとしていると、内部で男のものが一つ、二つとのたうった。芯を帯びて硬くなる感触に、頬がかっと熱くなる。

「んっ…ん……」

 呼応して自身のものが熱く疼いた。

「二週間……さみしかった」

 気付くとそんなことを口にしていた。
 自分の言葉ながら、僚は驚く。

「済まない……本当に」

 男は手を上げ、ゆっくり髪を撫でた。
 慌てて首を振る。謝罪が欲しかった訳ではない。寂しいという感情も、今の今まで全く自覚していなかった。どうしてこんな事を言ってしまったのだろう。
 長い、待ち遠しい、そして少しばかりつまらないと思った事はあるが、寂しいと思った事はない。
 しかし、今、口に出した事で、驚くほどの早さで寂しいという気持ちが膨れ上がってゆく。
 こうして、ぴったりと隙間なく抱き合っている瞬間だというのに。

「鷹久……」

 自分で自分がわからない。僚はがむしゃらに抱きしめた。

「もっと強く抱いて……ここにいる。本当に済まなかった」
「違う、違う」

 僚は駄々っ子のように何度も首を振った。駄目だ、そんな事を言うべきじゃない。言わせたいわけでもない。男が悪い事ではないのだ。

「ごめん、違うから。もう言わないから」

 だからこんな自分を嫌にならないでほしい。

「もう言わない……」
「……それは、私が寂しい」

 男は身体を離し、間近に目を覗き込んだ。

「違う、ごめん……俺は――……」

 云いたい言葉が上手く見つからない。僚はもどかしさに歯噛みした。
 男はゆっくり顔を近付けた。
 僚は申し訳なさに一旦顔を俯けて、それから応えた。重なった薄い皮膚をそっと舐める。

「君のものなら、どんなわがままも嬉しい」
「ごめん……俺」
「何も心配しなくていい。二週間分、まとめて満足させてあげよう」

 男は静かに僚の身体を横たえた。脚を腕に抱え、ゆっくり揺さぶる。飲み込ませた奥の奥まで味わうようにじっくり腰を前後させ、深い快感を与える。

「……あぁ、これ……好き」

 しばらく同じ動きを繰り返していると、ようやく強張りが解けたのか、僚の口から素直な感想が零れた。
 ため息にも似た呟きに神取は口端を緩めた。

「私も好きだよ…君の中は、とても熱くて」
「鷹久のが、熱い……」

 弱いところを的確に抉ってくる男の張り詰めたものに時折高い声で喘ぎながら、僚は淡く笑った。

「鷹久が俺で興奮してるの見るの……すごい好き」

 一瞬息が止まる。遅れて震えがやってきた。精神の深いところまで満たされる…まるで射精なしの絶頂。
 男も笑い返し、徐々に動きを速めていった。

「あ、あ、あぁ…だめぇ……も、う…いきそう」

 甘い声で身悶え、僚は切なげに眉根を寄せた。邪魔するものがなくなったせいか、ひどく感じやすくなっていた。

「い、いっても…いい?」

 どこか困ったような顔で聞いてくる僚に何度も頷き、男は捏ねるように腰を使った。同時に彼のものを手のひらにそっと包み、親指で先端を丸く擦る。

「いっ…ああ、気持ちいい…それ、ああぅ! それ好き……奥も、ぜんぶ…気持ちいい、いい……あぁ――!」

 待ち望んだ愉悦に、僚は髪を振り乱して声を上げ続けた。全身が痺れてたまらない。ほろほろと細かく崩れて、あっという間に水に溶けていく…そんな錯覚に見舞われる。
 何度目かの突き上げ、最奥に男を感じた瞬間、阻むもののないそこから白い快楽が飛び散った。
 びくびくと激しく収縮を繰り返す柔らかな内襞に、男の射精欲が刺激される。まだ、まだとこらえ、少し鎮まったところで腰の動きを再開する。

