Dominance&Submission

ランチ

 

 

 

 

 

「満足していただけだかな」

 シャワーで汗を流し、着替えてソファーに落ち着いた僚にそう声をかける。
 僚は、何事か含んだ眼差しで男を見やり、曖昧に頷いた。
 神取は隣に腰かけた。

「その割には、不満げに見えるがね」
「ううん、違うよ。本当に……気持ち良かった。鷹久こそ、満足した?」

 もちろんだとも。言葉では表しきれないと、男はそっと唇で触れた。しかし僚は曖昧な笑みで受け止めた。

「何か気になるのかい」
「いや……あ、別にあれも、その、痛くなかったよ。今も大丈夫、うん、それは心配ないよ」

 聞かれるより先に僚は答えた。つい早口になってしまったのは、恥ずかしさからだ。尿道に異物を詰めて遊ぶのは、やや特殊な事だ。
 二度目になる今回も、後には残っていない。違和感は全くない。
 安心していいと、僚は苦笑いで言った。

「では、どうしたのかな」

 落ち着かない様子であちこち見まわし、最後に男に目を向ける。

「寂しいって、言った事」

 心底済まなそうに俯く様に、男はいくらか顔をしかめた。
 そう思うこと自体は自然な事だ。むしろ思ってもらえない方が寂しい。だから、本人には悪いが、あのひと言は嬉しかった。
 仕方のない事とはいえ、自分もたまらなく寂しかった。
 しかし僚は、煩わせる言葉を吐いた自分に深く落ち込んでいた。
 どうしたというのだ、今日は随分悲観的ではないか。何かそうなるきっかけがあっただろうか。
 すっかり俯いてしまった僚を見つめ、考え込む。
 やがて僚は何か云おうと口を開いた。
 しかし言葉が出る前に、何らかの理由でぎくりと頬を引き攣らせた。
 すぐに理由がわかる。
 全ての理由が。
 しんと静まり返った部屋に、腹の虫が鳴り響く。
 僚が顔をしかめたのは、予兆を感じ取ったからだ。
 たちまち彼は頬を赤くし、慌てて両手で隠した。
 ああもう、と唸り声を上げる。

「ちゃんと話……しようとしたのに」

 自分に焦れた声をもらし、ため息をつく。

「……笑うなよ」
「いや、失礼。君の腹を笑ったんじゃない。相変わらず正確で、感心している。そうではなくて、君が今日に限ってひどくとらわれやすくなっている理由がわかって、ほっとしたんだ」

 そうとも。人間、腹が減っては上手く物が考えられない、悲観的にもなるというもの。悪い方へ落ち込んでいくのも無理はない。
 僚は赤くなった顔をごまかす為しきりにこすりながら、半信半疑で男を見やった。

「怒ってない?」
「どうして怒る。理由が見当たらない」
「だってこれじゃ……話もできないダメな奴じゃん」
「そんな事はないさ。大丈夫だよ」

 そんなに深刻になる必要はない。神取は笑って抱き寄せた。やや抵抗があったが、構わず肩を抱く。

「よし、では、早いとこ食事に行こう。これ以上君を空腹にさせたら、どんな悲劇が起こるかわからないからね」
「……ごめんてば」

 やけ気味に謝る僚の肩をぽんと叩き、男は立ち上がった。
 僚もそれに続き、苦笑いで肩を竦めた。
 玄関に向かいながら男は、彼の気分を盛り上げる為、これから向かう店のメニューをいくつか口にした。
 どれを食べよう、どれだけ食べよう。
 すぐに僚は乗ってきた。
 ソファーに座っていた時はすっかり落ち込んだ顔をしていたが、車に乗り込む頃には、これから向かう店のランチに顔を輝かせていた。
 これでこそだと男は笑い、誰もいないのをいいことに彼の頬に口付けた。

「では、行こうか」
「……うん」

 隣の笑顔を横目に見つめ、車を走らせる。

 

目次