「まって!」

 案の定、僚は鋭い叫びを上げた。
 聞き入れず、男は彼のもっとも好きな最奥を狙って責めた。

「お、く……あぁ! だめ、だめっ!」
「駄目じゃないだろう? ほら、そう暴れないで。君はこうして、休みなく抱かれるのが好きなはずだ」

 熱が放たれた先端を執拗に狙って嬲り、さらに僚を震わせる。
 達したばかりの敏感なそこを続け様に責められ、僚は喉の奥で苦しげに呻いた。
 離せと手首を掴んでくるのをものともせず、男はぬるつく親指を滑らせた。

「それは…あぁっ! それは鷹久が、そうしたから、あ……ああぅ!」
「そう、君をこうしたのは私……嫌いかい?」
「たかひさのだから…ぜんぶ、鷹久のだから、んんっ……」

 僚は勢いよく首を振った。きっぱりと。

「……嬉しいよ、僚」

 頭上から降ってきた心地良い低音にびくびくとわななきながら、僚は白液を放った。
 男は両足を掴むと大きく広げ、彼が絶頂に震える様を存分に眺めた。

「あ、やだっ…こんな……」

 あられもない姿を見られ、僚はもがいて抵抗した。
 構わず男は腰を前後させ、音がするほど強く打ち付けた。

「だめぇ……あぁっ…あう!」

 余韻に浸る間さえ奪う男に大きく仰け反り、僚は片手を突き出した。しかしそれで動きを止める事は叶わなかった。
 何度も何度も、何度も一点を執拗に狙われ、僚は呻きとともにまた熱を飛び散らせた。

「ああぁ…だ、め………」

 おかしくなる、と濡れた声で訴え、僚は容赦なく身体を揺さぶる男に抱き縋った。
 神取はきつく抱き返し、泣きじゃくる僚の唇を塞いだ。

「もっと感じてごらん、僚……ほら…もっとだ」
「た、かひさ……」

 身体をまさぐる手にいやいやと首を振る。
 もう何度いったかわからない。男が少し動くだけでいってしまう。感じて、感じすぎて、もう訳がわからない。

「あ、あ…あ……たかひさ……」
「止まらなくなってしまった?」

 すっかり蕩けきった顔で頷く僚に気を良くし、男は薄く笑った。彼の顔から目が離せない。震えが止まらない。もっと悦ばせたい。もっと彼を感じたい。もっと。

「た、たかひさが……そうしたっ…あ、あぁ――!」

 身体中を襲う強烈な感覚に僚は何度も叫びを上げる。
 身体を重ねる時、男はいつもそうやって抱いた。休みなく責めて、何度でも目の眩む快感を与え、次へ次の高みへと誘うように作り上げた。
 じっくり教え込まれ馴染んだ身体は充分に男に応え、男の与える全てのものに快感を覚えた。

「たかひさが、あぁっ……俺に……」

 僚はたぐるように男の肌に手を這わせ、肩にしがみ付いた。

「だからぁ……もっと、して……」
「怖くはない?」
「……こわい」

 これ以上されたら身体がどうなってしまうかわからない、怖い……けど、と僚はしゃくり上げる。

「もっとして、二週間分、俺の事感じて……たかひさを、感じさせて――」

 もつれる舌で懸命に訴えてくる彼が、たまらなく愛しかった。

「ああ……私も、寂しかったよ」

 素直に吐き出す。僚ははあはあと胸を喘がせながら、必死に腕を持ち上げ、男をぎゅっと抱きしめた。
 疲れ切っているせいでほとんど力は入っていなかったが、男にはたまらなく心地良かった。
 何にも代え難い抱擁に深く酔い痴れ、彼の奥深くに想いを注ぎ込む。

「くうぅ――……」
「……愛してるよ」

 切れ切れに喘ぐ僚の唇に吸い付き、男は囁いた。

「おれも……俺もぉ……」

 かすれた声をどうにか絞り出し、僚は応えた。滲んだ涙で霞む視界に必死に男を見据え、自分も好きだと告げる。
 身体を繋げ、唇を重ね合わせ、何度も抱き合って名前を呼び合い、二人は二週間分を心行くまで味わった。

 

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